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第99話 魂

 ……機械人形から聞いた話をまとめると、こうだ。


 ここはやはり機械人形を作るための工場で、より良い機体を作るための試験を行っていたらしい。彼はその試作機体の一体だと。

 そしてこの中庭で最終試験をしているところだったと。


 十体の試作機体。その中で最後に残ったものが最高傑作だということだ。この空間で互いに壊し合い、彼は生き残った。

 ……それでもかなりの損傷を負っているが。これがそのテストによるものか、それとも魔力濃度の変動によって起きたものなのかは分からない。


「マスター、俺……ちゃんと最高傑作だったよ」


 どうやら彼のマスターは、あらかじめ彼にこう告げていたらしい。


『お前こそが最高傑作だ』


 そして他の機体を用意するからと一旦立ち去った。

 思うに……その言葉はきっと嘘なのだろう。他の機体にも同じ言葉をかけている可能性が高い。

 だって本当に最高傑作だと分かっていたのなら、わざわざこんなテストを行う必要がないはずだ。俺はこういったことに詳しくないからそう思うだけなのかもしれないが……。


「ああ……そうだな」

「ねえ、マスター……俺、頑張ったよ。だから……いつもの、してほしい」

「いつもの?」


 機械人形は頭を下げる。

 ……どうするのが正解なのだろう。

 分からない。ただ、きっとこれが正解な気がする。

 俺はなんとなくその頭に手を乗せて、そっと撫でてやった。


 くふ、とノイズ混じりの笑い声が聞こえる。

 今まで見てきた機械人形とはまるで違う。これじゃあ人間みたいだ。


「これで、俺……マスターと一緒に……」

「……俺はまだ仕事があるから、もう暫く待っていろ」

「分かった。待ってるよ、マスター」


 俺は足早に彼の前から離れた。

 あれはただの壊れかけの機械だ。俺達の上に立つ、エデンの管理者である冷徹な機械と同じだ。


 ……本当に?


 外郭に出てからというもの、疑問を抱くことが増えた気がする。いや、これは気のせいじゃない。確かに俺の中の何かが変わっていくような……そんな感覚。

 不要な変化だ。任務に支障が出かねない。でも、そう簡単に跳ね除けられるようなものではなくて。

 俺は……どうすればいいんだ?


(分からない)


 ふと、声が聞こえて振り返る。機械人形が何かを呟いていた。

 耳を澄ませても何を言っているのか聞き取れない。ただ、どうもそれが歌であるということだけが理解できた。


 ノイズ混じりの、とても聴くにたえない歌。

 それがなんだかとても悲しく聞こえて、俺は首を振った。気のせいだ。だってあれは機械、そんな感情なんてもの存在しないはずだ。

 ……そのはず、なんだ。


 とにかく報告しよう。端末を取り出したところで、下がった視界の端にメモ帳が落ちていることに気づいた。

 近づいてしゃがみ込む。かなり劣化したそれは形を保っているのが奇跡だと言ってもいいくらいだ。


(下手に触ると崩れそうだな……)


 しゃがみ込んで文字を辿る。

 どうやら実験記録を取っていたようだ。日付は……何百年も前。

 そりゃそうか、ここで実験をしていたのはエデンが縮小するよりも前。本当によく読める状態で残ったものだ。


(どれどれ……各機体の特徴が載ってるな。全部で十体。これが試作機体だろうな)


 パワーを犠牲にスピードを上げた機体だとか、スピードを犠牲に防御力を上げた機体だとか、色々と差分化されている。

 その中で一つ、バランス型が二体作られていた。その内片方は……心を持つ?


 土の神官……文字が滲んでいて読めないところがあるな。所々読めない文章を繋ぎ合わせると、土の神官とやらをベースに擬似的に魂を実装した機体……?


 魂を持つ、機体?

 まさかあの機械人形がそうなのか?


 最後まで残っているということからあの機体のことで間違いなさそうだ。しかし……下記の理由によりテスト結果から除外すると書かれている。

 神官タイプの機体ではないからか、魔力消費量が著しく多い……その上、強い自我は問題を引き起こす恐れがあり、よって今後のベース機体は通常のバランス型とする。擬似魂を持つ機体については廃棄処分とする……?


「なんだそれ……」


 擬似とは書かれているものの、あの機械人形の反応はまるで人間のそれだった。それをこんな淡々と廃棄するだなんて……あまりにも残酷ではないだろうか。


 機械人形を振り返る。彼は相変わらず歌のようなものを口ずさんでいた。きっと彼はこの事実を知らずに、マスターとやらと共に居られると信じ込んでいる。


「……報告、するか」


 端末をタップして報告文を打ち込む。これで俺の仕事は終わりだ。とっとと帰って今日見たことは忘れよう。あとは上が決めることだ。俺にはもう関係ない。


 報告を送信して、深く息を吐く。聞こえ続ける彼の歌が物寂しくて……体の深いところを引っ掻かれるような感覚がする。

 このまま帰ってしまおうか。彼には悪いが……俺は彼のマスターじゃない。それを伝えるべきだろうか? それともこのまま夢を見せてやるべきだろうか。

 俺には分からない。俺には……。


 通知音が聞こえる。任務完了の通知か?。

 視線を落とすと、ただ一文だけの命令が映し出されていた。


『該当機体を廃棄せよ』


「……廃棄」


 手が汗ばむ。か細い歌が耳を通り抜けて体にのしかかるようだ。

 機械人形を見る。彼は何も知らない様子で、ただ俺の……いや、マスターの帰りを待ち続けていた。


 どうすればいい。どうすればも何も決まっている。命令された以上それに背くことはできない。俺に選択肢なんてないんだ。


 彼の元へ歩く。ベルトからバールを引き抜いて、強く握りしめた。


「マスター」


 歌を止めた彼が俺を見上げる。少し嬉しそうな、安心したような顔。

 魂を持つ機械。心を持つ機械。それは人間と変わりないんじゃないだろうか。人を殺せと言われているようなものだ。


 ……今更? 今まで散々ロステッドを仕留めてきたのに?

 いやでも、あれは違う。違うんだ。だってロステッドは……ロステッドは俺達とは違う。


 本当に?


「……マスター?」


 彼の声で意識が連れ戻される。そうだ、俺は任務を果たさないと。バールを握る手が震える。


「マスター? どうしたの?」

「……君の魔力反応を閉ざす必要があるんだ」


 彼の前に片膝をつく。

 何か、何か方法はないか。彼を廃棄することなく魔力反応を閉ざせる何かが。

 何だっていい。可能性があるなら、何だって。


「俺の、魔力反応?」

「……もう一つ検査があって、そのために」


 苦しい言い訳だ。俺はそんなに頭が良いわけではないから、咄嗟に上手い言い訳を考えることができない。


「分かった。スリープモードに入る」

「ああ」

「終わったら起こしてね、マスター……」


 目を閉じた彼は、最後に首をカクンと下げて動きを止めた。

 ……起こしてと言われたということは、誰かが起こさなければ彼は永遠に眠ったままなのだろうか。


 これで魔力反応は途切れたのか? もし駄目なら俺は彼を殺さなければならない。

 端末を見る。震える指で任務完了の報告を出した。

 大丈夫。もしまだ魔力反応が残っていると言われても、破壊しきれていなかったということにすればきっと俺がしたことはバレない。


 やがて通知が届く。魔力反応が途切れたと、返事があった。

 急激に体から力が抜ける。ああ、良かった……心からそう思う。


 ……そして今度は足の先から冷えていく感覚をおぼえた。

 もし後続の調査が入ったとして、彼が見つかったら俺のしたこともバレるんじゃないだろうか。

 これは明確な虚偽の申告だ。自分がしたことの重さに後から恐怖が追ってくる。


 どうしよう。どうしようっていったって、そんなの隠すしかない。どこに? どこに隠せばいい?

 ここに十体の機体があることはもう報告してしまった。九体しかなければバレる。


 ……偽装するしかない。


 俺はあたりに転がっている九体の機体から、腕や脚をもぎ取った。バールを何度も打ちつけて、バキリと折れた脚を運ぶ。腕を、脚を、首を。全てバラバラにして、少しずつパーツを集めた。

 大丈夫。彼らはもう壊れている。死んでいるから……ああ、でも、この罪悪感は何なんだろう。


「……これで」


 目の前には、胸部がないバラバラの機体が一つ組み上がった。

 これで数は誤魔化せるはずだ。万が一追及されたって、俺には分からなかったで通せばいい。評価は下がるだろうけど仕方ない。


 眠りについた機械人形を抱えて中庭を出る。

 どこか……どこか分かりにくい場所に隠そう。気付かなくても仕方ないと思われるような場所に。


 俺は廊下の突き当たりに彼を座らせ、大きな瓦礫で体を隠した。

 瓦礫を運ぶのは中々に骨が折れる作業だったが、大きな達成感が体を満たす。


「これで、きっと……」


 あとはバレないことを祈るだけだ。

 俺は足早にその場から離れた。あまり長時間ここにいても怪しまれる。


 ……ふと、パシアの顔が浮かぶ。

 丁度ここからそう遠くない。帰りに……少し、会いに行ってみようか。

 天井の隙間から差し込んだ光が、目に眩しかった。

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