第98話 外郭調査
「……朝か」
窓から光が差し込んでいる。少し寝過ごしたかもしれない。
着替えて部屋を出ると、リビングにエポルはいなかった。隣の部屋から微かに物音がする。朝から勉強中だろうか。
テーブルの上には朝食と『お疲れ様』とだけ書かれたメモが置かれていた。どうやら先に食べていたらしい。
少し丸っこい字に思わず笑みが溢れる。メモを折りたたんでポケットに入れた。今日はこれをお守り代わりに持っておくことにしよう。
さて、今日は極秘任務の調査に充てる日だ。朝食も摂ったし、トレイも片付けた。早速向かおうとしたところで通知音が耳に入る。
「……また指名?」
端末には指名依頼が表示されていた。ある廃工場の調査依頼だ。
こんなにポンポンと指名されることがあるんだろうか。それも近頃やや右肩下がりな俺に?
まあでも……これを完遂すれば下がっていた分の評価も上がるだろうしな。そもそも断れないけど。
受諾のボタンを押して座標を確認する。
「うわ、しかも外郭だ……」
思わず苦い顔をしてしまった。今日の魔力濃度は……まあ、安定はしているようだが。外郭には通用しないわけで。
しかしまさかこんな短期間で二度も外郭に行くことになるなんて思わなかった。一応危険地帯のはずなんだけどな。
……そんな危険地帯であのロステッド達は生きているわけだけど。
エポルの邪魔をするのも悪いし、何も言わずに出ることにする。ただ一言『ありがとう』とだけ書いたメモをテーブルに置いて家を出た。
外壁の門に近づくと、前と同じ……かどうかは分からないが、量産型の一般機体が前を塞ぐ。
要件を聞かれる前に任務の受諾画面を開いて見せた。
「外郭の調査依頼です」
「……通れ」
前と同じように機械人形が門を開いてくれる。
荒廃とした大地に一歩踏み出す。調査を依頼されている廃工場は結構近くにあるから、そこまで長時間いる必要はないだろう。少し安心だ。
魔力濃度が安定している内に早く調査を済ませないと。また不安定になっても前のように都合よく逃げられるとは限らない。
こればかりは運だ。ガムを口に放り込んで座標の元へ向かう。
荒廃した町の残骸は相変わらず殺風景で、生命の気配が微塵も感じられない。
こんな所はさっさと通り抜けるに限る。俺は強く地面を蹴って、座標の位置まで駆け抜けた。
「……ここか」
示された座標には崩れかけた大型施設があった。あれが件の廃工場だろう。
廃工場を囲むフェンスに手をかける。錆びついたそれは少し力を込めるだけでボロボロと崩れ、手が空を切った。
「っと……なんだ、登るまでもないな」
通れそうなくらいの穴になるまでフェンスを崩す。パラパラと砂になったフェンスは風に乗って飛んでいった。
それなりの大きさになった穴をくぐる。それにしても高い魔力反応とは一体何があるというのだろう。
超巨大な魔石でもあったりして。そんなちょっとした空想を抱きながら敷地内を歩く。ぐるりと一周してみても、特におかしな物は見つからなかった。
建物内に入るのは危険そうだが……廃工場の調査というからには調べないわけにはいかないだろう。調査したというていで帰るのは……後から別の人が調査したときにバレかねない。ああ、どうか俺が中にいる間に崩れませんように。
ボロボロの外壁に触れないよう施設の中に入る。中はガランとしていて、瓦礫や何に使うのかも分からない機械らしきものが散乱している。
「危ないな……」
瓦礫を避けながら進む。壁や天井に穴が空いていて、時々パラリと破片が落ちてくる。さっさと見て回らないと。
扉を開けようとすればガタガタと音が鳴る。これ、下手に力を入れると崩れそうで怖いな。
慎重に開けてみる。続いている部屋には脚が折れたテーブルと椅子が転がっていた。休憩部屋か何かか?
別の扉を開けると、廃工場と言うだけあってか巨大な機械がいくつも連なった大部屋なんかもあった。ここでは一体何を作っていたのだろう。
それにしても魔力反応の元は一体どこにあるのだろう。座標はこの工場を指しているだけで、明確にこの工場のどこを示しているというわけでもない。
せっかくならもっと詳しい情報が欲しかった。ひとつため息をついてガムを膨らませる。
(魔力、魔力ねえ……何があるっているんだ?)
調査っていうけど、まあレポートでも書いて提出すればいいのか? 何かしら見つけないとなあ。見つかりませんでしたじゃ話にならない。
いくつ目になるかも分からない扉を開けたとき、違和感を覚えた。
「……木?」
その部屋……いや、空間は庭のように見えた。
吹き抜けになっていて、エデンごと外郭全体を覆っている所々剥がれ落ちたドーム状の天井が見える。
一本の木が中央に生え、草花が地面を覆い尽くしている。
ここは中庭か? 随分と景観に気を使う工場だったんだな。辺りを見渡しながら一歩踏み入れる。さりさりと草が擦れる音が心地良い。
ふと目が吸い寄せられる。木の根本に何か黒いものが転がっているのだ。
「……人? いや、これは……」
更に近づいてみる。木の幹に背を預けて座り込んでいる男。その白い肌の所々にはヒビが入り、鈍色の金属が顔を覗かせている。
機械人形か。でも、なんでこんなところに?
動かない機械人形の前に膝をついて顔を近づける。かなり形を保っているがボロボロだ。顔を覗き込んだところで……閉じていた目が、開いた。
「うわっ」
思わずのけぞる。機械人形は固い動きで顔を上げた。機械人形独特の目が俺を見つめる。エデンで毎日放送している赤青の機械人形と顔立ちがよく似ている。キュルキュルと音を立てて目の機構が動き、口を開た。
「ア゛……ズダァ……?」
ノイズ混じりの声だ。
「マ、ズ……タァ」
「……動くのか」
それとなく距離を取る。黒髪の機械人形は立ち上がろうとして、ガクリと体勢を崩した。
何度も立ちあがろうとしては座り込むのを繰り返す。立てないなら諦めればいいのに。
「マ゛スター」
「マスター? え、もしかして俺のこと?」
「マスター……俺、は……まだ」
機械の瞳が俺を見つめる。その瞳もよく見ると傷が入っていて正常に機能しているかどうか定かじゃない。
まさか、見えてない? だから俺をマスターとやらと間違えているのか。
「俺、ちゃんと……動ける。歌える。だから」
ぎこちない動きで手を伸ばされる。縋り付くようなその手が俺の体を掠め、空を切った。
「……行かないで」
ぽつりと呟かれた言葉は風に掻き消されてしまいそうなほど小さかった。
ここまで弱々しい機械人形は初めて見る。俺が今まで前にした機械人形達はどれも高圧的で無機質で、こんなに同情を買うような作りはしていなかった。
「魔力反応はこいつからか……?」
どう報告したものか。壊れかけの機械人形を発見したとしか言いようがないな。
とにかく魔力反応の元らしきものは発見した。他に見ていない部屋もないはずだし、これで俺の最低限の仕事は終えたと言ってもいいはずだ。
「俺、頑張ったよ……きょうだい……全部……」
「きょうだい……兄弟?」
「全部、壊した」
壊した? 得体の知れない気味悪さを感じ、思わず後退する。コツ、と足に何かが当たって視線を下げた。
……肌が裂けて、いくつもの配線が覗いている白い腕がそこにあった。
「なッ……」
それだけじゃない。俺が気づいていなかっただけで、そこら中に機械人形が転がっている。腕が取れているもの、脚が折れたもの、首がないもの。背の高い草に紛れて、目の前の機械人形と同じ型の機体が片手では数えきれないほどに。
「何が……」
もう一度目の前に座り込む機械人形を見る。これを全部こいつがやったのか? 一体、何のために?
「俺……一番強い、よね? マスター……」
機械人形の目の下に文字が刻まれている。
試作機体、ナンバー……その先は塗装が剥がれていて読めない。
ここは機械人形を作る工場だったのか?
まさか、この空間は実験室のようなものだったとか?
いくつもの考えが浮かんでは消える。
「ねえ、マスター……マスター……? いる、よね? ますたー」
「あ、ああ……」
思わず返事をしてしまった。
いや、ここは何があったのか聞き出した方がいいか? 報告するにも情報は多い方がいい……はずだ。
こくりと喉が鳴る。いつも自分より上の立場だった機械人形に、俺は今から命令をしようとしている。
「……経過を報告しろ」
「経過……はい、マスター」
壊れかけの機械人形は、素直に答えた。




