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第97話 ロステッド

 中央管理タワー、最上階にて。俺はいつも通り無数のウィンドウを前に思考回路をカタカタと動かしていた。


 手元の青白いウィンドウに映し出された魔力濃度のグラフ。相変わらず火と闇の魔力は安定状態にあり、土の魔力はある程度の数値を維持し、水と風と光の魔力は薄い。

 土の魔力については神官がいるからこの数値になっているのだろうが、火と闇の魔力がなぜ一番安定しているのかが未だ不明だ。

 特に火の魔力。闇の魔力がずっと安定しているのに対し、火の魔力は一定周期で増減を繰り返している。


 ……いや、正確には違う。闇の魔力が特別おかしい。今は数値が低下の一途を辿っている他の属性も、かつては火の魔力同様に一定周期で安定と不安定を繰り返していたのだから。


 やはり火の魔力が安定期に入った今、人工神官プロジェクトは水、風、光の属性を優先して進めるべきだろう。


 手元のウィンドウを消し、目の前に連なる無数のウィンドウへ視線を戻す。

 食料生産も順調。この数値ならばもう少し子供を増やさせても問題ないだろう。


 そろそろ優秀な母体を探すべきか。若く、賢い母体を。


「ノア」


声をかけられて振り返る。そこには俺の助手であるアークが立っていた。薄暗い部屋の中でも金髪がわずかな光を受けてきらめいている。


 インカムがあるのに、どうしてわざわざ彼がここに来たのか。それは俺が極力直接来るようにと命令してあるからだ。その理由は彼の容姿にある。


 今は亡き俺のマスターとよく似た姿。何度見てもそっくりで、彼の姿を見るたびに感情制御装置がかすかに熱を持つ。

 かつて彼を製造しようと思い立ったとき、マスターを再現しようと決めたことを誇りに思うくらいには良くできていた。


「どうした、アーク」

「前回の定期試験の結果が出ました」

「ああ、ようやくか」

「前回は例年に比べ受験者が大勢いましたので」


 ウィンドウを出してリストを呼び出す。さっと見たかぎりでは有望そうな人材がちらほらといる。優秀な母体にするにはまだ足りない。

 通常の母体としては充分機能してくれるだろうが……早いところ次の母体を見つけなければ。今代の母体はもう限界が近いと生産センター管理者のセリヴァンから報告が上がっていた。

 まったく、種の方はいくらでも候補がいるというのに。


「後で確認しておこう。ご苦労だったな」

「もう一つ。外郭の旧機械人形生産工場に強い魔力反応を検知しています」

「外郭か……」


 リストの隣にマップを呼び出す。件の廃工場を表示すると、たしかに強い魔力反応がある。


「機械人形達を向かわせるだけの余力はないな」

「外郭に出た掃除屋が一人います」

「……ほう?」


 アークが手を前に出すと、一人の男のプロフィールが表示される。


「誤認による指名依頼だったそうですが、外郭に出て数時間の探索を経験しています」

「……使えるな。先遣としては悪くない。ご苦労だった、下がっていいぞ」


 アークは会釈して部屋を立ち去った。通常任務に戻るのだろう。エデン各地にいる機械人形達の統制は彼が行なっているからな。


 さて、俺も次の仕事に移ろう。俺に与えられた役目を果たすために。

 暗いモニターに自分の姿が映る。水色の髪に紫の瞳。かつてマスターがデザインしてくれた、いつか俺に与えようとしていた姿そのままだ。

 人間のようなボディを俺が得ること。生前のマスターが願っていたことはすでに一つ叶えている。


 あとは引き続きこの町を維持しなければ。かつて牢獄として機能していたこの場所は、町として解放して住民を引き込むことで維持することができていた。一定の濃度に薄めた薬剤を散布し、住民を定住させることで……そして今と同じように子供を生産させることで人口を安定させることができていた。


『世界のために、この場所は維持し続けなければならない』


 最期までマスターが言っていた言葉だ。

 マスターの願いを叶え続けるために、この町は必要不可欠。

 どんな手を使おうとも維持してみせる。

 それが今の俺に課せられた……たった一つのオーダーだ。




◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




 極秘任務の調査を終えた俺は、予定通りに農園の任務を受けて赴いていた。

 エデンにおいて、農園は貴重な食料の供給源。

 この高層農園で作られた野菜が加工されてエデン中の住民に配給される。


 だから相当重要な施設であり、相応の労働力が必要になる。機械を作るにも資源が限られている以上、その労働力に充てられるのは主にロステッドか俺達のような人間くらいだ。


 中でもロステッドの対処に慣れてる掃除屋は、こいつらが逃げ出さないよう……或いは命令外のことをしないように見張る仕事を任される。

 何事も問題が起きなければ半日を何もせずに過ごすことになるが、ぼうっとしているわけにはいかない。万が一問題を見過ごしたら、その責任は俺に降りかかるからな。


(とはいえ、俺の担当分は全員優良個体っぽいな。妙な動きをするやつが一匹もいない)


 高い椅子に座って全体を見渡す。ロステッド達は一定の決められた手順に沿って作業を行なっている。この様子なら問題はなさそうだ。それでもしっかり監視はさせてもらうが。


「おい、何をしてる!?」


 怒号が聞こえ、ちらりと声がした方を見る。一匹のロステッドが監視員に詰め寄られていた。

 バキッと音がして、ぼんやりとしていたロステッドの姿がブレる。拳を振り抜いた監視員はロステッドの襟を掴んで立ち上がらせ、乱暴にその腕を掴んだ。ロステッドは怯えた顔で唇を震わせる。


「も、申し訳ありません」

「何度も教えられただろうが。ここはこうすんだ、分かったな」


 ぐいぐいと手を引っ張られ、正しい手順を教え込まれている。ロステッドは乱暴に動かされる自分の手を見ながらもう一度口を開いた。


「申し訳ありません」

「チッ、本当に分かってるんだろうな……」


 監視員は舌打ちをして椅子に戻る。ロステッドはのろのろと手を動かし、教わったとおりの手順で作業を再開した。


 自分の持ち場へ視線を戻す。

 なんてことはない。ここじゃよくある光景だ。

 ロステッドは知能が低く学習能力に乏しい。だから痛みと合わせて正しい方法を教える必要がある。


 ……本当に?


 頭に浮かぶのはパシア達の姿だった。たどたどしくはあったものの、彼らとは意思疎通ができた。

 首を振る。妙な考えは捨てるべきだ。あれは彼らが特別だったというだけだ。現に、ほとんどのロステッドは生存本能だけに従って生きている。


 それに俺が気にするべきことじゃない。そのはずなんだ。


 結局その日、俺が監視を担当したロステッド達が問題を起こすことはなかった。

 もし問題を起こしていたら、俺は規定通り痛みをもってしつけることができていただろうか?


 分からない。

 分かりたくもなかった。




「……ただいま」


 家に戻ると、リビングの電気がついていた。

 テーブルの前で背を向けていたエポルが振り返る。テーブルにはトレイが乗っていた。どうやら先に食事の準備をしていたようだ。


「おかえり、兄貴。そろそろ帰ってくる頃だって……どうしたんだ? なんか疲れてるみたいだけど」

「……今日は農場の任務をこなしてたから、それでかな」

「ああ、ずっと見張ってないといけないんだっけ? お疲れさま」


 そんなに顔に出てたのか。まずいな、エポルに心配をかけるわけにはいかない。

 今日は使われなかったバールを棚の上に置いてテーブルにつく。

 いつも通りの食事を摂りながら今日あったことを話す。といっても、俺が話せることなんてないからエポルのことだ。


「定期試験のための勉強は一通り終わったから、あとは復習して備えるだけだよ」

「もうそんなに進んだのか? エポルはえらいな」

「へへ……」


 ツインテールを崩さないように頭を撫でる。

 エポルは照れたように笑いながら体を揺らした。俺の妹が今日もかわいい。


「試験、いつだっけ?」

「えっと、再来週かな」

「もうすぐだな。会場まで送って行こうか?」

「そんな、いいよいいよ。自分で行けるし」

「そうか……?」


 いくらエデン内とはいえ、エポルに一人で出歩かせるのはな。万が一何かあった時に守ってやれない。


「アタシのことはいいから、兄貴は兄貴のことをしなよ。大変なんでしょ? いろいろとさ」


 エポルは頬杖をついて小さく微笑んだ。……俺が忙しいこと、とっくに気付かれてるみたいだ。

 息を吐いて、体から余分な力を抜く。家でくらいリラックスしないと。


「ありがとう。でも様子は見に行くよ。気になるからな」

「こ、来なくていいってば。もう……」


 ふいっと顔を背ける彼女の耳はほのかに染まっている。なんだ、照れているだけか。


「それじゃ、それまでにしっかり復習しないとな」

「勿論! 凡ミスで落とされるなんて嫌だもん、しっかりやるよ」


 張り切りながら食事を終えた彼女は、俺のトレイ見てキョトンとした。


「あれ、珍しいね。お肉食べないの?」

「え……? あ、ああ。そうだな……」


 トレイの上に残されたキューブを見る。普段は何も気にせず食べていたそれ。

 ロステッドを潰して作られた、それ。


「……気分じゃないんだ」

「そう……? 兄貴、やっぱり疲れてるんだよ。休んだ方がいいって」

「そうかな」

「そうだよ。で、どうするの? 食べないんならアタシが食べちゃうけど」


 エポルは既に全部たいらげている。彼女は何も知らない。

 教えるべき、なのだろうか。


「兄貴? 本当に大丈夫?」

「あ……うん、大丈夫。少し疲れてるだけだ。俺はもういらないから……好きにしてくれ」

「大丈夫ならいいんだけど……それじゃ、もらうね」


 エポルはぱくりとキューブを口に放り込んだ。

 トレイをキッチンへと戻しに行く後ろ姿を見る。俺の分も持っていってくれている。相変わらず気の利く子だ。


「……あまり肉は好きじゃないんだ」

「え、そうなの? いつも最初に食べてるから好きなんだと思ってた」

「うん、まあ……ほら、苦手なものは先に食べるタイプなんだよ」


 エポルは意外そうな顔で戻ってくる。


「残すのも勿体無いから……これからはエポルが食べてくれ」

「えっ、いいの?」

「ああ」


 食料は貴重だ。この子には少しでもいい食事をしてほしい。だから……彼女は何も知らなくていい。

 この子のためにも、俺は頑張らないと。

 明日は朝から極秘任務の調査を行おう。

 どうしてもこの調査を完遂するんだ。俺のために……そして、この子のために。

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