第95話 躊躇
壁に埋め込まれた魔石達が俺を迎え入れる。チカチカと眩しいくらいの部屋に入ると、体を蝕んでいた痛みがやわらいだ。
当然魔石には魔力が封じ込められている。使っていない時でもじわじわと魔力を放出しているというのはよく聞く話だ。これだけの魔石があれば、この部屋の中は十分な魔力で満たされていることだろう。
一体どこからこれだけの魔石を持ってきたのだろう。
そんなことを考えながら、やっとしっかりした足でまっすぐ立つ。咥えていた煙草を取って、煙を吐き出した。
「ここ、安全」
「なんで俺を助けたんだ?」
こいつらからすれば、俺は敵のようなものだろうに。いや、それともそれすら分からないのか?
でも、こいつらは他のロステッドとは少し違う気がする。
「あの場所、苦しい」
赤髪の男はそう言ったきり黙り込んだ。
あの場所が苦しいから、だから見ず知らずの、しかも敵の俺をここまで避難させたって?
「……それだけ?」
男はこくりと頷いた。それどころか、いつの間に拾い上げていたのか俺のバールを差し出す始末だ。
せっかく武器を落としていたのに、そんな簡単に返していいのか? でも、取られたままだと困るのは俺だ。
戸惑いながらも受け取ると、男は他のロステッド達へ近付いた。どうやら様子を見ているらしい。
「大丈夫。大丈夫……」
男が声をかけた子供達は男に抱きつき、その小さな頭を男の手が優しく撫でていた。
握りしめたバールを見て黙り込む。
分かってる。今この部屋にいるロステッドを全員処理すればいいってことは。
外があんな状態じゃあ逃げ出すこともできないだろうし。
きっとここに集まっているやつらで全員だろうし。
そうすれば俺の評価も上がる。もっとポイントの効率も良くなって、エポルにももっと良い生活をさせてやれるかもしれない。
今、あの男は俺に背を向けてる。簡単にやれるだろう。
一歩、歩み寄る。男はこちらを向かない。
二歩、三歩。子供の目がこっちを見た。
バールを握りしめる手に力がこもる。
「……なに?」
振り向いた深緑の瞳が俺を見つめる。詰まっていた息を吸い込んだ。
「名前は?」
数秒、沈黙が広がった。
俺は何をしているんだろう。振り上げるだけの時間も、それを振り下ろすだけの余裕もあったはずなのに。
そして、どうして彼が答えないことに落胆しているんだろう。
これだけ人間らしいからあるのかと一瞬でも思ってしまった。ロステッドに与えられているのは管理番号だけだって知っているのに。
「……パシア」
俯きかけていた顔を上げる。男は瞬きをして、もう一度口を開いた。
「オレ、名前。パシア」
「……名前、あるんだ」
「考えた」
考えた? 自分で?
ああ、名前っていう概念はあるんだ。
自分で考えるだけの知能もあるんだな。
っていうか、こんなに意思疎通できるものなんだ。ロステッドなのに。
……そんな、少し空回りしたような思考が頭を満たす。
俺が黙っている間に、パシアはあの女に近づいた。
「動く、ダメ」
パシアは小さなナイフを取り出すと、女のうなじに刃先を近づけた。
「大丈夫。痛いは、少し」
一体何をするつもりなんだ……? まさか殺すわけじゃないだろう。何もわからないまま見ていると、パシアはゆっくりと刃を沈めた。薄く差し込まれた刃は、女のうなじを薄く切り裂く。
「ああっ……!」
「……大丈夫」
悲鳴をあげた女の背中を撫でながら、パシアは削いだ肉片を手の上で燃やした。
……今、どうやって火を出した? 何か道具を持っているようには見えない。
まさか……魔法?
エデンでは魔法を使うことは禁じられている。ただでさえ薄い魔力を、更に消費してしまうからだ。
いくらここが魔石に囲まれた部屋だからって、そんな。
俺からすると考えられないことをしたパシアは、女のうなじに布を当てた。止血しているのだろう。
そんな知識があるのかと思うより先に、なぜわざわざあんなことをしたのかという疑問が浮かんだ。
「何をしたんだ?」
「……たすけた」
「えーと……さっき燃やしたのは?」
「わからない」
わからないって。分からないのにやったのか。
頭を押さえる。話が通じそうで通じないような……こんなのは初めてだ。
「よくないもの。あると、困る」
「それは……なんで?」
「場所、分かる……困る」
場所が分かる? こんな外郭で?
エデン内ならまだ分かる。所々に監視カメラがあるから。
……何を埋め込まれていた?
疑問に思ったところで通知音が鳴る。端末を取り出して見てみれば、指名任務が取り消されたとメッセージが来ていた。
理由は……誤情報だったため?
誤情報な訳がない。だって今、現に俺の目の前にロステッド達はいるのだから。それもこんなに大勢。
戸惑っている内に、パシアは俺に向き合った。彼の後ろには子供達が隠れてこちらを見ている。
「なんで?」
「え?」
「なんで、ここ? あなた、来る」
「あ、ああ。なんでここに来たかって……え、やっぱり分かってなかったのか」
どうする?
いや、どうするもなにもない。いくら任務が取り消されたからって、この状況を放置することなんて。
子供の小さな手が、パシアの服の裾をぎゅっと握る。
少し怯えたような目が向けられる。その目が、いつか見たあの子によく似ていて。
「……なんでも、ない」
「そうか」
パシアはナイフを持ったまま俺の首へと手を伸ばす。咄嗟にその手を払い除けた。
「……場所、分かる」
パシアの眉間に少しシワが寄る。そんな顔されても。
「いや、俺にはないから」
「ない? 本当?」
「……多分」
だって、俺達の位置が分かるのは監視カメラからの情報と端末の位置情報くらいだし。
そんな、こいつらみたいに何かを埋め込まれてるなんてことは……ない、よな?
「とにかく、俺はいいから」
「俺、よくない」
「あー……もう帰るから。だから大丈夫だって」
今、外はどんな状況なんだろう。もう魔力濃度は安定してきただろうか。
出口を見る。見たところで何も分からないんだよな。
じっと睨みつけるように出口を見ていると、うなじを強く押された。
「な、何? ちょっと痛いんだけど」
うなじを押さえて距離をとる。なんだこの男、何が何でも削ぐつもりか?
パシアは俺を指差した。
「ある」
「は?」
「ある」
……ある? 触って分かるものなのか? いや、問題はそこじゃない。俺にも埋め込まれてるって言いたいのか?
うなじを指先で押す。……分からない。
「……分からないんだけど」
「でも、ある」
「嘘じゃなくて?」
「ちがう!」
パシアは大声で強く否定した。そこまで言うなら、確信があるってことか?
ということは……俺達にも、ロステッドと同じような対処がされてるってこと? いやいや、そんなまさか。そんなこと、あるはずが。
「分かった、分かったよ。本当なんだな」
パシアはこくこくと頷く。
……とりあえず、気には留めておこう。真偽はさておき気になる情報ではある。帰ったら端末で調べてみるか? いや、でもそんなこと俺が検索できる領域に載ってるはずもない。下手に検索結果を残すのはまずいか。
「……外。少し、安全」
階段に近づいたパシアは外を指さして振り返った。
どうやって見分けているのかは分からないが、さっきよりはマシになったってことでいいのか? なら、また酷くならない内に帰った方が良さそうだ。
手に持っていた煙草の煙を深く吸い込む。……そういえば、この煙草もよく見るとポイントで交換できるものとは違うんだな。なんというか、手作り感が強いというか。
ここで作ってるんだろうか。こんな場所で。
「それじゃ、俺は帰る」
「……さよなら。気をつける」
「言われなくても」
パシアは手を差し出した。何かと思っていると、煙草を指さされる。ああ、返せってことか。
煙草を返して階段を登る。
「貴方の行く道に救いがありますように」
やけに流暢な言葉が背中に投げかけられる。なんだ、その言葉。
疑問に思いながらも階段を登る足は止めなかった。
あーあ、いつも通りに任務をこなそうと思ってただけだったのに。なんでこんな妙なことになったんだろう。
このことは絶対にバレちゃいけない。俺の評判に関わるし、まず間違いなく掃討される……と思う。
「……くそ、なんだって俺がこんなこと気にしなきゃいけないんだ」
深いため息をついて門までの道を歩く。外の魔力濃度は確かにマシになっているようで、ピリピリとした感覚程度に落ち着いていた。
また悪化するまえに帰ろう。俺は駆け足でその場を離れた。




