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第91話 『エデン』

 一〇六四八年。世界全体の魔力濃度は下がり続け、人類の行動可能範囲は縮小の一途を辿っていた。


 かつてパノプティスと呼ばれていた町はエデンと名を変え、人類最後のシェルターとして機能している。


 人々は町を管理する機械人形に従い、日々を過ごす。それが幸福なのかどうかは当人に聞く他ないだろうが……私から言わせてもらえば、ここは決して楽園などではない。


 薄暗い部屋の中、キーボードを叩く音だけが響く。画面に映し出された情報を目で追いながら、彼らの顔を思い浮かべた。


 水の神官ライラは管理していた町を滅ぼし自害。おそらく彼女の想い人との関係が崩れ果てたのだろう。火の神官レイザも程なくして後を追った。

 風の神官エクメドは老衰により死亡。

 光の神官ヘイェは存命しているが神官としての役割を果たしていない。

 闇の神官は……代替わりしたようだ。ただ、こちらも神官としての役割は果たせていないらしい。

 土の神官マキナは現在もボディを変えて稼働している。


「結局、マキナを除けば責務を全うしたのはエクメドだけか。それでも引継ぎは出来なかったようだけど」


データを閉じた私はため息をついて項垂れる。


「土以外、どの神官も後継者がいないとなれば……こうもなるよね、それは」


 さて、どうしたものか……なんて、するべきことは既に決まっている。


「準備しないと。一秒でも長く動けるように……」


 暗い暗い部屋の中、私の呟きが闇に溶けた。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 舗装された道を走る。走る、走る、走る。

 薄らと黄緑に染まったゴーグルと揺れる前髪越しの視界の中。目の前を駆けるターゲットを逃しちゃいけない。


「そろそろ諦めたらどう?」


 声をかけてみる。返事はない。

 そりゃそうだ、だってアレに自分で考える知能なんてない。俺達と同じ姿をしているだけの、ただの動物だ。


「まったく、どうしてこうも逃げたがるのやら」


 短く息を吐いて更にスピードを上げる。こっちは普段から町を駆け回ってるんだ、追いつけないはずがない。

 一度逃げ出した個体は連れ帰ってもまた逃げ出す確率が高い。だからそういう個体は処理するに限る。


 逃げたところで居場所がないということを理解していないんだろう。飼われていた方がずっと幸せだろうに。


 手に持ったバールを振り上げる。狙うは頭だ。

 思い切り振り抜いたそれは、狙い通りに頭を揺らした。ぐらついた体は地面に倒れ込み、砂煙を上げながら転がった。


「つーかまーえた」


 逃げないように背中を踏みつけ、もう一度腕を振り上げる。地面に這いつくばったソレはもがきながら口を開いた。


「申し訳ありませんっ」


 そのまま腕を振り下ろす。


「申し、訳……ありませ……っ」

「謝るくらいなら初めからやらなきゃいいのに」


 こいつらの語彙はこれくらいしかない。きっと意味もよく理解していないのだろう。ただ条件反射で口にしているだけだ。

 何度か打ち下ろせば、どくどくと赤い液体を撒き散らしたそれは動かなくなった。


「ふぃーっ、これで今日の仕事は終わりかな」


 ポケットから通信端末を取り出して、連絡先をスライドする。呼び出すのは……いつもの彼らでいいか。

 呼び出すと暫くして繋がった。


『はーい?』


 少し間延びした落ち着いた声が聞こえる。普段より少し掠れているが、これは……弟の方か。兄の方にかけたはずだが、彼らが互いの端末に出るのはいつものことだ。


「エイベル、仕事だ」

『今日も頑張ってるねえ。数は?』

「一匹。座標も送っておくから」

『了解。すぐに向かうね。ほら、起きてよケイン』


 端末の向こうでガサゴソと物音がする。もういいだろう。通信を切って座標を送りつけておく。

 もう帰ってもいいのではないかとも思うが、最後まで見届ける必要がある。正直、少し面倒くさい。


 暫く待っていると、ぴったりと寄り添った紫髪の二人組がやってきた。双子のケインとエイベルだ。


「よう、ニール」

「どうも、ニール」

「昨日ぶりだな、二人とも」


 二人を見分けるのは結構簡単だ。吊り目で少しチャラついた言動をするのが兄のケイン、タレ目でおとなしいのが弟のエイベル。二人の仕事は俺と同じ掃除屋だ。


「んで、片すのってソレ?」

「ああ。頼んだ」

「ニールもそろそろ自分で片せるようにならなきゃだよ」

「あー、俺はお前達みたいに追い詰めるタイプじゃないからなあ。俺は一人で追いかけ回すだけだから」


 エイベルが黒い袋に死体を詰め込み、ケインが血の処理を行う。二人の息はピッタリだ。やはり普段から担当しているだけはある。

 一言に掃除屋と言ってもその業務はわりと個人差があって、一概にコレとは言えない。


「つーか、お前っていつその髪切るんだよ」

「言っただろ? 俺は顔に出やすいんだ。目元だけでも隠れてた方が色々とやりやすい」

「ああ、そういやそうだったな」


 目を覆う金の前髪を指先でいじる。エイベルは小さく笑って俺の顔を見た。


「それにニールって少し目つき悪いもんねえ。隠れてた方が怖くない」

「二人には言われたくないな、揃いも揃って三白眼じゃないか」

「あはは、言えてら」


 二人が手をパンパンと叩いて立ち上がった時には、血みどろだった地面も綺麗になっていた。流石、真の掃除屋だなんて二つ名を欲しいがままにするだけある。俺みたいに後処理のために彼らを呼ぶ掃除屋も多いと聞く。


「よし、おーわりっ」

「おつかれ、ケイン」


 道端に座ってぼーっと二人を見ていると作業が終わったらしく、汗もかいてないのに拭う素振りを見せた。

 腰を上げて軽くズボンを叩く。


「二人ともお疲れ様。それじゃ俺も帰るとするか」

「おー。エポルちゃんにもヨロシク伝えといてくれよ」

「今度顔見に行こうかな」

「やめてくれ、教育に悪い」


 妹のエポルは純粋な子だ。あまりこの二人を近づけたくないと思うのも当然だった。妙なことを教えられても困る。

 ……まあ、実際はそんなことしないだろうというのは分かってる。だから、これは単にじゃれあいのようなものだ。

 えーっと声を上げた二人が残念そうに顔を歪めたところで着信音が鳴り響く。ケインは通信端末を取り出して嫌そうに顔を歪めた。


「うわ、これ絶対仕事の連絡じゃーん……」

「早く出た方がいいよ、ケイン」

「一緒にいる俺までお咎めがあるかもしれないだろ、さっさと出てくれ」

「へいへい……」


 嫌々ながらも電話に出たケインの顔は、ますます歪んでいく。よっぽど嫌なんだろう。まあ、俺もやっと仕事が終わったって時に追加の依頼なんて来たらあんな顔をするかもしれない。


「あー、了解りょうかーい。今から行けばいいんだろ行けば。んじゃそういうことでー」


 相手の返事も待たずに通信を切ったケインは項垂れた。あまりにも分かりやすい。


「で、仕事の連絡だったのか?」

「見りゃわかんでしょ? あーあ、帰ってゆっくり休もうと思ったってのに」


 エイベルはケインの肩に腕を回し、通信端末を持つ手に自分の手を重ねた。


「ほら、頑張ろうよケイン。俺も一緒に行くから」

「お前がついてくるのは当たり前だろ、エイベル。おら、行くぞ」

「うん」


 二人は寄り添い、死体袋を担ぎ上げて次の仕事場へと向かう。エイベルは振り返って手を振り、ケインは前を向いたまま手をあげた。

 二人に手を振った俺は一息ついて空を見上げる。ゴーグルを上げ、腕を伸ばし、ぐっと力を入れて背中も伸ばした。


「よしっ、帰るか」




 仕事場になりがちな外郭沿いは無味乾燥な場所だが、中心地に向かうにつれ綺麗な建物も人通りも多くなる。

 といっても、すれ違う顔は大体が俺と同じ掃除屋だ。あとはこの町、エデンを管理している機械人形様方。それも、もっぱら警備に当たってる下級個体なんだけど。


「……新曲か」


 空に浮かぶ巨大モニターに赤髪と青髪の機械人形が写っている。アルファ、ベータという名前の二体は俺達に娯楽を提供してくれている。ここだけの話、夜勤明けで寝ている時くらいは静かにしてもらいたいと思ったこともあるが……声には出さないでおく。口は災いの元だ。


「……あ、任務報告」


 端末を取り出して画面をスワイプする。任務完了の登録をして、ホッと息を吐いた。報告のし忘れで評価を下げられては困る。

 積極的に任務をこなした分ポイントも貯まってきたし、そろそろリンゴと交換してもいいかもしれない。エポルも喜ぶだろう。


 交換所に向かって歩いていると、ふと見慣れない顔を見つけた。

赤い髪の、研究者らしい風貌の男だ。眼鏡越しに彼の青い双眸と目が合う。微笑みをたたえた彼は親しげに片腕を上げた。


「初めましてでしょうか。君が掃除屋のニールですね」

「……はい。そうです。俺に何か用でしょうか」


 きっと彼は上層部の人間だ。背筋を伸ばし、ハッキリと応答する。ここでの俺の対応が、俺自身……ひいてはエポルの評価に繋がりかねない。


「君に依頼したいことがあります」

「指名依頼ですか? 通知は来ていませんが……失礼」


 もう一度確認してみても、やはり端末には何も送られてきていない。

 というか、そもそもこうして直接会って依頼をするだなんて聞いたこともない。一体どういうことなのだろう? そう疑問に思っていると、彼はそっと耳打ちした。


「極秘任務なのでね。人がいない場所で話をしたいのですよ」

「……はい」


 ごくりと唾を飲む。こんな重大そうな任務が俺に舞い込んでくるなんて。

 ……もしかしたら、自らの首を絞めることになるかもしれない。でも、上層部の人間を相手に断るなんてことはそれこそ自殺行為だ。


 赤髪の男についていく。人目のない入り組んだ路地に辿り着くと、男は止まった。

 掃除屋として評価が高くなれば指名で依頼を受けることがあると聞いたことがある。実際、俺も片手で数える程度だが受けたことがあった。でも、こんなことは初めてだ。


「……それで、依頼というのは?」

「断続的に発生している失踪者についての調査です」

「失踪者、ですか」


 頷いた男は腕を組んで俺をまっすぐに見つめる。

 失踪……そんな話は聞いたことがない。


「一年に一人くらいのペースで発生しています。昔にも一度調査が行われたようですが、打ち切られていましてね」

「それを俺に……?」

「ええ。君は特別勤勉だと聞きました。引き受けてくれるのなら……先に百ポイント渡しましょう」


 百ポイント。依頼百件分を一括でもらえるなんて破格の報酬だ。それだけあればエポルにいいお土産を持ち帰ってやれる。


「手掛かりを得たら報告してください。情報に応じたポイントを渡しますよ」

「報告方法は……?」

「会った時で構いません。私は普段忙しいので……都合の良いタイミングで君に会いに行きますよ」


 男はそっと眼鏡を上げた。やはり彼は上層部の人間なのだろう。上層部の人間は通信端末の位置を調べることができる。ピンポイントで俺に会いに行くと言えるなら、つまりはそういうことだ。


「貴方の名前は?」

「すみませんが言うことはできませんね。どこから情報が漏れるか分かりませんので」

「……そうですか」


 破格の報酬といい怪しさは払拭できないが、元より断れない依頼だ。それなら俺にできる精一杯のことをするだけ。


「失踪者について、既に分かっていることはありますか?」

「対象は無作為に選ばれています。ただ若い者が多い傾向にありますね。それから、失踪者達のリストを渡しておきましょう」


 男は紙のリストを手渡してきた。データではないのかとも思ったが、やはり情報の漏洩を警戒してのことだろう。口はつぐんでおいた。


「期待していますよ」

「……はい。お任せください」


 男は足音も立てずに立ち去っていった。受け取ったリストを折りたたんでベルトに下げたポーチに入れる。

 帰ったら見てみないといけないな。

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