雑種
「来た」
指先でショートヘアをいじっていたエルザが、ゆっくりと立ち上がった。
武器は所持していない。
素手のまま戦うつもりだろうか?
というか、刀を背負っているのは忍者だけで、他のメンバーは丸腰に見えた。
グレイゴーストが袖の下に鉄の爪を隠しているのは知っているが……。
一方、工事用のヘルメットをかぶり、鉄パイプを手にしている自分が、なんだか滑稽に思えてきた。みんなが颯爽と戦う中、鈍器だからな。誰かひとりくらい投石で戦ってくれないと居心地が悪い。
敵が近づいてきた。
ガシャガシャと音を立て、無数の脚で前進するドーム状の機械だ。カメ……というよりはテントウムシのように見える。外殻はキレイな半球ではない。ボコボコに歪んでいるし、穴もあいている。
敵は小型タイプのみで、デカいボスはいない。
あまり強そうには見えないが……。
俺も腰を上げ、足元に転がっているグレイゴーストに尋ねた。
「ところで、これは何番目の試練なんだろう?」
「三番目」
俺たちが悠長にも第二段階に入ったばかりだというのに、こいつらはとっくに第三段階に入っていたのか。
きっとバカみたいに強いのだろう。
「どうやって戦えばいい?」
「動力を供給してる配管があるわ。それを切れば動かなくなる」
弱点がある?
だったら第二の試練の人影のほうが強いのでは?
「その配管ってのはどこに?」
「機械の内側。だから一回立たせて、腹を出させるの。攻撃するときに立つわ。あ、待って。立たせるって言っても、いまのはセクハラじゃないから。訴えないでね?」
「ああ」
訴えるもなにも、そもそも裁判所があるとは思えない。司法が存在するのかさえ怪しい。どう見ても、ここは神々の気分だけで運営されている。
それより、もう敵が迫っている。いつまでも寝てないで、自分も立ったほうがいいのでは?
するとグレイゴーストはぬるりと立ち上がり、こちらを見た。
「むしろ私があなたを訴えるというのはどう?」
「はい? どの件で?」
「違うわ。いまのはジョーク。しかもグラビティ・ジョークじゃなくて、人間向けのジョークよ。詳しく説明したほうがいい?」
「いや、いい」
戦いに集中させて欲しい。
俺たちがクソ会話をしていると、エルザと忍者が始動した。
「サイちゃん、行くよ」
「うん!」
ここまで生き延びているだけあって、動作は俊敏。
まず忍者が敵陣に飛び込み、注意をひいた。機械は外殻の穴から針を突き出して攻撃するも、忍者の跳躍力には届かない。
続いて仕掛けたのはエルザ。
彼女が大地に手を触れると、ガンと地の底から突き上げるような衝撃が来て、機械がひっくり返った。
いや、ひっくり返ったなんてもんじゃない。おもちゃ箱をぶちまけたような騒ぎだ。俺も立っていられないほどだったし、道端のポリバケツも跳ね上がった。
というより、意味が分からなかった。
人間にできることじゃない。
地下に機械が埋め込まれていて、それが駆動したのだろうか?
まさかとは思うが、神が人間に混じって戦っているのか……?
神の奇跡は機械に通じないはずでは?
ひっくり返った機械の腹を、忍者が切断して回った。
グレイゴーストも参加した。
ジョニーも遠距離から射撃。だが、銃を手にしている様子はない。指からビームのようなものを放っている。あきらかに人間ではない。
俺はなんとか立ち上がったものの、棒立ちのまま参加できなかった。
夢でも見ているような気分だ。
ヘタに参加すると巻き込まれる。
後ろから声をかけられた。
「そうです。あなたの言う通りです」
「えっ?」
誰だ?
占い師みたいな格好をした小柄な女だ。チームメンバーではないと思うが……。
彼女は重ねて言った。
「自分もあの力が欲しいとお考えですね?」
「えっ?」
特にそこまでは考えていないが?
まあ欲しいか欲しくないかで言ったら欲しいが。だが、なんだ? 怪しい勧誘か?
彼女はニヤニヤしていた。
「その願い、叶いませんよ」
「はぁ……」
叶えてやるからなにかよこせ、みたいな話かと思ったが、違うのか。
じゃあなんなんだ。
俺を笑いに来たのか?
「申し遅れました。私は千里眼の神。ここを仕切っている戦の神を補助するよう言われております」
「ジェイソン・ステイサムです」
「ええ、存じ上げておりますよ、和田才蔵さん」
「和田です」
思うんだが、この一切誰にもウケないジョークを、俺はもう完全に封印すべきではないだろうか。いまのいままで誰にもウケていない。
「戦の神は、頭が少々アレでして。せっかくの勇者たちに、重要なことをなにも説明しないのです」
「勇者というのは?」
「そう。あなたたちです。機械と戦う使命を帯びた、強き者たち」
俺たちのチューターでもしてくれるというのか。
親切なことだな。
俺が質問を投げようとすると、彼女は待てとばかりにこちらへ手を向けた。
「いえ、分かりますよ。疑問にお答えします。私は独身です」
「重要な情報をありがとう。ついでと言ってはなんだけど、ここのチームメイトについて尋ねても?」
「彼女たちも独身です」
「そうじゃなくて、人間かどうかを」
こいつホントに千里眼なのか?
自分を千里眼だと思い込んでるだけの精神異常者なのでは?
すると彼女は、やや渋い表情を見せた。フードに隠れていてよく見えなかったが、隙間から覗く顔立ちは幼い。
「そんなの見た通りです。人間じゃありませんよ。それじゃあなんですか? あなたたち人間の世界には、大地を揺らすお姉さんや、指先から魔弾を放つおじさんがいるというのですか?」
「いないから聞いてるんでしょ……」
「その通りです! いませんね! つまり人間じゃありません! 簡単でしたね! 以上証明終わり!」
「悪かったから、怒らないで」
手をぶんぶん振りながらまくし立ててくる。
独身かどうかがそんなに重要だったのか?
それとも、俺の質問が予想外だったから逆ギレしているのか?
神ってのはどいつもこいつも……。
「怒ってませんよ。これは教育です。神は人間より上位の存在なのですから、寛容の精神で受け入れています」
「はぁ。ご配慮、痛み入ります」
狭量にも程がある。
だが、答えは出た。
エルザもジョニーも人間ではない。となると、忍者やグレイゴーストもそうなのか? このチームに人間はいない?
「それで? ほかにもまだ聞きたいことがありますよね?」
「ええ。なぜ神が戦いに参加しているのか気になります」
勝手な推定をされる前に、俺はそう応じた。
独身かどうかはもういい。
「正確には、あれらは神ではありません。言うなれば、人間とも神ともつかない混血……すなわち雑種です。たとえば、あなたのところの愚神が、男たちをたぶらかして子供を作るでしょう? そういうのですよ」
「育てて、戦いに使っていると?」
「まあ、試験的に……」
まるで道具でも試すような態度だ。
神以外のすべてを見下している。
「まあ分かってましたよ。この世界に、人権なんてものは存在しないって」
俺が皮肉を飛ばすと、彼女は不思議そうにこちらを見た。
「人権?」
「いや、結構。この話は長くなるんで」
「大丈夫です。私にはすべてお見通しなので。千里眼の神ですから」
「俺の心も読めると?」
「はい。私と契約して、千里眼の使徒になりたいとお考えですね?」
「えっ?」
さっきからハズしまくっている。
千里眼の名は返上して欲しい。
彼女はふふんと勝ち誇った笑みを浮かべた。
「すべて分かっているのです。あなたのような賢しい人間は、戦の神などに従えるわけがない。アレはどこからどう見ても半裸の愚か者です。あれより愚かな存在は、人間界を探しても見つからないでしょう。つまりあなたは、より知恵のある存在に仕えたいとお考えのはず。そこで、この私の登場というわけです」
「戦の神を裏切れと?」
「裏切る? 笑わせないでください。そもそもあなたは、アレを信奉していないではありませんか」
それは正しい。
だが、一時的とはいえ、いまは上司のような存在だ。
反目すれば面倒なことになる。
「あなただって、あの神の補助役なんでしょう? 勝手なことをしたら怒られるのでは?」
「でも、私も自分のチームを持ちたいので」
私利私欲……。
補助役をしているうちに、自分も同じことをしたくなったというわけだ。
「残念ですが、俺はもう二つのチームを掛け持ちしてるんです。これ以上は体がもちませんよ」
「でも棒立ちのまま戦いに参加していないのでは?」
「たぶんあとで怒られて、今後は戦うハメになりますよ」
「大丈夫ですよ。あの子たち、自分の力を見せつけて絶頂するタイプですから。あなたが棒立ちでいるほうが絶頂度も高まりますよ」
イヤな言い方をするんじゃない。
まるで「見せつけ厨」と「モブ」みたいな関係ではないか。どちらにも失礼だ。まあ、いまの俺はモブそのものだが。
俺はつい肩をすくめた。
「とにかく、いまはこれ以上、立場をややこしくしたくないんで。申し訳ないですけど、お誘いはお断りさせていただきます」
すると彼女は露骨に表情を硬化させ、ぐいっと近づいてきた。
「はい? 断る? 私の誘いを? そんなの私のプランにないんですが?」
「未来とは、未規定なものです。誰しも予想を外すこともあるでしょう」
「いえ、ありませんね。私は千里眼の神なので。私の予想が外れるということは、事実がおかしいということになりますが? 異論は?」
君の頭がおかしいんだろ。
そう言いたかったが、俺は飲み込んだ。
議論の通じない相手に、まともな返事をするのは得策ではない。
「もしかすると、あなたの言う通り、事実のほうがおかしいのかもしれませんね。なにか大いなる力が働いて、世界の事実を捻じ曲げているのかも」
「そ、それです! それですよ! なぜいままで気づかなかったの? 何者かの力によって、事実が捻じ曲げられているのです。ああ、これはとんでもない発見ですよ。さっそく長老会議に報告しなければ……。私は用ができたのでこれで!」
転移門でどこかへ消えてしまった。
冗談さえ通じないとは……。クソ予想を聞かされる長老会議とやらもいい迷惑だろう。俺のせいじゃないぞ。
*
気がつくと、戦いは終わっていた。
戻ってくるチームメンバーは、どいつもこいつも誇らしげな表情だ。
エルザがニッと笑みを浮かべた。
「素晴らしいわね、新人さん。身の程をわきまえて自主的に見学するなんて」
「あなたが人に力を見せつけて絶頂するタイプだって聞いてね」
俺はつい皮肉で応じてしまった。
彼女は微笑だったが、眉だけがピクリと動いた。
「どういうつもりでここに来たのか知らないけど、このチームに無力な人間の力は要らないの。分かったら、次からも自主的に見学していてね」
「ご命令とあらば」
見てるだけでいいなら、楽でいい。
ジョニーがニヤニヤしながら近づいてきた。
「言うじゃねーか、若ぇの。頼もしいこった」
バンと背中を叩いて、言ってしまった。
見た目は冴えないおじさんだが、戦いは強かった。指からビームを出すなんて。何発も外していたが、まあ、それは見なかったことにしておこう。
*
日は暮れているが、まだどこか薄明るかった。
駅前に戻ると、テーブルに山盛りの肉が用意されていた。
のみならず、麗しい謎の美女たちも待機している。いや、美女だけでなくイケメンも。みんな半裸だ。
なんなのだ?
本当に臨時のセクキャバがオープンされてしまうのか?
戦の神は満足げに仁王立ちしていた。
「見事な勝利だ、我が戦士たち。だが次からは、新メンバーと協力して、もっと頭を使って戦って欲しいものだな」
これに反論したのはエルザだ。
「そこの新メンバーは役立たずよ。頭を使うような敵なら、自発的にそうするわ」
「普通に戦って勝てるのは分かる。だが、これは演習なのだ。もっと工夫を見せて欲しいのだ。本番はもっとややこしいことになるぞ」
「……」
エルザは返事もせず、忍者と行ってしまった。
代わりに、俺が声をかけた。
「質問しても構いませんか?」
すると戦の神も苦い表情になった。
「難しい話でなければな」
「いえ、シンプルに済ませます。このチームはなんなのです? なぜ神と人間の混血が?」
少なくとも過去にそんなメンバーはいなかった。
みんな普通の人間だった。
このチームだけが特別だ。
戦の神はふむと唸った。
「話せるところから話そう。もともとは、我らと機械との戦いだった。人間を介入させるつもりもなかった。だが、君のところの愚神が、人間を使うと言い出してな。愚かな判断だと思ったが……やってみたら、我らよりうまくやったのだ」
「それで人間のチームを?」
「うむ。そして、これも例の愚神が発端なのだが、やがて神と人間との混血が生まれるようになってな……。その子供には、神の長所と、人間の神の長所が備わっていることが判明したのだ。とはいえ、神の血が濃すぎては機械に負けてしまうから、さらに人間と交配させて薄めていった。そうしてちょうどいい強さの子供たちを、戦場に投入することにした」
つい溜め息が出た。
「このチーム、全員ですか?」
「君以外、全員だ」
別にいい。
自分と違うからといって、差別するつもりはない。いや、向こうはこっちを見下しているかもしれないが。
問題は、神だ。
あまりにも自分勝手だろう。
戦いに勝利するためなら、命さえ玩弄する。
もちろん存在をかけた戦いをしているわけだから、手段を選んでいる余裕もないのだろう。衣食足りて礼節を知ると古人も言った。神々は、礼節を忘れるほど追い込まれているのだ。
戦の神は道をあけた。
「ま、難しい話はここまでだ。勝利を祝って楽しむといい。肉も酒も女もある。お好みであれば、男でもいいが」
「ずいぶんな歓待ですね。これも人間の血を得るためですか?」
「その通り。だが、結果として世界が救われるのだ。誰にとっても損ではない」
この異様な状況に倫理を求めるほうがどうかしているのかもしれない。
だが、それでも……。
突然、転移門が出現した。
「終わった? 終わったなら帰りましょ、人間ちゃん」
現れたのは愚神だ。
バニーガールの格好で、またしても全身むちむちさせている……。
俺にその手の趣味はないのだが、調理して食いたくなるような足をしている。パンパンに肉の詰まったソーセージみたいだ。
戦の神も仁王立ちのまま顔をしかめた。
「勝手に入ってくるとは無礼だな。ここは俺の領域だぞ」
「うるさい。この人間ちゃんは、私の人間ちゃんなの。終わったら返して」
「まだ宴が済んでおらんのだが?」
「だからなに? 帰りましょ、人間ちゃん」
なんだこの愚神は。
肉も酒も女もまだだってのに、帰れと?
どこまで人を苦しめる気だ?
だが、返事をする余裕はなかった。
俺は腕をつかまれ、転移門で強制移動させられてしまったのだ。
気がつくと、さびれたロータリーに立っていた。
待ち受けていたのは見慣れた面々。
大杉一、東雲藍、五味綺羅星、伊東健作……。
みんな疲れた顔で、距離をとって座っていた。
人間だ。
(続く)