反省ナシ
今回は罠を設置してある。
もちろん簡素なものだ。
プランターなどでゆるやかな傾斜をつけて、次第に道が狭くなるよう細工した。目の錯覚を利用し、敵からはまっすぐな道に見えるようになっている。数で押し寄せてきた敵は、仲間同士でぶつかり合うことになる。
さらに、ぶつかり合うであろう場所にガラス片を撒いてある。これで獣たちは足を負傷する。
前線は停滞し、後ろからは突き上げられる。
隊列は、戦う前から崩壊する。
だが、ここで火を用いてはいけない。
炎上した敵が、錯乱してこちらへ突っ込んでくるからだ。
さあ、会敵だ。
五味綺羅星が槍を手に駆けだして、後ろから矢が追い抜いた。
展開はいつもと同じ。
俺は隣で虚空を見つめているグレイゴーストに尋ねた。
「今日はどんな敵が来るんだ?」
「すぐに分かるわ」
社会人なら「報告」「連絡」「相談」はちゃんとして欲しいところだ。もっとも、彼女は人間でさえない設定らしいから、社会人の理屈を求めるのは虚しいだけか。
なだれ込んで来た敵の姿は、いつもの獣ではなく、「人間」だった。
少なくともシルエットはそう見えた。
だが、存在がない。
人の形をした影が、装甲をまとい、のたのたやってきたのだ。短剣を手にしている。
ふと、交戦していた東雲藍が、腹を刺されて膝から崩れ落ちた。
先手をとったのは東雲藍だった。そして彼女のナイフは、いつものように影の首筋を切り裂いた。にも関わらず、ダメージが通らなかった。
いや、ダメージは通ったのだ。出血とおぼしき黒い飛沫があって、影はいちど姿勢を崩した。ところが、致命傷にはならなかった。
東雲藍は地べたに血液をあふれさせながら、過呼吸になって痙攣を始めた。
目の前で人が死ぬのは、ちっとも慣れない。
慣れることを本能が許さない。
この人影はなんなのだろうか?
脈や内臓といった急所を持っていない。
機械に近い特性を有している。
試練が第二段階に入ったことで、敵の難易度もあがったのかもしれない。
すでに五味綺羅星も死亡したことだろう。
大杉一が『状況は?』『応答せよ』とラジオで繰り返しているが、誰からも応答はない。そんな余裕はないのだ。
人影の移動は緩慢。
それだけに、俺の罠もたいした足止めにならず、スムーズに通過されてしまった。
せっかくの見せ場だったのに、台無しだ。
俺は鉄パイプを構え、こう告げた。
「ドカンと行くから、距離をとって戦ってくれ」
「ドカン?」
「爆発するんだ」
「それは素敵ね」
きっと派手な花火になる。
すると次の瞬間、グレイゴーストの姿はなくなっていた。
彼女はあっという間に敵陣に突入し、カマイタチの如く切り裂き始めた。巻き込まれた人影は、なすすべもなく霧散。
急所はなくとも、ダメージは通っている。
辛抱強く戦えば、勝てない相手ではないのだろう。たぶん。
敵はぞろぞろやってきた。
人の形をしてはいるが、存在感はごく希薄。
ただ歩き、短剣で人を刺すだけの存在。
これまで戦ってきた獣も怖かったが、無言で迫ってくる人影も怖い。
俺は手近な一体へ、力いっぱい鉄パイプを叩き込んだ。まずは、あえて鉄兜に一撃。
ガーンとうるさい音が響いて、手首の骨にビリビリと衝撃が来た。鉄で鉄を殴っているのだ。相応の反作用が来る。
あんまりやると鉄パイプも曲がる。
人影はよろめいた。
だが、それだけだった。
短剣を突き出してきたので、俺はさっと脇へ回避した。そこへも別のが来たから、すぐさまバックステップで退避。
感情を持たない敵かと思いきや、短剣を突き出してくる瞬間だけは、殺意をムキ出しにして前のめりになる。
やはりこいつらも機械にはなれない。ただの代用品だ。
俺はじりじりと追い詰められた。
どこかで、こうなると予想はしていたものの、実際そうなってみると笑いがこみあげてきた。
まるで、必殺技をぶちかましたいがために、みずから壁際に寄ったかのようだ。いや、そんなことはないと思うが。この手があると思っているから、つい壁をアテにしてしまう。
敵はぐんぐん距離を詰めてくる。
手にした短剣で、人を刺したくて仕方がないようだ。
俺は壁に背をつけ、鉄パイプを両手で握った。この瞬間はいつも緊張する。もし不発に終わったら、さらに奥の手を使うしかなくなる。
彼我の距離をはかり、俺はぐっと腕を引いた。
耳をつんざくような炸裂音。
空気が爆ぜて、熱風が顔面を襲った。こちらには熱風だけだが、前方へは弾丸が飛ぶ。不揃いな形状のギザギザな金属片だ。人影はズタズタに切り裂かれ、あっけなく霧散した。少なくとも正面の数体は。
残りの連中は、構わず近づいてくる。
数が多すぎる。
早くも奥の手を使うしかない。
ここでは「死」は絶対的な終焉ではない。そのせいで苦しめられているわけだが……。戦術に組み込むことも不可能ではないのだ。
もちろんやりたくないが……。
俺は鉄パイプを地面に放った。
リロードしている時間はない。
ポケットからつかめるだけの実包を取り出して、手に握りこんだ。そう。自爆だ。全弾使って、周囲のヤツらを皆殺しにする。
あとは野となれ山となれ、だ。
「あとは任せたからな」
俺は実包へ、起爆用の火薬を叩きつけた。
音と光が一気に拡散。
だが、肉体を吹き飛ばされた俺は、もうそれらを知覚することさえできなくなっていた。
*
まるで悪い夢でも見ていたようだ。
新しい一日が始まるときは、すべてがウソだったかのように感じる。
目を覚ましたのは駅前のベンチ。
見ると、ロータリーにはテーブルが並べられ、豪勢なメシが盛られている。見飽きた光景だ。夢ならよかった。なぜ俺はまだここにいるのか。
肺いっぱいにぬるい空気を吸い込み、そして盛大に吐き出した。
火薬は多ければ多いほどいい。一気に死ねる。もし死ぬのに失敗すると、本当につらい。人間の身体は、なにかがつながったままだと、いつまでも死ねない。生命力が高すぎる。
身を起こし、みんなのもとへ戻った。
「どうでした?」
俺は誰にともなく尋ねた。
が、答えはない。
負けたのだ。
言い換えれば、全員なんらかの方法で殺されたことになる。
一気に死ねたヤツは幸せだ。そうでないヤツは、気の毒としか言いようがない。ここでは死に方にもセンスが要求される。
カップに葡萄酒を注ぎ、煽るように飲んだ。
グレイゴーストの姿はなかった。戦いの日以外は、自分のチームに戻るのかもしれない。
ベンチに腰をおろし、遠方を見た。
黄金のタマゴが、日の光を受けて燦然と輝いている。
俺たちの戦いとは無関係なのに、絶え間なくみずからの価値を主張している。
仕方なく、タマゴを眺めながら酒を飲んだ。
何もかもがバカらしい。
このくだらない試練を突破して、そして神の思惑通りに機械を破壊して、それからどうなるというのか。神の駒としての役目を終えたあとのことは、まったく分からない。
ストレスが溜まっている。
なにかで発散したい。
酒でやり過ごすにも限界がある。
だが、かといって愚かな行為をすれば、獣に近づく。俺はサルみたいな生き方はしたくない。
普通、誰でも、気分のいいことだけしていたい。
気分の悪いことをするときは、それ以上のなにかを回避したいときだけだ。
無表情の大杉一が近づいてきた。
「少しいいか? 相談があるんだが」
「ここじゃできない話ですか?」
「そうなるな」
俺の皮肉に、彼は眉ひとつ動かさなかった。
どうにもヒリヒリしそうだな。
まさかお説教でもするつもりか?
*
駅前のカフェに入った。
無人だ。客もいないし、店員もいない。照明もついていないが、大きな窓から外の明かりが入ってきた。
俺はカタい椅子に腰をおろし、店内を見回しながら彼の言葉を待った。
第一声はこうだ。
「悪かった。まずはみんなを代表して謝らせて欲しい」
「えっ?」
見ると、彼は深々と頭をさげていた。
「いやいや、なんなんですか急に……」
「あんたの提案は悪くなかった。もちろん俺も理解していた。ただ、うちは寄せ集めの急造チームでな。リーダーを置かず、それぞれの責任において戦うことにしてたんだ。それでうまくいっていたしな」
「はぁ……」
だったらもっと早い段階でなんとかして欲しかった。
だが、この男にも考えがあるのだろう。
「この際だ、ハッキリ言おう。このチームのリーダーは俺だ」
「えぇっ……」
「だが、それを悟られないよう、あくまでみんなが自主的に動いているかのように誘導してきた」
「なぜ?」
「その方がうまくいく。いや、善意で言ってるんじゃない。悪意もない。管理が楽なんだ。楽ってのは大事だぜ。長続きする」
ずいぶんあっさりと本音を言うものだ。
もちろん俺だって、彼がリーダーであることは分かっていた。
簡単な消去法だ。ほかのメンバーじゃ話にならない。それぞれに才能はあるが、その能力は、あくまで戦闘に特化したものだった。世間話は可能だが、それ以上の話はできない。
「腹を割って話してくれたことには感謝します。ただ、このあとの話を聞くのが怖いな……」
「まあ、そうかもな。少し失礼なお願いをするかもしれない」
「たとえば?」
「そうだな。今後は、ぜひ空気を読んで行動して欲しい。だが、誤解しないでくれ。俺の顔色をうかがえって意味じゃない。あくまでみんなが自主的に動いているかのように、錯覚させておいて欲しいんだ」
めんどくさい提案だ。
だが、他のあらゆる方法よりはマシに思える。
きっと正しい判断なのだろう。
「分かりました。合意しますよ。ほかにはなにか?」
俺がそう尋ねると、彼は肩をすくめた。
「ない。以上だ」
全滅の反省はしなくていいのか?
おそらく彼にとっても、会話が通じる相手は俺だけだと思うが。
俺は席を立たなかった。
「今回の敗戦については? なぜ負けたと思います?」
「それは簡単だ。あいつらと戦うのが初めてだったからだ。対策はこれから立てる。次は勝つぞ」
「俺へのダメ出しはないんですか?」
「特にないな。あったとしても、さっきの合意でなくなった。それに、俺はチームの全滅を前提に作戦を立てている。最初からうまくいくとは思ってない。いや、もっと言えば、定期的に痛い目を見たほうが、みんな協力的になる。これは必要なプロセスだ」
この男は本当に……。
敗北による精神的ショックまで作戦に組み込んでいたのか。
思わず盛大な溜め息が出た。
「ところで、俺の罠はどうでした?」
「少々賢すぎたな」
「皮肉ではなく?」
俺が設置した罠は、影には効果的じゃなかった。あれはバカみたいに突進してくる敵にしか使えない。
彼は表情も変えずうなずいた。
「皮肉じゃない。できれば罠は使いたくなかった。効率があがりすぎる」
「なにが問題なんです?」
「あんたは自分の能力を発揮する前に、いっぺんみんなのことを考えてみて欲しい。ある日突然、どんな問題でも解決するヤツが現れたらどうなる? みんなそいつを頼り始める。自分で考えなくなる。結果、自主性を削ぐことにつながる」
「どうも大杉さんを見てると、チームを統率することに抵抗があるみたいだな」
すると彼はようやく笑った。
「アタリだ。統率したくない。そんなことしたら仕事が増えるからな。責任も生じる。これが大きな組織ならともかく、俺たちは片手で数えるほどしかいないんだ。上下関係を作ったら面倒なことになる」
「上下関係ねぇ。けど、伊東さんは、俺のことを下に見てますよ」
「まあ、そうだな。だが、彼は単純な男だ。あんたのほうでうまくサバいてくれ」
「……」
あの勘違い野郎の後輩を演じ続けろってのか?
もちろんうまくいくだろう。
表向きは。
だがこの作戦には、俺の精神衛生が考慮されていない。
「そんな顔をしないでくれ。あんたの負担になるのは分かってる。問題を解消する算段はついてる。それまで辛抱してくれ」
「どんな算段です?」
「遠からず、あんたはもう一つのチームと兼任になるだろう。俺たちにとって、ごく特別な存在になる。ちょっとした箔がつくってワケだ。それを俺が称賛する。するとチームの雰囲気も変わる。あとは流れでなんとかなる」
解決しそうな気もする。
彼は最後まで言わなかったが、伊東健作は雰囲気で俺を見下している。ルールが明記されていないのをいいことに、ここを部活のようなものだと思い込んでいる。だから雰囲気を変えれば、考えを改めるだろう。
「解決しますかね?」
「約束する」
即答だ。
自信があるんだろう。
俺はそこでようやく腰をあげた。が、会話まで切り上げるつもりはなかった。
「最後に一つ、質問してもいいですか?」
「ああ。なんでも聞いてくれ」
本当に?
なんでも?
だったら聞かせてもらうしかない。
「大杉さん、きっと神と戦って勝つ方法も考えてますよね? もしよければ教えてもらえませんか?」
自分からは言わないだろう。
だが、この男がそれを考えていないわけがない。
彼は短いヒゲをなでながら、弱ったような態度で笑った。
「ずいぶん物騒なことを聞くんだな」
「言いたくなければいいですよ」
「いや、言うよ。せっかく話の通じそうなメンバーが現れたんだ。俺もいつ話そうかと思っていたところだ」
話が早くて助かる。
このクソみたいな戦いには、なんのメリットもない。いつリタイアしてもいい。死は何度も繰り返すものではない。それでも続けるのには理由がある。
神を自称する連中に、人間というものを教えてやるのだ。
よからぬことをした者には、相応の報いが待っていなければならない。もし自動的にそうならないのなら、人為的に成すまでだ。
(続く)