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秘策

 酒を浴びるように飲み、腹いっぱい肉を食らう。

 いつ寝てもいいし、いつ起きてもいい。

 そんな生活が六日ほど続く。

 なかなかの歓待だ。

 こうして見ると、コスプレクソ女神の言っていた「人間ちゃんが大好き」という言葉もウソではない気がしてくる。


 それでも七日目になれば、また血なまぐさい夜が始まる。


 俺は一週間の歌を口ずさみながら、戦闘の準備をした。

 得物は鉄パイプ。とはいえ、ただの鉄の棒ではない。ちょっとした小細工がある。


「俺、いままで敵を建物に引き込んで戦ってたんですが、前に出たほうがいいですかね?」

 俺は軽く素振りをしながら、大杉一にそう尋ねた。

「もし建物に隠れるなら、飛び道具を使ってくれたほうがありがたいな」

「なら前に出て戦います」

「それは助かるよ。五味くんも東雲さんも、たまに負傷することがあるから。ぜひサポートしてやってくれ」

「お任せあれ」

 とはいえ、俺は戦闘の達人でもなんでもない。

 有利な状況を作って、なんとか生き延びているだけの凡人だ。

 幸い、このチームは四人の時点ですでに完成している。俺はみんなの負担をいくらか受け持つだけでいいだろう。


 *


 各自、配置についた。

 俺の居場所は、イケメンと東雲藍の後ろ。女性を盾にして恥ずかしくないのかと自分でも思わなくはないが、あの戦いぶりを見たら、ちょっとそんなことは言っていられなくなる。

 重要なのはプライドや面子じゃない。

 いかに他者を邪魔せず、チームに貢献できるか、だ。

 まあ貢献できずとも、邪魔さえしなければ及第点だろう。


 大杉一はまた独り言をつぶやきながら、周囲を指さし確認していた。

 なにか異常はないか、建物は崩れないか、避難経路は確保できているか、そういうのを確認しているらしい。

 もちろん直前の確認だけでなく、事前の確認もしている。

 几帳面な性格だ。


 伊東健作はそそくさとビルに入り込んだ。

 イケメンも槍を手に、じっと遠くを見つめている。名は五味くんだ。じつはまだ下の名前を聞いていない。会話するチャンスもない。彼はずっと脳内の母親と会話している。


 東雲藍がおずおずと近づいてきた。

「あ、あの、頑張りましょうね」

「はい。お互い、怪我しないようにしよう」

「はい!」

 彼女は、きっと人間嫌いというわけではないのだ。何度も話しかけてきてくれる。ただ、自分に自信がないだけだ。なぜそうなったのかは不明だが。

 しかし斜め下を見ながらナイフとフォークを手にしている姿は、どうしても怖い。


「来たよ」

 イケメンがつぶやいた。

 目がいい。


 遠方から、夕闇に紛れ、獣たちが近づいてきた。

 小さいのと大きいの。

 小さいほうは、まあ、戦えるが、俺はこのデカいのがホントに嫌いだった。人間の力では、まともに戦っても勝てない。コンクリのビルを要塞として使い、上からタンスや机を投げつけて弱らせるしかない。それでもたいてい、朝までかかる。


 矢を使うという発想はなかった。

 まず弓矢を作れないし、作ったところでまっすぐ飛ぶかも怪しい。

 ま、俺にも秘策はあると言えばあるが……。


 *


 五味くんが駆け出して、その頭上を矢が追い抜き、敵が混乱するところから戦いが始まった。

 前回と同じだ。

 ミスをしなければ勝てる。


 俺は頭に工事用のヘルメットをかぶった。

 敵の攻撃を防ぐ目的もあるが、転倒時に頭を打たないためでもある。

 そこらの店から勝手に拝借したものだ。使えるものはなんでも使っていい。なんなら自転車用のヘルメットのほうがいいかもしれないが。


 獣の数は多い。

 一気になだれ込んでくる。


 ぼやぼやしているうちに、俺のすぐ目の前にも迫ってきた。

 だが、慣れたものだ。顔面へ向けて、真横からフルスイングで鉄パイプを叩き込む。この鉄パイプは、中がただの空洞ではないから、それなりの重量がある。ヒットすればダメージは通る。

「ぎひっ」

 気の毒な声をあげる。

 こいつらも、おそらく自分の意思で俺たちを襲っているのではないのだろう。神に命じられているのか、あるいは脅迫されているのか、仕方なく戦っているのだ。恨むなら神を恨んで欲しい。


 鉄パイプを振り回すと、振り回しただけ獣が倒れてゆく。

 俺は基本的に刃物は使わない。

 使うと周囲が血まみれになって異様な臭気に包まれる。獣の血はくさい。人間の血もくさい。死体が一つか二つならまだしも、両手で数えきれないほどになると、せっかくの春の陽気が台無しになってしまう。


 ただ、この作業は、手首がもげそうになるほどつらい。

 叩きつけたエネルギーが強ければ強いほど、腕への負担も大きい。続けていればムキムキになるかと思えばそんなこともないし。ずっと腕は痛いままだ。


 獣たちの突進力は高くなかった。

 いや、おそらく本気で突進してきたら、きっと俺たちを蹂躙できるはず。小柄ではあるが、それだけの数が揃ってる。なのに獣たちは、人間との戦いに躊躇があるようだった。

 もしかしたらこいつらも、俺たちと同じく、死ぬたびに蘇生させられ、強制的に現場に投入されているのかもしれない。


 動物には感情がある。

 機械の代わりにはなれない。

 自称神よ、どうか一刻も早くそのことに気づいて欲しい。


 ところで俺は、いわゆる「無双」できるタイプじゃない。鉄パイプ一本で戦っていれば、囲まれて追い込まれることもある。

 こともある、というか、いまがまさにその状況だ。

 壁際に追い込まれてしまい、獣どもに威嚇されている。いわば絶体絶命のピンチ。

 ま、一気に襲ってこないところを見ると、獣にも過去の記憶が残っているのだろう。


 俺は鉄パイプを両手で構えたまま、ビルに背をくっつけた。

 死ぬつもりはない。

 想定済みの展開だ。


 獣たちは、見た目は熊に似ているのだが、やたらと声が甲高い。怪鳥のように「ギエー」と鳴く。それがまたうるさい。そしてこいつら自身も、仲間の声に応じて余計に興奮する。興奮すると、警戒を忘れる。それは勇気に転じる場面もあるのかもしれない。だが、その習性は、すでに分析済みなのだ。


 興奮し切った獣たちが、わっと襲いかかってきた。

 タイミングは良好。

 俺は鉄パイプの尻を、思い切り壁に叩きつけた。

 内部に雷管がある。


 ドン、と、空気の炸裂音がした。

 同時に、鉄パイプから射出された無数の金属片が、こちらへ迫っていた獣たちをズタズタに切り裂いた。獣の皮膚を裂き、肉を裂き、敵の装甲さえ貫通し、ありとあらゆるものに穴をあけた。


 やや遅れて、各所の窓ガラスが割れた。


 耳がおかしくなりそうだ。

 獣たちの動きは完全に止まった。死んだものも、死んでいないものも等しく。ま、急にこんな音がしたら、誰だって驚く。


 俺は冷静にポケットから次弾を取り出し、鉄パイプに込め始めた。

 前装式だから、装填のたびに銃口を覗き込むことになる。これは精神衛生上とてもよろしくない。

 もちろん連射もできない。改良したいが、俺にはそんな能力もない。できればもっと賢く生まれたかった。

 実包は紙製。あらかじめ金属片と火薬をまとめ、紙で包んでいる。

 俺たちは人間なのだから、頼りない腕力だけで戦う必要はない。せっかく頭のいい先人たちがいろいろ開発してくれたのだ。そいつを使えば有利に戦える。


 さて、せっかく次弾を装填したのに、獣たちは逃げ去ってしまった。

 場に残されたのは、かつて獣だった肉片だけ。それもミンチになっているせいで獣臭がひどい。少なくとも食欲のわくにおいではない。


 威力が強すぎるから、後ろが壁じゃないと撃てない。もし普通に撃ったら、きっと保持することさえかなわず、鉄パイプだけどこかへぶっ飛んでいくだろう。


「撃つ前に耳をふさいでおいて正解だった」

「また来たんですか?」

 戦の神が、いつの間にかそばに立っていた。

 今日も半裸だ。

 きっと明日も半裸だろう。

「必要であれば何度でも来る。いつ見ても爽快だな、その武器は」

「あげませんよ」

「分かっている。神は人間から何も奪わない」

 自由と時間と命を奪っておいて、ずいぶんご立派な演説だ。


「ご用であれば手短にお願いします。ご覧の通り、立て込んでまして」

「いや、もう十分だろう。あとは残りの四人がなんとかする」

「仮にそうだとして、ぼうっとしてたら迷惑になりますよ」

「まあそう言うな。俺と話をしよう」

 ストーカーとしか思えないな。


「チームの件ならお断りします」

「待て。まだ結論を出すな。新しい条件を持ってきた。完全に移籍する必要はない」

「どういう意味です?」

 俺は無視して行ってしまおうと思ったが、つい話に応じてしまった。

 男は満面の笑みを浮かべている。

「兼任だよ。両方のチームに所属するんだ」

「なんのメリットが?」

「ない」

「負担が倍増するだけ?」

「そうなる」

 正直に答えるところは、美徳と言えるだろう。

 だがそれだけに内容のクソさが際立つ。

「いまのところ、やる気を削ぐ情報しかありませんね」

「まだあるぞ。この件は、君のところの愚神からも許可を取らねばならぬ。だが、俺はあの女に嫌われているから、その交渉も君がすることになる」

「ホント、こっちに負担しかないクソ提案なんですが、よくそんな話を持ってこれましたねぇ!」


 神ってのは、どいつもこうなのだろうか?

 まあ、生まれつき恵まれているヤツは、あまり努力する必要がないから、ほとんど成長しないケースがあるしな……。

 それでも、分厚い筋肉に回している栄養を、ほんの少しでも脳に回してもらいたいものではある。

 よくこれで他人を愚神と呼べる。


 戦の神は完全にしょげてしまった。

「人間よ、神とて完全無欠ではないのだ。あまり責めないで欲しい」

「いやそう言われてもですね……」

 応じれば機械について教えてもらえる。

 のみならず、新しいチームのメンバーとも人脈を作れる。もし今後、人類が結託して神に反抗するとしたら、それはプラスに働くはず。

 まあいくらプラスになろうが、その程度ではきっと神に勝てないと思うが。

 いや、平和に団体交渉をするにしても、数は多ければ多いほどいい。


「分かりましたよ。いったん、みんなと相談してから決めます。それでもいいですか?」

「ホントか!?」

 半分拒否したつもりで言っているのだが、戦の神はすっかり元気を取り戻してしまった。

 以前テレビでこんな感じの大型犬を見たことがあるぞ……。

「断る可能性もありますよ? けど、それでよければ」

「ああ、もちろんだ」

「じゃあ俺、忙しいんで」

「聞いてくれて感謝するぞ、人間! また会おう!」

 ぶんぶんと手を振り始めた。

 そんなに元気がありあまってるなら、獣の一匹や二匹、ぶっ飛ばしてくれないかな。


 *


 二発目の散弾を発射するまでもなかった。

 獣は投石で追い回されたあげく、近接部隊に仕留められて死んだ。デカいのもいつの間にか死んでいた。

 またしても完全勝利。

 おのおの秀でた得意分野を有しているだけでなく、経験もある。それこそ死ぬ思いをして戦ってきた。

 きっと何度繰り返しても勝利する。


 *


 駅前へ戻ると、「お帰りなさい」と出迎える女神を無視して、俺はさっそく一杯やった。だが今日は、とりあえず一杯でやめておく。


「大杉さん、また例のが来ましたよ」

「ああ、見てた。災難だったな。たぶんまた来るぞ」

「ええ。じつはその件で、少し相談が……」


 俺は大杉一に事情を説明した。

 テーブルのそばで話したから、食事をとっていたみんなにも聞こえたことだろう。


「もし兼任すれば、向こうの事情も知ることができます。ただ、なにか見落としてることもあるかもしれないんで、大杉さんの意見が聞ければと思って」

 すると彼は、神妙な表情でうなずいた。

「なるほど。悪くないアイデアだと思う。こちらとしても情報は欲しい。ただ、負担が二倍になるのは心配だ。行けそうなのか?」

「まあ、不安がないと言えばウソになりますが……」

 というか、ここで生活していると、もうムリだったらリタイアして死んじまえばいいという軽率な考えになってくる。

 つまり、大丈夫じゃなくても大丈夫なのだ。


 すると裾の短すぎるナースの格好をした女神が、不安そうな顔で近づいてきた。

「私、認めないから」

「はい?」

「あんな悪い神さまのところに、人間ちゃんを行かせるわけにはいかないわ。人間ちゃんは、私だけの人間ちゃんだもん」

「お前の所有物ではない」

 俺はついマジレスしてしまった。

 しかも怒りに任せて樽から酒を汲んでしまった。これは俺の意思で飲むんじゃない。愚神が俺に飲ませるのだ。


 女神は斜め下からこちらを見つめてきた。

「もしかして人間ちゃん、私のこと嫌いなの?」

「少なくとも好きではないですね」

「なんで? どうすれば好きになってくれる? 私、人間ちゃんのためならなんでもするよ?」

「……」

 いますぐカップを投げ捨てて、クソデカい脂肪を揉み倒してやりたい。

 髪もつやつやのさらさらだから、大袈裟に動くたび揺れ動いて俺の精神によくない。

 こいつはいろいろ最悪だが、見た目だけはいい。


 俺はしかしあくまで紳士的に、一口だけワインをやってからこう告げた。

「分かった。好きになる方法を教えますよ。それは、いますぐ俺たちを解放すること。もしムリなら、せめて機械について説明して欲しい」

「もーっ! 難しいことは分からないって言ってるでしょ?」

 愚神がよ……。

 しかも興奮して体を上下させるものだから、いろいろ見所があって仕方がない。


 ともあれ、女神がこの調子では、あの筋肉マンのチームには参加できないことになる。

 計画は白紙だ。


 俺は盛大に溜め息をつき、鶏肉をつかんだ。

「失礼、ちょっと栄養補給」

 ここの神と会話するには、膨大なエネルギーが必要となる。

 なんなら肉ではなく、砂糖を直接摂取したほうがいいかもしれない。そういえば蜂蜜のポットがあったな。あれを一気飲みするか……。このままでは頭がどうにかなりそうだ。


(続く)

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