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人格矯正センター 一

 街では役人の冷たい視線を浴びせられ、街の外ではレジスタンスの罵声を浴びせられた。

「逃げるのか!」

「約束を守れよ!」

 だが、俺は反論もせずただやり過ごした。

 これでいい。

 戦うべきじゃない。


 *


 工房についてからも、渋い対応は続いた。

「それで? 逃げてきたの?」

「そうだ。逃げてきた」

 この工房はブラック企業だ。

 親方の態度はパワハラというほかない。


 俺はクソ渋い茶をすすり、盛大に溜め息をついた。

「その代わりと言っちゃなんだが、お姉さんを見つけた」

「えっ?」

「生きてたよ。ただ、居場所は言えない。向こうで働いて自活してる。心配する必要はない」

「奴隷にされてなかった? 自由なの? 姉さんの友達は?」

 説明したくない。

 内容があまりにもクソすぎる。

「お友達は……残念ながら救えなかったようだ。だが、お姉さんは無事だ。これは自分の目で確認した」

「どこにいるの?」

「言えない」

「なんで!?」

「しばらく一人になりたいんだそうだ」

「そんな……」

 泣き出しそうな顔になってしまった。

 この子は、顔立ちのせいなのか、本当に可哀相な顔になる。

 なんとか慰めてやりたいが。


 すると隣で茶をすすった女が、すさまじく顔をしかめた。

「なんなのこのお茶は? 吐くほどマズいわね」

 まっしろな女。

 ヤスミンだ。

 えっ?

 なぜいるのだ?


 少年も目を丸くしている。かと思うと、腰を抜かしたように尻もちをついた。

「わあっ」

 幽霊でも見たような顔だ。


「ユスフ、お姉ちゃんを見てその態度はなんなのかしら?」

「なんでいるの!? 一人になりたかったんじゃないの?」

「この男に傷物にされたから、責任をとってもらおうと思って」

 ヤスミンは俺を見ている。

 いや、指一本触れてないぞ。

 傷物にしたのはデヴィルズ・タンだ。

 そして俺はデヴィルズ・タンではない。

 以上、証明終わり。


 彼女はあまっている椅子を持ってきて、勝手にティーパーティーに参加した。

「というのは冗談で、彼があまりに必死だったから、顔だけ見ようと思ってこっそりついてきたの。みんなに怒られながらすごすご帰っていく後ろ姿は、あまりにも気の毒で……笑い転げそうだったわ」

 こっちは必死だったから、まったく気づかなかった。


 ヤスミンはこちらへ向き直り、笑みを浮かべた。

「本当はね、嬉しかったの。けど、信用できるかどうか分からなかったから。ちょっと試させてもらったの。人格矯正センターには私が案内してあげる。いいわね、ユスフ」

 すると少年は「えっ」と困惑顔だった。

 姉が帰ってきたのにそれでも不満か?

 彼はどうしても人間に死んで欲しかったようだな。


 ヤスミンは、そんな弟の頭を乱暴になでまわした。

「なに? お姉ちゃんの言うことに不満でもあるの? ちゃんとお茶もいれられない子供が」

「お茶はいれられる!」

「ふぅん。とにかく、センターへは私が案内するから。あなたはお留守番よ。できるわね?」

「……」

 むくれてしまった。


 ともあれ、これで問題解決に一歩近づけた。

 仲間たちを救出できる。

 救出したあとのプランはまるでないが。


 *


 俺は工房の二階に部屋を借りている。

 あまり広い部屋ではないが、ただ寝て起きるだけならなんらの問題もない。


 月明りが差し込んでくる。

 俺は部屋の陰影を眺めながら、今後のことを思った。


 仲間たちはどう思うだろうか?

 もし箱を滅ぼしたいと言ったらどうする?

 俺はここを壊したくない。

 彼らと戦うことになるかもしれない。


「今日はここで寝るわ」

 いきなりドアが開き、ヤスミンが現れた。

 かなりの薄着だ。

 月明りを浴びて、亡霊のようにも見えた。


「はい?」

「ユスフをからかってたら、一緒に寝たくないって怒られちゃった。だからこの部屋で寝るわ」

「なんでここに……?」

「そもそも私の部屋なのよ。けど、あなたがどうしても出てけって言うなら、残念だけど廊下で寝るわ。汚れ切った私には、そっちのほうがお似合いだもの」

「いや、そんなこと言ってない。俺が廊下で寝るから、あなたはここを使ってくれ」

 さすがに部屋の所有者を差し置いて寝ていられない。

 俺は床でもぜんぜん寝られる。


「どかなくていいわ。一緒のベッドで寝ればいい」

「そういうわけにはいかない」

 わざとか?

 俺を試しているのか?

 一見、スマートな体つきだが、よく見るととても健康的な足をしている。あのラード女ほどではないが……。むしゃぶりつきたい。

「長い付き合いになるんだし、仲良くしましょ?」

「俺は女で失敗したくない」

「なにその言い方? 女で失敗? 過去にそういう経験でもあるワケ?」

「あるんだよ。俺は廊下で寝る。以上、交渉終わり」

「頑固ね」

 なにを言われてもいい。

 ここでイージーなミスをしたくない。


 *


 数日後、辺境の地――。

 ヤスミンの案内で、俺とエルザは人格矯正センターへやってきた。


 悠然とそびえる鋼鉄の塔だ。

 のけぞるほど高い。

 やや錆びているように見えるが、しばらくは倒壊しないだろう。


 周囲には、見慣れた多脚の機械が巡回していた。一体だけでなく、何体もが巡回している。いまの俺なら全部倒せるが。

 俺たちが近づくと、機械は一斉に動きを止め、こちらへ向き直った。

 これ以上進んだら戦闘になりそうだ。


 するとヤスミンが先頭に立ち、こう告げた。

「オーソライズ。ID、ヤスミン。通行の許可を求める」

「生体認証確認……。ID、ヤスミン。通行を許可します」

 機械が喋った。

 というかこいつ、コンピューターだったのか?

 いや、コンピューターによく似た別物かもしれない。


 ヤスミンは振り返り、なんとも言えない笑みを浮かべた。

「父が体と引き換えに獲得したものよ。簡単なコントロールだけ掌握できたの。役に立つ日が来るとは思わなかったけど」

 なるほど。

 つまり人格矯正センターの場所だけ分かっても、ユスフかヤスミンがいなければ戦闘をするハメになっていたわけか。そして戦闘が激化すれば、中の人間にも深刻な影響が出たかもしれない。

 道案内を頼むには、うってつけの人物だったというわけだ。


 それにしても古びたタワーだ。

 どこもかしこも錆で赤茶けている。

 というより、巡回している機械もかなり錆びついていた。

 各所にガタが来ている。

 この箱にも寿命はあるのかもしれない。


 *


 内部には、いくつもの部屋が並んでいた。

 閉ざされたドアにはモニターが据え付けられており、中の人物がどんな体験をしているのかを映像で確認できるようだった。


 いま映っているのはデヴィルズ・タン。

 幼少期の映像だろうか。同年代の少女に小突き回されて、何度も床を転がっていた。並外れて太っていたから、それをバカにされていたようだ。石で殴られたりもしている。子供のいじめにしては度を越している。


 人格矯正とは名ばかりで、精神を殺すための施設だ。

 死んでも生き返るようなヤツは、肉体を殺せない。だからここで精神を殺す。

 いわばトラウマ・リプレイ機能だ。いっそアミューズメント・パークとして全人類に解放したほうがいい。金をムダにしたい客が大挙してやってくるだろう。


 俺はもちろん、デヴィルズ・タンを救出するつもりはない。

 仲間だけ救えればいい。


 エルザがそわそわした様子で言った。

「サイちゃんは? どこにいるの?」

「あなたの隣にいるじゃない」

 それは和田才蔵ちゃんですね。

 ヤスミンのさめた答えに、エルザは表情を硬化させた。

「こんな偽物じゃなくて、本物のほうよ!」

 いや、偽物じゃない。

 むしろこっちは本名だ。

 地味に傷つくんだよな、こういうの。

 神とのハイブリッドだからといって、人間を差別しないで欲しい。もっとも、いまの俺は液体金属まみれで、まともな人間かどうかも怪しいが。


 まずは一階フロアをぐるりと回ってから、階段で徐々に上へあがっていった。

 ここには、本当にたくさんの人間が収容されている。正確には人間と雑種。純血の神はいない。神は機械で殺せるから、ここに入れる必要はないのだ。


「サイちゃん! サイちゃん!」

 エルザがいきなり喚き始めた。

 ドアのモニターには、例の霧隠才蔵の映像が映し出されていた。


 学校のような場所で、あまり自己主張の得意でない霧隠才蔵が、エルザにかばってもらっているシーンだった。彼女たちはどちらも神の世界の出身だから、俺たちとは住む世界が違うわけだが……。弱者に対する風当たりは、人間界と同じみたいだった。

 というか、学年は違うようだが、二人とも幼馴染だったんだな。


「ヤスミン! 開けてあげてよ!」

「なら、画面に触れなさい。精神をシンクロさせて、あなたが救い出すの」

「分かった!」

 エルザは食い気味にモニターに触れて、そのままピタリと動かなくなった。

 時間停止モノは、あります。


「なにが起きたんだ?」

「中の子は、ずっと夢を見ているような状態よ。そこに外部から干渉して救い出すの。ま、成功するかどうかは分からないけどね。ヘタするとこの子もダメになるし」

 なんだそのクソみたいな設計は。

 人を苦しめる意外に機能はないのか?


 というか、ジョニーはなぜ簡単に出られたんだ?

 トラウマがなかったのか?

 やっぱり人類には酒が必要ということになるな!

 クソ、そう考えたら飲みたくなってきた。ヤスミン、俺に金貸してくれないかな。


 するとヤスミンは、かすかに笑った。

「どうしたの、そわそわして? 怖くなった? 頭をなでてあげましょうか? 私、子供をあやすのは得意よ。大きな子供でもね」

「よしてくれ」

「なんでそんなに女を怖がるの?」

「怖がってるんじゃない。面倒事を避けたいだけだ。あんたも俺をからかわないでくれ」

 だいたい、俺はチョロいんだよ。

 こんな妖しい雰囲気の女にからかわれたら、二秒で落とされるに決まってるだろ。もう話しかけないで欲しい。


「えーと、じゃあ、俺は俺の仲間を探してくるから。ヤスミンさんはここにいてくれよな。くれぐれも妨害したりしないように」

「はぁい」

 バカにしたような生返事だ。

 クソ……。


 *


 錆びついた鉄の床を踏み、塔を探索していると、ようやく見知った顔に出くわした。

 伊東健作。

 正直、こいつを最初に助けるのは気が進まないが……。いや、余裕のあるうちに救っておいたほうがいいかもしれない。


 モニターを見ると、彼は野球部員であるようだった。

 先輩に友達感覚で話しかけてしまい、その後シゴかれるなどして徹底的に上下関係を叩き込まれたようだ。顧問の先生も見て見ぬふり。運動部の悪いところが凝縮されたような世界観だ。

 いまの俺はバキバキに強まっているから、先輩と教師をぶん殴れば解決するかもしれない。

 いや、この先は精神世界のようだから、俺の肉体が強まっている保証はない。逆にボコられる可能性もある。

 気が進まない。


 それより、隣にグレイゴーストのドアがある。

 彼女は……なんだろう? 映像を見る限り、ひたすら地上を泳ぎまくっているだけにしか見えなかった。なにがトラウマになっているのだ? 救えるのか? どうやったらゴールなんだ?

 興味をひかれた俺は、ついモニターに触れてしまった。


(続く)

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