人探し
かくして俺は、解放すべき街へやってきた。
七人目、プレジデンテ。
だが、なんというか、あまりにも平和だ。
他の街のように要塞化されておらず、開かれている。
のみならず、とても片付いている。
なんなら工房のある街の方が汚い。あそこはスクラップまみれだし、どこから流れ出したのか機械油のような廃油が溜まっていることもある。
なのに! この街は! すべてが整然としている!
「おや、旅のかたですか?」
フレンドリーな住民に遭遇してしまった。
ボタンのついたシャツを着ている。見た目にも清潔感がある。
「初めまして。和田才蔵と申します」
すると彼はやや苦い表情を浮かべた。
「ところで、その鉄パイプは? 余計なお世話かもしれませんが、この街で武器は歓迎されません。持ち歩いていると役人に注意されるかもしれませんよ?」
「すみません。けど、これが正装なもので。他の街から来た使者のようなものです」
「そうでしたか。でしたら市長にご用でしょうね? 彼なら、街の中央の庁舎にいますよ」
「ご丁寧にありがとうございます」
さすがにいまの服はボロボロではないが……。鉄パイプ片手に歩いてるヤツにロクなのはいないだろうから、住民の反応はまあまあ正しい。
ホントに支配されているのか?
通行人にじろじろ見られたが、俺はさも当然のような顔をして進んだ。
庁舎につくと、さすがに役人が駆け寄ってきた。
「あー、ちょっとちょっと。困りますよ。この辺で、そういう物騒なもの持ち歩かれちゃ」
いちおう彼は警棒を所持していたが、力でなんとかしようという気配はなかった。
治安がいいのだろう。
「他の街から使者です。これは正装です」
「正装? 鉄パイプが?」
「部族の象徴でして」
だが、彼は首をかしげた。
「近ごろ、いろんな街を潰して回ってる怪しい男が、鉄パイプを所持しているという情報が入ってまして……」
「私ですね」
「えっ?」
「しかしご安心を。こうしてわざわざ隠しもせず持ち歩いているのです。なにもやましい気持ちはありません」
いざとなったら使うつもりではいるが。
役人は渋い表情だ。
「そうはいっても、決まりは決まりですから。この辺でそういう危険そうなものは」
すると別の若い役人がやってきた。
「どうしました?」
「他の街からの使者だって。でも武器は……」
「ちょっと上に確認してきます」
「悪いね。頼むよ」
厄介な旅人に困る上司と部下の図だ。
しかも俺のせい。
業務妨害も甚だしい。
「使者です」
「分かりましたから」
マジでただの悪質な旅人だな。
俺はいったいなにをしているのか。
ややすると、若者が戻ってきた。
「大丈夫です! 旅の方をお通しして構わないと、上から!」
「えぇっ? ホントに?」
「市長直々のご判断だそうです」
「どうなっても知らないよ?」
「はぁ」
あきらかに二人を困らせてしまっている。
俺は「使者です」としか言えなかった。
*
庁舎もよく清掃されていた。
すれ違う職員たちも笑顔で出迎えてくれる。
本当にいい街だ。
住みたい。
案内されたのは執務室だ。
「市長、お連れしました」
「入ってください」
ドアが開くと、スーツの男が待っていた。
短い口髭の、紳士的な顔立ちの男。歳は三十代から四十代といったところか。
「ようこそいらっしゃいました。ここは光の街。私は市長のプレジデンテ」
「和田才蔵です」
促されたので、ソファに腰をおろした。
これから戦うということを忘れてしまいそうだ。
テーブルを挟み、応接セットで向かい合った。
「ご用は分かっています。私を殺しに来た。そうでしょう?」
「まあ、端的に言えば」
隠しても仕方がない。
彼もきっと少年の世話になったはず。だったら、どんな用件で人間が派遣されてくるか知らないわけがない。
「しかしどうでしょう。この街をご覧になって、どんな印象を抱かれました? 悪い点でも構いません。なんでも仰ってください」
「いえ、悪い点なんて……。見た感じ、他のどこの街よりまともです。住民たちも不満はなさそうですし」
しかも彼は富を独占していない。周りに女をはべらせてもいない。コソコソ隠れてやっているのかもしれないが、それはまた別の問題だ。
秘書らしき若い男が紅茶を出してくれた。
プレジデンテは微笑だ。
「ご安心ください。酸は入っていませんよ。もしご希望でしたら、私とあなたのカップを交換しましょう」
「いえ、このままで結構」
俺は構わず紅茶を口にした。
不安がなかったわけではない。ただ、俺を殺すつもりなら、もっと早い段階でできたはず。どこかに隠れて酸をぶっかければいい。
それにしても香りのいい紅茶だ。
「私はね、理想的な街を作りたかった。そして作ることができた。ただの自己満足ではないと自負しています。もしよろしければ、街の住民にも話を聞いてみてください。戦うのは、そのあとでも構わないはず」
「はぁ」
相当な自信だ。
実際、独裁者には見えない。
彼もカップをつまみ、紅茶をすすった。
「もちろん、すべての住民を満足させるのは簡単なことではありません。不満を抱くものもいるでしょう。私は、そういう住民の主張にこそ耳を傾けたいと思っています。権力者になると、どういうわけか聞こえのいい話しか入ってこなくなりますからね」
「ほへー」
本気で間抜けな声が出た。
この街を潰す理由が見つけられない。
もし暴れたらただのサルだ。いや、サルでもそんなことはしないだろう。ただ暴れるだけでもエネルギーを消費する。
彼は柔らかな物腰でこう続けた。
「もしお時間に余裕があるなら、ぜひこの街を観光していってください。自由に歩けるよう、職員たちには通達しておきますから」
「ありがとうございます。あ、最後に一点、大変恐縮なんですが……」
俺は、プレジデンテに人探しを依頼した。
少年の姉の所在をどうしてもつかみたかった。
名をヤスミンという。
「なるほど。行方不明者ですか……。これまで解放した街には手掛かりがなかったと?」
「ええ」
とはいえ、顔を知らないので俺には判断できない。ちゃんと調べたわけでもないし、デヴィルズ・タンの囲ってた女の中の一人がそれだったかもしれない。
プレジデンテは神妙な顔でうなずいた。
「分かりました。ぜひ協力させてください。こちらでも手配しておきます」
「助かります」
俺は深く頭をさげた。
要するに、姉を見つければいいのだ。しいてこの街の秩序を破壊する必要はない。
*
というわけで、庁舎を出て街を散策することにした。
本当に平和だ。
街の人たちは誰もが談笑しているし、子供たちもはしゃいで走り回っている。一歩裏に入ればスラム街……ということもなく、閑静な住宅街が並んでいた。
まったくなんらの問題もないように見えた。
気になったのは、街の広さに比べて、あまり住民の姿を見かけないことくらいか。こんなにいい街なら、もっといろんな住民がいてもよさそうなものだが。
*
街を出て、工房へ戻ろうとすると、途中で武装した集団に囲まれた。
「おい止まれ!」
「金ならないんだが……」
本当にない。
お小遣いさえもらっていない。
やりがい搾取ならともかく、やりがいさえない。
俺は奴隷かもしれない。
彼らは布で口元を隠している。盗賊だろうか?
男の一人が言った。
「お前、よその街の住人だな?」
「まあ、しいて言えば使者のようなものですが?」
「使者? プレジデンテとはどういう関係だ?」
「ほぼ無関係ですよ。あ、でも人探しを依頼したので、また来ると思います」
「誰だ? 俺たちが探してやる。その代わり、俺たちに手を貸せ」
「はい?」
盗賊ではなさそうだ。
しかし手を貸せとは……。酒でもおごってくれるのか? こっちは一円もなくて困ってるんだ。バタバタしていたとはいえ、ジョニーの野郎は一杯もおごってくれなかったし。詐欺罪で訴えたいくらいだ。
「俺たちはレジスタンス。あの街を追われた者たちだ」
「追われた? なぜ?」
「それは……まあいろいろだ。とにかく、あのプレジデンテとかいうヤツは暴君だ。あとからやってきて秩序を破壊しやがって!」
秩序を破壊?
事実とは思えない。
街の住民は幸せそうだった。
この男は、なにか問題を起こしたせいで追放されたのでは?
男はぐっとにじりよってきた。
「頼む! 俺たちを助けてくれ! 住むところもなくて困ってるんだ!」
「いや、そう言われても……」
「あんたが探してるヤツは、俺が必ず見つけるから!」
「ホントに? じゃあ、いちおう特徴だけお伝えしておきますよ」
*
工房へ戻ると、少年は「えっ」という顔になった。
「殺してないの? なんで?」
「彼は悪人じゃない。殺せないよ」
「けど、もとあった街を乗っ取ったんだよ?」
「住民も普通に暮らしてたぞ。不幸には見えなかった」
「洗脳されてるんだよ」
やけに疑うじゃないか。
俺はつい苦笑した。
「なにか根拠はあるのか?」
「だって……」
すねた子供そのものだ。
「とにかく、俺にはムリだ。やりたくない」
「僕を裏切るの?」
「そういうつもりじゃない。もし疑うなら、いっぺん自分の目で確認してきてくれ。ホントにいい街だから。もしあの街を攻撃したら、それこそ悪いヤツになる」
洗脳されているかどうかは、正直分からない。
ただ、俺が見た限り、問題を見つけられなかった。
人間に街を支配されるのは不快かもしれないが、暴力で排除していい環境でもなかった。
「あんたには期待してたのに」
「そう言うなよ。お姉さんの捜索を依頼してきたから」
「信用できない」
もしプレジデンテが俺をハメる気なら、ヤスミンは見つかり次第人質にされる可能性がある。だが、それでも俺は賭けてみたくなったのだ。彼はそれほど悪い人間に見えなかった。
「対立より、助け合いだ」
「分かってる? そいつは街を支配した人間なんだよ?」
「まあな……」
一理ある。
いや、一理どころか三千理くらいあるか。
だが少年は、ポケモンを投げつけるノリで俺を使役しているだけだ。それで勝手に街を奪還できると思っている。自分ではなにもしていない。少しは俺の意見も尊重して欲しいものだ。
会話が途切れると、お互い、そのまま無言になった。
静かだ。
鳥のピーピーというさえずりが聞こえてくる。
ジョニーはどうしているだろうか?
彼が依頼を受けたのは別の街だったから、途中で別れた。俺の居場所は教えてあるから、おごる気があるならもう来ていないとおかしい。三回くらい来ていないとおかしい。
ほかにも気になることはある。
箱の外のことだ。
女神たちは、いまでも人間の誘拐を続けているはず。いずれここへも乗り込んでくるかもしれない。
虚しい行為の繰り返しだ。
もっとも、女神たちにとっては深刻な問題だ。
箱が街を消え続けている。
すべてが消滅すると、ついでに人間界も滅ぶ。
「なあ、親方。なぜ箱は神の世界を消すんだと思う?」
俺がそう尋ねると、彼は頬杖をついて外を見たままこう答えた。
「言ったでしょ。箱はもともと神を苦しめるための装置なの。本来の目的を果たしてるだけだよ」
ずいぶん不貞腐れた態度だな。
そっちがその気なら、こっちもギアを一段あげるぞ。
「なぜ神は、わざわざそんなものを作ったんだ?」
「えっ……」
さすがにこちらを見た。
隠し通せると思ったかな?
推論すればそういうことになるのだ。
「神は、みずからを殺すために箱を作ったんだろう? そして肉体は死ねた。一時的にな。だが、本当の意味では死ねなかった。四散した肉片は、新たな神となって活動し始めてしまった」
「……誰からそれを?」
「さあな」
断片を集めたらそうなる。
そして断片を提供したのは、ほかならぬ少年自身だ。
「怖いよ。なんで? いつ知ったの?」
「お互い、隠し事はナシにしないか? 仲間だよな?」
「けど……」
「俺が敵に見えるのか? 金も要求せず、言われた通りに人間を殺して回ってる。それでもまだ信用できないか? 自分では、拾われた子犬みたいに従順だと思ってるんだが?」
「……」
泣きそうな顔になっている。
言い返してくるならともかく、こんな顔をするのはズルいな。
「悪かったよ。追い詰めるつもりはなかった。ただ、お互い、フェアでありたいと思ってさ」
俺がそう告げると、彼はすっと立ち上がった。
怒ったのかと思った。が、違った。
「じゃあ、こっち来てよ。見せてあげるから」
「なにを?」
「僕の父さん……」
(続く)




