乱入者
「クソが、いつかぶっ殺してやる」
スクラッパーが力なくつぶやいた。
デヴィルズ・タンにとっては、しかしそれさえ心地よいメロディーでしかなかったらしい。
「ぐふふ。負け犬の遠吠えは気持ちイイですねぇ! もっと鳴いてください!」
食事をしながら、とんでもなく興奮していた。
周りの女たちはずっと微笑のまま。
心がぶっ壊れているのだろうか。
「いっそ殺してくれ……」
エグゼキューショナーが弱々しく懇願する。
もちろん聞き入れられるわけがない。
スクラッパー、エグゼキューショナー、デヴィルズ・タン。そして俺、和田才蔵。ひとりだけ浮いている。一秒でも早く早く改名しなくては。
いや、もうそうやって気を紛らわせる以外、特になにもしたくないのだ。
この状況を自力でどうにかできるとは思えない。
点滴で延々と酸を注入され続けている。力が入らない。気を抜くと腕が触手に変形しそうだ。
ん?
いっそ触手に変形したら、磔から脱出できるのでは?
だが、そのあとは?
機敏に行動することはできない。もし見つかったら、次は酸のプールに沈められるかもしれない。やるとしたら、確実な勝機を得てからだ。
*
クソみたいな生活はしばらく続いた。
デヴィルズ・タンは俺たちの前で豪勢な食事をし、とにかく女とヤリまくり、妙な煙をキメて人生をエンジョイしていた。
本当に死んで欲しい。
男はたまに留守にすることもあった。
そのときは女たちが勝手なことをしないよう、無人にされる。
誰も手を貸してはくれない。
だが、雑談をするチャンスではあった。
「誰かなんとかできないの?」
スクラッパーの苦情に、俺たちは返事をできなかった。
できないのだ。
できないからこうしている。
彼女は盛大な溜め息をつき、こうつぶやいた。
「じつはアタシ、中和剤持ってんだよね。一人分だけだけど」
「えっ?」
持ってる?
どこに?
所持品はすべて没収されたはずだが……。
スクラッパーはぐっと眉をひそめた。
「あんのよ、腹の中に。カプセルに詰め込んで。あんたに頭ぶち割られたとき、ついでにカプセルもオシャカにされたかと思ったけど、意外と大丈夫だったわね。やっぱモノづくりは丁寧にやっておくべきだわ」
「あのー……腹って?」
「あ? 言わせたいの? ぶっ殺すよ?」
「ごめんなさい」
だが、そんなところに中和剤を隠しておいたとはな。
よくデヴィルズ・タンにバレなかったものだ。
会話が途絶したので、今度は俺から切り出した。
「じつは俺、もしかすると抜けられるかも」
「マジで?」
「そしたら中和剤をもらっても?」
「待ちな。あんたがそこから抜けて、中和剤を取るところまではいい。けど、中和剤はアタシに使うんだ。当然だろ? アタシのなんだから」
「えぇ……」
一人分しかないのだ。
仲良くシェアはできない。
想像してみる。
俺は手足を触手にしたあと、地面に落ちる。しばらく動けない。なんとか回復するのを待って、スクラッパーから中和剤を回収。それで誰かをバキバキに回復させて、デヴィルズ・タンを倒す。
問題は、その「誰か」を誰にするかだ。
無言の牽制が始まっている。
「いいだろう。俺の法力で……」
「黙りな。あんたは最初から選択肢に入ってないんだ」
エグゼキューショナーの言葉を、スクラッパーがピシャリと打ち切った。
そうだ。
エグゼキューショナーはそもそも選択肢に入らない。
ひとつも脱出に貢献していないだけでなく、性格がクソすぎる。まあ性格のことを言い出したらスクラッパーもクソだが。
やはりここは人格者である俺の出番だな。まともなのが俺しかいないのだから仕方がない。
「なに笑ってんだよ? 裏切ったら地獄の果てまで追いかけてぶっ殺すからね」
スクラッパーに怒られてしまった。
愉悦が表情に出ていたか。
「待ってくれ。いま俺たちで争ってる場合じゃない」
「うるさい。結局、争うことになるんだ。分かってるんだよ」
「取引できる」
「信用できないね。あんたはアタシらみたいのを片っ端から酸の海に沈めてる。そういう意味では、デヴィルズ・タンよりクソだよ」
言われてみれば、わりとクソだな。
だが、信用してもらう必要はない。
行動を起こせるのは俺だけ。つまり、すべての結果は俺に委ねられている。
主導権はハナから俺にある。
ま、日頃の行いが違うとしか言えない。
*
「てめー、マジぶっ殺すからな!」
スクラッパーの呪詛を聞きながら、俺は中和剤を注射した。
いい気分だ!
体が回復してゆくゥ!
「まあまあ、スクラッパーさんよ。こんなときくらい助け合いましょうや」
「こんなクソがヒーロー気取って人助けしてやがったのかよ! アタシらと同じ穴のムジナじゃねーか! 死ねよ!」
「大声を出すと気づかれちゃいますよ」
人類は他者に無謬性を求めるのをやめるべきだな。
どんなカスでも人助けくらいする。
気が向けばな。
バーンとドアが開いた。
獲物のお出ましだ。
と、思ったが、現れたのは予想外の人物だった。
「あれ? なんでお前がここに……」
「いや、こっちのセリフですよ」
早撃ちのジョニーだ。
人格矯正センターにいたはずでは?
それとも、パズルに参加したのか? もしそうだとすれば、あまりに普通過ぎる。彼は神の血を引いているから、液体金属の治療は受けられない。五体満足でふらふら出歩くためには、いっぺん死なないといけない。
ジョニーは苦い表情で肩をすくめた。
「いやな、箱に入った途端、機械どもにぶちのめされてよ。そんで人格矯正センターとかいうところに監禁されたんだが……。なんか簡単に出られたな」
「簡単に……」
「いまは賞金稼ぎのジョニーだ。ここには悪い人間が沢山いるらしいからな。それに、酒代も稼がねぇとなんねぇし」
酒代か。
それは確かに大事だな。
俺の上司はクソ苦いお茶しか飲ませてくれない。そろそろ一杯やりたいところだ。
ジョニーは溜め息をついた。
「けど、お前には失望したぜ。まさかデヴィルズ・タンを名乗って街を支配していたとはな」
「いやいや、誤解ですよ。それは俺じゃない」
「見苦しいマネはよせ。後ろを見てみろ。お前の犠牲者たちが磔になっているぞ」
「ちょっと前まで俺も同じ目に遭ってたんです」
「ほう? だが、いまは違うようだな?」
めんどくせーなこいつ。
入ってきたタイミングも最悪なら、状況認識も最悪だ。
するとエグゼキューショナーも乗っかってきた。
「助けてくれ! 全部そいつが悪いんだ!」
「……」
あとで絶対沈めるからな?
しかもこのタイミングで、本物のデヴィルズ・タンが帰ってきた。ぞろぞろと女たちを連れて。
「なんですか騒々し……はぐっ」
喋らせねーよ?
俺は触手を伸ばし、握り込んでいた点滴パックをデヴィルズ・タンの口の中にぶち込んでやった。存分に酸を味わっていただくぞ。
手にも引っかかってしまったせいで、きっとしばらく触手のままになると思うが。まあ、安い代償だ。
「んっ!? んぐぅっ! んんーっ!」
床に崩れ落ちたデヴィルズ・タンは、ひたすら悶えていた。
いいザマだ。
女たちも助けない。
俺はひとつ呼吸をし、彼女たちに告げた。
「このつぶれ饅頭は俺のほうで処分しておきます。皆さんはもう自由ですよ。好きにしてもらって構いません」
「……」
返事がない。
その代わり、しばらく互いに顔を見合わせ、様子をうかがっていた。
かと思うと、突如、一人の女がデヴィルズ・タンを蹴り始めた。すると別の女も蹴り始めた。一斉に集団暴行が始まった。
素晴らしい光景だ。
自由を謳歌するとは、まさにこのことだな。
ジョニーはまじまじとこちらを見た。
「お前、デヴィルズ・タンじゃなかったのか……」
「だから違うって言ってるでしょ」
「その腕、どうしたんだ? 触手みてーになってるぞ?」
「あとで説明しますよ」
「不思議なもんだな。あ、それでよ、こいつなんだけど、俺が回収していいか? 俺が引き渡さねぇと金にならねぇんだ」
「いいですけど、一杯おごってくださいよ」
「一杯だけな」
ドケチだなこいつ……。
人に一杯だけ飲ませておいて、残りは全部自分で飲む気なのか?
酔っ払いの鑑だよ。
「ちょっと待ちなよ! アタシらどうすんのさ!」
磔のままのスクラッパーが喚きだした。
そういえばそうだった。
なにも考えていなかった。
「どうしようかな」
「誰のおかげで助かったと思ってんだよ! 解放しろ! この短小!」
短小?
その最高機密をどうやって知った……?
いや、いい。
磔のまま柱ごと抱えて、工房まで持って帰ろう。処分を考えるのはそのあとだ。
*
その後、罪人どもを街へ運び込んだところ、当局が回収してくれた。
彼らは人格矯正センターに送られるようだ。
もっとも、このあと俺がその人格矯正センターを荒らすかもしれないことを考えると、複雑な気分ではあった。なんとか穏便に仲間だけ救い出せればいいのだが。
ジョニーは簡単に出られたらしいから、希望はあるかもしれない。
工房のテーブル席で、俺は少年とティータイムをとった。
「ホントにすごいね。もう六人も倒しちゃった」
「恩返ししたい一心でね」
心にもない言葉が口をついて出てきた。
今日もお茶が苦すぎる。
少年は満足顔で足をバタつかせた。
「次で最後だよ」
「お姉さんから連絡は?」
「まだない」
「なら、次の街で見つかるかな」
「うん! きっとね!」
子犬みたいに喜んでいる。
それは俺も嬉しい。
だが、なにかが引っかかる。
少年の姉は、たしか父親とケンカしたとか言っていた。
その父はどこに?
「そういえば、君のお父さんについて……」
俺がそう言いかけたところで、彼はぎょっとしたような顔になった。
「えっ? 父さんのことで、なにか気になることでもあった? 変なウワサでも聞いた?」
「いや、姿が見当たらないものだから、少し気になって。聞いちゃマズかったかな?」
「べつにいいけど……」
隠し事がヘタだな。
慌て過ぎだ。
俺は苦い茶を一口すすった。
「ま、ちょっと気になっただけだ。君も気にしないでくれ。俺の役目は、悪い人間を殺すことだけだからな」
殺したところで生き返るから、本当の意味では殺すことさえできていないが。
いまのところ順調だ。
次で最後。
リラックスしていこう。
(続く)




