表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/27

乱入者

「クソが、いつかぶっ殺してやる」

 スクラッパーが力なくつぶやいた。

 デヴィルズ・タンにとっては、しかしそれさえ心地よいメロディーでしかなかったらしい。

「ぐふふ。負け犬の遠吠えは気持ちイイですねぇ! もっと鳴いてください!」

 食事をしながら、とんでもなく興奮していた。

 周りの女たちはずっと微笑のまま。

 心がぶっ壊れているのだろうか。


「いっそ殺してくれ……」

 エグゼキューショナーが弱々しく懇願する。

 もちろん聞き入れられるわけがない。


 スクラッパー、エグゼキューショナー、デヴィルズ・タン。そして俺、和田才蔵。ひとりだけ浮いている。一秒でも早く早く改名しなくては。

 いや、もうそうやって気を紛らわせる以外、特になにもしたくないのだ。

 この状況を自力でどうにかできるとは思えない。

 点滴で延々と酸を注入され続けている。力が入らない。気を抜くと腕が触手に変形しそうだ。


 ん?


 いっそ触手に変形したら、磔から脱出できるのでは?

 だが、そのあとは?

 機敏に行動することはできない。もし見つかったら、次は酸のプールに沈められるかもしれない。やるとしたら、確実な勝機を得てからだ。


 *


 クソみたいな生活はしばらく続いた。

 デヴィルズ・タンは俺たちの前で豪勢な食事をし、とにかく女とヤリまくり、妙な煙をキメて人生をエンジョイしていた。

 本当に死んで欲しい。


 男はたまに留守にすることもあった。

 そのときは女たちが勝手なことをしないよう、無人にされる。

 誰も手を貸してはくれない。

 だが、雑談をするチャンスではあった。


「誰かなんとかできないの?」

 スクラッパーの苦情に、俺たちは返事をできなかった。

 できないのだ。

 できないからこうしている。


 彼女は盛大な溜め息をつき、こうつぶやいた。

「じつはアタシ、中和剤持ってんだよね。一人分だけだけど」

「えっ?」

 持ってる?

 どこに?

 所持品はすべて没収されたはずだが……。


 スクラッパーはぐっと眉をひそめた。

「あんのよ、腹の中に。カプセルに詰め込んで。あんたに頭ぶち割られたとき、ついでにカプセルもオシャカにされたかと思ったけど、意外と大丈夫だったわね。やっぱモノづくりは丁寧にやっておくべきだわ」

「あのー……腹って?」

「あ? 言わせたいの? ぶっ殺すよ?」

「ごめんなさい」

 だが、そんなところに中和剤を隠しておいたとはな。

 よくデヴィルズ・タンにバレなかったものだ。


 会話が途絶したので、今度は俺から切り出した。

「じつは俺、もしかすると抜けられるかも」

「マジで?」

「そしたら中和剤をもらっても?」

「待ちな。あんたがそこから抜けて、中和剤を取るところまではいい。けど、中和剤はアタシに使うんだ。当然だろ? アタシのなんだから」

「えぇ……」

 一人分しかないのだ。

 仲良くシェアはできない。


 想像してみる。

 俺は手足を触手にしたあと、地面に落ちる。しばらく動けない。なんとか回復するのを待って、スクラッパーから中和剤を回収。それで誰かをバキバキに回復させて、デヴィルズ・タンを倒す。

 問題は、その「誰か」を誰にするかだ。


 無言の牽制が始まっている。


「いいだろう。俺の法力で……」

「黙りな。あんたは最初から選択肢に入ってないんだ」

 エグゼキューショナーの言葉を、スクラッパーがピシャリと打ち切った。

 そうだ。

 エグゼキューショナーはそもそも選択肢に入らない。

 ひとつも脱出に貢献していないだけでなく、性格がクソすぎる。まあ性格のことを言い出したらスクラッパーもクソだが。

 やはりここは人格者である俺の出番だな。まともなのが俺しかいないのだから仕方がない。


「なに笑ってんだよ? 裏切ったら地獄の果てまで追いかけてぶっ殺すからね」

 スクラッパーに怒られてしまった。

 愉悦が表情に出ていたか。

「待ってくれ。いま俺たちで争ってる場合じゃない」

「うるさい。結局、争うことになるんだ。分かってるんだよ」

「取引できる」

「信用できないね。あんたはアタシらみたいのを片っ端から酸の海に沈めてる。そういう意味では、デヴィルズ・タンよりクソだよ」

 言われてみれば、わりとクソだな。

 だが、信用してもらう必要はない。

 行動を起こせるのは俺だけ。つまり、すべての結果は俺に委ねられている。

 主導権はハナから俺にある。

 ま、日頃の行いが違うとしか言えない。


 *


「てめー、マジぶっ殺すからな!」

 スクラッパーの呪詛を聞きながら、俺は中和剤を注射した。

 いい気分だ!

 体が回復してゆくゥ!

「まあまあ、スクラッパーさんよ。こんなときくらい助け合いましょうや」

「こんなクソがヒーロー気取って人助けしてやがったのかよ! アタシらと同じ穴のムジナじゃねーか! 死ねよ!」

「大声を出すと気づかれちゃいますよ」

 人類は他者に無謬むびゅう性を求めるのをやめるべきだな。

 どんなカスでも人助けくらいする。

 気が向けばな。


 バーンとドアが開いた。

 獲物のお出ましだ。


 と、思ったが、現れたのは予想外の人物だった。

「あれ? なんでお前がここに……」

「いや、こっちのセリフですよ」

 早撃ちのジョニーだ。

 人格矯正センターにいたはずでは?

 それとも、パズルに参加したのか? もしそうだとすれば、あまりに普通過ぎる。彼は神の血を引いているから、液体金属の治療は受けられない。五体満足でふらふら出歩くためには、いっぺん死なないといけない。


 ジョニーは苦い表情で肩をすくめた。

「いやな、箱に入った途端、機械どもにぶちのめされてよ。そんで人格矯正センターとかいうところに監禁されたんだが……。なんか簡単に出られたな」

「簡単に……」

「いまは賞金稼ぎのジョニーだ。ここには悪い人間が沢山いるらしいからな。それに、酒代も稼がねぇとなんねぇし」

 酒代か。

 それは確かに大事だな。

 俺の上司はクソ苦いお茶しか飲ませてくれない。そろそろ一杯やりたいところだ。


 ジョニーは溜め息をついた。

「けど、お前には失望したぜ。まさかデヴィルズ・タンを名乗って街を支配していたとはな」

「いやいや、誤解ですよ。それは俺じゃない」

「見苦しいマネはよせ。後ろを見てみろ。お前の犠牲者たちが磔になっているぞ」

「ちょっと前まで俺も同じ目に遭ってたんです」

「ほう? だが、いまは違うようだな?」

 めんどくせーなこいつ。

 入ってきたタイミングも最悪なら、状況認識も最悪だ。


 するとエグゼキューショナーも乗っかってきた。

「助けてくれ! 全部そいつが悪いんだ!」

「……」

 あとで絶対沈めるからな?


 しかもこのタイミングで、本物のデヴィルズ・タンが帰ってきた。ぞろぞろと女たちを連れて。

「なんですか騒々し……はぐっ」

 喋らせねーよ?

 俺は触手を伸ばし、握り込んでいた点滴パックをデヴィルズ・タンの口の中にぶち込んでやった。存分に酸を味わっていただくぞ。

 手にも引っかかってしまったせいで、きっとしばらく触手のままになると思うが。まあ、安い代償だ。


「んっ!? んぐぅっ! んんーっ!」

 床に崩れ落ちたデヴィルズ・タンは、ひたすら悶えていた。

 いいザマだ。

 女たちも助けない。


 俺はひとつ呼吸をし、彼女たちに告げた。

「このつぶれ饅頭は俺のほうで処分しておきます。皆さんはもう自由ですよ。好きにしてもらって構いません」

「……」

 返事がない。

 その代わり、しばらく互いに顔を見合わせ、様子をうかがっていた。

 かと思うと、突如、一人の女がデヴィルズ・タンを蹴り始めた。すると別の女も蹴り始めた。一斉に集団暴行が始まった。

 素晴らしい光景だ。

 自由を謳歌するとは、まさにこのことだな。


 ジョニーはまじまじとこちらを見た。

「お前、デヴィルズ・タンじゃなかったのか……」

「だから違うって言ってるでしょ」

「その腕、どうしたんだ? 触手みてーになってるぞ?」

「あとで説明しますよ」

「不思議なもんだな。あ、それでよ、こいつなんだけど、俺が回収していいか? 俺が引き渡さねぇと金にならねぇんだ」

「いいですけど、一杯おごってくださいよ」

「一杯だけな」

 ドケチだなこいつ……。

 人に一杯だけ飲ませておいて、残りは全部自分で飲む気なのか?

 酔っ払いの鑑だよ。


「ちょっと待ちなよ! アタシらどうすんのさ!」

 磔のままのスクラッパーが喚きだした。

 そういえばそうだった。

 なにも考えていなかった。

「どうしようかな」

「誰のおかげで助かったと思ってんだよ! 解放しろ! この短小!」

 短小?

 その最高機密をどうやって知った……?


 いや、いい。

 磔のまま柱ごと抱えて、工房まで持って帰ろう。処分を考えるのはそのあとだ。


 *


 その後、罪人どもを街へ運び込んだところ、当局が回収してくれた。

 彼らは人格矯正センターに送られるようだ。


 もっとも、このあと俺がその人格矯正センターを荒らすかもしれないことを考えると、複雑な気分ではあった。なんとか穏便に仲間だけ救い出せればいいのだが。

 ジョニーは簡単に出られたらしいから、希望はあるかもしれない。


 工房のテーブル席で、俺は少年とティータイムをとった。

「ホントにすごいね。もう六人も倒しちゃった」

「恩返ししたい一心でね」

 心にもない言葉が口をついて出てきた。

 今日もお茶が苦すぎる。


 少年は満足顔で足をバタつかせた。

「次で最後だよ」

「お姉さんから連絡は?」

「まだない」

「なら、次の街で見つかるかな」

「うん! きっとね!」

 子犬みたいに喜んでいる。

 それは俺も嬉しい。


 だが、なにかが引っかかる。

 少年の姉は、たしか父親とケンカしたとか言っていた。

 その父はどこに?


「そういえば、君のお父さんについて……」

 俺がそう言いかけたところで、彼はぎょっとしたような顔になった。

「えっ? 父さんのことで、なにか気になることでもあった? 変なウワサでも聞いた?」

「いや、姿が見当たらないものだから、少し気になって。聞いちゃマズかったかな?」

「べつにいいけど……」

 隠し事がヘタだな。

 慌て過ぎだ。


 俺は苦い茶を一口すすった。

「ま、ちょっと気になっただけだ。君も気にしないでくれ。俺の役目は、悪い人間を殺すことだけだからな」

 殺したところで生き返るから、本当の意味では殺すことさえできていないが。

 いまのところ順調だ。

 次で最後。

 リラックスしていこう。


(続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ