三人抜き
四人目、エグゼキューショナー。
そいつは、街の住民を奴隷にしているわけではなかった。
その代わり、みずからが教祖となり、住民に信仰を強要した。神の一族に対し、人間サマを崇めさせたわけだ。それが世界の「法則」なんだそうだ。
信仰心の高いものだけを取り立てて、そうでないものは低く扱うようにした。
すると住民たちは、はじめは自衛のために仕方なくそれを始め、やがて本気になって信仰を競い始めた。
人は、強固な枠組みを用意されると、枠の中で利益を最大化しようとする。枠を壊そうとは考えなくなる。
つまり、他の街と異なり、住民は必ずしも俺の味方とはならない。
エグゼキューショナーと引き分けた場合、酸の海に沈められるのは俺のほうになるだろう。たぶん。
相手がザコであることを祈るしかない。
俺は要塞化した街へ近づき、こうお願いした。
「街を解放に来ました。開けてください」
「失せろ偽善者! お前の悪行はすでに知れ渡っているぞ!」
街に入る前からこれだ。
街を解放するために、街の人間を殺したのでは意味がない。かといって、このままでは解放できない。
もし住民を殺した場合、少年の姉も巻き込む可能性がある。
俺の力で死んだ神は、二度と生き返らない。この液体金属の身体は、機械として扱われるらしい。
「皆さんは、神の一族でしょう? なぜ人間を崇めるのです?」
「惑わされんぞ、異教徒め! 我々は真実に目覚めたのだ! エグゼキューショナー万歳!」
頭がどうにかなりそうだ。
まあ、信教の自由があるから、神が人間を崇めようが構わない。だが、狭い世界に閉じ込められて、それだけが正解かのように刷り込まれた上での信仰はいかがなものであろうか。
いや、いい。
思想教育は俺の仕事ではない。
俺はあくまで仕事としてエグゼキューショナーを倒せばいいのだ。他のことは知らない。他人の考えを変える必要もない。
街はどこも鉄の要塞だ。
この街も、鋼鉄の扉で閉ざされている。
「お邪魔します」
俺は手をドリルにして、その扉をこじ開けた。
「なんたる冒涜! 偉大なるエグゼキューショナーの兄弟姉妹よ、この不信心者を再教育するぞ!」
「おお!」
カルトどもが一致団結してしまった。
構わん。
俺は俺の仕事をする。
なぜそうしたいのか、もはや理由さえ分からなくなっているが、ほかにすることがないんだから仕方がない。
扉を破壊すると、槍を手にした男たちが待ち構えていた。訓練されているようないないような、不揃いな包囲網。
俺は手を横なぎにし、手刀でその槍の先端だけを切り落とした。
人は傷つけていない。
「道を開けてください。俺は皆さんをどうこうするつもりはないんです」
「だ、だがエグゼキューショナーに手を出すつもりだろう?」
そう。
もしそうなれば、狂信者どもは命をかけて彼を守るかもしれない。
だが、俺にも策の用意はある。
「聞いてください。すべては『法則』によって、あらかじめ決定づけられたことです。もし『法則』が彼を生かすつもりなら、悪い結果にはなりません。彼は必ず勝利するでしょう」
「えっ?」
「すべては『法則』次第。つまり『法則』がそうすべきであると判断したならば、私がどんな小細工を仕掛けようが、彼は勝利することになっているのです。明晰かつ判明。なにも不安はないでしょう?」
「……」
ざわつき始めた。
一理ある、というわけだ。
*
かつて人間界では、似たようなことがあった。
民から王へ、運河を作って欲しいとの要求があった。
すると神権政治に頼り切っていた王は、どうすべきかを神官に委ねた。
そのときの返事がこうだ。
「運河ですと? もしそれが必要なのであれば、あらかじめ神が、世界をそのようにお創りになったはずでは?」
かくして運河は作られずに終わった。
*
人々は道をあけた。
だが、このまま進んでも同じことの繰り返しだろう。
俺は民に告げた。
「さ、一緒に来てください。『法則』の結果をその目で見届けるのです」
納得したわけではないと思うが、彼らは素直に後ろからついてきた。
神殿も鋼鉄でできていた。
歯車が回り、鉄パイプから蒸気が漏れる。古きよきスチームパンクといった趣。エグゼキューショナー氏の趣味が丸出しだ。
「なんの騒ぎだ!」
首がもげそうなほど派手な冠を付けた男が、半裸で現れた。
頭のそれは東京タワーか?
なにか電波でも発信しているのだろうか?
俺は堂々と名乗り出た。
「初めまして、和田才蔵です。あなたをどうにかしに来ました」
「近ごろ人間を成敗して回っている偽善者か。おい、後ろのお前たち! なぜこいつを通した! とにかく酸をかけろと言っておいただろう!」
だが民衆はだんまり。
いや、黙っていてくれたほうが助かる。
ここは俺が代弁してやろう。
「落ち着いてください。『法則』が望むのであれば、勝利するのはあなたです」
「小賢しいな。いや、いい。この俺が直々に地獄へ送ってやる。だが、こちらにも準備の時間をもらおう。これは『法則』に関わる重大な戦いだ。何事もまず公平でなくてはな」
「……結構」
ここで拒否すれば、民衆をすべて敵に回すかもしれない。
もし民衆を刺激して、戦いの最中に酸でもぶっかけられたらたまったものではない。
エグゼキューショナーは一人、建物に戻っていった。
こちらはただ待つのみ。
ただ待つ。
待つ……。
ところが、いつまで経ってもヤツは姿を現さなかった。
代わりに、建物から半裸の女がおずおずと姿を現した。
「あの、エグゼキューショナーが逃げました……裏口から……」
「……」
クソ野郎が!
すると民衆からも、不満の声があがり始めた。
「こんなことがありえるのか?」
「『法則』はどうなっている?」
「街を見捨てたぞ」
「探そう」
「探し出せ!」
「血祭りにあげろ!」
「酸の海に沈めてやる!」
なるほど。
こいつらも本心では、あいつをぶっ殺したいと思っていたらしいな。
彼らの動きは早かった。
捜索隊が組織され、各地へ展開した。
俺も捜索に参加した。というか、逃がしてしまっては、少年との約束を果たせない。
七日ほど捜索が続いただろうか。
くたくたになって街で休んでいると、信徒の住民の一人が近づいてきた。
「悪い報せだ。どうやらエグゼキューショナーは、隣の街に逃げ込んだらしい」
「隣の街? そこも人間が支配を?」
「ああ。スクラッパーとかいうヤバい女が仕切ってる……。俺たちじゃ、あそこには近づけない」
「オーケー。代わりに俺がなんとかしますよ」
「えぇっ……」
なぜか引いてしまった。
せっかく汚れ仕事を引き受けてやろうってのに。
*
五人目、スクラッパー。
同時に二人と戦うのは気が進まないが、やるしかない。
街に近づくと、すぐに異様なのが分かった。
各所が電飾でキラキラに飾られている。赤、青、緑、白――。とてもカラフルだ。
のみならず、道に沿って長方形の箱が並べられていた。一部がガラスになっており、中には人の顔が見えた。
手足は……箱から細長い金属アームが伸びているだけ。
きっと『改造』されたのだ。
彼らはなにも言葉を発しない。物悲しそうな目でこちらを見ているだけ。
神は、なぜこんな頭のおかしい人間に力を与えてしまったのか?
あるいは力を得てからおかしくなったのか?
ひときわ目立つ箱もあった。
箱の上にタワーが置かれている。
中身はエグゼキューショナーだ。酸に満たされた箱の中で、延々と溺れ続けている。
「あんた、名前は?」
女の声がした。
肩にクソデカいスパナを担いでいる。
耳がピアスまみれの、緑色の髪をしたガリガリの女だ。いや、細く見えるが筋肉質だ。アスリートタイプかもしれない。
「和田才蔵」
「そう。ありがと。箱に入れたあと、作品名つけないといけないからサ」
「ここに並んでるのは君の作品か?」
「まあね。けど、最近スランプなんだ。どうしても似たような作品ばかりになっちゃう。あんた、なにかいいアイデアない?」
あるわけないだろ。
「彼はどうしたんだ?」
話をそらしたくなって、俺はエグゼキューショナーをダシに使った。
彼は物言いたげにこちらを凝視している。
「こいつ? 同盟関係だったんだ。だから助けを求めて来たんだろうね」
「同盟?」
「けど、アタシの作品にケチつけはじめてサ。ムカついたから、メシに酸を混ぜて食わせてやった。その結果がコレ」
「なるほど」
それはさぞイージーだったろう。
仲間だと思っているからこそ簡単にやられる。
彼女は溜め息をついた。
「ところでサ、あんた、あの工房のガキに言われてここに来てんだろ?」
「知ってるのか?」
「知ってるもなにも、アタシらみんなあいつの世話になったんだ。けど、あんなのに従ったところでなんの得もないだろ? バカらしくなんない? 考えてもみなよ。どうせこの箱からは出られないんだ。だったら、楽しまなきゃ損だよ」
「一理ある」
「だろ?」
ニッと凶悪な笑み。
見るからにサディストだな。
だが、一理あるからといって、そういうことをしないのが『人間』だ。いや『倫理』と言い換えてもいい。気持ちよさを優先したら、人間などサルと大差なくなってしまう。
とはいえ、俺も気持ちよさを優先して人間と戦っているのかもしれないが。
よく分からないので考えないことにしよう。
「街をかけて俺と勝負してくれ」
俺がそう告げると、スクラッパーは苦い笑みを浮かべた。
「あんたサ、いまの話、聞いてた?」
「こっちにはこっちの事情があるんだ」
「ヒーロー気取り? 勘弁してよ」
「始めるぞ」
いまこうしている間にも、仲間たちは人格矯正センターで苦痛を受けている。
一分一秒でも惜しい。
女が、柱についている大きなボタンを乱暴に押し込んだ。
同時に、整列していた箱が一斉に立ち上がった。
細い金属の足がついていたようだ。
「まずはアタシの兵隊と戦ってもらうよ」
「住民を兵器に……!?」
箱の中の顔はどれも無気力なまま。
機械の制御に脳を使われているだけで、彼らの意思は無関係なのだろう。
ただし、細いアームしかないから、戦闘力は低そうだ。
問題は心理面。
俺が彼らを殺せるかどうか……。
いや、勝負を逃れる方法はある。
それは上! とにかくジャンプだ! 足をバネのようにすれば、信じられないくらい高く跳べる!
跳ね上がると、景色が一瞬で縮小して見えた。
もうなんでもアリだな、この体は。
しかも高すぎるから、着地の衝撃で死ぬかもしれない。
だが、いい。
こちらが死ぬほどの衝撃を、女の頭に叩き込む。
呆然と空を見上げているスクラッパーの顔が、徐々に近づいてきた。
俺はそこへ鉄パイプを振り下ろす。
凄まじい衝撃。
のみならず、強大なエネルギーが生じたせいで、中の火薬に反応して、暴発してしまった。酸が周囲に飛散する。
大惨事だ。
箱状の住民たちも衝撃でズタズタにされ、エグゼキューショナーの箱も破壊されてしまった。
俺も動けない。スクラッパーも動けない。
もっとまともな作戦を考えておくんだった。
*
目をさますと、俺は磔にされていた。
のみならず、点滴で酸を注入されて動けない。意識も朦朧としている。
見ると、右にはスクラッパー、左にはエグゼキューショナーが、同じく磔にされていた。
正面には、ぶよぶよに太った男。
六人目の支配者、デヴィルズ・タン。
悪魔の舌。
だが和訳すると「コンニャク」だ。
それでいいのか、こいつは……。
「ぐふふ。情けないですねぇ。くだらない縄張り争いの末に共倒れとは、頭が悪い! その一言に尽きます」
隣にキレイな女をはべらせて、ずっとそのケツをもんでいる。
ぜひ場所を代わって欲しい。
いや、こんなことを言うと袋叩きにあうな。ハラスメント行為は断固として許してはならない。悪いことはダメだ。まずは俺を解放しろ。俺の基本的人権が侵害されているぞ。
「ああ、安心してください。皆さんにはなにもしません。私のコレクションとしてそこにいてもらいますよ。ぐふふ」
満足そうだ。
つぶれた饅頭みてぇなツラしやがって……。
ちゃんと三食支給されるんだろうな? 酸だけじゃ死ぬぞ。
だが、俺たちにメシはなかった。
ここはデヴィルズ・タンの宮殿らしい。
ヤツはそこで、山盛りの肉を食い始めた。しかも自分で食うのではなく、女に食わせ、何度も噛ませた上で、口から吸い出して食っていた。
吐き気がするほど気持ち悪い。
こいつはなんとしても殺さなくては……。
(続く)




