表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/27

アイアン・ガイと剥製師

 工房に戻ると、少年が紅茶をいれてくれた。

 かなり面倒見がいい。

「どうぞ」

「いただきます」

 まあ、出してくれるのはいいが、クソ苦い。

 田舎の婆さんが出してくるお茶みたいだ。


 俺は一口すすってから渋い顔でカップを置き、こう切り出した。

「で、人格矯正センターの件だけど」

「うん。でも待って。殺して欲しい人間が、あと六人いるの」

「待ってくれ。俺は殺しの専門家じゃない」

「でもうまくやったよね?」

 愛嬌のある笑み。

 人なつこさだけですべてを乗り越えられると思うなよ……。

 結局、こいつも神の一族なのだ。


「どんなヤツなんだ?」

「似たようなヤツだよ。ただ、力は強いかな。体もおっきいんだ。見た目も怖いし」

「俺の苦手なタイプだ」

「でも勝てるよ! 僕が改良した武器もあるし!」

 そうだ。武器のおかげだ。

「あの酸は使える。もっと水鉄砲とか水風船みたいに気軽にぶちまけられたらいいんだが」

「いいけど、ちゃんと密閉してないと揮発しちゃうんだよね。まあ考えておくよ」


 いったい俺はなにをやっているのだろうか。

 箱を攻略するつもりで来た。

 なのに、箱の中の神と手を組んでいる。

 まあ命を救われたのだから、恩を返したい気持ちはあるにしても。


 ただ、そうなると……。

 仲間たちをセンターから救出したあと、俺たちはどうすればいいのだろうか?

 みんな揃ったからといって、急にここの住民を虐殺するのか?


 あるいは、どこかへ行くにしても、箱から出る方法が分からない。

 永遠にここに住むことになるのかもしれない。


 こんな状況になってみると、あふれんばかりの力を私利私欲のために使いたくなる気持ちも分からなくはない。


 *


 次のターゲットは自称アイアン・ガイ容疑者。

 マンじゃなくてよかった。

 いや、ポリコレ的にはアイアン・パーソンを名乗って欲しいところだな。


 ともあれ、また単騎で行かされた。

 あの工房、じつはブラック企業なのでは?


 荒野に建造された、金属で要塞化された街。

 だが、中に入る前に、そいつと遭遇することができた。

「お前か、街を潰して回ってるバカ野郎は」

 鋼鉄で武装したスキンヘッドの巨漢。

 アイアン・ガイのご登場だ。

 護衛もおかず、一人で立っている。よほど腕に自信があると見た。


 俺は盛大に溜め息をついた。

「仕事なので」

「金のために、神に味方するのか?」

「金じゃありませんよ。もっと別の利権です」

 仲間を救うという利権だ。

 いまのところ一円にもなってない。


 アイアン・ガイは眉をひそめた。

「いいように騙されてるな。神は人を救わない。そんなことも分からないとはな」

「いえ、分かってますよ。神は人を救わない。人も神を救わない。機械もそうだ。なんなら、それを使ってるヤツの気分次第」

「そう。そして俺たち人間が使う」


 神の加護で無限の命を得た上に、機械の力で身体を強化され、俺たちはなによりも強くなってしまった。

 人は力を手にするとすぐに驕る。

 だが、俺は知っている。

 調子に乗ったヤツは滅ぶ。

 ソースは昔話だ。育ったのが田舎だったせいか、同じ話ばかりをしつこく聞かされた。まあ軽い洗脳教育だな。


 俺は鉄パイプを構えた。

「じゃあ、さっそく仕事に取り掛からせてもらいますよ。こっちは時間給じゃないんで」

「待て。武器はナシだ。拳で勝負しろ」

「はい?」

「拳で勝負しろ!」

 巨大な握り拳を見せつけてきた。

 バカめ。

 こんなのと肉弾戦して勝てるわけないだろう。


 俺が渋っていると、彼は見下すような目になった。

「なんだ? こっちは街から出て、一人でお前の前に立ったんだぞ? お前は、俺の要求をひとつも飲めないってのか? 腰抜けめが」

「……」

 返事をしてもよかったが。

 出てきたのだから拳で戦え、というのは、そのほうが有利だから勝手に言っているに過ぎない。俺だって勝手に有利な設定で戦わせてもらう。


 こっちが先手だ。

 鉄パイプを腹に押し当て、敵にぶちまける。

 酸化の連鎖。

 爆ぜる空気。

 弾丸は敵へ直撃。

 こちらも反動で地べたに叩きつけられたが、ダメージはない。


 なんとか身を起こすと、アイアン・ガイは仁王立ちでこちらを睨みつけていた。

「酸か? だが、この装甲の前には通じなかったようだな」

「……」

 酸は、鋼鉄のアーマーをうっすら赤く染めただけで、アイアン・ガイ本人にはあまり効果を及ぼしていなかった。

 すぐさま二発目をぶち込んでやりたかったが、鉄パイプはどこかへ飛んで行ってしまった。

 彼のご希望通り、拳でやり合うしかないかもしれない。


 岩石のような拳が振り下ろされて、俺は首がもげそうなほどの衝撃を受けた。二発、三発。こちらが仰向けになると、さらに馬乗りになって殴りつけてきた。

 強大なエネルギーだ。

 このままでは、いずれ再生が追い付かなくなる。


「どうした? 反撃してこないのか? そんな弱さで俺に挑んできたとはな。ガッカリだ」

「ふん」

 勝手にガッカリしていろ。

 奥の手はある。


 なぜなら、鉄パイプがなくとも弾薬を起爆する方法はあるのだ。

 俺は事前に握り込んでいた弾薬に、火薬を叩きつけた。

 目の潰れんばかりの閃光。

 頭の中にまで響き渡る炸裂音。


 飛び散った酸は、互いの顔面に直撃した。

 両者ノックアウト。

 だが、これで俺の勝ちは確定した。


 *


 目をさますと、はりつけにされたアイアン・ガイが、水車で延々と酸をかけられていた。

「クソ、お前たち……許さねぇぞ……」

「許さないのはこっちも同じだ。永遠に苦しめ」

 奴隷たちの反逆だ。

 そう。

 この手の独裁者は、周りを敵だらけにしてしまう。

 隙を見せればこうなるのは分かり切ったことだ。


 奴隷は俺のところへもやってきた。

「気がついたか。立派な人間もいたもんだな。あんたの街には連絡を入れてある。感謝するよ」

「ありがとう」

 俺も防具をつけたほうがいいかもしれない。

 また両手が触手みたいになっている。顔もどうなっていることやら。


 *


 三人目、剥製師タクシダミスト

 こいつについては思い出したくもない。

 ひどく猟奇的な趣味をもった人物で、街の住民も悲惨な状態にされていた。

 ただ、たいして強くなかったから、普通に鉄パイプで袋叩きにし、逆さづりにして酸のプールに漬けておいた。


 *


 午後、工房――。


「すごいすごい! もう三人も倒しちゃった!」

「しかも無償労働というのがすごいよ」

 喜ぶ少年に、俺は皮肉を返さずにはいられなかった。

 人格矯正センターに案内してくれるのは助かるが、その代償がこのハードな労働とは。つり合いがとれていない気がしてならない。


 俺はクソ苦い茶をすすり、こう続けた。

「あと四人だっけ?」

「うん。この調子ならすぐだね」

「俺は仲間を救いたいだけなんだけどな……」

 思わずそうぼやくと、彼は頬をふくらませた。

「僕だってそうだよ! 仲間を救いたいの!」

「まあ、それもそうか……。君にとっては、同胞だもんな。しかも外来種の人間に蹂躙されて……。同じ人間としてお詫びするよ」

 俺が頭をさげると、彼は慌てて身を乗り出した。

「待って。あんたが謝る必要ないよ。僕らのために戦ってくれてるんだから」

「けど、俺は恥ずかしいよ。力を手にしたからって、人を傷つけるために使って」


 力が強いからといって、なんでも力で解決していいわけじゃない。

 たとえば、普段の生活でも、気に食わないヤツはそこら中にいる。中には自分より腕力のないのもいる。だが、だからといって、暴力で解決したりはしないだろう。

 法律がなければどうなるかは分からないが。

 それでも、手をあげたら可哀相だとは思うだろう。


 多くの人間は、こんなではないはず。

 そう信じたい。

 とはいえ……。


 ここへ来る人間は、たいがいが神に憎しみを抱いている。

 力を得たら復讐したくなるのも分かる。某ルビィ・ザ・ファイナルのように。


「親方。ずっと気になってたんだが、なぜ人間に過剰な力を与えるんだ? そんなことしなければ、そもそもこんな問題は起きないはずでは?」

 すると彼は、うーんと斜め上を見上げた。

「でも、みんなここへ来るときは、傷ついた状態だから。救わないといけないじゃない?」

「機械の手足をくっつけるだけじゃダメなのか? そういう技術があるんだから」

「まーでも……強い仲間が欲しいから」

 現状、強い敵しか生み出していない気がするが。


 少年は茶を飲み干し、こう続けた。

「とにかく、あんたはずっと僕たちの味方でいてね? 約束!」

「ああ、約束しよう」

 ただし、なにか裏があれば、裏切らないわけではない。


 ここでは、液体金属で強化された人間が脅威となっている。つまり人間に力を与えなければ、脅威も去る。なのに彼らは力を与え続ける。

 いったいなぜ?

 なにかとの戦いに備えているのか?


 俺の表情からなにか察したのか、少年はじっとこちらの顔をうかがってきた。

「ねえ、人間……」

「ちゃんと約束するよ」

「そうじゃなくて。あんたって、いつまでいい人でいられると思う?」

 なんだそれは。

 俺は思わず顔をしかめてしまった。

「そもそも、特にいい人じゃない。君の依頼を受けているのは、最低限の義理を果たしてるだけだ。善人じゃない。それと、なにかあれば、すぐに意見を変える。ずっとこのままとは限らない」

「んー、でもいい人に見えるよ?」

「お人好しではあるな」

 過去にこの世界に来た人間よりマシという自負はある。

 あるが、俺は自分を特別だとは思っていない。

 どの人間もおかしくなったということは、きっかけさえあれば俺も同じようになるという危惧はある。自分だけ大丈夫とは思えない。


 少年は溜め息をついた。

「もう教えちゃおっかな」

「なにを?」

「僕があんたに人殺しをお願いしてる理由」

「同胞を救いたいんじゃないのか?」

 てっきりそうだと思っていたのだが。

 彼は肩をすくめた。

「もちろんそう。だけど、本当に救いたいのは一人だけ。僕の姉さんが、どこかの街で奴隷になってるかもしれないの。逃げ出したかもしれないけど……。分かんない。もう殺されてるかも」

「マジか……」

 道理であちこち行かせるわけだ。

 具体的な居場所は分からずとも、人間の支配する街をすべて解放すれば、姉の痕跡は見つかるかもしれない。


「ずいぶん昔に、父さんとケンカして出て行っちゃったんだ。手紙だけはやり取りしてたんだけど……。奴隷にされた友達を助けに行くって手紙を最後に、音信不通になっちゃった」

「そうだったのか」

 理由は分かった。

 少年にも助けたい相手がいるのだ。

 俺の都合だけで動くわけにはいくまい。


 天気がいい。

 スクラップの上に巣を作った鳥たちも、家族と仲睦まじく身を寄せ合っている。


「できる限りのことはするよ」

「ホント? 信じていいの?」

「ああ。この件に関しては最後までやる。どっちにしろ、ほかにすることもないしな」

「やった! 僕ももっと武器を改良してサポートするね!」

 武器もいいが、鎧も欲しいな。

 酸をなんとかしたい。

 現状、酸の掛け合いになっている。醜い争いだ。


(続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ