ルビィ・ザ・ファイナル
話はあれよあれよという間に進み、結局、俺は単騎で敵地へ乗り込むことになってしまった。
単騎だぞ、単騎。
ジェイソン・ステイサムでもないのに。
俺の鉄パイプは、例の少年が改良してくれた。機械いじりは得意らしい。
といっても、劇的になにかが変化したわけではないらしい。まっすぐ飛ぶように調整してくれただけだ。質のいい弾薬も用意してくれたが……。まあ、使い方はこれまでと変わらない。
*
そいつの支配する街は、すぐ近隣にあった。
もとあった街をそのまま乗っ取って、住民をすべて奴隷にしたらしい。自分の力なんだから、自分の好きなように使ってなにが悪い、というわけだ。
そいつももとは俺と同じように、人間界から神界に誘拐され、箱に挑戦するため試練を強制されていたらしい。そしてパズルに挑戦し、手足を失い、謎の液体金属を注入された。その後は、鬱憤を晴らすように略奪を始めた。
いや、思うんだが……。
ここのお人好しは、なぜ人間にそんな力を与えてしまうのだろうか? なにも考えてないのか? これまで少年と話した感じでは、本当にただのお人好しの可能性がある。
ともあれ、そいつのゲスみたいな人生も今日で終わりだ。
俺のほうが終わる可能性もあるが。
*
街はバリケードで要塞化されていた。
組まれた足場の上に、男たちが見張りとして立っている。どいつもこいつも義肢だ。腕か足が機械になっている。それも、液体金属ではなく、見るからに機械だ。純血の神か、あるいは神の血を引いた「雑種」かもしれない。
俺は鉄パイプを股の間に挟み、ホールドアップした。
「待ってください。皆さんと戦うつもりはありません。ボスに会いに来ただけです」
すると男が、死んだような目で応じた。
「通ってくれ。話は聞いてる」
「聞いてる? 誰に?」
「ボスはなんでもお見通しなんだ」
そういえば少年もそんなことを言っていた。
千里眼の能力を有している、と。
ただし見えるのは過去だけ。
どこかの誰かを思い出さずにはいられない。
*
本当に鉄骨を組んだだけの要塞だった。
どちらを向いても鉄、鉄、鉄。
それも錆びて赤茶色に腐食している。
警備の男たちは立っていたが、手を出してこなかった。
出してきたところで、勝敗は見えているが。
こないだ軽く試したが、この体は本当に強くなっている。並の攻撃ではまずダメージを受けない。なぜただの人間にこんな力を授けるのか分からない。
ま、敵も同じ能力を有している以上、簡単な戦いにはならないと思うが。
突き当りに来た。
巨大な鋼鉄の扉で閉ざされている。
その扉を、ボロボロの服を着た男たちが、なんとか引っ張って左右に開いた。
そこは宝石箱のようだった。
キラキラのシャンデリア、金ぴかの調度品、よく磨かれた胸像、並べられた酒瓶、そして首輪をされた女たち。
玉座にふんぞり返っているのは一人の若者。
「お前が和田才蔵か。歓迎する」
「初めまして。お邪魔しますよ、ルビィ・ザ・ファイナルさん」
金髪でオカッパの男だ。
素肌に直接ベストを着ている。
のみならず、右手にピンポン玉のようなものを握り込んでいる。
しかし自称ルビィ・ザ・ファイナルとは。
俺もなにかカッコイイ名前を名乗ったほうがいいのか?
彼はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「べつにいいんだけどさ。俺らが争ってもなんの得もねーんだけど? そこんとこ分かってる?」
「でも、仕事なんで」
「あ? 仕事? 無視でいいだろ、そんなの。神どもより、俺らのほうが何倍も強ぇんだから」
「まあ、理論上はそうだけど……」
「お前もアレだろ? 箱の外で、神にいいようにされて来たんだろ? 見たんだよね。千里眼あるからさ」
そいつは手に握り込んでいた球体を見せてきた。
眼球だ。
俺は肩をすくめた。
「まあ、恨みはないんですけどね。仲間、助けないといけないんで」
「待てよ。意味ねぇんだって。俺らが潰し合っても、神がウマい思いするだけだから。分かんねぇの? バカじゃんお前」
別にいい。
もし俺が同じ立場なら、バカとは会話しない。会話するだけ時間のムダだからだ。なのに彼は、一方的に自説をまくし立ててくる。
俺が歩を進めると、彼は背もたれにすがりながら腰をあげた。
「ちょ、待て待て。待てって。は? 聞いてた? お前もさ、俺が羨ましいなら、同じく街を乗っ取ればいいじゃん? 簡単だから。な? わざわざここ潰す必要ないって」
「……」
なぜバカと会話する必要があるのだ?
「いやいや! 待てよ! 千里眼だから! 分かれって! 俺は、お前のこと知ってんの! 調べたから! お前の手の内も全部分かってんの! その鉄パイプでアレだろ? 撃つんだろ? でも後ろが壁じゃないと使えないんだよな?」
「いや」
俺は男の頭部に、鉄パイプを叩きつけた。後ろが壁でなくとも、殴るくらいはできる。
かなりめり込んだが、おそらくダメージはないだろう。
「あばっ……。なんで? 本気でバカなの?」
「戦う理由、ないって思ってたけど。あんまりバカって言われたら怒っちゃうよなぁ、俺もなぁ」
「ふざけんな! 殺すぞ!」
手をドリルのようにして、こちらの胴体を貫いてきた。
衝撃はある。
だが、致命傷にならない。
ゾンビ同士の不毛な殺し合いといったところだ。
ただし、無尽蔵ではない。
エネルギーを使っていると、次第に回復が遅くなってくる。
スタミナの切れたほうが負ける。
もっとも、死んだところで時間が経てば生き返るわけだから、ヘタすると永遠に終わらない可能性もあるが。
「お前、アレ持ってないよな?」
「どれ?」
「いや、いい。はは。お前、絶対俺に勝てねぇから。能力奪って酸の海に沈めてやるよ」
「……」
なにかあるのか?
あるならあるで、事前に情報が欲しかったところだな。
ほぼノーガードでの戦闘が始まった。
腕でガードしようが、胴体で受けようが、生じるエネルギーは同じ。だからガードしなくていい。まあ回避は有効だから、避けられるようならそのほうがいい。
ルビィはたいして強くなかった。
ろくに運動もせず、女たちとよろしくやっていたのだろう。
毎日バチバチやり合っていた俺のほうが、身体能力は高かった。
「ま、待て! タイム! 一回! 一回待って!」
「……」
応じる必要はなかったのだが、あまりに情けなかったので、つい眺めたくなってしまった。
当初の威勢のよさがウソのようだ。
「よく考えたら、俺ら争う理由ないじゃん? むしろ境遇も同じだし、人間同士じゃん? 一回! 一回ちょっとやめよう。座んね? 酒でも飲みながら話そうよ? ね?」
「酒は終わってから飲むよ」
「ウソでしょ? でもさ、悔しくねーの? 俺ら、神につかまって苦しい思いさせられてさ? そんで復讐のチャンスを得たわけじゃん? これのなにがダメなの? 自業自得っしょ? ぶべっ」
横っ面をぶん殴ると、そいつは情けなく尻もちをついてしまった。
「神がどうとかいうのは別にいい。俺をバカにした件の謝罪がまだ聞けてないぞ」
「えっ? いや、まあ……ごめん。でもそっちも悪いじゃん! 急に来てこんな一方的にさ!」
奴隷たちの前だからか、彼はなんとか体裁を保とうとしていた。
これを恥ずかしいと思えるなら、そもそも人の道を踏み外していることを恥じて欲しいものだ。
「ちょっと一回! 一回水飲ませて! 疲れたから! 別にいいでしょ?」
彼は誤魔化すような笑みで玉座に近づいて行った。
なにか策でもあるのか?
彼は瓶を拾い上げると、飲みもせず、こちらへ投げつけてきた。
俺は手をシールドのように展開し、それを防ぐ。この体はなんでもありだ。
瓶はガシャンと割れて、中身をぶちまけた。
俺は手をもとに戻す。
「いやー、マジ。バカで助かったわ」
「……」
たしかにバカだったようだ。
酒瓶の直撃を受けた俺の左手は、ちゃんとはもとに戻らなかった。赤い液体を浴びたせいなのか、イカだかタコの触手みたいになったまま、固まってしまって動かせない。
ルビィは笑った。
「ダサ。俺ら、無敵じゃねーんだわ。ある種の酸を受けると、固まったまま動かせなくなんのね」
「……」
あの少年、弱点があるのに俺に教えなかったのか?
無敵だと思い込んで単騎で乗り込んじまったじゃねーか。
怒るぞ。
さらに瓶が飛んできて、足元にも液体がかかった。
酸を直接浴びた場所も動かないが、他の場所も動きが悪くなっていた。
つまり、俺はもう棒立ちするだけのオブジェと化してしまった。
「動ける? 動けないっしょ? ね? 最後はこうなるんだって。お前みたいなバカは、俺には一生勝てねーんだから。残念でちたねー! ギャハハ!」
仕事の内容どうこうは別として、こいつは殺しておく必要があるな。
人類の恥だ。
ルビィはニヤニヤしながら俺の周りを歩き始めた。
「なに? 自分をヒーローかなにかと勘違いしちゃった? 僕が悪いヤツを倒すんだぁーって思っちゃった? ダサ。マジでクソだわ。マジクソ」
こいつ、普段からネットでレスバしてそうだな。
とりあえず右手だけは動く。
だが動けないフリをしておこう。
勝算があるわけでもないしな。
「千里眼で見たって言ったっしょ? お前、デキが悪すぎて親に捨てられたんだよね? 弟に負けてんの! ダッサ! 普通に無能じゃん。しかも女性経験もねーから、あんな女にしゃぶられてなんも言えなくなっちゃって。お前より無能なやつおりゅ? お前みたいにダセぇやつ、ヒーローとかなれねーから? 器じゃねーの。分かる?」
十分隙だらけだ。
距離もいい。
俺は鉄パイプを構え、スイッチを自分の腹に押し込んだ。
ダァンと炸裂。
風圧で、部屋中の調度品が散った。
俺も派手にコケた。
起き上がれそうにない。
他の誰も巻き込まず、間違いなくルビィにだけ命中させたはずだが、最終的にどうなったかは分からない。
そもそも、自分がどっちの方向にコケたかさえ把握できていない。やはり火薬の量が多すぎるかもしれない。鉄パイプもどこかへ行ってしまった。
「え、ウソでしょ? これ……なんで……?」
男の声が聞こえる。
見ると、ルビィは薄赤い液体にまみれていた。
血液ではない。
酸だ。
なるほど。
少年は、俺の弾丸に酸を仕込んでおいたのだ。
それを俺には言わなかった。
なぜなら、言えば千里眼でバレるからだ。
俺は動けなかったが、ルビィも動けなかった。
だが、引き分けじゃない。
奴隷たちがじりじりと近づいてきて、ルビィを囲み始めた。
「こいつ、ホントに動けないのか?」
「チャンスじゃないか?」
「いまのうちやっちまおうぜ」
もちろんそうだ。
悪事は長く続かない、などと言うつもりはない。
だが、人の恨みをかえば、復讐される機会も増える。
ルビィは恐怖に目を見開いていた。
「えっ? えっ? いや、ちょ……待って! ごめんて! 違うんだって!」
「黙れ。お前は酸の海に沈める。そこで永遠に苦しめ」
「いやいやいや! ダメでしょそれ! 待って! ホントに! 助けてくれたら昇級させてやるから!」
めでたしめでたし、だ。
奴隷たちが俺も酸の海に沈めなければ、だけど。
奴隷の一人が近づいてきた。
「あんたのおかげで助かったよ。工房から派遣されて来た人間だろ? 向こうには連絡しておくから、それまでゆっくりしててくれ」
「はい」
ではお言葉に甘えて、ひと眠りさせてもらうとしよう。
ちょうど気が遠のきかけていたところだ。
*
翌日、少年がやってきて、俺の体を直してくれた。
といっても謎の薬品を注入しただけだが。
「酸を浴びると、どうしても固くなっちゃうんだよね」
「その技術を応用すれば、神でもあいつを倒せたのでは?」
「だから、僕らは人間と違って、あの攻撃を受けたら治らないって言ったよね? リスクが大きすぎるの」
「はい……」
そうだった。
なんだか納得いかないが。
「もう動けそう?」
少年はひとなつこい顔で聞いてくる。
「おかげさまで」
つい頭をなでたくなるが、彼は親方だ。あんまり子供扱いしては失礼だろう。
すると住民が部屋に入ってきた。
「来てくれ。そろそろ処刑の時間だ」
*
ルビィはクレーンに吊るされていた。
点滴のようなもので、身体に酸を注入されながら。
下方にあるのは酸の満たされた円筒型のタンク。
「だから! ずっと謝ってんじゃん! いい加減、許せよ! 謝ってんのに許さないとか、クソだから!」
自分勝手なことを喚いている。
こいつは他人が謝ったとき、許したことがあるのだろうか?
俺が近づくと、仲間でも見つけたような顔になった。
「あ、和田さん! 助けに来てくれたんだよね? 同じ人間だよね? ね?」
「いや、ひとつだけ言いたいことがあって来たんだ」
「なに? なんでも言って!」
「女神の件で、俺のことバカにしただろ?」
「違う違う! 謝るから! ごめんて! ね?」
必死過ぎるな。
俺はつい笑ってしまった。
「いや、違うんだ。謝って欲しいんじゃない。怒ってもいないし」
「え、じゃあ……なに……?」
「女神とヤったせいで、なにも言えなくなってダサい。それは分かるんだ。けど、あんたもヤったらなにも言えなくなるぜ。それくらい、いい。ぜひそのことを伝えておきたかった」
「はっ? いや、マジで……。えっ? 意味は?」
「誤解を解いておきたかっただけだ。女神の素晴らしさを誤解したままというのは、人生の損失だからな。俺からは以上だ」
「はあああああ? なんだてめぇ! クソが! 次会ったら絶対殺すからな! 死ね! 死ね! クソ! ザコ!」
クレーンが徐々におろされた。
「ああああああっ! 待って! あああああああああああっ! 溶けゆっ! ああっ! あーっ! あびぃっ!」
まずは足元から、そして胴、頭のてっぺんと酸の海に沈み込んでいった。
最終的に悲鳴は聞こえなくなり、ゴボゴボと泡が立つばかり。
最後はフタをして、地中深くに沈める計画らしい。
後世が間違って掘り起こさないよう、上に記念碑でも建てておくんだな。
いい観光資源になるかもしれない。
(続く)




