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苦手な方はご注意ください。

ざまぁ・復讐系まとめ

友情エンドのその先

作者: 汐乃 渚

やっぱりざまぁが好きなので、テンション上げるため&リハビリ用に書いた短編のお話です。

全体的に、ゆるゆるのあまあまでお読みいただけましたら幸いです。



嗚呼……結局、そうなるのね。




「俺が愛しているのは、やはりクリスティだ!!」



結婚の誓いを交わす場で新郎が叫んだ名は、新婦――真正面に立つ私のものではなかった。


神殿内の喧騒をものともせず、その名を持つ女性の元へ向かっていく夫となるはずだった男を視界の端にとらえて、瞳を閉じる。



***



私、ジーナ・スタイルズは転生者だ。


それも……こともあろうか、ヒロインに婚約者を奪われてしまう『悪役令嬢』。

いや、奪われる(・・・・)というのは、正確な表現ではない。



ここはヒロインであるクリスティ・リデルのために用意されたゲームの世界。

全ての結末は、彼女次第。


正規ルートでクリスティは、私の婚約者であるダグラス・グロッソンと結ばれる。

そう……邪魔者は、悪役令嬢である私の方だ。


在学中に仲を深めた二人はいつしか恋に落ち、学園の卒業パーティーにて悪役令嬢を断罪し婚約破棄。

そして晴れてヒロインとヒーローは結ばれ、めでたしめでたし……というハッピーエンドを迎えるのだ。

これがこのゲームにおける、所謂『トゥルーエンド』である。



クリスティは輝く白銀の髪に琥珀色の瞳を持つ美少女。


ダグラスは青味がかった黒髪に濃紫の瞳の美青年。


二人並べばそれはそれは素晴らしい光景となることは、誰よりも間近で見せつけられたこの私が保証する。



貴族特有のパワーバランスも、伯爵令嬢ながら百年ぶりに現れた貴重な聖魔法使いの聖女様と公爵令息で、釣り合いも十分ときた。


片や悪役令嬢の私といえば、栗色の髪にヘーゼルの瞳と没個性的な容姿、田舎の辺境伯令嬢。

実家の辺境領地が要所であったことと、生まれ持った魔力量だけでダグラスの婚約者に据えられた身で、明らかに当て馬として捨てられるために作られたキャラ設定となっている。



私は、前世の記憶を思い出したその時から、己の運命を受け入れていた。

婚約者であるダグラスに惹かれたところで、苦しむだけだと知っていたのだから。


だけど、それでも彼への恋心を抑えることはできなかった。


いずれ身を引く将来は理解していたけれど、彼を愛するこの気持ちは消えない。

これがゲームによる補正の力なのか、そうでないのか……溢れる自身の心に溺れるしかない私には、知る由もない。



彼がクリスティを選ぼうが……私はどう足掻いても『悪役令嬢』。

最後の時は惨めに追い縋らず、潔く身を引くつもりだった。



そう決意していたのに――卒業パーティーはトゥルーエンドではなく、『友情エンド』で終了した。


私は断罪されることもなく……ダグラスとは婚約関係を維持したまま、卒業を迎える。



この結末を誰よりも受け入れられなかったのは、悪役令嬢であり既に身を引く決意を固めていた、私自身だった。



クリスティとダグラスが惹かれ合っていたのは、周知の事実である。


在学中には勉強を教え合ったり、食事を共にしたり、休日には出かけたり……。

私という婚約者が居ながらも、そうした交流は間違いなくあったのだ。


例えば、バレンタインによく似た異性へお菓子を渡すというイベントの日。

クリスティによって先んじてダグラスへ手作りお菓子を渡されて、唇を噛んだこともあった。


両名の互いへの気持ちは、測り間違えようがなかった。

断罪回避の可能性を探っていた私のほうから、婚約解消を仄めかすことすら……したのだ。


そこまでされても尚、彼らは認めない。

その度、二人は互いに『あくまで友情』だと主張するだけ。


私を含めて、誰一人として信じてはいなかったけれど、この物語のヒロインとヒーローはどちらも極度の鈍感だったらしい。


それぞれが周囲へこれでもかとアプローチしていたというのに、本人たちだけが気付いていないのは、むしろ滑稽ですらあった。


ダグラスがクリスティの頭を撫でていたこともあった。

クリスティがダグラスの皿から食べ物を一口強請ったこともあった。

私との約束を放り出して、二人で手を握り合って観劇していたことを、他者から知らされたことも……あった。


私にだって、貴族令嬢としてそれなりのプライドはある。


婚約者である私の目の前で繰り広げられる触れ合いや、わざわざ報告された不実を、指摘しないわけにはいかなかった。

転生者にとって、それが断罪の材料に成り得ることは知り得ていた。

それでも、それすら承知で、私は家名を背負う貴族令嬢として言わざるを得なかった。


そんな私の気持ちなど露知らず、その話題が出される度に、彼らは顔を見合わせて苦笑する。

『とんだ誤解なんだけどなぁ』という態度を取るばかりの二人に、幾度も眉を顰めてしまったのも仕方のないことだろう。



それでも、卒業後に婚約破棄されなかったことで……私は少し安心したのだ。

安心……して、しまったのだ。


『ゲームの強制力』のようなものは、これで終わったのだと。

これからは愛するダグラスに、私だけを見てもらえるのだと。


今日は私たちの結婚式。

ここまで漕ぎつけたのだから、そう思ってしまうのも仕方のないことでしょう?




――それが、蓋を開けてみればこのザマよ。




心の準備を終えて瞼を上げれば、今や神殿内は世紀の大恋愛が成就する、正にその瞬間だった。



「愛しているんだクリスティ!! 君が、君こそが俺の運命の人だ!」

「ダグラス……! 私も、愛しているわ!」



固い抱擁と口づけを交わす恋人たちに、拍手と祝福の声が降り注ぐ。



――この祝福は、つい先ほどまで私が受けるはずだったものなのよ。



誰も、そのことに気付かない。


呆けて立ち尽くすしかない私の肩を、叩いてくれる人はいない。



……やっぱりね。

やっぱりこの世界は、ヒロインであるクリスティのものなんだわ。



このロマンス劇の質が悪いところが、そもそも身を引くつもりでいた私に「クリスティとはただの友人だ」と言い聞かせて、ダグラスがそのまま私との婚約関係を続けたことだ。



トントン拍子に進んでいく結婚準備がどこか空恐ろしくて、私は何度も聞いた。

繰り返し、何度だって言ったわ。


「クリスティの元へ行かなくて良いの?」

「彼女への気持ちは、決して友情なんかじゃないでしょう?」――と。


その度に「彼女とはそのような仲ではない」と、何度だって否定したのは、他でもない貴方よ。


口づけだって交わしたわ。

『この機会にしっかりと仲を固めておきなさい』と、両家の合意の上で婚前旅行までしたじゃない。


口先だけの愛を、貴方は数えきれないほど囁いてくれたわ。


そんなの……私が貴方の言葉を信じてしまったのも、仕方ないじゃない。

諦めようとした私に、希望を抱かせたのは貴方じゃないの。



それなのに、それなのに――結局貴方は、悪役令嬢ではなくヒロインを選んだのね。




諦念が、隙間風の吹く心に虚しく満ちていく。


受け入れる以外に道は無いのだと、そのことを胸に刻みつけることで、ようやく周囲を見渡す余裕が生まれた。



神殿内にいる大半の人間が、ヒロインとヒーローが結ばれた姿に感激している。


これが『何のための』集まりだったのか、既に頭に無いのだろう。

準ヒーローとでも言おうか、クリスティの取り巻きをしていた男性陣ですら想い人を横から掻っ攫われたというのに喜色を浮かべている様子には怖気が走る。


私と親しい人たちですら、『やっぱり』と苦笑を浮かべるばかり。


両親からは、娘の結婚式がぶち壊しになったにもかかわらず、悲嘆や憤りは感じられない。

そこにあるのは、私と同じ諦めだけ。

これまで散々振り回され続けたせいで、もう脱力して首を振ることしかできないのだ。



ダグラスは公爵家の跡継ぎで、国王陛下の甥っ子でもある。

時間を割いて参列くださった陛下も、甥の幸せそうな姿に満面の笑みを浮かべ、人目も憚らず喝采を叫ぶ一人に数えられる。


末席とはいえ王位継承権を持つダグラスと、要所に位置する辺境伯領出身である私の結びつきは、国にとっても大変意義のあることなのだと……式が始まる前にそうスピーチをした舌の根が乾いていないはずの国王陛下ですら、こう(・・)なのだ。



――見えざる大きな力が働いているとしか、考えられない。



そのような状況では、田舎の辺境伯家の小娘が自らの結婚式という晴れの舞台で晒し者にされ、辱められたところで――これが貴族の令嬢にとっての社会的な公開処刑に他ならなくとも、受け入れる以外に選択肢はないのだ。


物語のカップルに視線が集まる中で誰にも意識されていない点は、衆目の中で断罪されるよりは多少マシなのかもしれない。



騙し打ちされたような心境であろうと、今回のイベントは悪役令嬢の私にとっては少し遅れて迎えるエンディングという、ただそれだけのものだった。



***



結局タイミングがずれただけで、全ては想定していた形に収まった。


破婚された私はその後、辺境伯領にて領内の人々の安全や幸せのためにこの身を捧げている。

とはいえ、お父様のように領地そのものの運営に携わっているわけではなく、孤児院や救護院、修道院などの福祉施設運営や管理のお手伝い……慈善活動の類が中心の生活だ。


行き届かずに歯がゆい思いをすることもあるけれど、日々やりがいや充足感を感じながら、あちこち動き回っている。



そんな日常が定着して、数年が過ぎた頃。


悪役令嬢一人を犠牲にしてハッピーエンドを迎えたはずだったこの国に――いえ、この国の辺境地帯に、危機が訪れようとしていた。



この国の周囲には魔獣の棲む森が広がり、それが他国からの防衛の役割を果たすと同時に自国民への脅威となっていた。

そのため魔獣が入り込まないよう、国を覆うように強固な守護結界が張られている。


辺境――特に我がスタイルズ領が要所とされているのは、その結界が綻びやすいのがこの地であり、ここが護国の第一の要となるためだ。

結界の綻びを修繕したり、結界を強化できるのは聖魔法使い――つまり現時点では、聖女と呼ばれるほどの力を持つヒロインであるクリスティただ一人となる。



これまで結界は問題なく境界を守っていたというのに、突如として魔獣の発見が相次いだ。

守備隊に緊張が走り……戻った斥候により、『領地周辺の結界が消え去った』と、報告がなされた。



「嘘……! そんなの嘘よ!」



慌ただしい武器庫の片隅で、私は一人頭を抱える。



「なんで! どうして……!? ヒロインとヒーローは幸せになったじゃない! もう、物語は終わったじゃない……!!」



ハッピーエンドのはずだ。

私が領地へ引っ込んだのと同時期に、クリスティとダグラスの結婚式が執り行われたことは知っている。


大恋愛の末に結ばれた世紀のカップルだと、周辺人物どころか国中が祝福した。

悪役令嬢を除いて、誰もが満足する結末を迎えた。

私自身も諦め……そして受け入れた。


そのはずなのに。

『何故』と、そればかりが頭を駆け巡る。



国を覆う結界の維持。


それは聖魔法使い――聖女クリスティが生まれ落ちたその瞬間から定められた、避けようのない責務だ。



辺境という土地柄、聖魔法による結界が必要不可欠であるという事情も、彼らのハッピーエンドを受け入れた理由の一つだった。

聖女であるヒロインには、安全で幸福に暮らしてもらう必要があった。



成長し大人になったクリスティなら、結界の維持など容易いはずではなかったのか。

現に、つい最近まで問題なく作動していた。

それなのに……幸せな結末を迎えたはずの彼女の身に、今更何か起こったとでもいうのだろうか。


王都から遠く離れたこの辺境の地では、それを知る術すら無い。



失われた結界の周辺で、既に血は流れている。

直に魔獣たちの群れが押し寄せ――戦端が開かれるだろう。


領地民を守るには、戦うしかない。

鍛錬をいくら積もうとも、どれほど非常事態を想定しようとも……ここにいる誰も経験したことのない戦いになる。



――ここはヒロインであるクリスティ・リデルのために用意されたゲームの世界。

――全ての結末は、彼女次第。



彼らは互いに、運命の人を得た。

悪役令嬢の身では望みようのない選択の末に、唯一無二の存在を!


これ以上、一体どうしろと!?



「嗚呼、嗚呼、嗚呼……!! 違えようがなかったじゃない! だって、私には選べなかった! 選択肢なんて存在しなかった!」



これはクリスティが選んだ結末の――更に、先。


あの抗いようのない大きな力は、消え去ってしまったのだろうか?

結末さえ一致すれば……それでもう、この世界はどうでも良いというのだろうか?


この不条理は、一体誰に問えば良いのだろう。



「この世界で生きなければいけない私たちには……『ハッピーエンド』なんて、関係無いの?」



わからない。

わからない。

わからない。


私が『悪役令嬢』だから?

そのせいで、領地までもが危機に瀕しているとでもいうの?



グラグラと歪む思考の中で、唯一明白なのは――皮肉にも『領地周辺の結界が消え去った』という、その事実だけだった。



***



いつまでも、頭を抱えて過ごすわけにはいかなかった。


私も辺境伯の娘。

魔獣との戦い方は幼少のころより仕込まれている。



「ジーナ! 来たか」

「遅いぞ、ジーナ!」



装備を整え、砦の一角に足を踏み入れるなり、配備された守備隊の面々に声を掛けられる。


ここスタイルズ領に住む者は、みんなが家族だ。

気安い声掛けに、ようやくいつもの調子が戻ってくるのを感じる。


手を差し出せば、流れるように双眼鏡が渡された。

今いる胸壁の狭間越しに、森の様子を窺う。



「敵は……あぁ、見えるわ。もうこんなにも近づいているなんて」



領民たちが避難できているか心配だけど……避難誘導が無事完了することを祈るしかない。


この地は元々結界が綻びやすいことに加え、他国からの侵略も想定しているため、堅牢な砦が森との境界を隔てている。

長年『最悪のケース』を想定し続けたことによる、厳重な護りだ。

たとえこの砦が突破されようと、幾重にも対抗策は講じられている。


頭ではわかっていながらも、それでも不安は尽きない。

けれどもう、後には引けない。



私はこの地に住まう家族と先人たちが張り巡らせた備えを信じて、自分の仕事を全うするだけだ。



砦に向かって真っすぐ駆け抜けてくる魔獣の先頭集団が森の切れ目から頭を覗かせたところへ、高火力の魔法を放つ。


炎の壁が形成され――燃え上がる魔獣の断末魔が、辺りに響き渡った。



砦の外側に配備された部隊は、私が魔法で討ち漏らした魔獣を狩る役割を担っている。

訓練時よりも人数が多いのは、流れの傭兵を雇っているからだろう。


望むと望まざるとにかかわらず、今この地に居合わせた全ての人間は、生き残るために協力しなければならないのだ。

彼らも気の毒に……と、見覚えのない鎧姿の面々を見下ろして、憐れに思う。


視界の端では別の火柱が次々と上がり始める。

お父様たちも、迎撃を開始したようだ。



「……?」



魔物の襲撃が始まってしばらく経つ中、自身の魔力に違和感を感じて首を傾げる。


それからも、私が展開する魔法を抜けてくる魔獣はまだ一匹も現れない。



「おっ、おい! ジーナ!? そろそろ――」

「まだ大丈夫よ!」



バディを組んでいる私の補佐役が、慌てた様子で止めようとするのを、更に制止する。


彼が促したのは、魔力切れを防ぎ、長時間魔法を展開し戦闘を続けるためのクールタイムだ。

けれど……田舎娘ながら、公爵家の嫡男と婚約を結べてしまうほどに豊富な私の魔力は、まだまだ尽きそうにない。


それどころか――



「あ、あは。アハハッ! そう……そういうこと(・・・・・・)なのね」



わかった。

今になって、ようやくわかった。


確かにこれは、既に『ヒロインのため』に用意された物語ではない!



正面から間断なく押し寄せる魔獣の群れが焼き尽くされていく。

戦闘開始から討ち漏らしが現れないことに気付いた眼下の部隊が、不審そうにこちらを振り仰ぐのがよく見える。



「ねぇ、ここは大丈夫そう(・・・・・・・・)よ。仕事のない連中を、他所に振り分けなさい」

「んなっ……! ば、バカなことを!?」

「違うわ。見ればわかるでしょう? 彼ら、あぶれちゃってるの」



狩るべき魔獣が現れず、手持無沙汰なまま、打ち漏らしがいつ現れるかわからない緊張だけが肥大して神経を擦り減らすくらいなら、魔獣との近接戦闘が始まった区域に向かわせた方が良いだろう。


眼下の連中もそう思っていたようで、簡潔な指示のみで臨機応変に散って行くのを確認する。

胸壁に詰めている射手たちにも、一部を残して他所のカバーへ向かうように指示を出す。



こうしている間にも、次々と魔獣は燃やされ続けている。



やっぱり!

やっぱり!!


口元が弧を描くのを感じながら、私は更なる検証を始めた――。






検証の結果、確信を得るに至ったわけだけど……どうやら私は、とんでもない『悪役令嬢』補正を手に入れていたらしい。



幼いころから共に過ごした婚約者や令嬢としての尊厳を失った代わりに、私は尋常ならざる戦闘力(・・・)を得ていた。


魔獣を燃やし続けるのに飽いたころ、周囲を見渡し損害を確認したうえで単身魔獣の群れへと突っ込んでみた。

それからは素晴らしいまでの無双っぷりを発揮することとなる。


あれほど恐れた魔獣の群れはいとも容易く切り捨てられ、山となった。



数刻前には自身や領民の命を危ぶんで絶望していたというのに、今や私は晴れやかな表情のまま、清々しく魔獣の掃討を終えたのだった。



辺境スタイルズ領は奇跡的に、守護結界を失った状態での魔獣襲撃に耐えきることに成功する。


更に驚くべきことに――この前代未聞の防衛戦による死者は出ず、領地の損害も軽微なもので済んだのだった。



***



「此度の結界消滅が、私のせい(・・・・)ですって……!? そんな、馬鹿な!」

「わかっている、ジーナ。勿論そのようなことはありえないと、この領地の誰もが理解している。だが……この戯言が、王都の連中の言い分らしい」

「一体何故、そのような……!?」



守護結界が消滅したことによる魔獣の襲撃を阻止し、小康状態を取り戻した領地に、新たなる問題が浮上していた。


王都よりやってきた伝令が、この度の守護結界消滅の責任は『悪女ジーナ・スタイルズ』にあると、その処刑のため首を差し出せという勅命を携えてやって来たのだ。



結界の維持は、聖魔法使いであるクリスティの責務のはず。


守護結界消滅の詳細な説明や弁解もなく、魔獣襲撃という未曾有の事態を鎮圧した功労もないまま、何故、辺境領地の娘の責任に……私の処刑ということになってしまったのか。



その疑問は、冷ややかな態度を崩さない伝令を問いただすことで解消された。



クリスティはここ一年ほど体調を崩しがちな日々が続き、原因不明のその病のせいでとうとう領地での療養を余儀なくされるほどだったという。


病床にありながら、それでも彼女は結界の維持に力を注いでいたけれど……ある日、病の原因が『呪い』によるものであると言い出したそうだ。


――その『呪い』とやらが、婚約者を奪われ恨みを募らせた辺境伯令嬢()によるものだという。


呪いそのものを跳ね返すことには成功したものの、聖魔法のために魔力を使い過ぎたせいで結界の一部が消滅したのだというのが、クリスティをはじめとする関係者たちの言い分らしい。



そのため、クリスティを呪った私のせい(・・・・)で結界が消滅したのだと、責任を押し付けて処刑だなんだと騒いでいるのが真相のようだ。



清々しいまでの責任転嫁であり、言いがかりだった。


私がそこまで執念深い悪役令嬢だったなら、もっとあの結婚式の場で騒いでいただろうに。

ダグラスへ抱いていた気持ちが、領地を守る結界を消し去って構わないほどの強い想いだったのなら……諦め受け入れることなど、決してなかっただろう。



そんな言い分が通っているのも、聖魔法使いの領分に浄化のようなものも含まれるせいで、『呪い』という不確かな現象をそれっぽくさせているのだろうか?

それとも……未だに薄気味の悪い謎の力が働いているとでもいうのだろうか?


そもそも私は、クリスティを呪ったことなどない。

複雑な気持ちこそあれど、彼女には安全で幸福に過ごしてもらわねばならなかったのだから。


悪役令嬢に転生してしまった自身の境遇を呪ったことはあったけれど……今回の件には関係の無いことだ。



この、あまりにカルトじみた言い分に開いた口が塞がらなかったのは、私だけではなかった。


伝令は、送り返した。

王家より賜ったという、スタイルズ領に代々受け継がれてきた宝剣と共に、魔獣の首を添えて。

信書を添えずとも、十分意図は通じるだろう。



お父様は――スタイルズ領主は、この国より離反し独立することを選択したのだった。



この付近の辺境と呼ばれる一帯は、王家より先祖の代から聖魔法使いによる守護結界を盾に、隷属を強いられてきた歴史がある。


元より境遇に不服を抱えていたことに加えて、跡継ぎに据えたい一人娘を王都の貴族――逆らえるはずのない王族の血を引くダグラスとの一方的な婚約に加え、更に一方的な破婚によって娘の心と家名に傷を負わされた。


それでも堪えたのは、ひとえに守護結界が領地にとって必要不可欠だったからに他ならない。


それなのに……一方的な言いがかりで領地を危険に晒された挙句、最大の功労者である娘の首を差し出せなどという戯言に我慢できなかったのだと、お父様は語った。



そして皮肉なことに、結界消滅によって引き起こされた惨事が想定したものよりもずっと軽く済んだため、結界に頼らずとも生きていけるのだと証明されてしまったのだ。


この一連の話が広まれば、この国からの独立を選択するのはスタイルズ領のみに留まらないだろう。

王家や王都に住む中央貴族優遇の仕組みへの不満は、辺境の地では常に燻り続けているのだから。




私も私で、心に決めたことがある。


大切な家族や領地が危険に晒されたのが、まさか私のせい(・・・・)にされるなんて、思ってもみなかった。



実際のところ、何があったのかはわからない。

けれど、とんでもない事態の元凶として名前を使われるなんて……いくら私が悪役令嬢だったからといって、許せるものではない。



ヒロインならば、聖女らしく人々を守る結界を維持してくれれば、それで良かったのに。


聖魔法使いが現れない代も当然ある。

そのようなときでも、揺らぐことはあれど結界が消滅したことなど、これまで一度も無かった。


ということは――結界の『消滅』は、意図的なものという事だ。


死者こそ出なかったとはいえ、防衛戦では身体の一部を失うほどの大怪我をした者もいる。

私は意図的に結界が消滅された時点で既に殺されかけ、元凶として裁かれそうになったということになる。



身を引いて何年も経って尚、未だにこんな扱いをされるなんて、もう黙ってはいられない。



「既にエンディングを迎えたくせに、貴女が下らない戯言のために物語の設定を使って私や大切な家族を傷つけるのなら――私が同じことをしても、文句は無いわよね?」




もうこの世界は、貴女のために用意されたものじゃないわ。

そうでしょう? クリスティ――。




***




「――制圧は完了したぞ、我が主よ」



あれから数ヵ月後、私は王都の門をこじ開け、王宮を無血開城させることに成功した。


眼前には、王族をはじめこの騒動の発端であるクリスティとそんな彼女の夫となったダグラスも含め、国を統べる主要人物たちが後ろ手に魔力封じの枷を嵌められ、膝を突かされている。



それもこれも、私を主と呼ぶ男のおかげだ。

このような状況にもかかわらず、褒めて欲しそうに熱い視線を寄こしてくるのには脱力してしまうけれど……これでもゲームの設定を知る私だけが手にすることのできる最強のカードには違いない。


スラリとした体躯に白銀の髪、深紅の瞳と人間離れした美貌を持つこの男――フルゴの正体は、ゲーム中に登場するクリスティのペット……になるはずだったドラゴンである。



十数年前、幼体で傷ついていたフルゴは幼少期のヒロインに拾われ、聖魔法によって癒された後に愛玩ドラゴンとなる運命だった。

それが出会い頭に「鱗が気持ち悪い」と言われ幼女だったクリスティに放り投げられた挙句、そんなクリスティの周囲にいた人間に更に傷めつけられ……私が探し出したころには、魔獣だらけの山間の奥地ですっかり人間嫌いの邪龍になりかけていた。


私には荒ぶったドラゴンをヒロインのように優しい言葉や聖魔法で癒すことなどできないので、悪役令嬢らしく物理的に従わせるしかなかったのだけど……一戦交えてからは文句も言わずに、むしろ嬉しそうに私に付き従うようになった。

フルゴは愛玩ドラゴンだけあって、ゲームではマスコットっぽくちんまりと可愛らしい見た目だったのに、十数年の間に魔力を蓄えてこんなに成長しているのは想定外である。



仲間に加わってからのフルゴは私のことを自らの番だと公言し、様々な過程を経て今では私の恋人のようなポジションを獲得している。


私としては主なんだか番なんだか混乱するところもあるけれど、ドラゴンというのは恐らく雄が雌の尻に敷かれる……所謂かかあ天下のような生態を形成する生き物なのだろうと納得しようとしている最中。

私に勝てないだけで、頼り甲斐はこれ以上ないほど持ち合わせているので……もしかすると認識が違っているだけの可能性はあるけれど、まぁ、良いだろう。


私の復讐を支え、ここまで貢献してくれたのだから、言うことは無い。


フルゴの他に、領地で共に魔獣と戦った守備隊の一部の人間や傭兵たちも、私の戦う姿に魅せられて付いてくることを決めたらしい。



そんなわけで、今の私は変わり者――いえ、脳筋たちに囲まれた征服者である。


巨大なドラゴンの姿をしたフルゴが上空を旋回していては、これまで通って来たどの領地も、大人しく門を開ける他無かった。



そして、私の復讐のための舞台は整った。



「ありがとう、フルゴ。――さて、皆さまにおかれましては、ご機嫌麗しゅう。領地が辺境ゆえ、王都にはすっかりご無沙汰してしまいまして……結婚式ぶり(・・・・・)でしょうか? お久しぶりでございますわね」



カツカツと足音を響かせて登場した私に、一同は仰天して目を剥いている。


巷を賑わせている征服者が私だとは、露ほども思っていなかったらしい。

それとも……ご丁寧な令嬢口調で喋る軽装鎧姿の人間が、一体何者なのか判別できないのか。


まぁ、今更そんなことはどうだって良い。



「王都では随分と誤った情報が出回っているそうで……訂正ついでに、この地を頂きに参りましたわ」



薄ら笑いを浮かべて見せると、彼らはようやく私が何者なのか把握したらしかった。

その証拠に、震えるクリスティの隣でダグラスが何やら喚き出す。



「ジーナァァァア!!! よくも俺たちの前に顔を出せたものだな! お前のせいで、クリスティがどれほど苦しんだか……!」

「あら、そう仰いますが……貴方の奥方、今はピンピンしていらっしゃるようにお見受けしますわ?」

「聖魔法で、呪いを跳ね除けたのだ! だが、そのせいで辺境を守っていた結界は消えてしまい……何もかも、お前の呪いのせいだろう!」

「まぁ! 訂正したい情報とは、正にそのことですわ。――そのような事実などございませんのに、一体何故、私が聖女様を呪うというのです?」



わざとらしく目を丸くして問うと、捕らえられた身ながら余程の自信があるのだろう、ダグラスはふんぞり返って吐き捨てた。



「俺という婚約者を、クリスティに奪われて逆恨みしたんだろうが! 幸せな結婚をした俺たちが許せなかったんだろう!? 俺がお前を選ばなかったから、だから恨んで――」

「ぷっ! まあまあ、ダグラス! 貴方、私に恨まれるお心当たりはございますのね! それだというのに、謝罪の一つもなくこれまでぬくぬくとお過ごしになっていたなんて……ぷくく、鈍感力は相変わらずですのねぇ。これには私も流石と言わざるを得ませんわ!」

「ぐっ……」



あまりに陳腐な言い様に、思わず吹き出してしまった。

かつて愛した男は、自ら語っておいて今更バツの悪そうな表情を浮かべている。



――嗚呼、なんて下らないのだろう。



そうだ。

全てを遡れば、この男がヒーローのくせに、ヒロインという者がありながら悪役令嬢と円満に婚約解消をしなかったのが、そもそもの原因と呼べるのではないだろうか?


あれだけこちらが促したのだから、恨まれるような心当たりなど作らずに、はじめからそうしていれば良かったのに。

嗚呼、原因がこの男だということに気付くのが遅すぎたばっかりに、やってもいない『呪い』の罪を問われるのなら、本当にこの男を呪っておけば良かった!


そうしていれば……少しくらいは何かが変わっていたのかもしれない。



「ふふ、あは、そもそも存分に苦しむのは、ダグラス、貴方お一人(・・・・・)で十分ではないですか! ねぇ? それなのに……何故私が(・・)、自らの住まう領地を守る結界を維持し、生命線を握っている聖女様だけ(・・・・・)を、それも今更になって『呪う』というのでしょう? 理屈に合いませんわねぇ?」



指摘してやれば、捕らえられた一同は視線を泳がせ始める。



「今や、その程度のこともわからないなんて……国を統べるお歴々が何という様かしら。他愛ないこと。貴方たちはそこまで堕ちてしまったのですね」

「だ、だが、お前がクリスティを呪ったことは事実だろうが!」

「ですから、そのようなことをする理由(・・)がないと申し上げているではありませんか。それに私が聖女様を呪ってなどいないと、こちらも始めに申し上げましたわよね?」

「う、ぐ……そ、そんなはずはない! 実際――」



納得できずに再び騒ぎ出したダグラスを見下ろし、フルゴが忌々し気に舌打ちをする。



「なぁ主、アイツ煩いし頭も悪いぞ。これ以上会話は要らないだろ。もう黙らせないか?」

「……残念ですわね。こんなんでも彼、学園時代は私たちの代表を務める首席でしたのよ? まぁ、これ以上は同じ話の繰り返しになりますからね。猿ぐつわでも噛ませておいて頂戴」



ついでに何発か殴りたいというフルゴを窘めて、視線をこの件の元凶であるクリスティへ向ける。


数年の月日を経て、彼女は記憶にある姿よりも更に美しく成長していた。

精彩に欠け、真っ青な顔で震えていながらもこれなのだから、流石はヒロイン。



「ねぇクリスティ、貴女今日は随分とお静かですのね? このような事態になったのは、貴女が虚偽を申したからなのですよ。その自覚はおありになって?」

「う、うぅ……」

「まあ! 黙っていてはわかりませんわ。『呪い』なんて在り得るはずもないのに、どうして結界を消したの? どうして辺境の人々を危険に晒して――私を殺そうとしたの? 私は、貴女の口から聞きたいのよ」

「…………」



ここまで来てだんまりを続けられるというのは、それはそれで凄いことだと思う。


だけど……。



「ま、言いたくないのなら結構ですわ。私は私で、勝手に解釈いたしますので。――例のものをこちらに」



私の合図で扉が開き、仲間が恭しく布の包みを渡す。

優しく丁寧に受け取ると、大切に撫でて微笑みかける。



「うふふ、可愛いこと」

「あー、ばー」



私の腕の中にいるのは、喃語を話す一人の赤子だった。


この白銀の髪を持つ子供を目にすると、今まで黙り込んでいたクリスティは火の付いたように叫び出した。



「クリス! クリス!!! 止めて、その子に酷いことしないで!!」

「あら、こんなに可愛らしい坊やに、酷いことなんてするはずないでしょう。貴女と一緒にしないで頂戴」

「そ、そんな……」



冷たい視線を投げつけながら腕の中のぬくもりを揺らしてやると、クリスと呼ばれた赤子はご機嫌そうに笑う。



「大体、何を勘違いしているのかしら。この子は確かにクリスという名だけど、もう私の子(・・・)よ? 貴女のご実家の領地を通った際、死にかけて放置されていたところを拾ったの。貴重な聖なる魔力を持つ子よ。成長すればきっと、失われた守護結界も元に戻せるわ」

「主よ、その赤子は主と俺の子だと言っていただろう」

「ふふ、ごめんなさい、フルゴ。そうね、二人でこの子を大切に育てましょうね」



不貞腐れたフルゴの主張にあっさりと頷く。

そんな私たちを見て、クリスティは愕然とした表情を浮かべながら叫んだ。



「嘘よ!!! その子は……!」



もがきながら立ち上がろうとするクリスティを、仲間が押さえつける。


これではこちらが随分と悪者みたいだけど……私は悪役令嬢なので、その辺りは仕方ないだろう。



この子(・・・)が、何だというの? 私は貴女とは違うのだから、嘘つき呼ばわりするのは止めて頂戴。可哀想に、死にかけていたのも本当のことよ。碌に面倒も見てもらえず、痩せ細って……ここまで肥えさせるのも大変だったわ」



ふくふくとした頬をくすぐれば、クリスはきゃっきゃと赤子特有の高い声を出しながら身体を揺らした。

取り押さえられながらもクリスティはブルブルと身体を戦慄かせ、尚も言い募る。



「そんなはずないわ! だって、だって……!」

「煩いわねぇ。先ほどは何も仰らなかったじゃない。今更どうしたというの。この子が自分の子だとでも言いたいの? 同じ名を付けるほど大切に思っているのなら、あのような劣悪な環境に子供を置き去りにするはずないわ」

「置き去りになんてしてない! 住むところも、乳母だって用意したもの! 離れる時にたくさんお金も渡しておいたわ! そうよ、その子は私の子! 私が産んだ、大切な――」



叫ぶクリスティを、ダグラスは信じられないものを見る目で見つめているけれど、彼女はもうそれどころではない。


クリスティの告白が、静まり返った室内に響いた。



「い、言えば良いんでしょう!? クリスは私が産んだ子よ! だけど、その子は表に出せなくて……だから、領地にある別邸で育てさせていたの。その子を産んだ後、王都に戻るためには回復した理由が必要だったのよ! そ、それで貴女の名前を……。信憑性を出すために、結界を一時的に消したのは悪かったわ! だけど、すぐに戻すつもりだったの! それなのに、王宮では貴女の処刑話が持ち上がって……止められなかったの! ほ、本当よ!?」



――きっと彼女は、私の処刑を止めようとなどしていない。


辺境の行き遅れが無実を叫んだところで証明ができる類のものではないのだから、私が死ぬことで周囲が納得すれば良いと静観していたのだろう。



空虚な言葉がこだまする室内で、私は腕の中の赤子をゆっくりと揺らして歩く。

この場の人間は、渦中のこの子供に釘付けだ。


一目見れば、この子が何故隠されねばならなかったのか、誰もが理解しただろう。



「あらあら、貴女の仰ることが本当なら……ふくっ、それはそれは、とんでもないことねぇ。一年間の療養は、妊娠のせいだったの? 表に出せない子だなんて……あは、ダグラスったら、可哀想な人! 運命の人と呼んだ、愛するクリスティが産んだのは、きっと貴方の子じゃないのよ」



大切な部分を語ろうとしなかったクリスティに、思わず笑いが零れた。

真っ青なクリスティと、顔を真っ赤にしてもごもごと何事か喚こうとしているダグラスは、随分と対照的だ。


祝福された運命のカップルが、聞いて呆れる。



「もし、この子が貴女の産んだ子供だというのなら……あはは、父親は褐色の肌の持ち主ということになりますものねぇ!」



ぬくぬくと布に包まれ、このような状況でも楽し気な声を上げているこの赤子は、白銀の髪に青い瞳、褐色の肌をしている。

クリスティの主張通りだとすれば、母親の特徴は髪色だけ。



私の言葉に、クリスティはさっと顔を背ける。

なんともわかりやすい態度だった。


同じように顔を背けた人間が、この室内にもう一人いる。



――第六王子、レイナードがクリスティの子の父親ということだろう。


彼女の周囲で、褐色の肌を持つ人間といえば彼しか在り得ない。


彼もクリスティを囲む準ヒーローである取り巻きの一人だった。

砂漠の民をルーツに持ち、王の側妃だった母親譲りの肌色を持って生まれたせいで、彼の王位継承権は従兄弟であるダグラスよりも下である。


そのくらい、この国では褐色の肌というだけで下位として扱われるのだ。

同じ肌の色を持って生まれたクリスが、ろくな世話もされずにいたのも道理だろう。



にもかかわらず、金さえ積んでおけば問題ないだろうと、このヒロイン様は我が身可愛さに王都へ戻り、息子の置かれた環境から目を背けたのだ。



「可哀想な子。白い肌でさえあったなら、あのような扱いもされなかったのかもしれないのに。聖なる魔力に、王族の血を思わせる青き瞳……きっときっと、素晴らしい環境で育てられたはずなのに。たとえそれが、不義の先に生まれたカッコウの雛だとしても……。嗚呼、なんて可哀想なのかしら!」



私の独白に、クリスティはノロノロと顔を上げる。



「だ、だからわかったでしょう!? その子は、クリスは私の子なの!!」

「ふぅん……そう。貴女はそう主張するのね」



この赤子が、隠れてクリスティの産んだ息子だということなど百も承知だ。

秘された理由も、父親も、言われるまでもなくこの騒動に関する全ての調べは付いている。


だけど彼女は本当に――まるで今の状況を理解していない。



「ねぇ、随分とこの子について主張しているようだけれど……貴女、ご自分が嘘つきの人殺しだというご自覚はあって? 貴女みたいな嘘つきの言葉を、私が信じる道理があるかしら?」

「わ、私が、人殺し……?」



随分キョトンとしているけれど、まさか本当に自覚が無いのだろうか?



「そうでしょう? 貴女が(・・・)、魔獣から辺境を守っていた結界を消滅させたのですから。そのようなことが可能なのは、聖女である貴女だけ。我がスタイルズ領では幸い死者こそ出なかったものの、他領を含め、既に甚大な被害が出ているのですよ?」

「それは……、すぐに戻すつもりだったと言ったじゃないですか! そ、それに、こんなことをしている貴女に言われることでは――」

「ですが現に、未だ結界は消滅したままですわよね? 防衛に成功したとはいえ、我々の認識では、まだ第一波を凌いだに過ぎません。一つでも辺境の砦が落ちれば、王都にまで魔獣が押し寄せる可能性もあるのですよ!?」

「あ、あ……それは、その……」

「大方、お偉いさんが『辺境を少しくらい危険な目に遭わせて、結界の重要性を再認識させてやれば良い』とでも言い出したのでしょう? 『本当に危なくなれば、結界を戻せば良いのだから』と」

「う、うぅ……」

「それに、『こんなこと』と仰いましたが、王都までの領地を征服したことかしら? それとも、国を危機に陥れた大罪人たちを捕らえていること? 言っておきますけれど、我々は魔獣以外を殺してなどいないわ。ちょっとした行き違いが発生したこともありますが……死者など一人たりともおりません。あは、そういう意味では、征服ではなく解放と言い換えた方が良いかもしれませんね」



背後にフルゴという巨大なドラゴンを従えているのだ、争いにすらならなかった。

対峙した相手の被害もせいぜい、ビックリして弓を放ってしまったうっかりさんの手首を捻ったくらいのものである。


これまで通って来た領地を支配しているのだから征服に違いはないのだけど、気分的には愚かな旧体制からの解放と言った方が近いかもしれない。

まぁ何と呼ぶにせよ、その辺りのことは後世の歴史学者が考えるだろう。



「貴女を呪った事実もございませんし、意図的に人死にを促した罪人と、同列に考えないで頂きたいものですわ。私も貴女の下らない虚言のせいで処刑されそうになった身ですの。――これでも、人殺しのご自覚が無いとでも?」

「う、うぅ……それは、それはだって……」



涙を流しながら、力なく首を振るクリスティを見下ろして問いかける。



「さて、これで貴女が嘘つきの人殺しだというご自覚は生まれたかしら? それで、このクリスが貴女の子供だという主張ですが……貴女の言葉が本当(・・)なら、結界消滅のせいで人々に被害が及んだのも、この私が陥れられたのも――この一連の騒動は全部全部、『この子のせい』ということになるけれど、それでよろしいの?」

「っ…………!!!」



私の言葉に、クリスティは弾かれたように顔を上げた。


この腕の中にいる赤子は、私にとっても、被害に遭った辺境領地にとっても、非常に難しい立場にある。

私にだって、心境に複雑なものが無くはない。



「貴女が主張を通されるのなら、いくら子供に罪はないとはいえ……公表しないわけにもいかないわ? これを知った辺境の人々――いえ、国中の人間が、一体どのような反応を見せるのかしらね? いくら私が後ろ盾になろうとも、庇い続けることは難しいかもしれないわ」

「……っ、ぁ……!」



何か言おうとクリスティはパクパクと口を動かすけれど、言葉が見つからないらしい。

美しい顔を焦燥で強張らせながら、私の顔とクリスの顔の間で視線を忙しなく交互に行き来させている。



「ねぇ、どうなのかしら、嘘つき(・・・)さん? 今しているのはこの国の行方を左右する、大切なお話よ。いくら貴女が嘘つきでも……流石にこのような場で、嘘なんてつけませんわよねぇ?」

「あ、あぁ……」



全てを悟ったように瞳を閉じたクリスティへ、最後の問いかけを行う。



「この赤子は、大罪人である貴女の息子? 夫とは違う父親のせいで隠れて産み、妊娠と出産を悟られないために守護結界を消滅させ、国を危機に陥れ……その罪を私に着せたの? 全ての元凶は、今私の腕の中にいる、この赤子のせいだと仰るの? ――さぁ、答えを聞かせて頂戴」



クリスティは涙の跡が残る顔を真っすぐこちらに向け、琥珀色の瞳を見開き毅然と叫んだ。



「その子は私の子供ではありません! 療養だと嘘をついたのは、夫以外の男性と会うためで……それを隠すために、ジーナ様に罪を擦り付けて、結界を消滅させました! だから……その子は私とも、この件とも無関係ですっ!!」



ヒロインの最後の嘘を、私は頷き受け入れる。



「今回だけ、嘘つきな貴女の言葉を信じて差し上げます。それでは自白も取れたことですし、晴れて貴女は大罪人、周囲の皆様も彼女の虚言を信じて愚かな行動をされましたので、同様の罪として収監させていただきますわ」



元国王たちは今更になって何やら騒ぎ出しているけれど、速やかに猿ぐつわが噛まされ、私の合図で室内の人間たちはぞろぞろと退室させられていった。


クリスティが連れられて行く際、彼女にだけ聞こえるように囁く。



「――愛に溢れた貴女の嘘(・・・・)に免じて、処刑はいたしませんわ。せいぜい、ご自分の罪を抱えて生きなさい」

「ぁ、ありがとうございます……! ジーナ様、本当に……」



私は最後まで聞かずに、シッシッと手を振る。


彼女は最後に、いつの間にか眠っていたクリスの顔をジッと見つめ、去っていったのだった。




***




「――主は優し過ぎる。あのような連中、躊躇わずに首を落としてやれば良いのに……! それをご丁寧に、同じ場所に収容するなど。個室付きの好待遇で、労役と言っても、通常の罪人と同じではないか」



王宮内の貴賓室。

ひとまずここを私室として、一息つくことにしたのだった。



フルゴはクリスを抱いた私ごと背後から腕を回して抱きしめながら、未だにぶつくさ呟いている。


度重なる裏切りの末にとんでもない冤罪で処刑されそうになった身で、ある程度許したような対応をしているのが気に入らないらしい。

一連の事情を把握しながらもクリスのことはやはり可愛いらしく、髪色も似ているし、見かけや態度によらずこちらが呆れるほどの溺愛パパっぷりを発揮している。

それもあり、余計にこの子を劣悪な環境に置き去りにしたクリスティが許せないのかもしれない。



私からすれば、今回の結末は決して優しさから選択したものでも、ましてや彼らを許したわけでもないのだけど。


……勿論、母性による慈愛の心が生まれたせいで判断力が鈍ったわけでもない。



私が助けなければ、クリスは間違いなく死んでいた。

赤子を母親から取り上げ、復讐のダシに使った後ろめたさなど、感じるはずもなかった。


クリスティやその周囲の罪は罪、子供は子供だ。

彼女に告げた言葉は恩を着せて優位に立ち続けるために言っただけで、処刑という選択をしなかったのは全く別の理由である。



当然、彼らを辺境まで引っ張って行き……危機に晒され大切な人を失った民たちから石を投げさせ、散々苦しめた末に首を落とすという選択肢は、未だ色褪せず魅力的に光り輝きながら私を誘っている。



今ならまだ、選び直すことは可能だ。



けれどこれは下らないゲームの世界の、エンディングを迎えた先の未来。

恨みに逸る激情のまま、彼らを処刑してしまっては……運命に打ち勝ったとは言えないと思ったの。


ただ、それだけのこと。

悪役令嬢だった私の、ちっぽけな意地のようなもの。



それ以外にも、一応理由はある。


彼らは法に則れば間違いなく死罪ではあるものの、主犯であるクリスティが貴重な聖魔法使いの聖女であることは、少しだけ厄介だった。

彼女の処刑には、被害の無かった領地からの反発が少なからずあるだろう。

そんなことに悩まされるくらいなら、生かしておいて、時間をかけて懐柔してでも国の役に立てた方が建設的というものだ。



「……もし脱走でもしたら、その時は私が切り捨てるわ」



今回捕らえたのは、自分のことしか考えない低俗な連中だ。


クリスティのあの殊勝な態度も、いつまで続くのやら。

同じ建物に詰め込まれて、互いを責め合うことに飽きたら、集団脱走くらい企てるだろう。


その低くない可能性が私を悩ませ――同時に胸を躍らせていることは秘密である。


その時に初めて、私は人を殺す。

その時が訪れたら、きっと私は躊躇わない。


彼らがどれほど私を恨もうが……もう私は、他者の如何なる運命も受け入れはしない。

こちらの用意した道を外れたとき、新しい物語を決して始めさせはしない。



例外はこの、まだ何も知らず、言葉も話せないクリスだけ。


今は腕の中で眠るこの子が、自らの産みの母を私がどのような目に遭わせたのか知った時――復讐を選択しても、それだけは受け入れようと、心に決めている。


悪役令嬢がヒロインの息子に倒される、なんて……そんなエンディングなら、許すしかない。


私はクリスティに散々やり返した。

次に自分の番が来ようとも、後悔はない。



それはさておき、これから現実問題として頭を悩ませなければいけないのは、征服したこの国の領地についてだ。


政治など私には畑違い過ぎるし、領地のことで手一杯のお父様に放り投げるわけにもいかない。

それに、周囲にいるのは脳筋ばかり……復讐することばかり考えていたせいで、邪魔されたくないがために、ちょっと後先考えなさ過ぎたかもしれない。



眉を寄せると、そんな私を抱くフルゴの腕に力が入る。



「なぁ主、未来は誰にもわからない。だが、俺がずっと傍にいる。それだけは間違いない。ドラゴンがついているんだ、主は安心して、ふんぞり返っていれば良い」

「あはは、そうね……フルゴの言う通りかしら。先のことを心配しても、仕方ないわね」

「ジーナ……其方は俺の主であり、愛しき番だ。これまでは主の復讐のため従うのみだったが、それも終わった。これからは何があろうとも、俺が必ず幸せにしてみせる。だから主は、楽しいことだけを考えていろ」



愛玩ドラゴンだった癖に、随分とカッコ良いことを言ってくれる。

ゲームでは「頑張るプギ~☆」とか、そういう感じのキャラだったのに。



「っ……! ぷくくっ、初めて会ったときは『我に何用だ、人間の雌よ……』とか言っていたのに、フルゴったら面白いわ」

「茶化すな」



不機嫌そうな声に振り向けば、深い紅の瞳に囚われる。

人の姿をしているときのフルゴはとんでもなく美形なのだから、平凡コンプレックスを拗らせた私からすれば冗談でも言わなければやっていられない。



「ごめんなさい、冗談だったの。……大好きよ、フルゴ。許して頂戴」

「ふん! 俺はジーナを愛しているから、俺の勝ちだな!」



嬉しそうにしながらも、勝ち誇った表情でこちらを見るフルゴ。

そんな可愛らしい彼の様子に、私は笑みを深め、降ってくる口づけを受け入れたのだった――。






――この世界の悪役令嬢の物語は、これでお終い。


征服した国の行く末、その後クリスが成長し、どのような選択を行い、どのような運命を辿るのか……それはまた、別のお話。



今回のイメージは『確実に両想いなのに、頑なに認めようとしない男女に振り回される可哀想な人の復讐』でした。(長いね)


ヒーローとヒロインが最初から素直に自分の気持ちを認めておけば、なーんにも問題なんて起きなかったのです。

それなのに、油断させて一番嫌なタイミングで裏切ったり、忘れたころに言いがかりを付けられたり。

そんな散々な目に遭わされた悪役令嬢が立ち向かうお話でした。


全体的にくどかったらごめんなさい><

(いつもやん……)


一応、今回のざまぁ的なやり返し部分などは、割とマイルドめ(?)にしたつもりです。

(本当はもうちょっとエグめの設定だったけど、削ってこぎれいにまとまったのではないでしょうか?)


でも、滅茶苦茶嫌な仕返しだと思う……。

きっと自分が『悪役』だと理解していなければできない所業!


もし「こんなんじゃ物足りねぇよ!」という方は、是非他の"ざまぁ・復讐系シリーズ"もご覧くださいませ。

※シリーズから飛べます



もう少し長めの後書きっぽいことを、活動報告に書いています。

よろしければこちらもご覧ください。

https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/684063/blogkey/3049352/



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ここまでお読みいただきありがとうございました!


2022/09/23 誤字含め微修正しました。誤字報告してくださった皆様ありがとうございます!!!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白かったです。言葉でしっかりと追い詰めて自分で悪行を白状させたのは秀逸でした。 この後はお互い醜く言い合いをするのかもと思っています。
[気になる点] 散々二人の関係を否定して結婚式でって…それが罪には問われないで祝福されるのは強制力なんですか? クリスティとダニエルが結ばれた後のジーナに謝罪や保証はなんも無かったんでしょうか?愛が正…
[気になる点] 未だに結界が張り直されていないという事は、今はもうヒロインには聖魔法は使えないということでしょうか? 子供を生むとその子に魔力が移行してしまうとか?
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