【2】
「ペンギンたちに福利厚生を与えねばなりません」
「今度はなにをしろというのだ……」
大がかりな揚水風車が無数のトライ&エラーの後に完成したばかりだというのに、チューダがこんなことを言う。
「離散して戻ってこない他の鳥たちとは違い、こうして魔王様の配下にいまだ残ってくれている者どもです。報酬で報いてやらねばなりますまい」
「このスロープではダメなのか」
「どこの世界に業務インフラの支給をもって福利厚生とする雇用主がいますか」
「ぐぬう……」
まさかの正論だった。たしかに移動のための道をもって報酬とは言えないだろう。
「では、やつら何に喜ぶ」
「イワシでございます」
「魚」
「アジでも可でございます」
「待て待て待て」
あわててチューダを遮る。
「まさか貴様我に漁をしろというのではあるまいな?」
「他にどうやって魚を獲るというのです」
「いや、正論を求めておるのではない!」
玉座のひじ掛けを叩く。
「我は鳥の王であるぞ! 漁などしたことがないわ!」
「漁をする鳥は多数おりますよ。例えば」
チューダは軽く思案して例を挙げる。
「鵜とか」
「貴様我に魚を呑んで吐けと」
「魔王様、鵜飼の極意は魚を呑ませないところにございます」
「首にひもをかけるつもりでおるな!」
「私もやりますので一緒に頑張りましょう」
「頑張れるか!」
* * *
「結局釣りなのであるな……」
「まあこれが一番無難でしょう」
封印の墓標にわずかに残っていた財貨で揃えた新品の釣り具を持って海辺に立つ。足元を見て吹っ掛けてくるのが常の魔商人が我らの嘆願を聞いてびっくりするくらい割引してくれた。復権の暁には報いてやらねばなるまい。
「魔王様釣りの経験は」
「あるわけなかろう……」
「では私が仕掛けとかはやりますので、魔王様は指示された通りになさってください」
「うむ」
カモメが鳴いている。
「あのカモメスカウトできんかなあ。そうすればこんなことしなくてもよかろうに」
「カモメをスカウトしようにもスカウト代に与える魚がないからこうしているのでしょう」
「無情よなあ」
チューダは手際よく仕掛けをつけ終えた。
「では、魔王様はこの仕掛けを底まで沈めて、ゆっくりと引き上げるを繰り返してください」
「これ王の仕事であるかなあ……」
従うしかない。
* ⁂* *
「釣れんなあ」
釣れなかった。暇である。たまに仕掛けを引き上げると餌だけが無情に溶けている。
「初めてなんてそんなものですよ」
「なぜ貴様ばかり釣れるのだ……」
横を見ればアジ爆釣のチューダである。
「そりゃまあ以前からペンギンたちの福利厚生は与えていますし」
「貴様釣りの経験があるのに我に鵜の真似をさせようとしておったか」
* * *
「そっちの竿と交換せよ」
「構いませんよ」
釣れなかった。
* * *
「きゅー!」「きゅー!」「きゅー!」
結局チューダの釣ったアジだけで福利厚生は達成された。無念極まりない。我の竿には最後に外道の子フグが一匹だけかかったきりだった。感動のあまり持ち帰ろうとした我に「毒がありますので」とあっさりとリリースしたチューダへの呪詛は今晩日記に残しておかねばなるまい。
「思うに」
「なんでしょう」
「はじめからペンギンどもに漁をさせればよかったのではないか」
「配下の福利厚生を配下に用意させる雇用主がどこにいます」
正論だった。