36.聖女の訪問
「今度はどこの王女ですか?」
お父様から執務室に呼び出され、またジル狙いの使者が来ると伝えられた。
もう一月後は結婚式だというのに、
あいかわらずジル狙いの王女や公爵令嬢が後を絶たなかった。
そうなった理由はわかってる。
直系の王族が私とジルの二人しかいないのに、その二人で結婚する。
他の王家から見たら愚策もいいところだろう。
普通なら二人とも別の人と結婚させて、少しでも王族の血を多く残させる。
私が必ず子どもを産むという保証はない。
だから、ジルには側妃か後宮が必要だろう。
そう思われても仕方なかった。
もし、私が子どもを産めなかったらどうするんだろう。
思ってはいたが、怖くて聞いたことは無かった。
お父様やジルの考えが間違ってるとは思わないけど、
本当にこれで良かったのか、わからなかった。
「シーニア国の聖女だそうだ。」
「聖女、ですか?」
「ああ。侯爵家の令嬢だそうだが、神に選ばれし乙女だそうだよ。」
「そうですか…。」
今度は聖女ですか…いろんな存在があるんですね。
王女がダメなら公爵家の令嬢、それがダメなら侯爵家の聖女ですか。
そういう問題じゃない気もするけど…。
「明日の午前中に到着するそうだ。こちらは許可出していないんだがなぁ。
謁見時に俺から断って帰ってもらうが、ジルバードと会わせると長引きそうだ。
ここでもめると結婚式の準備に影響が出る。
王弟の宮は立ち入り禁止にしておくが、万が一のこともある。
聖女が帰るまでお前とジルバードは私室から出るな。」
「聖女が帰るまで、ですか?」
「ああ。3日でなんとか帰らせるから、休みだとでも思っておけ。
これが終わったら結婚式の準備で忙しくなるからな。」
「わかりました。ジルには伝えました?」
「ああ。一応は言ってある。
…でも、そうだな、もう我慢しなくてもいいぞと伝えておいてくれ。」
「…?わかりました。」
伝言が気になったけど、ジルに聞けばいいかと思い直した。
通常の国王としての業務は半分以上ジルに渡しているそうだが、
各国からの結婚式についての問い合わせに、側妃の打診、押しかけてくる令嬢。
ジルに対応させるわけにはいかないことも多く、お父様が大変そうだった。
これ以上仕事を止めて話をするのもためらわれ、執務室を出た。
3日間の休み…。お父様のほうを休ませたいくらいだわ。
いつものように夕食を取って湯あみをした後、ガウンだけを羽織る。
夜着はすぐに脱がされてしまうので、
ここ数か月はガウンだけになってしまっている。
初めてのくちづけの後、それだけで熱が上がってしまったのが、
今思い返すと笑ってしまうほどだ。
結婚式まで1月というこの時期、最後までしていないと言いつつ、
これだけ肌を重ねていて、最後までしない意味があるのかと思ってしまう。
明日から3日間も休むからだろう。
ジルが私室に戻ってきたのは深夜になってからだった。
各国から王女や公爵令嬢などが送り込まれ、その度にうんざりしていたが、
今回のように3日間も私室にこもっているように命じられたのは初めてだった。
それだけ聖女という未知なものへ対処するのが大変なのだろうか?
少し疲れた顔で湯あみ後の濡れた髪を拭きながら私室に入ってきたジルに、
お疲れ様といいながら、髪を拭いてあげようとする。
いつもは後ろで束ねている金色の髪を、丁寧に水気をとって乾かしていく。
髪を乾かすのにも慣れて来たなと思いつつ、
ジルの髪にさわるのはくすぐったいような気持ちになる。
「ありがとう。もう乾いたんじゃないかな。」
もう少しきちんと乾かせばいいのにと思うけど、
振り返ったジルに抱きしめられて黙ってしまう。
今日もまた、このまま肌を重ねるのだろう。
首筋に噛みついてくるようなジルに、じわじわと身体が熱を帯びてくるけど、
それと同時に暗い気持ちもまた侵食してくるような感じがしていた。




