35.王女 対 王女
「ごきげんよう、素晴らしい夜会ですわね。」
ジルにエスコートされて夜会の会場を歩いていると、後ろから声をかけられた。
エルドリア国の奥にある、リーディルア王国の第一王女ミルア様だった。
桃色がかった金髪がめずらしい、私と似たような小柄な王女だ。
ジルが次期国王になると発表してから、
交流して親睦を深めたいといろんな国から使節が来ている。
使節という名の自称側妃候補たちなのだけど…。
王族が来るのはめずらしくなかったが、
こんな風に直接ジルに夜会で話しかけてくるものはめずらしかった。
たいていは国王との謁見時にジルへ求婚し、にべもなく断られて帰国するからだ。
もしかしたら、現国王に打診しても無理だという話が広まったのかもしれない。
夜会なら、王女からジルに話しかけても不敬にはならない。
「これは、ミルア王女。夜会を楽しんでいるようで良かった。
我が国は素晴らしい令息も多いですから、良い出会いがあるといいですね。」
にこりともせずにジルがそう答えた。
この挨拶では、王女から何か言われる前に、自分には求婚するなと言ったようなものだ。
それに気が付いたのか、ミルア王女のこめかみが少し動いたように見える。
王女らしく微笑みは崩さないが、やはり怒っているんだろう。
「そうですわね。ジルバード様を筆頭にこの国の男性は素敵ですわ。
なんだか国に帰りたくなくなりそうですもの。」
笑顔で少しずつ近づいてくるミルア様に、後ろに下がりたくなっていく。
思わず後ずさろうとすると、ジルに腰を抱かれた。
「大丈夫?ルヴィ。疲れたなら休もうか?」
ジルがミルア様に返事もせずに、私の顔色をのぞきこんで確認する。
心配そうに眉を下げているのを見て、慌てて大丈夫よと答えた。
大丈夫、これくらいで気にしていたら、王妃なんてなれないわ。
ミルア様を見ると、ここぞとばかりに心配そうな顔を作っているのがわかる。
「まぁ、シルヴィア様、お疲れなんですか?
それでは控室で少し休んではいかがでしょう?
その間のジルバード様のお相手は、わたくしが務めますわ。
お任せになって?」
あぁ、どうしようかしら。エルドリア国が盾になってくれるから、
特にリーディルア王国とは同盟を組む必要がない。
おそらくジルを狙って王女を送り込んだだけで、
リーディルア王国としてもこちらと同盟を組もうとは思っていない。
少しくらい失礼なことを言っても大丈夫だと、ミルア王女も思っているようだ。
「ミルア王女、ご心配くださってありがとう。
でも、これくらい大丈夫ですわ。
ジルったら心配性だから、私が控室に下がったら、
一緒についてきてしまうのよ。」
うふふと扇で口を隠しながら笑うと、王女の目が吊り上がったように見える。
ジルが欲しいのか、この国の王妃の座が欲しいのかはわからない。
だけど、どっちも譲ってあげるわけにはいかない。
一見、微笑み合っているように見える二人の王女だが、周りはハラハラしていた。
どちらも小柄で守ってあげたくなるような容姿だが、王女としての強さは別だ。
ジルをめぐって争われる女の戦いに、決着をつけたのはジルだった。
「ああ、心配なんだよ。ルヴィがいなかったら困るのは俺だからね。
だから、無理せずに疲れたら休んで良いんだよ?」
愛しくて仕方ないと言った顔で、ジルが私の髪にくちづける。
もうミルア王女の存在は忘れてしまっているようだった。
見上げると「ね?」と念押しされて、素直にわかったわと答えてしまった。
「では、ルヴィを休ませたいので、失礼する。」
ミルア王女や、その周辺にいた貴族たちに聞こえるように、
ジルがそう言うと、私の手を取って控室のほうに歩き始めた。
残されたミルア王女は悔しそうにこっちを睨んでいるし、
周りの貴族はあっけにとられている。
「もう~ジルったら。あのくらい大丈夫なのに。」
守られていてばかりでは弱くなるだけだ。
これから王妃としてやっていくのに、
ジルに守ってもらってるだけじゃダメだと思う。
そう伝えると、しゅんとするジルに、仕方ないなぁとあきらめた。
「次は、ちゃんと最後まで私が相手するから、助けないでね?」
その返事はされず、控室のソファで抱きかかえられる。
返事をしないで黙っているのは、絶対に次も助けるつもりなんでしょう?
毎回、こんな感じで大丈夫なのかしら。




