18.痛い後悔
それからすぐにジルは見つかった。
いつもの練習場で訓練していたのだろう。
隅の方で上半身裸になって、汗を拭いているのが見えた。
近くに行こうとして、足が止まる。
ジルは一人じゃなかった。
女官が一人、近くにいた。黒髪で美人だと評判の女官だった。
数か月前に入ったばかりだから、ジル付きではないだろう。
王族付きになるものは、代々務めているような家の者たちだ。
それ以外の女官は、王族に近づくことすら許されない。
私がこの女官を知っているのは、めずらしい黒髪だと評判だったからだ。
どうして一緒にいるんだろう。そう思って見ていると、ジルが動いた。
ジルが、女官を後ろから抱きしめている。二人の後ろ姿が重なった。
ジルが、女官を抱きしめて?
何をしているの?
女官の耳元で何かささやいているように見える。
だけど、ここからじゃ何を話しているのかはわからない。
さっきまで聞いていた女官たちの話が頭の中でぐるぐる回る。
きっと、あの女官はジルのお相手なんだ。
私がいるから、夜に呼べないんだ。やっぱり我慢させていたんだ。
見ているのが耐えきれなくなって、そこから逃げた。
ずっとジルと一緒に王弟宮にいたけれど、もうそこには帰りたくなかった。
その願いをかなえてもらうために、すぐさまお父様のところへと向かった。
ハンスなら何も言わなくても私のお願いを聞いてくれると思ったから。
泣きながら執務室へと飛び込んできた私を見て、お父様もハンスも慌てていた。
だけど、どれだけ事情を聴かれても、私は話すことができなかった。
ジルのことを認めるのが嫌だった。
認めてしまったら、今までの思い出もすべて嫌なものに変わる気がした。
困った顔のハンスに泣きついて、すぐに部屋を変えてもらった。
王女の宮にその日のうちに移って、ジルとは顔を合せなかった。
何度も何度もジルが訪ねて来たけど、泣いて泣いて逃げた。
もう何も聞きたくなかった。
言い訳をされたら、ジルを嫌いになってしまいそうだった。
1年もの間ジルから逃げて、気が付いたら隣国との戦争が始まっていた。
ジルが辺境の地に戦いに行く日、それでも話せなかった。
今さら何を話せばいいのかわからなくなっていた。
大好きなジルが、戦争で死ぬかもしれない。
お母様みたいに、突然会えなくなるのかもしれない。
そのことに気が付いて、初めて自分の行動を後悔した。
ちゃんと話をして離れればよかった。ジルを解放してあげればよかった。
その後悔がなくなることはなく、日に日に不安だけが募っていった。
そして、塔に行って祈るようになった。
自分の後悔を誤魔化すように。
ジルが無事に帰ってきますように、と。