10.辺境の令嬢
人ごみを抜け王族の控室に向かおうとしたところで、声をかけられた。
お父様ほどの年齢の男性が令嬢を連れている。年齢差から考えると親子だろうか。
「これはこれは、ジルバード様。
急に王都に行かれてしまって、辺境の者たちはみな寂しがっておりますぞ。
どうですか、またこちらに戻って来てくださいませんか。」
どうやら叔父様が辺境の地で知り合ったものらしい。
鋭い目つきの男性がにこやかに叔父様に話しかけているが、
私のほうは一切見ようとしない。
王都の夜会に来るくらいだから、辺境伯だろうか。
「辺境伯殿、王宮の夜会に来るなんてめずらしいな。」
「ええ、こちらに来るのは久しぶりですね。
娘がどうしてもジルバード様と踊りたいというものですから。
王都は遠いですが、娘のわがままには勝てませんね。
さ、ルイーゼ挨拶しなさい。」
「ジルバード様、お久しぶりです。
急に王都に行かれてしまって驚きました。
逢えないのが寂しくて…追いかけてきましたわ。
この後、踊ってくださいますよね?」
赤毛の令嬢がにっこりと微笑んだ。長身で、少しふくよかな令嬢だった。
夜会とはいえ、胸を強調し過ぎなのではと思うような赤いドレスだった。
辺境伯の令嬢なのだろう。辺境伯とは目が少し似ている。
この令嬢も叔父様とは知り合いなのねと思って見上げると、
叔父様が見たこともない冷たい顔をしていた。
「辺境伯、俺は警告したはずだな?」
「ええ、それはわかっていますが、状況が変わったのでしょう?」
「どういうことだ?」
「ええ、ええ。言わなくてもわかってますよ。
ですがね、責任は取っていただきたいのですよ。」
「責任とは、何の責任だ?」
「辺境の地の娘だろうが、この国の貴族です。
手を付けたのなら、それなりに責任は取っていただきたいのですよ。
私の言っていることはおわかりでしょう?」
叔父様と辺境伯の会話に聞き耳を立てていたのだろう。
周りの貴族たちがざわめくのが聞こえる。
まさか?辺境の地での王弟殿下のお相手か?
王女と婚約したということは…じゃあ、公妾にするのかしら?
あの胸じゃ…王弟殿下も誘惑に負けたんだろうな。
ええ?王弟殿下もそういう方だったのね。
私が知らない間の叔父様のお相手。叔父様も良い大人だもの、いても仕方ないわ。
婚約してすぐに知ることになるとは思ってなかったけど。
そのくらいは配慮してほしかったと思ってしまう。
思わずため息が出てしまった。
「ルヴィ、気にしなくていい。嘘だから。」
「嘘?」
嘘ということは、この令嬢は叔父様のお相手ではないということ?
どういう意味なのか聞き返したら、その会話を聞いた令嬢が声を荒げた。
「ジルバード様、ひどいですわっ。あんなに愛してくださったのに。」
「ルイーゼ嬢、2年前も警告したはずだ。
これ以上、嘘をついて付きまとうようなら、容赦はしないと。
辺境伯、警告を無視したんだ。
俺はもうこの令嬢の評判が落ちようと知らないぞ?」
「ルイーゼが嘘をついた?何をおっしゃっているんですか?」
予想外の言葉だったのだろうか、辺境伯の表情は一瞬で青ざめた。
叔父様が合図をしたのに応えるように、騎士が2人近寄ってくる。
「この令嬢のお相手は誰かわかるか?」
「はっ。報告します。
辺境伯令嬢のこの2年間のお相手は8名。
全員が辺境伯の部下です。
現在、令嬢は身ごもっていますが、おそらく父親を特定できていません。
そのため辺境伯には、殿下が相手だと嘘をついたものと推測されます。」
「だ、そうだ。
俺は2年前の件から、ずっと部下に見張らせていた。
変な言いがかりをつけられそうだったんでな。
必要なら、お相手の8名との逢瀬の様子を書いた報告書を見せてもいいぞ。
それでも父親は特定できそうにないけどな。」
「…そ、そんな。ルイーゼ、これはどういうことなんだ!?」
「お父様、違うわ!私は本当にジルバード様と…。」
「まだ言うのか。衛兵、この2人を連れていけ。
俺は次期国王だ。
知らない相手に妃だ妾だ言われるのを放置するわけにはいかない。
不敬罪で牢に放り込んでおけ。辺境伯もだ。」
「申し訳ございません!!お許しください…殿下!」
「俺は、何度も警告したな?
ルイーゼ嬢には全く興味がない、娶る気もないと。
今度近づけるようなら処罰するとも言ったはずだ。
それを聞かなかったのはお前たちの責任だ。
衛兵、いいから連れ出せ。」
悲鳴をあげて逃げる令嬢を、衛兵が数人がかりで押さえつけて連れ出していく。
辺境伯のほうはさすがに取り乱さなかったが、がっくりと項垂れて連れていかれた。
王弟殿下の公妾疑惑から、一転、不敬罪で辺境伯と令嬢が牢に入れられる状況に。
周囲の貴族たちも、これによって叔父様へうかつに近寄れなくなった。
周りには誰も近寄ってこなくなり、ようやく控室に移動することができた。