1.祈りの塔
「姫様、どうぞお気をつけて。」
「ええ。ありがとう。行って来るわ。」
私室からついてきた護衛を離れ、一人で長い螺旋階段を上ると、
最上階の空間へとたどり着く。
その中央にある青の貴石で彩られた大きな扉に手を近づける。
シルヴィアの手を感知すると音もなく扉が開いた。
扉の向こうには、石造りの部屋があった。
窓もないのに、うっすらと石全体が光り、部屋の中は灯り無しでもいられる。
日が昇り始める時間、シルヴィアは祈りをささげるために来ていた。
部屋の中央に円形の石の祭壇が置かれている。
少し段差になっている石の上が祈る場所になっている。
シルヴィアはいつものように靴を脱ぎ、
素足になって石の上にあがり、両ひざをついて祈りをささげる。
他国との戦争が始まってから4年、
この時間に祈りの塔に来て、数分間の祈りをささげて部屋に戻る。
祈りの塔に入れるのは王族だけ。
王宮にいる王族は国王とその娘のシルヴィアだけだ。
そのため誰に言われたわけでもないのに、毎朝祈りをささげに来ていた。
今の私にできることは、これくらいだわ。
女王になるために日々勉強を続けているが、役に立てる自信はなかった。
シルヴィアはもうすぐ16歳になる。まだ王政に関われる年齢ではない。
早く王政を学びたかったが、まだ学園に通っている身ではそれも難しかった。
長引く戦争の中、何もできずに王宮にいることが心苦しかった。
だから少しでもできることをしようと思い、この塔で祈り始めた。
もちろん国王には報告が行っているはずだが、
シルヴィアの心情を察してくれたのか、何も言われていない。
この日の祈りを終え階段を下りていくと、護衛の他に文官が待っていた。
国王付きの文官で、宰相見習のレーベントだ。
何かあったのだろうか?
「おはようございます、シルヴィア様。」
「おはよう、レーベント。どうしたの?」
「陛下がお呼びです。朝食を一緒にと。」
お父様が朝食を一緒に?普段から忙しいからと、
食事を一緒にするのは晩餐会の時くらいだ。
それが朝食時に一緒に?急ぎの何かがあったのだろうか。
「わかったわ。着替えて向かいます。」
護衛と一緒に私室に戻り着替える。
祈りの時はなるべく質素な服を着ることにしていた。
特にそう決められているわけではないが、
そのほうが兵士たちに寄り添えるような気がしたからだ。
さすがにこのままで国王と一緒の席に着くわけにはいかない。
娘であっても、人目に付く場で国王の品位を落とすことは許されない。
華美ではないがしっかりと作られているドレスに着替え、私室を出る。
私が準備を終えるのを待っていたのだろう。
部屋の外にいたレーベントに案内されてついていく。
連れてこられたのは、国王の私室だった。
幼少の頃に入ったきり、通常なら来ることのない部屋だ。
「おはようございます、お父様。」
「あぁ、おはよう。ここに来て座りなさい。」
二人用の小さなテーブルと椅子。お父様はもうすでに席についていた。
空いている席に座ると、食事が運ばれてくる。
全ての料理が運ばれてくると、人払いの合図をした。
「さぁ、食べようか。」
「はい。」
静かな部屋の中、用意された食事は美味しかったが、
なぜここで朝食なのか、なぜ人払いしたのか、気になって仕方なかった。
食事が終りかけた頃、それまで黙っていたお父様が話し始めた。
「お前の結婚相手が決まった。」