75話 死に戻りの使いどころ
正直に言うと、パルブチ傭兵は全滅していると考えていた。彼等にはドワーフ戦士団のような戦う意志も連携もない。そこにもってきて一人一人の実力が低いのだから、巨人の群れを相手に生き残れる筈もない。逃走して生き延びる可能性の方がよほど高いだろう。
だから、目の前の光景には驚いている。
「なんだよ、これ」
剛くんがそう言ってしまうのも無理はない。
そこは“風切り草原”の半ば辺りで、異様な熱気で溢れかえっていた。
巨人の死骸、死骸、死骸。
手脚、あるいは首を切断され、どれも一方的に殺されている。不思議なのは三十もの死骸が朽ちていく途中だという点。殺されて間もないことを意味するわけだが、それを一人の男が成したのだとすれば恐ろしい限りだ。
「ドゥゴラさん」
「おお、使徒ヘラ」
彼は一人だった。丸太のような腕の先には馬鹿みたいに大きな剣。まるで鉄板だ。
傭兵達は死んだか逃げたらしく、コレをやったのは彼らしい。
死体が朽ちる間もなく、ごく短時間で、これだけの巨人を、一人で?
あり得ない。ギ・シャラヤさんでも無理だ。可能だとすれば、俺が“竜人特化”を限界まで使用した時くらいだろう。
「いやぁ、ちぃとばかし本気になっちまいやした」
彼は朗らかに笑いながら、そして、なぜか悔いるように言った。本気、か。どうやら彼の強さを読み違えていたらしい。
これ以上は厳しいもんで、巨人の群れを躱しながらゴッドレスに戻りやす。その言葉に、正直なところ、驚いた。
まだ、戦ってくれるのか?
「貰った金の分は働かねぇと。おいらぁ傭兵ですから。使徒ヘラは奥へ?」
「はい。原因となっているモノを殺します」
「えっへー、さすがでやんす。お供してぇのは山々ですが、あいや、すいやせん」
竜の気配がする。彼はそう言った。殺すには難儀するだろう、とも。
「見たのですか?」
「いんやぁ? けんど、おいら竜と関わりが深ぇ種族なもんで。ただ、違うような気もするし、不思議な感覚でさぁ。……使徒ヘラ、十分にお気をつけて」
鼻っ面をもぞもぞと掻きながら彼は駆けていく。武を体現した疾走だ。あれだけの重装備でもいっさいのブレがない。しかし言えばそれだけ。超常たる何かを感じるわけでも、隔絶した強さがあるわけでもない。
ただ、何か、“空間掌握”でも感知できないものがある。それが彼の強さなのだろう。
「おい、良いのかよ! あの人に協力して貰えばっ!」
「良いさ。行こう」
「……わけ分かんねぇよ! 何も良くねぇだろ! このままじゃゴッドレスが陥落しちまんだぞ! もしそうなって、神殿が破壊されちまって、拠点にしてる奴等が殺されたらどうなるかっ……」
「だね。だから急ごう」
クソったれと叫んで。剛くんは恐怖心を隠しもせずに追走して来る。
周囲の巨人は、やはり俺たちに見向きもしない。奥から進み来る個体も、今まさに水の塊から生まれたばかりの個体も、どれもがゴッドレスへと向かって行く。
違和感はがりがあった。このイベントが始まった瞬間から。
なぜ一気に攻め立てない? どうして鈍い侵攻なんだ? なんでボスは耐久値ばかりを高めてある?
「……剛くん、なるだけ巨人を殺そう。全力でだ」
無理だろ、と彼は言う。やるべきは一刻も早くボスを倒してポップを止めることだと。
「サンプルが欲しい。こいつ等の反応から何かを得られるかも」
「だから無理だって! 数が違いすぎるんだよ!」
進むほどに巨人の数は増えていく。こちらはたったの二人で、既に休む暇もない。
確かに、向こうが数的優位だ。馬鹿げた差だ。けど。
「こちらの方が、質的優位でしょう?」
剛くんは強い。覚醒と職業進化を経た彼は、間違いなくトップランカーの一人だ。そして賢い。
「だからきみを選んだのさ、相棒に」
「ああ⁉︎」
「どうしても疑問が消えないんだよ。遅い侵攻、耐久を高めたボス、その他もろもろ。あまりにも不自然で、言えば怠慢だ。これで高難易度っておかしいでしょ」
「うるっせぇんだよ! 喋ってねぇで手を動かせ!」
手を? ……ああ、攻撃しろってことか。このままじゃ呑み込まれてしまうものな。
でも、今はそれどころじゃない。この状況に対する違和感だとか疑問だとか、そういった曖昧な不快さがずっとまとわりついている。
「解消しなきゃ、でしょう?」
「はあ? 時も場所も違ぇだろ!」
そうかな? 脳ってやつは追い込まれてこそ本来の力に近づくんだぜ? そうじゃなきゃ本来の力を捻り出せないんだぜ?
「だから、ほら、会話をしよう。お互いの脳を上手く使ってさ」
「だからっ、今じゃねーって!」
「今だから、だよ。きみは焦ってるね? 慌ててるね? 平常心を失っているね? 俺はほら、こんなだからさ。少しの危機感くらいしかない。そんな俺と、きみとでしか生まれないものがあるのさ」
「なに言って――」
分からないのか、今が。今にこそ在る価値が。
「欲しいんだよ、きみの脳が。平常を失った心と繋がった脳でしかできない発想が。そんなきみの脳と、冷静な俺の脳。それをぶつけて、かき混ぜて、その中に手を突っ込んでみれば、何かを掴み取れるかもって話さ」
「……狂ってんのか、あんた」
「それで良い。今、俺に対して向ける、負の感情そのままに語ろう。こんな時に生まれるもんだろ? それは言葉かもしれない。詩かもしれない。メロディーかもしれない。或いは荒唐無稽な論理かもしれない。それを、今、欲してるんだよ」
そこにこそ、今という状況を紐解くヒントがあるかもしれない。
「だから、会話を」
「……イッてんな、あんた」
そうそう、その調子。一緒に吐き出して、繋いで、紡いで、辿り着こうじゃないか。
「さあ、会話だ」
「……分かった……分かったよ! 話せば良いんだろ!」
投げやりに叫ぶ剛くんは見るからに苛立っている。その苛立ちを剣に乗せて巨人を切る。雑な振り方なのに殺していく。肉体のキレは増し、周囲をよく観察できている。
どうやら追い込まれてこそ力を発揮するタイプらしい。そういう人間がぶち破るものさ、常識ってやつを。
「整理しようか」
情報によれば西のボスは膨大なHPを所持していたらしい。攻撃はワンパターンながらも、あのルナさんでも手こずるような生命力なのだから、俺じゃ何倍も時間が必要だった筈だ。
「……そうか? お兄さんって普通のダメージ率じゃねぇだろ?」
「ふん? つまり?」
「普通はHPを削るために攻撃するだろ、どこでも良いからテキトーに。お兄さんは急所を的確に突いて殺す。全部クリティカル的な?」
「え。皆んな急所を狙って攻撃してるんじゃないんだ?」
「当たり前。狙えねーし、中らない。急所なんて分からねーモンスターもいるんだし、じゃなきゃゲームになんねぇよ」
その指摘は今さらではあったが、しかし腑に落ちるものだった。HPを削るという作業をあまり実行した事がない。敵を“生き物”として捉えているし、俺にはHPゲージが見えない。
言ってみれば不死鳥を殺した時も似たようなものだった。隊員総出でタコ殴りしたのだから。
「なるほどなぁ。参考になる」
「今さらかよ」
言われちゃったな。
で、今は違和感の解消が目的だった。
さて。怠慢とも言える侵攻はそういうものだと納得しつつ、注目すべきはボスの特性だろう。
南は闇から亜人がポップし、ボスは天使。絶対防御とプレイヤーを囲う不可視の檻、そして死に戻りを封じる。
西は石の塔から泥人形がポップし、ボスは巨大なゴーレム。底なしとも言えるHPを持ち、放っておくと追加で泥人形を生み出す。
北は卵からオーガがポップし、ボスは炎の鳥。ダメージを負っても瞬く間に回復をしていく。
共通するのは攻撃が得意ではないこと。ゴーレムも不死鳥もパターンが少なく、天使に至っては攻撃姿勢すら見せなかった。
それ等が意味するところは何だ?
「えーっと」
迷いを見せつつ、それでも捻り出すように、剛くんは言葉を発した。
足止めしたいんだろ。始まりはそんな言葉だった。
「大群に向かって進み出る奴等なんて強いに決まってんだから、そいつ等をゴッドレスに戻らせないなんてありきたりな策だ」
「だねぇ。けど、ならどうしてモンスターの群れは俺達を無視するんだろうね?」
足止めしたいのなら囲めば良い。大群なのだから。生かさず殺さずで釘付けにできる筈だ。そうすれば自ずとボス到達は困難になり、さらにモンスターは増加していく。
どうぞボスを見つけてくださいと言わんばかりの対応である。
「だから、ボスで足止めする為だって」
「どうして一般モンスターじゃ駄目なわけ?」
「それは……」
こうして思考は堂々巡りとなる。つまり、さっぱり分からない。
「そういうイベントって事で良いだろ。実際に今めちゃくちゃピンチだぞ!」
確かにピンチだね。けど絶対に無理ってほどじゃない。剛くんは平常心を失っているから気付けないだろうけど。
「ゴッドレスにいるプレイヤーが協力すれば神殿を守り抜くぐらいできるよ」
「そう、か?」
「そうだよ。神殿だけという条件かつ、ボスを倒せば、だけれど」
死に戻れるんだ。リスポーンするのが守るべき場所なんだから、いくらデスペナを受けたってプレイヤー有利さ。今や対応すべきは東だけなのだから。
激戦にはなる。消耗戦でもある。しかしポップさえ止めてしまえば守れる。時間はこちらの味方なのだから。
「ゴッドレス陥落が目的じゃねぇとか?」
「……と言うと?」
「いや、悪い。んなわけねーよな」
狙いはゴッドレス、の筈だ。じゃなきゃこのイベントの主旨がブレてしまう。
ゲーム的な思考をしていたら埒が明かないな。
「ゲーム思考を捨てるなら、確かに変だ。まるでボスを倒させようとしてるみたいだ」
「ボスを?」
「ほら、なんつーか、ボスまでは簡単に到達させて、倒すのは難しいけど無理じゃない。まあ、それが普通のゲームなんだけど」
そうなのだ。打倒は困難ではあるが絶対に無理と言うほどでもない。
「ゴッドレス陥落が目的じゃない。きみはそう言ったね?」
「言ったけど忘れてくれ。どうかしてた」
いや。そういう荒唐無稽な考えこそ必要なんだ。事実、剛くんのおかげで前提に疑問を持てた。
ああ、そうだ。俺は“ゴッドレス陥落”が前提条件だと考えていた。もっと言えば、外から攻め寄せるモンスターがゴッドレスに侵入し、都市を蹂躙し、その流れで神殿が破壊されると。
だが、もしも、違うのだとしたら?
あまりにも遅い侵攻速度、こちらを無視するモンスター、強プレイヤーを足止めする為のトラップと言えるボスの特性。それ等はどんな目的へと繋がっているんだ?
「ボスを倒させてぇ、とか? いやいや、それこそ有り得ねーよな」
……あ。
「ボスを、倒させたい?」
「な、なんだよ⁉︎ 馬鹿みたいな発想が欲しいって言ったのはお兄さんだろ!」
待て。待て待て。ボスを倒させたいなんて発想は無かった。
だが確かに、それに繋がる何かを記憶している。気にも留めないような何かが意識の奥底に沈澱している。
「じゃあ、外からの攻めは本気じゃねーとか?」
「うん、それは間違いない」
「……だよな。だから変なんだよな。普通ならボスを使う筈だし、なのにボスは動かねーし」
「動かないもんねぇ」
何かあった筈なんだ。違和感を強くさせる何かが。
モンスター? ボス? 違う。他にあった筈だ。このイベントに対して間接的な影響を及ぼすものが。
「…………アナウンス」
流れていた。最初は南のボスを討伐した時。次は北のボスを討伐した時。その次は、予想になるが、西のボスを討伐した時だ。
何て言っていた?
全プレイヤーの転移能力を剥奪。顕現を開始。
それが一回目。
プレイヤーの移動を制限、別都市のポータルを全て閉鎖。顕現速度を上昇させる。
それが二回目。
プレイヤー間の通信を強制遮断。顕現速度を上昇させる。
それが三回目。
「……顕現、だって?」
別におかしい事はない。一度目のアナウンスの後に西と北のモンスターが溢れ、二度目は巨人が溢れ始めたタイミングだった。そして三回目が流れた後、巨人の湧き速度が上がった。だから、顕現とは、イベントモンスターのポップに対する言葉だと考えていた。
「南が溢れたときってアナウンスあったっけ?」
「いや、ないな。んなことより、そろそろヤバいぞ! 囲まれてる!」
顕現するのはイベントモンスターじゃないのか?
顕現。何が? いつ? どこに?
モンスターじゃないとしたら、何が顕現する?
何のために?
剛くんは言った。
――ゴッドレス陥落が目的じゃねぇとか?
剛くんは言った。
――ボスを倒させてぇ、とか?
剛くんは言った。
――外からの攻めは本気じゃねーとか?
ゴッドレス陥落が直接の目的じゃないとして、ボスを倒させたい理由はなんだ? 当然、今の思考を辿るのならナニカを顕現させるためだ。
外からの攻めが本気じゃないとして、だったら何処から攻めるんだ? 当然、外じゃないなら内側からだ。
「……内側…………顕現するのは、まさか、ゴッドレスか!」
「えっ?」
あり得る。あり得てしまう。だって全ての点が繋がった。
「ボスはトリガーだ。正確には、ボスの討伐が!」
「待てよ! 説明しろ!」
転移を封じられ、都市間の移動すらも不可能となり、状況を伝えるための通信手段も奪われた。そうなれば当然、外からの脅威に目を向け集中する。早く解決しようと躍起になる。
剛くんが言った通り強プレイヤーは敵へと向かい、選ばれし者達がボスの討伐へと赴く。強いと予測できる方角順、かつ防御に重きを置くボスだと知れば特に優秀な人材を送り出す。西と北がそうであったように。
「そうしてガラ空きになるわけだ、ゴッドレスの中が」
アナウンスはボスを討伐した直後に流れていた。その度に顕現させる速度が上がっていった。つまり、この先にいるボスを倒した時、ソレが顕現する可能性だってある。
「ゴッドレスの中って……まさか」
「うん。顕現する場所は、神殿付近。もしくは神殿の中」
「守る奴が、いない」
「だねぇ」
目的はやはりゴッドレス陥落だ。さらに踏み込んで言えばリスポーン地点として最も多くのプレイヤーが登録しているゴッドレスの神殿だ。
「つまり、アレか? このイベントの、本当の目的は……」
「ああ。目的は、プレイヤーだ」
俺達は馬鹿だ。ゴッドレスにモンスターが侵入した結果、神殿を破壊され、数千ものプレイヤーが宙ぶらりんになると考えていた。それは側面的なものであり、直接の狙いだとは考えていなかった。
だが、それこそが狙いなのだとしたら?
「そ、そんな……でも、何が出るんだよ」
「さあ? けど顕現するモノは恐ろしく強いだろうね」
「伝えねーと!」
残念ながらそれは不可能だ。通信は遮断されているし、もう既に目の前だ。
「目の前、って何が……あ……」
「ボスだよ」
──────
ガ・シン:???
イベントボス/???/???/???
スキル:???/???/???/???
独自スキル:???/???/???/???
固有スキル:???/???/???/???
称号:???/???/???/???
──────
東のボスは竜ではなく、龍であった。
全長は三十メートルを越え、白の全身には雷をまとい、体をくねらせながら宙に浮いている。
神獣。それが彼の名前だ。こいつの強さは聖域ボスに匹敵する。種属すら見せて貰えない。
そうした情報を剛くんに伝えれば、彼は分かりやすく絶望の表情を浮かべた。
厄介なのはこれまでと違って、ボスを発見してもモンスターのポップが止まらないこと。
そしてやはり、巨人との接点は見当たらない。だからこう考えてみる。ボスはナニカを封じる存在で、殺してしまえばナニカが顕現すると。
「コイツを倒すとゴッドレスに化け物が現れちまう……」
「けど、彼を倒さないと東の防衛線が保たないよ。無限に巨人が攻め寄せて来たらいくら何でも凌ぎ切れない」
「どう、すりゃ良いんだよ」
取れる手段はある。今すぐにゴッドレスへと伝える方法が。それは備えへと繋がり、防衛成功の確率を上げるだろう。
「……死に戻りか!」
さすがだね。
「一瞬で帰還できる。そして対策もできる」
ただし、本当に死に戻れるのであれば。今は何が起きたって不思議ではない。
「死に戻りの使いどころか……やるなら、俺、だよな」
「うん。俺は彼を倒さなきゃならない」
できるかい? そう彼に問えば、真っ直ぐにこちらを見つめて来る。
「お兄さん、俺のこと馬鹿にしてんのか? それとも試してる?」
「まあ、後者かな」
彼はすぐに実行した。覚悟を灯した瞳で俺を睨み付けたまま。
己の首を、剣で掻き切る。
ゴボゴボと自らの血液に溺れる彼はどうやら痛覚を遮断していないらしい。剛毅な少年だ。
「宜しく。とにかくタチミツさんを見つけて――、ん?」
青白い炎に焼かれながら、剛くんが地面に何かを書き記していく。
――死に戻るな。生きたまま戻れ。何とかする。
そう、書かれていた。当然ながらボスに勝てという意味じゃない。ボスを倒した後に生きたまま戻れと言っているのだ。俺が戻るまでは何とかしてみせるからと。
「つまり、まだ俺を働かせるってこと?」
「ぐ、ぐぞ、やろう」
剛くんは消える間際に中指を立てて見せた。おまけにクソ野郎と言い残す。
「酷いこと言うね」
けど、ああ、やる気になったぜ。
「てことで、神獣くん」
悪いがさっさと死んでもらう。
 




