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74話 総力戦の口火

 



「ヘラくん、願いが届いたようだ」


 誰かと通話中のタチミツさんは鋭い声でそう言った。


「東ですか?」


 余裕がない頷きを見て確信する。溢れ出したモンスターは厄介な類いだ。それを証明するように東の空気感が明確に変わっている。


「タチミツさん、俺、行きます」

「待ちなさい、敵は――」

「見て確認します」

「――、……到着したら通信を入れなさい」

「オーケーです」


 言いながら疾走を開始する。隊員はどこにも見当たらなかった。各々が補給の真っ最中だろう。幸いにもパーティーを組んだままである。一気に通信を開く。一人残さず繋がるのだから彼等の戦意はまだまだ高い。


『全隊員東門に集合。状況が動きました』


 敵は? と誰かが尋ねてくる。分からないと答えれば返ってくるのは笑い声ばかり。


『オーガくらいじゃ満足してないでしょ?』


 そう言ってみれば、やはり笑い声ばかりが返される。ひどく無邪気で獰猛な笑い声だった。やはり彼等も戦いの中でしか自分を満足させられないらしい。


 空を睨む。既に陽の光は消えかけており、オレンジと群青のコントラストに目を奪われる。


「不気味だぜ」


 ずっと向こうには、美しい空を遮る分厚い雲。そこから大粒の雨が落ちている。否、雨粒と呼べる大きさではない。人ひとりなど簡単に飲み込むほどの水の塊だ。

 東門に近づくにつれて耳が絶叫を拾い始める。間違いなくプレイヤーのもので、モンスターの悲鳴は少しだって含まれていない。


 敵は強い。しかも大群だ。


 多くの人から通信がひっきりなしに入ってくる。ピックアップしたのは剛くん。選択に大した理由はない。ただ、慌てる彼の声が好きなのだ。


『お兄さん、どこにいる⁉︎』


 最初に吐き出されたのは今日だけで何度も聞いた言葉だった。


「今、防壁の上に立つきみの横に――着いた」

「うわっ!」


 階段を駆け上がって彼の隣に着地すれば驚きの叫び声が響く。良いもの聞けたね。


「ふざけてる場合かよ!」


 ふざけちゃいないけれど。


「ふん? これは素晴らしい景色だな」


 これもまた、神話、と呼べるのじゃなかろうか。こうも人間が容易く狩られる光景など想像したこともない。


「だからふざけてる場合じゃねえ! 巨人の群れだぞ!」


 そう。東の草原を侵攻してくるのは巨人であった。五メートルを越す身の丈。三メートルに迫ろうかという横幅。上半身の厚みなんて二メートルもある。手に握られる斧は掠るだけで死ねそうなほど大きい。



──────


ギガント/巨人属Lv.10

イベントモンスター/???/???/???

スキル:重撃/怪力/治癒/斬撃浸透

称号:巨神の加護/破壊者


──────



 強いぞ、こいつ等。ファーストエリアのボスに迫るくらいには。それが、無数にいる。やはりゆるりと、しかし地鳴りを上げてゴッドレスへ進み来る。


「おまけに()()()湧き方されちゃ、厳しいなぁ」

「見えんの?」

「視力、良いからね」

「良いとかってレベルじゃねぇだろ。俺、“遠視”持ってるけど全然だぞ」


 まあ普通は見えないよな。雲はいまだずっと向こうだ。


 彼等が生まれ出る先は降り注ぐ水の塊であった。地面に大きな水溜まりを作り、そこから這い出るようにして現れる。

 何が厄介かと言えば、遥か上空にある雲がこちらに向かって動いている点。水の塊はそこから落ちてくるのだから、時間が経てば東門は巨人で溢れ返ることになる。もしかすると防壁の内側にまで落ちて来るかもしれない。


 こいつ等が湧き始めたのは不死鳥を討伐した直後だろう。雲が現れたタイミングからも間違いない。


「……そんな湧き方アリなのかよ」

「まるで空母だ」

「ほんと、言ってる場合じゃねーだろ。これ勝てねーぞ」


 剛くんは諦めるように呟いた。仕方がないとは思う。なにせプレイヤー達は相手にもなっていない。巨人が腕を振るうだけで数人が押し潰されて死んでいく。武器や魔術も弾かれている。こんな化け物の大群を止めなきゃならないのか。

 アレがゴッドレスに入れば……神殿を破壊される確率は高い。NPCもたくさん殺される。どちらも避けたいところだが、かと言って今ここにいるプレイヤーだけで防げる要素が見当たらない。門なんて拳だけで破られるだろう。


 そして、本当の窮地ってやつは手を緩めてくれないものだ。どんな時でも。


「お兄さん待ってくれ、通信だ。…………やったぞ、西のボスが討伐された!」




『イベントの進行を確認。プレイヤー間の通信を強制遮断します。顕現速度を上昇させます』




 そうだよな。このゲームはいつだって追い込んで来る。


「マジかよ、通信が……」


 剛くんは完全に弱気を見せた。いや、彼だけじゃない。ゴッドレスという都市がそうであるかのように空気が沈んでいく。プレイヤー達の感情が実体をもって立ち昇っている。誰もが通信の重要性に気づいているのだ。

 ()()があるから大人数での連携を図れていたのだ。指揮官であるタチミツさんが安全な環境で全体を俯瞰できていたのだ。各部隊が細かな指示を実行できていたのだ。俺達プレイヤーにとっての絶対的な有利だったのだ。


 ここに来て、最も必要なものを奪われた。


「どうする……お兄さん、どうすれば良い?」


 念のためにタチミツさんに連絡を入れるがやはり繋がらない。掲示板も駄目。


 さて、どうする。何をすべきだ? タチミツさんからの指示を待つべきか?

 こうしている間にも巨人は異常な速度で増え続けている。それに倍してプレイヤーが狩られていく。それでも戦い続ける彼等の勇気たるや、絶対に無駄にしちゃいけないものだ。

 だって見ろよ、誰もが俺へと振り向いて叫んでる。頼む、鬼人、お前なら何とかできるだろう、と。


 今、俺に、何が、できる?


「ヘラ! 俺達は何をすりゃ良い⁉︎」


 クリッツさんを先頭に“神討ち隊”が現れる。獰猛な笑みを携えて。


「あー、ヘラさん。これヤバくないっすか? ヘーエルピスに指示くれるっす?」

「ちょっと何よこれ! ヘラ、あんたまた何かしたでしょ!」

「ポイ! ヘラ様に何という口のききかたを!」

「すんごーい。巨人を呼び出すなんてさすがヘラっち!」

「はあ? 明らかに敵じゃん?」

「巨人の大群と戦うとか胸熱っしょ!」

「ふ、ふん! きょ、巨人など、おおお、恐るるに足りませんわよよよ」

「それってつまり虚勢?」

「これはぁ、まずいですねぇ。ヘラくーん、何か策ありますぅ?」


 ヘーエルピス、十二戦士、その他にナイトメア殲滅戦で知り合ったプレイヤー達も。


「ヘラ殿、戦士団をお使いくだされ。我ら、覚悟は決めております」

「ヘラ様、遅参をお許しください。ショーイカ・エルフ魔術士団にも参戦の許可を」


 ダシュアン・ドワーフ戦士団と、ショーイカ・エルフ魔術士団も。


 精鋭が続々と集結して来る。強い気配を放つ彼等につられるようにプレイヤー達が集団となって東門へと押し寄せる。強そうな人から、今日まで引きこもっていたのではと思えるほど弱い人まで。だがしかし、誰も彼もが決意の表情で。


 心が震えた。無論、勇ましくだ。


 ――ブレイブ!


 灯った炎が燃え盛る。可能とするプレイヤーは一人しかいない。


「やっほー、ラーさん。もしかして遅れちゃった?」

「ルナさん」

「私は何すればいい?」


 彼女は俺の横に並び立つと、透き通るような微笑みを向けて来る。


「……うはは……」


 総力戦だ。敵は巨人の大群で、今も恐ろしい速度で増え続けている。

 だが、こんなにも頼もしい仲間達がいる。なら、やれるさ。いや、やらなきゃいけない。

 数千もの視線が俺に向けてられている。そこに込められる、尊敬と、信頼と、憧れと、期待。ひどく、気持ちを奮い立たせる、視線達。


 自ら望んで得た立場ではない。しかしこうも頼られてはカッコ悪いところなど見せられない。

 この背中がどこまで広いかは分からない。どれだけ背負えるかも分からない。けれど、乗せられる分だけ背負うのも悪くない。だから、やってやろうじゃないか。


 気張れよ、ヘラ。


「俺は、ヘラ! このふざけたゲームの、正真正銘のトッププレイヤーだ!」


 なぜ、こんな事を話し始めたのかは自分でも分からない。


「この雲の先に原因がある! それはきっと強大な敵だ!」


 ただ、必要だと感じた。だから想いを言葉に乗せる。


「俺が殺してやる! 絶対にだ! だが、この怪物どもは俺だけじゃ止められない……力を貸してくれ! どれだけ死に戻ろうと、何度でも戦い、このイベントを俺達で終わらせるぞ!」


 言いたい事を言い終えれば、東門に静けさが舞い降りた。誰かの息を呑む気配、髪をかき上げる動き、武器を握り締める音、そんなものが伝わるほどに静かだった。


「上等だ」


 誰かが呟いた。


「やるわよ!」


 誰かが吼えた。


「護るぞ、俺たちで!」

「巨人なんて火だるまにしてやる!」

「ゲーマー舐めんなよ!」

「報酬は期待して良いんだろーな⁉︎」


 轟々と燃えていた。戦意が明確な形となって溢れていた。遊び心を感じるのは彼等の性なのか、それとも意地なのか。


「……勝とうぜ、皆んな」


 そう呟いてみれば、隣に立つ女性にだけは聴こえてしまったらしく、勝とうぜ、と返される。


 ああ、そうさ。勝ってやるとも。


「神討ち隊」

「おうよ」

「外に出て遊撃。互いに離れるな。全部を討つ必要はない、門に迫る巨人の間隔を空けろ」


 言った途端、彼等はなんの戸惑いもなく防壁から飛び降りた。手近な巨人に挑みかかり、場違いなほど快活な会話を交えながら打ち倒していく。先頭に立つのはジークフリードさん。その姿はまさしく勇者であった。


「ヘーエルピス、十二戦士」

「なによ。さっさと指示しなさいよ」

「んー、玉砕突撃だけは勘弁してくださいぃ」

「プレイヤー達と防衛線を張り、これを維持。止めることを優先に。雲の位置によっては都市内部にて迎撃を」


 彼等もすぐに動き始めた。ポイさんが溌剌とした声でもってプレイヤー達に発破をかける。ティータンさんが怪力でもって門を押し広げ、獅子丸くんと辰辰さんが先陣を切る。引き摺られるようにして数千ものプレイヤー達が走り出す。


「シャラさん、チノメルさん」

「応!」

「はい」

「戦士団と魔術士団で門を守ってくれ。ただし死者を出すな。一人もだ」


 無理だと分かりつつそんな指示を出す。ギ・シャラヤさんとチノメルさんは呆れた表情を見せ、すぐに決意を込めたものに変える。二人が、吼える。


「ダシュアン・ドワーフ戦士団ッ!」


 ――おおおおっ!


「ショーイカ・エルフ魔術士団!」


 ――おおおおっ!


「我等は盾であり矛!」

「私達は水であり焔!」

「誇りをこの手にッ!」

「叡智をこの手にっ!」

「敵を殺せぇええ!」

「敵を討ちなさい!」


 東門が揺れる。否、ゴッドレスが震える。この二つの戦力がそうさせているのだ。

 彼等は悠然と門をくぐり、ゆったりと巨人へと迫る。まだ整っていない防衛線のど真ん中を陣取り、苛烈に命を刈り取っていく。


「相棒、私は? 一緒に行けばいいの?」

「……ルナさんは――」

「分かった、任せて。一人も死なせないし、一体も中に入れない」

「…………頼んだぜ、相棒」

「勝ってね、相棒」


 薄く微笑んで、彼女もまた、飛び降りていく。

 俺も負けてはいられない。


「さて。行こうか、剛くん」


 防壁にただひとり残った彼に言ってみる。


「……俺も行くのかよ」

「一人だと死にそうだし、他に誰もいないし。大丈夫、ボスは俺が必ず倒すから」

「一人で倒すつもりか……それ、ボス発見まで俺にお兄さんの盾になれってこと?」

「うん。チョコちゃんたちは?」

「死に戻った。俺は……ここに残らなきゃならなかった」


 相変わらず冷静で頭の良い少年だ。彼とだったら色々と解消できそうでもある。


「行くよ」

「ああ」


 戦場を駆ける。飛び交う怒号と魔術魔法。閃めく武器と意思。失われる敵と味方の命。土は血に汚れ、ネチャついたそれが高く舞う。抉られ、捲れ、大地が傷ついていく。


 その真っ只中を、行く。


 神聖魔術を放ち、今や完全なる予備刀となった“妖鬼殺し”を巨体に打ち込む。さすが巨人と言うべきで一撃じゃ殺せない。

 べつに構わない。俺が討つべきは巨人ではなく、ボスだ。だからダメージを与えるだけで良い。此処を戦場とする皆んなが少しでも戦いやすくなるように。


 前へ前へ。声援が背中に突き刺さる。誰もが巨人へと向かいながら叫ぶ。行け、行けと。勝てと。


 勝たねば。何をしてもだ。これだけの人数に命じた俺には責任ってものがある。


「遅れないでね」

「ちょ、はえーよ!」


 無理にでもついて来て貰う。剛くんには剛くんの役割があるのだから。


 さあ、ゴッドレス防衛戦、いよいよ最終局面だ。



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