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8話 無知と未知とタチミツ

 



 なんとなんと、いきなりお金持ちになったのです。メニュー画面に表示される数字の羅列。その数は7桁であり、最前列は8を示している。

 800万。初日にして大富豪だろう。全ての素材を売り払って手に入れたお金だ。買い取ってくれたオチョキンさんは涙目。β版で貯めた全財産を投げ出してくれたらしい。初日だからこその買取り価格だとは言ってくれたが。


「そして突然すっからかんに」

「ありがとうございます」


 うふふ、とオチョキンさん。今は歓喜の涙を流している。この人、お金大好きエルフだ。


 二本の刀と革鎧。さらには剣帯、革製のガントレット、革製のグリーブ。おまけに大量の回復薬まで。

 ありと凡ゆる物を買ってしまい、お金が一瞬で底をついたのだった。我ながら計画性というものを感じない。


 まあ、無いよな、計画性なんて。だから早く森に行きたいのです。


「それにしても高くないっすかぁ?」

「適正価格ですよ。疑念があるのならNPCのお店を見てみてくださいな」


 ギロリと睨みつけてくる美しいエルフ。キャラ、変わってないっすか?


「さあ、ヘラくん。夜だ」


 ええ、夜ですね。ここから先はタチミツさんとの約束を果たす時間だ。

 夜の『風切り草原・奥地』での実戦披露。対価は永続的な情報提供。破格の取り引きではないだろうか。

 彼には、夜の草原を体験できるという思惑もあるのだろう。経験を金で買うことはなかなか難しい。東エリアは難易度が高いらしく、視界の悪い夜じゃ尚更だ。


 オチョキンさんにお礼を言い、街を出る。やはり外は良いな。


「ゴッドレス。それが街の名前だよ」


 早速の情報提供。あるよな、名前くらい。エリア名からしてガザンだと考えていたけれど。


 さて。戻って来ました、夜の草原。出会すのはやはり狼で、もはや敵じゃない。


「一撃、っと」


 ぬるり、と。キラーファングの頸椎を断つ。

 なんて素晴らしいんだ新装備。なんて素敵なんだ二刀流。

 良いね。最高だ。このまま森へ入ってしまおうか?


「ヘラくん。きみは発動型スキルに何を選んでいる?」


 発動型スキルとは、アクティブスキルとパッシブスキルの中間のような存在だ。聞こえは良いが、このゲームはそんなに優しくない。

 純粋なパッシブスキルは“心得系”のみで、それ以外のスキルは自動で常時発動してくれるわけじゃなく、意識的な発動保持が必要になる。

 つまるところ発動型スキルとは、俺で言う“肉体操作”や“暗視”がそれにあたる。


 身体能力向上としてのパッシブ効果は“称号”によって得る、とタチミツさんに教わった。今のところスキルでは未確認なのだとか。


「発動型スキルは状況によって一つずつ変えているのかい?」

「ん? 何を? ええと……」

「ああ、すまない。マナー違反だった」


 いや、そうではなくて。タチミツさんの言い方だと、常時発動できるスキルは一つだけだと捉えられるけれど。


「所持している中で発動型は、四つですね」


 まずは“空間認識”。そして“肉体操作”。あとは“洞察”に“暗視”、“常勝”だ。


「あ、五個でした」

「いったい幾つのスキルを所持して……いや、答えなくて良い」

「それで、ええと、常時発動させているのは五個です」

「……は?」


 ん?


「五個のスキルを常に発動させています」

「……きみは、何を言っている?」


 タチミツさんいわく。常時発動可能なスキルは一つか、個人によっては二つ。種族レベルが上がっていけば増える、とのこと。


 ペナルティーを受けている筈だ、と彼は言う。どんなものでしょう? と尋ねる。答える彼はひどく困惑していた。まるで得体の知れない化け物を見るかのような視線であった。


「倦怠感や息苦しさ。頭痛や眩暈などだ。痛覚を遮断しても反映されるんだが」


 ある、と言えばある。でもそれって俺にとっては苦ではなくって。むしろ生を実感できるご褒美だったり。


「それだけなら、まあ、気にしません」

「ちなみに痛覚レベルは?」

「マックスですよ。勿体ないですから」


 こうして話して、タチミツさんの反応を見て、やっぱりなぁと。俺は少しばかり異端プレイに走っていることを実感する。ネタプレイと呼ばれる類いなのかな、と。

 ゲームに慣れたプレイヤーさんからしたら噴飯ものだろう。実際には分からないけれど。


「ああ、スキル数は10ですね」

「10、もあるのかい?」

「ありますねぇ」

「多すぎる。いくらサービス開始から72時間以内だとは言え、あまりにも……」

「72時間以内だと、何か?」


 サービス開始から72時間以内はスキルを獲得しやすいらしい。

 だが、スキル数は経験値取得率の低下に繋がり、だからこそ選択は重要になる、と。


 やはり難しいゲームだ。


「ヘラくん、動画を撮影してくれないか?」

「動画? なんです、それ」

「……もしも許して貰えるなら、私がきみを撮影し、それを掲示板にあげても良いかい? 当然、プレイヤー名は伏せる。他のプレイヤーにとっての参考にさせて欲しい」


 動画? 掲示板? まったく興味のない単語だ。

 こんな閉鎖的空間における個人情報の価値は計り知れない。当然、攻略やプレイヤースキルに関することも。


 でも、だからこそ秘密は良くないかな? 俺なんかのプレイスキルが役立つとも思えないし。


「お好きにどうぞ。進みます」

「ありがとう」


 奥へと。狼をとにかく一撃で殺していく。それだけを考え、実行し、失敗した時には二刀流の鍛錬へと切り替える。

 丁寧かつ迅速に。一振り一振りに意味と理由を乗せて。先を見定め、コツコツと積み上げていく。こうした地道な努力が好きだったりする。


 道中は勉強会でもあった。タチミツさんから学ぶことは多くて、どれも重要なことだったりする。考察にも繋がり、これはこれで楽しい。


「まるで予知だな。どうやって敵の動作を察知している?」

「予備動作ですね。主に呼吸や筋肉の動きを」

「見えるのかい、この暗闇の中で」


 見えると言えば見えるが、見てはいない。“暗視”は索敵に使っており、頼るべきは“空間認識”である。


「見てないですね。感じる、が正しいか。俺は目を閉じて戦っていますから」

「何を言っているんだきみは」


 ビックリ人間とはこんな気持ちになるのだろうか。驚かれてばかりで退屈してしまう。こちとら驚きたくてこの世界に居るというのに。

 どうしようか。教えても良いかな、“空間認識”について。タチミツさんは信頼できる人だと思う。もしも敵対関係になり情報が広がったとしても、対応できる類いのスキルじゃない。


 そう思って伝えたんだけれど。


「聞いたことが無いな」


 返ってきた反応は予想外に重いものだった。

 彼の考察によれば、“空間認識”の取得には限定的な条件が必要になるのでは、とのこと。つまりは種族と職業の組み合わせだ。

 人間の探索者。それを選択して初めて取得可能になるわけだ。もしかすると、もう一つ察知系のスキルが必要になる、とも。



──────


ヘラ:人間Lv.5:開拓者Lv.5/捻じ曲げる者Lv.2

スキル:【刃物の心得Lv.6】【空間認識Lv.7】

【肉体操作Lv.7】【洞察Lv.4】【暗視Lv.3】

【神聖魔術Lv.3】【魔力操作Lv.1】【二刀の心得Lv.4】

【常勝Lv.1】

独自スキル:【飢餓の渇望】

称号:【闇に生きる者】【逸脱者】【残忍なる者】


──────



 ありますね、初期から持っていた察知系のスキル。“洞察”が。


 そんな考察を重ねている間に森が見えてくる。帰りもそうだったが、初回にくらべたら進行速度が数倍は早い。余裕があると言って良いだろう。


「ここまでだ。戻るとしよう」

「あの、ここで別れても?」


 森へ入ろう、と。そんな事を考えている。

 進めるだけ進みたい。強敵を相手に経験値を稼ぎたいし、“飢餓の渇望”を使えるタイムリミットも48時間を切っている。


「分かった。気をつけて行きなさい」


 なんだか違和感がある。彼の言葉遣いと対応に。

 たぶん、タチミツさんと俺の実年齢はそう変わらないはずだ。けれども後輩に接するような態度は、この若々しい見た目が原因なのだろう。


 まあ、これもアバターを自由に編集できる醍醐味なのだ。実は彼が高校生だって可能性もある。いや、ないか。


「ん――」


 ずっと遠くに、10人ほどの集団。こちらを伺う気配は巧妙に擬装されていて、けれども滲み出る人間特有のネバ付きがある。

 なかなか強そうだ。“暗視”が届くか届かないかの範囲を追走し、こちらの邪魔にならないよう気配を消している。

 ゴッドレスを出た時にはもっと居たけれど死に戻ってしまったようだ。


「どうした?」

「ああ、タチミツさんのお仲間です。隠れるのが上手いなぁと」

「数人は死に戻ったがね。それに、きみはずっと捉えていたようだが?」

「ええ。居ると教えて貰ってましたから」


 彼らはタチミツさんのギルドメンバーであり、帰り道の護衛でもある。

 にしてもよく追走して来れたな。“暗視”を持っているのか、感知系のスキルがあるのか。


 と、考えたんだけれど。


「メンバーの居場所が分かると?」

「ああ。マップに表示される」

「……まっぷゥ?」

「……マップだ」

「……マップ」

「……マップだ」


 なんと、マップが存在しました。“マッピング”というスキルもあるらしい。


「欲しいっ!」


 と、それは置いておいて。

 マップは誰もが手にできる、いわゆるシステムスキルだ。メニューからオンオフが設定でき、自分の半径200メートル内の情報を表示する。

 プレイヤースキルである“マッピング”はそれに精巧な情報を書き込むものだ。記録スキルと称しても良いだろう。一度でも踏み入った場所は記録され、書き足していけばフィールドの全てが表示される。屋内、たとえば洞窟などで活躍するスキルだ。


 で、パーティーを組んでいる間は互いの位置がマップに表示されると。

 ソロで無知。このままじゃいけないなぁ。孤独と孤立じゃまったくの別ものだ。


「戻って来たら会えるかい? 色々と聞かせて欲しい」

「分かりました。ゴッドレスに着いたら連絡します」


 こちらの情報も欲しいってことだ。どうやら俺は、初日にして他を引き離した最前線らしいから。


 で、どんな印象でしたか、俺は。そう問えばタチミツさんが黙り込む。こちらを緩りと見て。


「……プレイヤースキルが逸脱してる。そんな印象だね」


 え。俺が? ゲームなんて横型の時代から未経験なのに。

 でも、まあ。


「タチミツさんの太鼓判はありがたいですねぇ。オチョキンさんいわく、あなたも最前線の一人らしいから」

「まだ草原すら脱していないよ。それも昼の、だ」


 仲間と戦っても、この時間帯にゴッドレスまで辿り着けるかも怪しい。そう言って。タチミツさんは全身から悔しさを滲ませる。

 矜恃、だろうかそれは。β版を経験した者としての。若しくはこの世界に対する思い入れか。


 俺にもそうした気概があれば変わるのだろうけれど。ま、無いものは無い。


「……もう一度言うが、気を付けなさい。あそこは住民達から魔の森と恐れられる場所だよ」

「はい。ありがとうございます」


 タチミツさんと別れ、大きく息を吐く。

 人との関わりは疲れる。昔はそれが好きだったけど、今じゃどうにも苦手になってしまった。楽しめると考えていたのにな。


「じゃ、行きますか」


 さて、森だ。常闇の森。まだ見ぬフィールド。新しい景色。

 魔の森? 上等である。

 ああ、ダメだ。楽しみで仕方ない。どんな風景がある? どんな生き物がいる? どんな戦いが待っている?


 落ち着け。でたらめなガムシャラは自殺に等しい。

 まずは今回の目的。次に目標。そして手段。それ等をしっかりと整理しよう。


 目的は単純。“飢餓の渇望”を使用することであり、ふさわしい敵との戦闘である。

 つまり目標としては、森の奥。若しくは最奥。或いは次のエリアとなる。今よりも先へ。さらに困難な状況へ。

 だとすれば手段なんて単純かつ限られているわけで。


 まずは俺自身が相応しくならなければ。強大な敵に。さらなる困難な状況に。

 敵を殺しながら得て行くのだ。経験値と、俺自身の経験を。可能であれば知識も。


「我慢できないや。走ろう」


 常闇の森へ入る。辺りは正真正銘の真っ暗闇。星の輝きすら遮断する密集した大木。やけに静かで、生き物の気配が感じられない。


 でも、“空間認識”は違うと言っている。


「ガウッ!」

「――うおっ!」


 右から飛び出してくる何か。躱しながら抜き打ちにて斬りつける。

 重量感のある落下音が響き、何かが足元で暴れ始める。踏み付け、踏み潰し、“暗視”を頼りに凝視すれば。



──────


モンスターウルフ:魔物Lv.1

???/???/???

スキル:???


──────



 ほぉん? とうとう出たな、魔物。


 これはこれは、まったく、期待感に震えが止まらないじゃないか!


 さあ、お相手願おうか。




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