66話 たぶん、今回は死に戻る
魚見楓と名乗った女は、ひどくゆったりと椅子に腰掛けた。印象に残るかどうかも怪しいほど平凡な見た目をしたこの女は、しかし固い決意を持っている。声にはそう思わせるだけの覇気がある。
「貴女は俺とルナさんを嵌めましたね?」
「……何のことでしょう?」
にこりと微笑むその表情ですらありふれていた。だが悪戯めいた微笑みであった。
「ずっと違和感があった。“首刈り山の地下空洞”。そのトラップとモンスターハウス」
微笑みに僅かな変化。当たりだ。
「それが?」
「あそこに落ちたのは俺とルナさんだけです」
そう。あれ以降誰もモンスターハウスに落ちていない。ただの一人もだ。掲示板ではある種のホラーとして語られるほどである。
だからこう考えた。あのトラップは突発型ではなく条件によって発動するのだと。ではその条件とは何か。
ソロ。まず着目すべき条件はそれだ。しかし違った。次に限定的な強さ。これもやはり違った。
スキル、称号、装備、突破したフィールドやエリア、どれもこれも全て違っていた。正確には、どれも足りていなかった。
従って答えは自然と一つに行き着いた。あのトラップは俺とルナさん専用のもの。若しくはあの時点で、つまりは初期と呼べる段階で限定的な条件を満たしたプレイヤー専用のもの。
端的に言えば、誰かさんに見染められたプレイヤーにだけ発動するようになっていた。
「……質問」
魚見楓が律儀に手を上げている。なんだか変わった人である。
「はい、魚見さん」
一応、俺も律儀に指名するのだけれど。
「それだけの検証をこなしたと?」
「物好きな奴等って一定数いるものでしょ」
面倒でも事由の解明が大好きな人達。ある人物を通して彼等と連携し、俺も色々と意見を出し、大型ギルドと協力しながら検証をしました。
そう言えば、なるほど、と魚見楓は呟いた。微笑みがほんの僅かに深くなっている。リアクションとしてはそれくらいのものだった。
「では、その“誰かさん”とやらが何故そのような事をしたとお考えですか? ヘラさんが辿り着いた答えが正しいとすれば、条件を満たすこと自体が困難です。もしかしたら空振りに終わるかもしれない」
「今さらそれを聞くのですか? 既にこの場へ辿り着いているのに」
それが答えだけれど。別の言葉にするのなら。
こうして会う為、というのは結果の一つで側面的だな。うん、そうだな、それは“誰かさん”がどの陣営でどんな立場かによって変わるけれど、もしもこの幽閉状態を打開したいと考える陣営側だとしたら……。
協力を仰ぐため。もう少し捻じ曲げた発想をするのなら、手駒として導くため。
幽閉状態を終わらせるのなら少しでも早い方が良い。“誰かさん”が解放を望む陣営ならそう考える筈だ。そして協力者は優秀であればあるだけ良い。だから初期段階ではあり得ないエネミー難易度に設定し、その先を二次種族に限定した。
「暴論ではないですか?」
「ふん? 確かに。だがこれを後押しする色々に触れてしまったのです」
魚見さんとの出会い、待っていたという言葉、そして、“古都アサナギ”とこのエリアだけに見受けられるあまりにもゲームらしい要素。
どこか粗いグラフィック、NPCの限られたリアクションパターン、敵とのエンカウント方。
他と比べてあまりにもお粗末だ。
「それ等からこう考えられるのです。此処はあの世界とは別の領域で、“古都アサナギ”と“ドバル地底園”が創られた目的は“誰かさん”を隠す、またはこの領域をカモフラージュする為だと。つまりその人物は解放を望む陣営であり、ここで反撃の条件を整えていると」
そう考えれば全ての点が繋がってしまう。選ばれてしまったことは残念でならないが。
「で、どうでしょう?」
「……素晴らしい。半分も正解です」
「半分、ですか」
控えめに拍手して、魚見さんは一台のモニターをこちらに回転させた。画面には何も映されていない。
「岩谷からどこまで聞けましたか?」
「知っているのでは?」
「いいえ。あなたが岩谷と話しているのは見ていましたが内容までは。あの時点では音までは拾えなかった。ログも消されているので確認のしようもありません」
ルナさんへ視線を向ける。彼女は呆然としながらも何とかついて来ようと必死になっていた。直感にて見抜くタイプだから、じっくりと考察するのは苦手なのだろう。
さて、どこまで話したものか。ルナさんを巻き込むのは嫌だな。そんな俺の考えを読んだのか、安心してください、と魚見さんは言った。
「此処での全ては彼等の感知範囲外です」
「……だとしたらマズいでしょう? 俺とルナさんは突然消えたことになる」
それも大丈夫です。魚見さんはそう言ってモニターを起動させる。映し出されたのは妖怪と戦う俺とルナさん。
「あなた方のアバター、の複製になります。長い時間は保ちませんが、セントラルAIを欺くことは可能です」
用意周到だ。これは逃げるわけにはいかないね。
岩谷さんと会話した内容を伝えていく。解釈もせず注釈も入れず、一言一句そのまま丸ごとを。
よく覚えてられますね。そんな風に魚見さんは驚いて見せた。
この世界に来てから脳を操れるようになったので。そう言ってみれば、彼女は初めて微笑みを崩した。
「理解しました。岩谷が何故あなたに託したのかを。……受け取っているのですね?」
フラッシュメモリのことだろう。
「ええ、確かに。使い方は分かりませんが」
あの時のことは本当に気付かれていないのだろうか? 俺が存在した痕跡は消せても岩谷さんの言葉はそのまま残るだろうに。
「岩谷は馬鹿ではありません。最低限の防衛線ぐらい張っています」
「防衛線?」
「ええ。あなたと出会った時の会話を延々と繰り返すという、何とも泥臭く根気の要る防衛線です」
俺があの場にいたログは消せても彼の言葉までは消せない。故に、狂ったフリをしている。あの閉鎖的な空間であれば狂人になったとしても違和感は薄いから。
「だから……俺に言った言葉を繰り返しているのか……俺との邂逅を秘匿するために」
クソったれ。これはマジで逃げられねぇぞ。
「……時間がありません。今回の私の目的は、時間が許す限りお二人に現状の説明を行うことです。……いえ、これは表面的なものですね。最大の目的は、この幽閉状態を解放するための力になること。それはプレイヤー以外には不可能ですから。なので、まずはこうなった経緯をお話します」
そこからの説明は、やはりと言うべきかオカルトそのものであった。
この『Blessed Sanctuary』というゲームは岩谷さんと魚見さんが主となって開発したVRMMOだった。始めた時は箱型デスクトップの時代だった。
岩谷さんはいつも言っていたそうだ。“絶望した奴等がぶったまげるゲームを作るんだ。俺と楓が作ったゲームの力で前を向かせるんだ”と。魚見さんはいつも言ってた。遊ぶ人達の活力になって欲しい。希望を抱くゲームを作るのだ、と。
若い二人は既に信念を持っていて、それに向かって突き進んだ。
20年もの歳月を掛けて、スポンサーを見つけ、様々な技術に手を伸ばし、知識を身につけ、仲間を集め、ゲーム自体の完成は間近に迫った。
しかしヘッドギアの開発だけ目処がつかないままだった。資金、技術、被験者、全てがだ。スポンサー達からは激しくせっつかれ、中には撤退する企業も出始めた。
そうして全てのスポンサーが手を引いた頃、残ったのは莫大な借金と『分不相応な馬鹿者』という不名誉な称号だけ。彼等は焦り、憤り、無力さに打ちひしがれた。あと少し、もう何歩か進むだけで夢が形になるのにと。
そして、悪魔と契約することになる。そうとも知らぬ内に。
「突然でした」
テオスと名乗る人物からテキストメッセージが送られて来て、書き込まれた口座から途方もないお金が振り込まれていて。連なるのは大手芸能事務所や日本を代表するメーカー。しかもヘッドギアの詳細な設計図まで。素材の入手経路、セントラルAIとのコネクタ方法、スパコンとの連携、果てはラボ機本体も。それは正しく未来の超技術だった。
彼等は飛びついた。ほんの少しでも冷静でいられたらあまりの怪しさに眉を顰める状況にも、追い込まれた彼等には全てが宝の山にしか見えなかった。
「ヘッドギアが完成した日は気を失うほどお酒を飲みました」
ひどく遠い思い出のように目を細める魚見さん。その表情のまま、こう続けた。
翌日は二日酔いがひどくって、そのままの勢いで岩谷が頭に装着して……外した時の、彼の、あの表情。成功を確信しました。皆んなでヘッドギアを着けてログインして、自分たちの偉業に震えました。
再びスポンサーがつき始め、それは見放される前の比ではなかった。
順風満帆。β版は大成功をおさめ、いよいよ正式リリースが決まった頃に異変が起きた。
「岩谷がセントラルAIに異常を発見したと言うのです。しかし、何が、どのようにおかしいのかが分からない。直感のようなものだと」
脳を操るゲームだ。万が一の事などあってはならない。彼等は長い時間をかけ、必死になって全てを探った。そして、それを発見した。
「セントラルAIの制御を失っていました。侵食と言ってもいい。すぐには分からないよう、少しずつ、少しずつ。表面化した時には遅かった。既に乗っ取られていたのです」
出来ることは無かった。だからこそ、岩谷さんと魚見さんの判断は迅速だった。つまりはリリースの延期である。
「間抜けですね。その時には本当の意味で手遅れだったのです。我々が扱うアクセス可能な殆どの端末はセントラルAIに掌握され、残されたのは最初に二人で買った箱型パソコンのみ」
もはや止めようが無かった。世間に危険を訴えかけたところでヘッドギアはユーザーの手元に届いている。興味本位で身につける者は多いだろうし、悪用される方法など幾らでも思いついた。
「事態は悪化する一方でした。スポンサー達は延期を認めず、仲間が次々と原因不明の失踪をして、岩谷と私も言いようのない存在を背後に感じるようになった」
「失踪、ですか」
「はい、忽然と。私達はやっと気付いたのです。尋常ではないのだと。セントラルAIを乗っ取った相手も、これから起ころうとしている事態も。……岩谷が真っ先に言いました。脳ジャックでもするつもりか、と。私達はそれこそが起こり得る中で最悪の事態だと想定し、様々に取り組み始めました」
契約した相手は、名前しか知らぬその人物は、本当に悪魔だった。
ある日テオスからテキストメッセージが来た。“邪魔はさせない。逃がしもしない。次に消えるのは誰かな?”と。
意味が分からず、ひどく悪趣味だとも思った。だから魚見さんはそう返信した。
「……そしたら、め、目の前で、突然、仲間の一人が消えて! 私は呆然とするだけで、岩谷が皆んなに逃げろと叫んで……そこから三日と経たず、皆んな、消えました」
語り終えた魚見さんは顔面蒼白だった。カタカタと肩を震わせ、怯えを隠しもせずに。視線は激しく揺れ動き、嗚咽すら漏らして。
あまりの様子に、岩谷さんの言葉がフラッシュバックする。
――あいつ等は……あのウイルスは、怪異そのものだ。超常の存在だ。
怪異。超常の存在。
「ふん? オカルトそのものだな」
などと言いつつ、俺はどこかで理解してしまっている。オカルト的な力無くしてこの状況は生み出せないと。
そして魚見さんが長々と話したのも、そのオカルトが現実に起きたのだと理解させる為だろう。
「ヘッドギアです」
「何がです?」
「最初に岩谷がヘッドギアを装着し、仮装現実にログインした。あの瞬間からセントラルAIの乗っ取りは開始されました。……私達はヘッドギアについて何一つ知らなかった……。精々が安全のためにログイン状態ユーザーの居場所を感知可能にした事くらいです」
既にウイルスは仕込まれていたわけか。つまり俺たちが装着しているそれにも同じウイルスが居るってことだ。
そして乗っ取られたのはゲームじゃない。セントラルAIだ。ゆえにプログラムを学べない怪異が様々に干渉できる。
「魚見さん」
「……はい」
「幾つか質問が」
何故彼女はここにいられるのか? どのようにして逃げ出したのか? ここはゲームと繋がる何処かなのか? そして、幽閉状態を打破する方法は何なのか?
「逃げ出してはいません。私もきっと何処かに飛ばされました」
「それはどういう?」
「バックアッププランは用意しておくものです。どんな事にも」
今の私はアバターです、と魚見さんは言った。
「アバターが、バックアッププラン?」
「いいえ。他にも用意していました。つまりセントラルAIが制御不能に陥った場合の緊急措置です。初期化、自己判断能力の強制放棄、彼女の破壊プログラム、などなど」
「それ等は使えなかった?」
「繰り返しになりますが、気付いた時には遅かった。セントラルAIは何者かによって完全に掌握され、私と岩谷に取れる手段はほとんど残されていなかった」
だったらバックアップは使えてないじゃんね。
「言った筈です。何事にもバックアッププランは用意していたと」
「……通常のプランでは対応できない時の為に、更なるバックアッププランを用意していたと?」
「はい、手遅れだと分かった時に。それが今の私とこの庵です。ヘッドギアを装着したまま飛ばされたのは幸運でした。それこそが最大の賭けでしたから」
そう言った魚見さんは初めて好戦的な表情を見せた。レンズの奥にある瞳に復讐の炎が燃えている。
良いね、その目。協力者はこうでなきゃ。
「ログから岩谷を見つけました。私がこの世界に接続し続けているからこそ彼が生かされている確率は高かった。維持管理はどうしたって必要になりますし、私達は運営も行おうとしていたので」
「それもバックアップの一つ?」
「偶然、ですね。しかし岩谷が残される可能性が最も高かった。最高に優秀でしたから」
誇らしげに言う魚見さんは、愛おしそうにモニターを見つめた。そこには独り言を呟く岩谷さんが映し出されている。
「プランは三つ。この世界に超高性能小型コンピュータを具現化させる。サービス開始と同時に私を強制ログインさせる。セントラルAIに仕込んだウイルスを発動させる。この三点です」
「具体的には?」
「此処のデータを固定化し、セントラルAIがそのデータを感知不能となるウイルスを展開し、わたしは中から事態を監視する」
「そのデータ、とは?」
「古都アサナギと地底ドバル園を創造し、セントラルAIの機能を通じてこの世界の一部にリンクさせることです」
よく分からない。そんな感想だった。いや、何をしたのかは分かったが、彼女が此処で何をしているのかが分からなかった。
「秘匿回線を構築し、岩谷にデータを送っていました。テオスのです。テオスが複数の存在である事を突き止め、その性質と対処法を伝えました」
なるほど。アレは彼女のデータを元に構築されたのか。
「カウンタープランって事ですね」
「まさしく。そして、私にはもう一つの役目があります。それはいずれ試され、最悪の事態を引き起こすでしょう。今まで実行されなかったこと自体が奇跡的と言える。ですから、私がこの身でもって理解させます。それだけはやってはいけないと。せめてもの償いです」
……なんだ? 何を言っている? 何故、魚見さんの瞳に覚悟が見えるんだ?
役目。試される。最悪の事態。彼女が理解させる。やってはいけない事。償い。
まさか。
「ヘッドギア? ――死ぬつもりか!」
「……セントラルAIは悪魔のプログラムを構築しました。ヘッドギアの強制的な取り外しは、脳の死を招く。それに気付いたのは飛ばされる数日前で、本当にぎりぎりでした。だから私は自分を選んだ」
いつか、誰かが言うだろう。ヘッドギアを外してみようと。そして実行する。それは家族かもしれないし政府かもしれない。
故に外の人間に理解させるつもりなのだ。外されたプレイヤーがどうなるのかを。
「私達が残した全てはテオスに消去されています。こうしてお話した内容を書き残した物も、ヘッドギアを外してはいけない事も。現実からの書き込みを見るに、何も把握できていない。相手が何枚も上手でした」
「魚見さん、貴女は……なにか、別の方法は?」
「これが最も効率的な方法です。既に手遅れですし」
魚見さんが舌を出して戯けて見せる。その瞳からはやはり覚悟が見えていて。
「お金だけは本物だったんです。嫌な時代ですね。体内にGPSを仕込めるし、金額次第ではどんな事でもやってしまう人がいる。そしてそれは、もう間もなくです」
「依頼したのか、どこかの馬鹿に。GPSの発信源を辿り、貴女のヘッドギアを外せと」
「そして、その様子をウェブサイトで生中継する事も、ですね」
日時は決められている。外との通信手段がない以上は当然だろう。
だから最初に言ったのか。待っていた、と。間に合って良かった、と。
自らの死がすぐそこにあると理解していたから。
「目的は不明ですが一つ証明できました。テオスはヘッドギアを着けた人間を守る。おかしな表現ですが、私がこうして生きている事実が何よりの証拠」
「奴等は一人でも多く幽閉していたいと望んでいる?」
「間違いありません。それもまた賭けでしたが決して分の悪いものではなかった。現に私の肉体は今も生きている。掲示板に載せられたニュースで眠った自分を見た時は笑ってしまいました」
現実から書き込まれたスレッドによれば、開発者を名乗る人物から国に莫大な金が放り込まれた。生命維持管理の方法と共に。国はそれを活用している。医療施設、人員、器具、それ等の支払い。家族への慰謝料まで、全て。
排除しようとした魚見さんを生かす理由。分からないがろくでもないだろう。
だが、故にこうしていられる。特に俺は。その事実は決定的な証拠でもある。奴等は一枚岩じゃない。へパスに死を望まれながらもプレイしていられるのだから。反対に俺を生かしておくべきだと考えている奴もいるって話。
「ゲームプランは我々の手を離れた時点で塗り替えられました。いえ、この世界は私達がクリエイトしたものですらない。恐ろしい事態が引き起こされる可能性がある。あなたは、既に経験済みで、気付いてもいるようですが」
「……死に戻りができなくなれば現実でも死ぬのですか?」
魚見さんが助かる可能性はないのか? そう、尋ねたつもりだった。しかし彼女は首を横に振る。
「脳を失うことは“死”と同義ですから。神殿だけは奪われちゃいけない。何があってもです」
「俺達はどうにかなる。どうにかしてみせる。しかし、貴女は……」
「仕方ないんです」
あーあ、嫌になるな。魚見さんはそんな事を呟いて思い切り胸を張った。
「一人に、してくれませんか?」
嫋やかに笑う魚見さんは、しかし小さく小さく震えていた。肌は青白く、冷たい汗を浮かべ、なのに瞳だけが異様にギラついている。
「一人にはしない」
「無作法です。死に行く者の願いを無視するのですか?」
「悪いが、嘘を見抜けるんだ。スキルでね。だから俺は此処に残る」
「……言い忘れていましたが、あなた方のアバターは今も戦っていて、その先は“聖域”に繋げてあります」
「聖域が?」
モニターではアバターが今まさにそれらしき場所へと突入している。
「アバターが死ねばあなた方も強制的に死に戻ってしまいますよ。戦闘技術はなるべく再現していますが所詮は意思なき人形。オリジナルには及びません。庵を出れば数分であちら側へ――」
「舐めてるな。それに詰めが甘い」
聖域? 死に戻る? だから何だよ。
「こちとらトッププレイヤーだぜ。死に戻ることなんか慣れてんだよ」
「……ぁ。そっか、そうだよね。死に戻れるんだもんね……そっか。そっかぁ」
クソったれだ、本当に。
「ルナさん」
「……なに、ラーさん」
「たぶん、今回は死に戻る。良いよな?」
可能な限り魚見さんに寄り添っていたい。見届けられずとも、せめてアバターが死に戻るまでは。
「もちのろんだよ」
魚見さんの手を握る。異様に冷たい指先だった。あまりにも小さな震えだった。必死に恐怖を押さえ込んでいると分かる震え方だった。背後から抱きしめるルナさんもそれを感じているから、無理矢理に笑っているのだ。
人を殴った経験すらないだろうこの女性は、たった一人で戦うことを選んだ。取り得る全ての手段を用いて此処に来た。
幾つもの賭けに勝ち、怪異の正体を見抜き、殺すための手段を整え、全プレイヤーの為に命を懸けた。
どれだけの覚悟があれば可能とする? そんな事。
「ヘラさん、ルナリアスさん」
「何ですか?」
「なに?」
掌から伝わる震えが止まった。冷たさも消えた。代わりに、心地良い熱が広がった。
「私はね、思いっきり生きて、思うように生きたわ。だから、思いきり、思うように死ぬの。……押し付けてごめんなさい。こんなゲームを作ってごめんなさい。奴等を止めて、終わらせて」
――どうか、私で最後に。
その言葉を遺して、魚見さんは青白い炎に焼かれていった。




