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65話 第二の出会い

 



 フィールドを越えても変わらない景色が続いていた。

 だからと言って退屈などしていないし、退屈するほどの余裕もない。敵は妖怪で、やはり四体によるパーティーを組んでいる。ただし見た目はよりグロテスクだ。


 蟷螂男、蜘蛛女、その二体は良いとして。あとの二体はぶっ飛んだデザインをしている。


『うひゃー! 気持ちわるーい!』

『だねぇ』


 鬼と蛭の間の子。気狂いを起こした芸術作家が生んだ出来損ない。

 鬼の顔面に貼り付けられた蛭の口。異様に延びた後頭部。剥き出しの眼球。腹部にある、牙が生え揃った大きな口。どこを見ても気持ち悪い。

 それが、二体。大斧を手にしたそれ等はおそらく男性と女性なのだろうが、生物学的な判別は困難だ。


 まあ、強さに関しては“そんなものか”という感想だった。

 それにしても数が多い。明らかに前のフィールドよりも増えている。


『フィールド名が“妖界桃源郷”だからねー』

『うん。こっからが本番ってこと。ルナさん、速度上げよう』

『がってん!』


 我ながら調子が上がっていた。“竜人特化”を使わずともルナさんの殲滅速度について行ける。

 相変わらず(いかずち)を避けるのは困難で、しかし大袈裟に距離を取ったりはしない。新たな力を手にしたからだ。

 竜合(りゅうごう)による第三の力、“竜紋”。これを解放している。得た属性は“禁術”。それも属性の一つだと言ったのはルナさんだ。だから試してみたんだけれど。


『ラーさんすごい! 雷が効かないよ!』


 いや、ばっちり痛いのですが。でも焼かれることはない。

 これまで最も損傷を受けた属性は間違いなく“禁術”だ。つまりは我が相棒からのフレンドリーファイアである。


『ラーさんて前から雷が効きにくかったもんねー』


 死床山でもそんな事を言われた記憶がある。実感などありはしないのだが。


 なんにせよ、だ。


 つまるところ“竜紋”の能力とは、発動者を属性的に強化する力である。スキルの説明文によれば防御も攻撃も強化されるらしいが、俺は“禁術”を所持していないから攻撃には意味をもたらさない。

 だが、雷への耐性を持てるのなら十分と言える。何せ厄介なのだ、雷は。目では追えない速度。太陽ですら凌ぐ高温。被雷対象によっては衝撃波まで発生する。プレイヤーが放つものはそれ程ではないが、軽減できるのだから、なるほど、このスキルは間違いなく竜の力だ。


 さらに言えば、禁術にカテゴライズされるのは雷だけじゃないらしい。ルナさんに教わっただけなので詳しくは分からないのだが、どれも強力かつ厄介な能力ばかりだろう。

 ともかく、そうした理由からも“竜紋”に禁術を指定できたのは嬉しい誤算であった。間違いなく今後に大きな影響を与える。当然、良い方向にだ。


 と、そんな思考を単純作業の暇に充てる。

 そう、余裕はなくとも暇なのだ。敵の動作は見抜いているし、“薄刃伸刀”を使わずとも切り裂ける。

 ルナさんの活躍が大きいとは言え、スキル一つでこうも変わるのだから、竜の力ってのは凄いものだ。


『ラーさん、新しい体には慣れた?』

『うん。それなりには』


 と言うよりも、“空間掌握”が全てを教えてくれるから慣れるも何もない。


『ルナさんは?』

『やっとエンジン掛かってきた感じ!』


 相変わらずひと世代前の言い回しだ。と、それよりも。


『まだ上がるの?』

『うんうん! もっと上手く操作できそう』


 操作、か。まるでコントローラーを握るように言うんだな。俺とは少し違った感覚だ。


 少しずつ、俺が知るルナさんに近づいている。当然ながら心には闇を残したままだろうが、そこには亜凛がいるのだろうが、彼女自身が戦わねばならない問題だ。


 亜凛は今頃どうしているかな。何をしようとも彼の勝手なんだけれど。気に入らなければ潰すだけだし。

 まあ、それなりに大した男ではあった。六百人ものPKを束ね上げ、それだけの数で一万人の攻略を押し留めてみせたのだから。

 ナイトメアの崩壊と共に、かなりのプレイヤーがセカンドエリア進出を果たしている事実が亜凛の厄介さを証明している。


 あいつは分かっていたのだ。プレイヤーが真の意味で協力できないと。現実への帰還を叫びながらも一万人が団結する事はないのだと。この異常な状況にあっても、プレイヤー達が必死になる事はないのだと。

 運営が解決してくれる筈だ。政府が動く筈だ。ゲームなのだ。痛いのも怖いのも嫌なのだ。だから、待っていればいつか現実に戻れる筈なのだ。

 そんな他人任せな感情を、よく分かっていた。現にプレイヤー達はいつまでたってもパーティーやギルドとして動くだけ。


 だからナイトメアが脅威だった。エリアボスに挑まんとする数十人をPKするくらい、六百人にとっては簡単な話なのだから。


 人間の心理をよく理解した男。そんな印象だ。彼が攻略組に加勢してくれれば大きな戦力になるのだが。


『ラーさんラーさん、速度落ちてるよ?』


 おっと。脳を思考に割きすぎた。


『あー、考えごとをしてました』

『きみきみー、そんな事では新プロジェクトは任せられないぞ?』


 なんのプロジェクトだよ。てかなにキャラなんだよ。

 でも、良いね、彼女らしくって。


『もしかして、惇夫さんのこと考えてた?』


 亜凛はそんな名前だったか。


『うん。凄い奴だったなって』

『……昔はね、とても優しい人だった。スカウトしてくれて、両親のいない私に親身になって……』

『婚約するんだから、素敵な男性なんだろうね』

『昔は、だよ』


 この一年ほどでまるっきり人が変わっちゃった。ルナさんは寂しそうに呟いた。


『婚約の要求は突然だったの。いきなり怒鳴り散らすようになって、お金にひどく執着して、色んなことを理由に脅されて、毎日色々言われて、もう結婚しても良いかぁ、なんて考えて』


 彼女の話は唐突に終わりを迎えた。今はこれだけって事だろう。やはり傷は浅くない。


 人が変わった、か。最後に会った亜凛は、確かに別人のようだった。狂気を失くし、己を悔いていた。


 何があった? 彼女に寄り添っていた彼は、なぜ変わった?

 操られていたという彼の言葉が、どうしても意識から離れない。


 まあ、良いか。


『んじゃ、集中します。宜しくね、ルナさん』

『はい! 宜しくお願いします!』


 言葉通りに集中を深めていく。

 敵を斬り、殺し、ひたすら前進していく。


 改めて、此処の難易度は高いなと。敵は個体ごとにしっかり強く、それでいて連携もそれなり。個の強さに関しては“古代の遺林”に劣るが、やはり数と連携が厄介だ。ソロでは進むだけで苦労しただろう。

 それを単純作業にしてしまうのがルナさんの恐ろしいところなわけだが。


 フィールドを見渡せば、妖怪が視界の端まで散りばめられている。それは良いとしても、目指すべき方向が分からない。まあ、そんなものは何処のフィールドも同じなのだが。


『ラーさんはいつもどうやって進む方向を決めてるんです?』


 勘、かなぁ。スキルが何となく教えてくれるし。強いて言うなら敵影が濃くなる方向だ。


『ルナさんは?』

『私は北だから、ほら、一本道なのだ!』


 ああ、そうか。“首刈り山の地下空洞”にしろ、今攻めているだろう“狂禍の迷宮”というシークレットフィールドにしろ、オープンエリアではないものな。


『今はラーさんについて行ってるだけですし』


 ではしっかり先導しなければ。

 敵がより密集している場所に。“洞察”を取り込んだ“先見の眼”が導く方向へ。


 雷を躱し、刀を振るい、敵をかき分けていく。


 集中。どんな情報も見逃さないように。それが導く者としての義務だ。

 視覚と、スキル群と、肌。それ等が感じ取る変化を脳へと集めて。


 だから、()()の違和感に気づける。


『ん。ルナさん、あっちだ』


 右へ5キロ。視界上の変化ではなく、肌に感じるものがあった。明確な言葉にはならないナニカがある。

 それはきっと、このゲームを進める上で重要な感覚だ。この感覚を信じて来たからこそ今の俺があるのだ。


『ちょ、ラーさん速すぎ! そんなに急いで何があるの?』


 分からない。でも何かはある。だから。


『行ってみよう。そして、激闘に備えよう』


 つまるところ、そうなる。それもまた、このゲームにおける常だ。


 血の匂い、とは違うが、とにかく危険を感知する方向へと進む。そうして行けば――。


「ん」


 視界に、異変あり。何がどうかは明言できないけれど、パステルカラーの中に一本の線が引かれている、ように感じた。


『ルナさん、突っ込むよ』

『……突っ込むって、どこへ?』

『さあ? でも楽しい場所だろうねぇ』


 直前になって違和感の正体を理解した。

 景色がドーム型にひび割れていた。細い細い線が半円形に描かれていた。まるでこちらとあちらを継ぎ合わせるような線だった。


 ――何かの門だ。


 アーチ状のそれを視認して、そう感じる。潜る瞬間に線を見れば、その中に映るどこか違う場所の風景。空に浮かぶ雲、だろうか。

 これは線ではない。景色の継ぎ目に生じた隙間だ。

 空間を無理矢理につなぎあわせたのだ。しかも不完全な状態で。これ、まんまと誘いに釣られたのか。


「おっと、やっぱり」

「――え?」


 潜った瞬間に、予想は確信に変わった。景色は一変していた。

 現れたのは、やけに未来的な廃墟。膨大な時間に埋もれた都市。


「え、なに? ここって……どこかの都市? ラーさん?」


 敵はいない。敵意もない。“空間掌握”もそう言っている。でも、感知を跳ね返すような怪異がいる。


「ラーさん、ここって、廃墟……現実?」

「違うよ。それよりも集中して」


 ルナさんが現実と見紛うのも仕方ない。この世界では見れる筈のない物ばかりある。崩れたビル群、灰に覆われた車のような乗り物、割れた電光掲示板、どれをとってもこのゲームには不釣り合いだ。

 失われた文明。そんな印象を受ける場所だった。

 異様だった。カラフルかつ前向きな景色には混ざり合わない風景だった。


「まあ、フィールドは見当たらないけどね」


 背後を見てそんな事を言ってみる。入り口は既に閉じられたのかどこにも無い。


「ラーさん、あそこ」


 ルナさんが見つめる先に、大きな桜の木がある。一本のみのそれもまた、この荒廃した都市には不釣り合いである。活力溢れる枝に護られるように庵が建っていて、風もないのに花弁が流れていく。まあ、これも視界に違和感を塗り込む原因だ。


「あの桜の木、殆ど葉桜になっちゃってるね」


 どうせなら満開にすれば良かったのに。ルナさんはひどく残念そうに言った。


「誰かいる」

「え?」

「庵の中。何かがいる」


 向こうは俺たちに気付いている。当然だ。彼か彼女かも分からないソイツが、俺たちを此処に誘い入れたのだろうから。


 行くべきか、退くべきか。


「行くしかないよなぁ」


 そうやって腹を括れば。


「お待ちしておりました。どうぞお入りください」


 やけに響く女性の声だった。意識を無理矢理に惹きつける力があった。庵の中から発されたとは思えない明瞭さであった。


 どうする、と。そんな視線がルナさんから向けられている。


「とりあえず、あそこに入ろうか」

「……ラーさんと居ると……ほんとなんか……」


 なんだよ。俺が悪いわけじゃないぜ。


「いやいやラーさんが悪い! このお祭り男め!」

「じゃあ、やめとく?」

「……うー、行くよぅ! 行けば良いんでしょ!」


 冒険だー! そんな雄叫びをあげる我が相棒。何故か俺の背中に隠れて、もの凄い力で俺を押して前進させる。盾役だ。


「……冒険はどうしたわけ?」

「お邪魔します」


 背後から腕がのび、庵の引き戸をさっと開く。徹底した態度に笑えてしまう。緊張感なんてあったものじゃない。


「お待ちしておりました、ヘラさん、ルナリアスさん。間に合って良かった」


 どうして名前を? そんな疑問よりも先に、視界に飛び込んだ色々に意識が奪われた。

 大きなデスクが庵の殆どを埋め、卓上にはファイリングされた多くの書類と大型のパソコン。四台のモニターには見た覚えのある景色。その内の一つに、つい最近出会った男が映し出されていた。


 ――岩谷さん!


 彼は独り言を呟きながら神経質そうにキーボードを叩いている。不気味な雰囲気だった。なにせその独り言とは、あの時に俺とした会話そのままなのだから。


「……貴女はエンジニアの一人か」


 目の前に立つ女に言ってみる。三十代半ばか後半と言った年齢の、野暮ったい女だった。乱雑にまとめられた長髪、分厚いレンズの眼鏡、襟のたるんだTシャツ、白いロングスカート、どれもありきたりだった。


「あまり得意ではありませんが、自己紹介は必要ですね」


 なのに、声だけが異様に力強い。大きいわけではなく、耳を傾けてしまうだけの響きがある。


魚見(うおみ)楓と申します。このゲームのグラフィックデザイナーチームのリーダーを任されていました」

「え……え? どういうこと? ラーさん何これ?」


 さてさて。第二の出会いは考えていたよりも早かった。

 そしてその出会い方は、予想していたものとは随分とかけ離れていた。



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