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7話 脳ジャックという超技術

 



「なんだ、そうなんですか」


 ログアウト禁止について教えてくれた彼、タチミツさんにそう言ってみる。正直に言えば肩の力が抜けた。そこまで焦る事態でもないようだ。


「……慌てないんだね。申請しても良いかい?」

「えっ」


 彼から飛ばされるフレンド申請に思わず固まってしまう。俺と? うん、まあ、当然ながら承認するけれど、なんだか落ち着かないな。

 初めてのフレンドさんだ。少しだけ、嬉しいじゃないか。


 震える指で承認する。フレンド欄に点滅する名前が表示される。

 プレイヤー名はタチミツ。種族は魔人で、職業は騎士。レベルなどは見えないが、種族と職業が開示されるのは仕様らしい。


 つまり、俺の情報も開示されている筈だ。職業二つ持ち(ダブル)である事も。

 その証拠に目を見開いている。しかし言葉にはしないあたり、彼は落ち着いた大人である。


 ヘラくんは随分と余裕なんだね、と彼は言った。そう言う彼も落ち着いているけれど。


「まあ。ゲーム内への死に戻りは可能なんでしょう?」

「ああ。それについては運営から正式に発表されているし、経験したプレイヤーも多い」


 なら、良いじゃないか。特に俺みたいな要介護者にとっては。

 どうせ寝たきりなんだ。実体の筋力低下なんて今さら気にする必要もなく、何ならいつだって死ぬ準備は出来ている。


 ただ、妻と娘たちだけが心残りだ。


「まあ、きみがそう思う事についてはとやかく言わないよ。でも、そうだね……あまり口にしない方が良いだろう」

「ですねぇ」


 落ち込むプレイヤー達は、まあ、将来が不安で仕方ないよな。

 残した家族だっている筈だ。一応は、俺にも。

 妻は自分を責めるだろう。彼女の性格上、ひどく落ち込みもするだろう。

 せめて感謝だけでも伝えたい。きみのおかげで俺は楽しいと。後悔する必要は何もないと。


 少し、歩かないかい? そんな言葉を穏やかに発して、彼は視線を前方へ向けた。


 良い人だな、タチミツさん。彼なら家族を守れたりするのだろうか。

 俺のように寝たきりになっても八つ当たりなどせず、苛立ちもせず、直向きに前へと進めたのだろうか。誰かを気遣う余裕を残し、情けなさと闘い、逆に勇気付けたりできるのだろうか。


 だとしたら、俺はこの人が羨ましい。


「今回のこと。システム上の不備だと公表されてはいるが、実際のところは何も分からない」


 説明を続けるタチミツさんをぼんやりと眺める。

 誠実な人だと思う。呼び止めただけの俺にこうも親身になって。


「我々の肉体は運営によって確実に生命維持がなされるそうだ。家族への慰謝料も支払われる」


 俺にない物をたくさん持っている。だからだろう、こんなにも輝いて見えるのは。

 でも、なんだろう。以前の俺なら負の感情をぶつけていた筈なのに、今の俺には少しの余裕がある。

 羨むだけで、傷つけたいとは思わない。壊したいとも思わない。彼らしく在って欲しいとすら願っている。彼の不幸や死を望んだりもしない。


「ゲームクリアに関するプロテクトの異常。若しくは外部からのウイルス、ハッキング。運営はそう言っている」


 なのにゲームをクリアすればログアウトできる可能性が?


「……矛盾、と言うか表面的な言葉ですね」

「ああ、そうだな」


 まあ良い。デスゲーム化していないのなら、俺は俺のまま行こう。

 でも、一つだけ、用意しておこう。もしもデスゲームとなるのなら。少年少女、さらには子供達。彼等彼女等を救えるくらいには強くなっておこう。未来ある幼きに降りかかる絶望なんて、気持ち良くない。


 だから万が一のために、死に支配され、タチミツさんのような人達が倒れた時に、俺が希望を担えるくらいにはなっておこう。





 夕焼け色に染まる露店を冷やかしてまわり、一つの店の前に立つ。武具店だ。しかもNPC経営ではなく、プレイヤー経営の鍛治屋兼武具店。

 生産職というやつだ。嫌悪感を抱くのは、かつての仕事を思い出すからなのか。

 だが、今となっては高い需要がある筈だ。クリアする為には不可欠な職業なのだから。


 タチミツさんに教えて貰った此処は、彼のリアル知人が営む店である。


「普通だなぁ」


 店の外観から浮かぶのはそんな感想だった。

 まあ、ゲーム開始から24時間も経っていない。外観や外見に気を配るほどの金銭的な余裕があるプレイヤーは居ないだろう。

 当然、俺もその一人なわけで。


「お邪魔しまぁす」


 中も普通だ。意外だったのは多くの武器が並んでいる点。この短時間でこれだけの鍛造をこなしたのなら、店主は化け物の一種と言って良い。鋳造だとしても早すぎる。

 現実世界じゃあり得る事ではなく、この世界ならば可能とする何かがあっても驚かない。


「はいはーい」


 店の奥から聴こえる透き通った声。

 現れたのは絶世の美女である。煌めく金の長髪、長い耳、透き通るような白い肌。

 エルフだ! この人、エルフだよ! 良いなぁ。ファンタジーだなぁ。鍛治と言えばドワーフだけど、真逆のエルフを撰ぶなんて素敵じゃないか。すでにこの人が好きだ。


「あら、こんにちは。鍛治工房兼武具店『ジャミジャミ』の店主、オチョキンです」


 この人、北陸の田舎出身だ。

 方言を店とプレイヤー名にするその余裕。さらには鍛治師を職業に選びながらエルフを選択する遊び心。やっぱりこの人が好きだ。


「ヘラと申します。タチミツさんの紹介でここに」


 まあ、本人もすぐ後ろにいるけれど。


「こちらこそ宜しくお願いします。アイテムの買い取りですね?」


 そう俺に問いかけた彼女の視線は、背後に立つタチミツさんへと向けられていた。彼の頷く仕草を感知する。“空間認識”を展開したままだった。まあ良いか。


 それではフレンド登録を、と彼女が言うなり申請が飛んでくる。フレンド? 俺と?


「アイテムのトレードはフレンド間でしか出来ませんから」

「ああ、なるほど」


 あるのか、トレード機能。まあ、あるか。


 フレンド欄に二人目が登録される。

 プレイヤー名はオチョキン。種族はエルフで、職業は鍛治師。

 良いな、良い。素敵な出会いだ。


 フワリと流れる時間をゆるりと楽しむ。鍛治工房という苛烈な場所とは正反対の雰囲気。これはオチョキンさんから流れ出る穏やかな空気感がもたらすものだろう。

 魅力的な女性だ。異性として惹かれているわけではなく、彼女の人間性に安心を覚える。

 タチミツさんと言い、オチョキンさんと言い、素晴らしい方である。同じ大人として恥ずかしい限りだ。


「金銭の取引きもトレード機能を使用しましょう」


 俺が何も知らないと気付いたのか色々を丁寧に教えてくれる。

 情報の大切さに改めて気付かされる。と言うか、俺は何も知らないのだなと。


「β版?」

「はい。私とタチミツはβ版の出身です。ヘラさんは正規版から?」

「ええ」


 あるよな、β版。これくらいのゲーム……世界なら当然だ。


 β版から引き継げるものもあったりするんですか? そう尋ねれば、希望を出せば種族やスキル、お金などが引き継げますと返される。アドバンテージとしては妥当な範囲だろう。


「ヘラくんは本当に正規版からなのかい?」

「ええ。β版の存在すら知りませんでした」


 話しながらもアイテムをどんどん送っていく。こうして見ると、かなりの敵を殺したんだなぁと。ずっと戦っていたから。


 最後に、ワーウルフから得た素材を送る。オチョキンさんの視線が鋭くなる。


「ヘラさん」


 発せられる重い空気。何かを探るような声色。


「このアイテムは何を倒して……」


 言い淀んだ彼女は意を決したように表情を硬くして続けた。いえ、これはルール違反なんですが、良ければ教えてくれませんか? と。


 事実を真っ直ぐに伝える。少しの考察を乗せながら簡潔に。これはタチミツさんに伝える目的もあるけれど。オチョキンさん言わく、彼は攻略組らしいから。

 攻略組とは、つまり現実へ帰還するために戦う人達であり、全プレイヤーの解放を目指すフロントランナーである。


 カッコ良いなぁ、と。俺には無理だし、なるつもりも無いけれど。


「ヘラさん。すぐに装備を改めましょう。初期装備では貴方には不釣合いだし、限界かと」


 ふん? 何故だろう?


「貴方はたった一日で一つのフィールドを突破しました。それも難易度の高い東を、しかも夜に。希望を託す理由としては十分です」


 ああ。彼女は現実に戻りたいんだな。当然か。向こうには家族や大切な人だって居るだろうから。


「ええと、ありがとうございます。でも、俺が知りたいのは初期装備が駄目な理由です」

「あれ?」

「不壊という性質は大きなアドバンテージだと考えているのですが」

「あ、そういう。すみません、勘違いしてしまって」

「いえいえ、俺が悪いのです。言葉足らずでした」


 お互いにペコペコと頭を下げる。こうした関係性も良いものだ。


「装備は実際に見てもらった方が早いですね」


 奥の部屋へと引っ込んだ彼女は、両手に二振りの刀を持って現れた。同時に聴こえる電子音。メールだ。フレンド機能の一つなのだろう。内容は一枚の写真。



──────


革断ちの刀/等級3

攻撃16/重量12/耐久38


特殊な鋼と工法で作られた刀。


──────



 ふん? これがオチョキンさんの手に抱えられた刀の能力か。比べる対象がないから何とも言えないけれど。

 と言うか、これ、看破だ! 彼女は看破スキルを持っているんだ! 欲しい!


「いいえ、鑑定です」


 はい、鑑定でした。


「ヘラさんの刀を見せてください」


 刀をオチョキンさんに手渡す。

 短い時間とは言え、よく手に馴染んだなぁと。これはこれで好きなんだけど。



──────


始まりの刀/等級1

攻撃6/重量8/耐久∞


鋼で作られた刀。初心者が振り方を学ぶための鍛錬刀。


──────



「こんなに違うのですか」

「はい、こんなに違うんです。何せ私が作りましたから」


 初期の武器とプレイヤーメイドとは言え、こうも差があるなら新調せねばなるまい。彼女の作品なら信頼できそうだし。β版からの引き継ぎがあったとは言え、優秀なのだろう。


 と、それは良いとして。


「武器に設けられた耐久値とは何でしょうか?」


 そう問えば、タチミツさんは視線を彷徨わせ、オチョキンさんは柔らかく微笑む。彼女の瞳に乗せられるのは深い興味だ。


「耐久値の意味、ですか?」

「ええ。広義的には、どれだけ保つか、という事になりますが」

「はい」

「それって値で示すことが可能なのでしょうか?」


 別の角度から切り込むなら、どのような事象を指すのだろうか。何よりも、この現実めいた世界における必要性を感じない。

 現実においての刃物、特に刀ってやつは繊細だ。おまけに扱いは難しい。肉を斬ればすぐに鈍るし、骨に当てれば刃毀れを起こす。それ等を踏まえた上で。


「この世界はまさに現実的です。耐久度が無限の初期装備ですら、脂による鈍りが見受けられました。それだけの表現力を持つ世界における耐久値とは?」


 狂気だと、この世界の作り込みに対してそう評する。まさに異常なのだ。


「実際に制作されたオチョキンさんはどう考えます?」

「……β版には耐久値という要素はなかったんです。ですから、まだ何とも」


 ふぅん? 正規版から設定されたのか。それは良いのだけれど。


 脳が蠢いている。ここまでに感じた違和感が、言葉にならなかったそれ等が吹き出して来る。


「何をもって“耐久”とするのでしょうか? また、その値はどのような要因でもって決められているのでしょうか? 素材? 鍛治工程? 最初から武器ごとに設定されている?」

「いや、あの、ですから」

「お二人はご存知でしたか? 敵へのダメージ判定にクリティカルよりも上があることを。一撃死です。つまりは我々プレイヤーにも存在するでしょう。ならば、武器にだってある筈なのです。なのに、耐久値を設ける意味とは? HPもそうだ」


 ダメージとは何だろう? そんな疑問さえ浮かんでくる。


「攻撃。これ一つにも想像を超えた技術が用いられています」

「と、言いますと?」


 判定方法が現実と同じなのです。そう言って、続けていく。思考が駆け巡り、頭の中で語っているのか発声しているのかが曖昧になっていく。


 ステータスの数値による判定のみではない、と言うことです。膂力は元より、刃の角度、滑らせ方、速さ、疾さ、下半身のふんばり、それによる力の伝え方、相手の体勢、皮膚強度、骨の硬さ、意識の向けどころ、筋肉の収縮、地形、その他もろもろ。ああ、武器の能力も関係してくる。


「う、うむ」

「は、い」


 まあ、魔術は別だけれど。


 そのような細かい要素によるダメージ算出など、現実の事象そのままなのです。では、それ等をどのように判定しているのでしょうか?


「う、む?」

「は、い?」


 クリティカル。これまでのゲームにも存在していた要素だ。しかしその判定基準は、多くのゲームが運などの要素から算出される確率であった。若しくは特定の条件を揃えなければならなかった。

 武器破壊。これも同じである。可能とする武器や確率、条件を揃えなければならなかった。


 つまり、そうしなければ判定できなかったのだ。確率や決められた条件下でなければ発動させられなかったのだ。技術として不可能だったのだ。何故なら、そうでなければ算出できないのだから。


 なのにこの世界――このゲームは現実と同じ判定基準、と言ってしまうと不適切ですね。現実と同じ過程を経た現象を描写しているとしか思えない。現実と同じ条件下で起こる事象だとしか思えない。

 どうすれば可能とするのでしょう? どのようなハードで、どのようなソフトで、どのようなプログラムで、どのような物理演算エンジンで、どのようなAIであれば? なるほど、確かに未知の技術力だ。


「ヘラくん――」

「ヘラさん――」


 それで、最初に戻るわけです。耐久値とは? それを設ける事に何の意味が? これだけ現実めいているにも関わらず、どうしてゲーム的な要素を?

 そう、超技術なのです。だとすれば、だからこそ、なるほど、ログアウト禁止にも出来るわけだ。

 では、それって、どうすれば可能とするのでしょう? 現実においてどのような意味を持つのでしょう? 現実の事象に照らし合わせると、どのような症状なのでしょう? 一万を越す人間の脳をジャックする? これって、現実でも不可能だと思いませんか?


「待ってくれ――」

「落ち着いて――」


 違和感がありせんか? 俺はある。この世界に降り立った時からずうっと。表現、描写、効果、結果。それ等が現実そのものなのです。現実の事象として発生し描写されているのです。なのにゲーム的なそれも存在する。プレイヤーが死に戻る時の描写などはまさにそれでしょう。

 クリエイターたちはどのような技術を持っているのでしょう? さらに言えばどのような存在なのでしょう? 我々プレイヤーに何をさせたいのでしょう?


 と、ここまで話してハッとなる。


「ヘラくん……」

「ヘラさん……」


 いけない。一気に喋りすぎてしまった。

 タチミツさん、怒ってないだろうか?

 オチョキンさん、引いてないだろうか?


「君は……」


 やっぱり怒ってるかな、タチミツさん。


「あのぉ、ヘラさんて……」


 やっぱり引いてるかな、オチョキンさん。


「ヘラさんて、頭の回転速度が異次元だったりします? 常人がついていけない感じの」

「……俺が? まさか。一般の方々に比べたら亀ですよ。頭が悪いのが悩みですから」


 どこかで手に入らないかな、頭脳明晰スキル。それは、この現実じみた世界でどんな事象を意味するのだろう?

 そう、繰り返しになるが、事象によっては本当に現実に近い。だから、こう思ったりするのです。


 此処は、実際に存在するどこか別の世界ではないのか、と。


 これは、俺の望みが多分に含まれているのだが。




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[気になる点] 気がかりがあるってことは死ぬ準備は出来ていない。
[良い点] 丁寧で読みやすい、何より面白い! [一言] ヘラ…コイツ…想像以上にやばい奴だ…
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