62話 ヒトニアラズ
俺が俺で在れる世界に戻ってから、一度“守護域”でヨジュ・ガジュ達と会い、再び“破魔の迷宮”を攻める。
目的は一つ。岩谷さんが閉じ込められている空間へ行くためだ。
まあ、無理だよな。
“ラガ・ジ・マウナ”を倒せば同じ場所に違和感があった。だが通れない。竜人特化を発動し、薄刃伸刀で斬りつけても壁に変化はない。
当然だ。侵入できたのはアップデートの隙間を利用したからだ。今、此処にこだわるべきではないらしい。
敵も弱いしね。やはり手応えというものを感じない。いや、前回にも増して楽しくない。引き上げた技量がそうさせているんだ。それほどの技量を手にしてしまったのだ。
これはもう早く前に進むか、“竜峰タララカン”に入るしかないな。これ以上堕落した戦闘を続けては、せっかく引き上げた技量が錆び付いてしまう。
これはこれで厄介な悩みであった。
「だから、そんなに退屈そうな顔してるんだねー」
ルナさんには言われたくないのです。だって彼女もひどく退屈そうな顔をしている。まあ、半月も身を潜めていたのだから当然だが。
「まだ駄目なの?」
「うん。ティータンさんとタチミツさんが念のためにって」
しかもまだ続けなきゃならないようだ。さぞ退屈だろう。
ナイトメアの残党から狙われることを懸念しての措置であったが、タチミツさんとティータンさんいわく今のところ問題は無いとのこと。クリッツさんが約束を守っているのだろう。
当然ながら彼女には伝えていない。岩谷さんとの邂逅も、不可思議な空間も、ウイルスについても。まあ、誰にも伝えていないけれど。
「どしたのラーさん。なんか元気ないね」
「そう? 俺はいつもこんなだよ」
「ね、迷宮都市を攻略したんでしょ? ボス討伐報酬は何だった?」
「ソロも初もアイテムだった。一つは素材。もう一つはアクセサリー」
「見せて見せてー」
久しぶりに聖都へと来ている。目的は覚醒と転職。
つまりは、“古都アサナギ”へと向かい、その先で彼女との会話を楽しもうかな、と。
「神殿、入れるなかぁ」
そう言うルナさんはやはりと言うべきか元気がない。半月の活動停止による退屈とは別の、心の問題だろう。
気を遣うのは苦手だ。そして好きでもない。彼女を笑顔にする方法だって分からない。
「……ねぇ、ルナさん」
「なぁに?」
おっと、いけない。何も考えずに話し始めてしまった。
「えーっと……」
「どしたの、ラーさん」
「……藤樫大器」
何故だか本名を名乗ってしまった。まあ良いか。
「ラーさん、それって」
「うん、俺の本名。ルナさんには知っていて欲しいかな?」
何故だか疑問文になってしまった。それもまあ良いか。
「これから先、ルナさんには色々とお世話になりそうだし。俺も、ルナさんのこと知りたいし。べつに本名を知りたいとかではないけど」
いつの間にか神殿に着いていて、彼女と俺は立ち止まっていて。
それで、なんだっけ?
「あー、うん、少しでも楽しみましょう、って事」
以前のような関係性には戻れないのだろう。誰しも他人に知られたくない事や知りたくない事があって。それを知ったり知られたりしてしまえば当然なのだが。
少し、寂しいなぁ、と、そう考えずにはいられない。本来の彼女がどういった人かは分からないが、ロールプレイにしろ、素を出すにしろ、楽しんで欲しいのだ。
それはひどい押し付けだと理解してもいて。
「うふふ、あはは!」
けれども笑ってくれるんだ、我が相棒は。
「アハハ! ちょっとラーさん、なにそれ!」
「む。そんなに笑わなくてもいいでしょ。これでも色々と考えたんだぜ?」
「うんうん! ごめんね、ラーさん。うん、ありがと! 私、そんな不器用なラーさんが大好きだ!」
うわぁ、と。思わず吐息が漏れてしまった。
だってルナさんの笑顔は見惚れるほどに美しくて。透き通るほどに綺麗で。
俺が見たい彼女そのものだった。でも、恥ずかしいな、色々と。
「なので、拗ねました」
「えー。ラーさんって拗ねたりするんだ」
「いや、全然?」
「なにそれ! もしかしてさっきの仕返し? 意外と根に持つタイプ?」
「きっちり仕返しするか、できなくても大体のことは寝たら忘れるタイプ」
「羨ましー。ラーさんはラーさんだなぁ」
二人で笑い合う。たった数日無くしていただけで感慨がある遣り取り。たった数日見られなかっただけで心を潤ませる笑顔。
互いに見つめ合って、どちらからともなく握手して。
「改めまして、藤樫大器です。二人の娘の父親で、妻と離婚し、全身麻痺の寝たきり。よろしくね」
「大地月乃です! 本名で女優やってます。家族はいなくて、一人で身軽に生きて来ました。よろしくね!」
名乗り合い、またもや笑い合い、しばらくをそのままでいる。照れるのですが。
「あははは。……え? ……ちょ、ストップ、ラーさん。何て言った?」
「ん?」
「離婚? 全身麻痺? 寝たきり?」
「うん、笑えるでしょ。うはは。さて、覚醒と転職しちゃおうか」
笑えないよ! とルナさんは叫んでいるが、そろそろ進みたい。状況としても、フィールドとしても。
それに、ルナさんの笑顔を見ていたいのだ。辛い思い出の上に、“楽しい”を重ねたいのだ。
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さて。古都アサナギである。
「そなたを歓迎しよう。ようこそ、アサナギへ」
「ありがとうございます」
ルナさんは通過を許可された。で、俺はと言えば。
「すまぬが、そなたは資格がない」
ふむ。資格とは“強さだ”と以前に言われたが。これだけ強くなったのに資格がないのか。
どうせだ、違和感の正体を確かめてみましょう。
分かりました。出直します。何度まで許されますか? と問う。
質問の意図が分からない、と返される。
入門拒否は何度まで許されます? と問う。
質問の意図が分からない、と返される。
入門拒否は何度まで許されますか? と問う。
質問の意図が分からない、と返される。
入門拒否は何度まで許されますか? と問う。
質問の意図が分からない、と返される。
「ちょっとラーさん、何してるの?」
さあ、何かな? 違和感の解消ってところだが。
「……資格って何ですか?」
「強さだ。水晶に触れてみよ」
「いや、結構。水晶以外には判断方法がないのですか?」
「質問の意図が分からない」
「資格って何ですか?」
「強さだ。水晶に触れてみよ」
水晶は当然のように黄色へと変わる。
「すまぬが、さらなる成長を果たした後に参られよ」
「質問の意図が分からないね」
「質問の意図が分からない」
これは、ふぅん、嫌な感じだね。
「ラーさん、これって何の確認?」
「何の確認だろうねぇ? けど、やけにゲーム的じゃない? それも普通の」
「普通って……ゲームだから限定的な会話しかできないのは当たり前だよ」
ああ、そうだな。当たり前だ。
けど今までこんなNPCが居たか? ダシュアンにもショーイカにもゴッドレスにも、いや、全ての拠点に一人もいなかった。それこそ道を歩いているだけのNPCだって人間としか思えない無限のリアクションパターンを見せるのだ。
「古都アサナギだけは違う、とか?」
「うん、違うらしいね。それこそが違和感なのさ」
まあ何にせよ、これでアサナギへ入るための条件が分かった。
「条件は第二種族、ってことだよね?」
「うん、そうだねぇ」
少なくとも一度の覚醒が必要になる。二次職は何の意味も持たず、それが今回の検証で分かった事。
ルナさんは覚醒し、俺はそのままに訪れてみれば彼女だけが通行を許可されたからだ。なぜ俺だけそのまま行ったのかと言えば。
「ラーさんってば、本当に二次職持ちだったのかー」
「うん。そうかなとは考えていたんだけど」
“捻じ曲げる者”の事である。そのレベル上昇速度からも予測できてはいたが、転職の際、二次職欄にその名があったのだ。
これはスキルにも言える事だろう。すでに成長率への懸念など抱くべきではない程の数を所持しているスキル群は、しかし成長速度に大きな差がある。
まあ、なんにせよ覚醒しましょう。
聖都キュアリーへと転移し、もはや懐かしいとすら感じる祭壇へ。
先ほどは転職についてのみ閲覧を希望したので、さて、覚醒はどうなるのやら。
床に座り、祈りの姿勢で己へと語りかける。そうしながら、覚醒、と唱えれば、その先が見えてくる。
『個体識別記号ヘラを承認』
『これまでに獲得したポイントを確認します』
『第一種族のレベル15到達を確認。覚醒条件を達成しました』
『“妖人”、“仙人”、“堕人”への覚醒が可能になります』
ふん? 想像がつく覚醒先とそうじゃない覚醒先がある。正直に言えばどれでも良いのだけれど。
『さらなる覚醒条件を確認』
おっと。まだ先があるらしい。まあ、職業もそうだったから予想してはいたが。
『第一種族の成長限界を確認。ボーナスポイントを付与』
『複数個の指定スキル所持を確認。ボーナスポイントを付与』
『覚醒条件を満たしました。“物の怪”、“星人”への覚醒が可能になります』
『複数個の指定称号所持を確認。ボーナスポイントを付与』
『シークレットイベントの解放実績を確認。ボーナスポイントを付与』
『隠し拠点への進行権所持を確認。ボーナスポイントを付与』
『所持ボーナスポイントが想定値を超えました。覚醒条件を満たしました』
『"天人" への覚醒が可能になります』
『守護域の所持を確認。ボーナスポイントを付与』
『低レベルおよび単独での聖域解放を確認。ボーナスポイントを付与』
『称号【竜狩り】を確認。スキル【竜狩り】を確認。ボーナスポイントを付与』
『六個の固有スキルを確認。ボーナスポイントを付与』
『転生条件を達成しました。個体識別記号ヘラの転生を許可。転生先を選択してください』
さあ、何やら面白いことになった。覚醒ではなく転生。つまりは種族ごと変更できるのだろう。
それで、転生可能な種族は?
「……なんか、人間やめてんなぁ」
転生するのだから当然ではあるのだが。初期に選べる魔人や獣人などを無視すれば、なかなかに心躍る種族が目につく。
精霊、妖鬼、ダンピール、巨人。その四つは分かるとして。
「“否人”? なんだ、これ」
人ではない、と当たり前の事を言われてもな。
と言うか、どの転生先にも説明文すらないとか嫌がらせではなかろうか? そんな状況でワケの分からない種族は選べない。
そもそもの話として、なにも必ず転生しろと言われてるわけじゃない。いつか転生するにしても、今はとりあえず覚醒しておいたって良いだろうし。
……でも、“先見の眼”に取り込んだ“洞察”がコレにしろって言ってんだよなぁ。
実は、個人的にもソレに惹かれていたりして。
「ま、良いか。転生してみてから考えよう」
それじゃ遅いだろ、という自分に対するツッコミは無視して。
「“否人”でお願いします」
ああ、やってしまったな! まったく未知の種族を選んでしまったな!
だって想像できないんだもの、この名前からは何一つ。能力だったり得手不得手だったり、メリットだったりデメリットだったり。
そうした特性が一つも想像できない。だから、興味をそそられても仕方ないのだ。勢いで選択しても許されるのだ。つまりは、強烈に惹かれてしまうこの種族名が悪いのだ。
どうせ、後悔するのは自分なのだし。それもまた俺らしいではないか。
と、そんなくだらない言い訳を浮かべていれば、いつの間にか全身が光に覆われていた。暖かくて、冷たい。柔らかくて、鋭い。そんな不思議な光が集まっていた。
光の波に身を任せ、ふわふわと漂う。実際には床に座っているのだが、しかし、感覚としても感触としても宙に浮いていた。
これは、経験した事がある。そう、この世界に降り立つ前にいた、若しくはその後に引き込まれた、0と1で作り出された電子の海。あそこを漂う感覚とひどく似ている。
『おめでとうございます! 種族【否人】への転生が成功しました!』
そのアナウンスに意識を傾ければ、やはり床に座っていて、当然のように光は消えていた。
「……終わりか」
と言うか、失敗する事もあるのかよ、と。
ついでに転職も終わらせて、さあ、古都アサナギへ行こうか。




