60話 タイムアタックによる成長
竜人特化の反動による吐血を押さえ込みつつ、周囲を観察する。
抜けた先は神殿だった。この世界で何度も似たような景色を目にしてきた。だが記憶にあるどの神殿よりも豪奢で、なのに流れる空気は厳かだ。
立っているのは真っ直ぐにのびた狭い通路であった。背後には壁。視界が通る範囲に扉は見当たらない。やたら上品な美術品と、壁に描かれた壮大な絵が視線を吸い寄せる。
その雰囲気を肌が覚えていた。禁忌に触れたような背徳感。つまりは、聖域である。
『警告! これより先はプレイヤーに開示されていません! 即刻の退出を!』
『警告! これより先はプレイヤーに開示されていません! 即刻の退出を!』
これもまた記憶にある。管理者ではなくプログラムによる警告だ。
てことは、この後にヘスさんの声が聞けるかもしれない。
『各管理者に緊急の通達。異分子の侵入を感知。強制排除プログラムの実行を推奨』
『応答なし。アップデート実行中により不在と判断。セキュリティー規則に従い、独自の排除プログラムを起動』
『アップデート完了まで“器”の守護を実施』
神様たちはお出かけ中らしい。不在という言葉の意味が気になるところだが、まあ、今は良い。
アナウンスを聞くに残された時間は、過去のアップデートから考えれば二時間弱である。この一本道を辿った先に何があるのかは分からないけれど行ってみようかなと。
「なんか、ワクワクするじゃんね?」
うん、期待に胸が弾んでる。彼等が護ろうとする“器”ってやつに興味があるし、今、この世界で活動しているプレイヤーは俺一人だ。ソロ、とは違うが、孤独ゆえの解放感が心地よい。
残りの時間でその“器”とやらを拝んでやろうじゃないか。
とは言っても、簡単に前進させてくれる筈もなくって。
「ピィー……」
「ん、久しぶりだね」
前方に、敵。大きな鳥だ。それも恐竜じみた装甲をまとう異形の鳥である。
──────
コカトリス:聖獣Lv.20
守護獣:???/???/???
スキル/???/???/???
独自スキル:???/???/???
──────
体の倍以上はあろうかという翼、装甲じみた硬質な皮膚、全身にまとった分厚い筋肉、猛禽類を思わせる顔。
久しぶりのコカトリスくんだ。スキルは増えているし、放たれる威容も強くなっている。前回は死闘だった。勝てたのは幸運であった。だから、今回は完勝しようかなと。
「きみ、グリフォンぽいんだよなぁ――竜人特化、薄刃伸刀」
ドロリと遅れた世界の中で、彼の声帯へ意識を傾ける。最優先に処理すべきタスクは、そこが震える前に潰す事。“迅雷”は使わない。筋繊維が断たれてしまえば回復が必要になる。
こいつは、回復の時間をくれるほどヌルい相手じゃないだろう。
「ズブリ」
「――カッ⁉︎」
ポン、とコカトリスの首が飛ぶ。まさかの楽勝だ。
「竜人特化、いらないねぇ」
使う必要ないな。もしかしたら“薄刃伸刀”も。
ありがたい。第四のゲージは既に半分を切っている。ゼロになったらどうなるのか、何が起こるのか。興味がないと言えば嘘になる。けどやっぱり良い予感はしない。
『異分子の能力把握成功。記憶媒体と記録媒体より守護者を選定。顕現します』
ふぅん? 俺の記憶と記録から相応しい敵を用意するってことかな? つまり今までで最も強い敵を与えてくれると。
「……へぇ?」
通路の先、漆黒の人型が現れる。それは複数体であり等間隔に並んでいた。無数に、見渡せる限りに。
なるほどな、と。確かにその通りだな、と。記憶と記録、つまりこれまでで最も苦戦と絶望を経験した敵に違いない。
──────
ペンタ:???
site-Backside_守護者/???/???/模像Lv.20
スキル:???/???/???/???
独自スキル:???/???/???/???
固有スキル:???/???/???/???
称号:???/???/???/???
特殊:能力抑制/Aphroの封呪
──────
ペンタ:???
site-Backside_守護者/???/???/模像Lv.20
スキル:???/???/???/???
独自スキル:???/???/???/???
固有スキル:???/???/???/???
称号:???/???/???/???
特殊:能力抑制/Aphroの封呪
──────
ペンタ:???
site-Backside_守護者/???/???/模像Lv.20
スキル:???/???/???/???
独自スキル:???/???/???/???
固有スキル:???/???/???/???
称号:???/???/???/???
特殊:能力抑制/Aphroの封呪
──────
本来のペンタではない。能力は抑制され呪いも施されている。以前に戦った時の彼だ。
違う点は二つ。アップデート中だからメニュー画面が開けず、前回よりも俺は強い。つまりアイテムによる回復は不可能であり、彼が持つ格下への能力低下は解消されている。
簡単に言えば、前よりも強いペンタを複数相手にしなきゃならず、無茶もできないってこと。
いけるさ。あの時とは比べものにならないほど強くなったんだ、俺は。システム上でも、実際にも。恐怖も脅威も感じない。
「う、ははっ!」
これは、良い。最高だ。自分の成長を最も確認できる相手だ。
てことで、ペンタの偽物さんたち。君たちには悪いが、タイムアタックといかせてもらおう。
「行くぜ? ――竜人特化、薄刃伸刀」
真っ正面から突っ込む。狭い通路じゃ取れる選択肢は多くない。今の自分を測るためには良い環境だろう。
脳内で何度もペンタを描いてきた。剣筋、剣技、体捌き、踏み込み、その他全部。前回のように手も足も出ないってことはない筈だ。
まずは、右を全力で薙ぎ払おうか。
「――、あれ?」
ひどく軽い手応えだった。ペンタの偽物は、あの時の強さを持った影は、何の抵抗も示さず首を刎ねられるだけだった。“竜人特化”を発動した世界にも、“薄刃伸刀”にも、なんなら“迅雷”単体にも全く対応できていなかった。
それは、そうだ。これまでに得た強さはひどく大きく、彼はペンタ自身じゃない。意思なき人形だ。ゆえに、今の俺では過剰戦力となる。
「でも見たいんだよ、あの剣技を」
だから、“竜人特化”を解除して前へ。待ち受ける二体目の懐へと飛び込み、白い目を睨みつけて二刀を振るう。
膂力、速度、共に俺が大きく優っている。
だが、技量においては比べものにならない程の差がある。当然、彼らが圧倒的に上だ。
漆黒の長剣が、閃めき、煌めき、俺を傷つけていく。欠伸が出る速度なのに、だ。フェイント、カウンター、釣り出し、それ等のタイミング。まさに完璧な剣技である。
「15体目」
「ギャ――」
とは言え簡単に勝ててしまうのだから身体能力の差ってやつは恐ろしい。
刀と剣じゃ扱いの根本が違うとは言え、彼の技を是非とも学びたい。時間に限りはあるが、幸いにも彼の数は多い。色々を学ぶにはやはり最高の環境であった。
剣捌き、体捌き、足捌き。それ等を可能とする体幹と重心配置、関節稼働や筋肉の使い方。どれもこれも美しく、超然とした理を携えている。
それは俺に無いものであった。そして必要なものでもあった。この先へ進むためにも、いつか立たされる窮地を打ち破るためにも。
前へ前へ。様々な方法で攻撃を重ねていく。彼らの全てを引き出し、我がものとするべく凡ゆる手段で攻め立てる。
時間をかけず、少ない手数で倒し、その刹那に放たれる彼の煌めきを記憶していく。
真似るのは簡単だった。“空間掌握”が全て教えてくれる。筋繊維一本の動きですら把握できた。それを己の肉体に落とし込む。昇華していく。
「うはっ、うははっ!」
苛烈に、しかし滑らかに。その狭間で全身を駆使する。
肉体は躍動し、二刀が煌めきをまとっていく。いつしか“薄刃伸刀”の発動をやめていた。暫くの後には“迅雷”も。
打倒速度は落ちていない。力強さにも衰えはない。彼の鎧じみた皮膚を斬り裂き、鋼と見紛う骨を断つ。ただの一振りが意思を持ち、単なる踏み込みが輝きを放つ。
この、感覚。スキルでも称号でもなく、俺自身が登っている。
そう自覚した途端、閉鎖的な空間が一気に色づいた。自分はどこにでも行けるのだと確信できた。
これを知っている。何度も味わった感覚だ。
『聖域からの搾取を感知』
『器からの略取を感知』
『排除プログラムにさらなるリソースを供給。感情操作プログラムを対象者の脳内にて展開します』
俺を操るつもりか?
「――ぅぐ」
――今すぐ止まれ!
――早く眠れ!
――自分を殺せ!
脳内に響く声。俺自身のもので、全てを諦めさせる声。脳が吸い上げられるような、取り上げられるような嫌悪感。
「……でもなぁ、知ってんすよそれ」
正確には、似たような経験がある、と言うべきか。強烈な感情操作は、へパスと呼ばれる神にかけられたから。おまけに亜凛にも使われた。
だったら大丈夫。“鬼顔の面被り”が手助けしてくれる。
「俺のは渡さないぜ?」
脳へと語りかける。臨んで、潜って、掌握する。
何処からか結びつけられた鎖が視えていた。それを握り、巻き付け、全力で引き寄せる。
『プログラム内部への干渉が確認されました』
『遮断システムを実行』
逃げようってか? そうはさせません。これでも脳を操る方法は心得ているんでね。
『システムが破壊されました』
『緊急対策プロセスに従い、一時的に全機能を放棄します』
さて、自由だ。邪魔者は撤退してくれたようだし、引き続き登れるとこまで登ってしまおうか。
やる事、変わらないんですけどね。
ペンタの偽物くんを斬り裂きながら駆けていく。彼らは相変わらず等間隔にて待ち構え、どの個体も同程度の強さである。
いつか全力を尽くす本当の彼と向き合うべく色々を吸収していく。
――そうすれば、ほら、成長していける。
繰り出す斬撃は別ものになっていて、技量が全く違う次元に至ったことの証明であった。
もはや今の二刀に煩わしさしか感じない。どうしてもっと斬れてくれないのだ? どうしてもっと応えてくれないのだ?
この“妖鬼殺し・共魂”という二刀は、確かによく手に馴染んだ。初めて敵を斬った時は感動したし、多くの強敵も殺して来た。だが足りない。全くだ。それほどまでに成長してしまったのだ。
「うははっ! 最っ高!」
一本道を走って行く。もはや偽物くんから学ぶことはなくなっていた。だから、意識を残り時間と“器”とやらに向ける。
それが何かは当然分からない。けれども予想はできる。この世界を保つ上で重要な役割を担っているのだろう、と。じゃなきゃ護ろうとはしない。
別に破壊したいとか乗っ取りたいとかではなく、そんな事が可能だとも考えちゃいないが、ただ、拝んでみようかなと。幽閉状態を打破するヒントがあるかもしれないし、さらなるパワーアップに繋がるかもしれない。
と、そんな漠然とした、思考とも呼べない空想を続けていけば。
「――おっと、行き止まりだ」
一本道の先に、壁。本当に行き止まりである。
けど残念。今の俺は誤魔化せないぜ?
「薄刃伸刀」
目の前に佇む壁に、刀をゆるりと入れる。抵抗はなく、布がそうなるように切れ目が生まれた。
さあ、飛び込もう。これもまた、冒険らしくて良いではないか。




