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57話 ヘラの本性は?

 



 亜凛は後方物理型の殲滅特化。そんなふうな位置付けだ。端的に言えば、ナイフ群を自在に操ることにのみ特化している。加えるなら、身のこなしはかなり素早い。


「“神閃”んん! 死ねぇえ!」


 対する俺は近接寄りのオールラウンダー。撹乱、遊撃、魔術、回復、なんでもござれ。


「薄刃伸刀」


 どちらが有利かと言えば、状況に依る、という答えになる。

 ただ、現状に即しているのは俺だろう。現状とはつまり一対一というシチュエーションであり、駆け回れるほどの広い戦闘フィールドを指す。


 どれだけ大量のナイフを操れたところで、速度を活かせるスペースがあれば脅威足り得ない。

 一本一本を捌くのは困難だが、ならば殺傷範囲内から退避すれば良いだけの話。重要なのはタイミング。早ければ追尾を受けるし、遅ければ損傷を負う。


 ただ、得意なんだよな、躱すのって。


「なぜ中らない⁉︎」

「俺、速いから」


 “迅雷”にて駆け回りつつ、さて、亜凛のスキルについて考察せねばなるまい。『二百本のナイフを操る能力』。簡単に言えばこうなる。

 ナイフは突如として彼の周囲に現れ、数は自由に変更できるが最大数は二百本。形状が全て同じである事から、それ以外のものは操れないと推測できる。二百本を射出するタイミングと軌道は任意。速度もある程度までは自由らしい。


 海中を泳ぐ小魚の群れ。そんな印象を受ける。しかも麻痺毒のおまけ付き。

 弱点と言えるのは召喚の隙間くらいだが、その速度だって瞬き一つ分ほど。まさに脅威的な能力だ。ただ、速度で勝る俺に対しては相性が悪い。


「どうしたよ。ほら、単調になってきてんぜ?」

「黙れぇえ!」


 躱したナイフは瞬時に消える。どういう原理でどういう方法なのかは分からないが、そういった能力だと分かっていれば良い。


「ちょこまかと!」

「素直に高速だと言ってくれよ」


 特化型というのはその名の通り何かのエキスパートだ。彼等は状況を一変させる力を持ち、ハマった時には恐ろしい結果を生み出せる。

 裏を返せば、フィットしない状況であれば怖くない。彼等が輝けるシチュエーションは限定的であり、理想としてはパーティーを組むべきだ。

 故に、パーティー内では役割が明確化されている。それぞれが何かのスペシャリストなのだ。


 ソロの俺は違う。オールラウンダーであり、全てをある程度の水準でこなせる。

 そして、俺はこれでいて速度と攻撃力じゃトップだ。


「だから、お前じゃ俺には勝てない」

「きさまっ、前回は手を抜いていたのか!」

「当たり前でしょ。捕まえて貰うのが目的だったし。外から攻めるだけじゃ、なかなか攻め落とせないと考えていたからね」


 まあ、それも必要じゃなかったが。タチミツさん達、侵入できてたし。俺も無駄に痛い思いをしただけである。やはり作戦立案ができるほど賢くはない。


 ちなみにアンタが使ってる麻痺毒は効かないよ。あの麻痺毒は俺用にクリエイトした物だから。そう言えば、亜凛は狂ったようにナイフ群を射出する。


「中らないってば」

「何故だ! どうして普通に動ける⁉︎ 僕の“超越スキル”は――」

「魔力の腕、だろ? さらにもうひとつある」


 亜凛のスキルは特別だ。おそらくシステム上におけるどのスキルにも該当せず、しかもナイフを操るスキル以外にも所持している。

 その内の一つが魔力の腕。しかも不可視の。恐ろしい能力だが、俺に限っては違うんだよなぁ。


 残念ながら、俺は魔力が()()()んだ。おまけに斬れる。

 だから大した邪魔にはならない。無数の腕が伸びてくるけれど、そんなものは“薄刃伸刀”で切り裂けば良い。


「化け物め!」

「何回も言われてるけど、褒め言葉なんだよな、それ」

「どうして効かないんだよ! どうして普通に立ち向かって来るんだよ!」


 亜凛が持つもう一つの特別なスキルが、意識操作だ。これは予想でしかないのだが。


「お前らしいスキルだよ。つまりは意識操作だろ? 悪いが、それも俺には効かない」

「きさまは、何だ? 何なんだよ。どうして、僕のスキルが……」


 反応を見るに正解らしい。馬鹿で助かる。


「チーターだろ、お前。虚しくなったりしないの? 偽物の強さを振りかざしてさ」


 元から違和感があった。初めて対峙したあの時からだ。

 戦闘が始まる前に、“先見の眼”が敗北を()()()なんて有り得ないのだ。あれはそんなスキルではない。自身へ対する致命的な攻撃を読んだり敵の脅威度を伝えるのであって、勝ち負けを教えたりはできない。そんな先の未来は見えないのだ。

 ならば、どうして()()()のか? 敗北する、と、意識を操作されていたからだ。


「とことん相手の心を縛るのが好きらしい。そうしなきゃ、お前は全てに負けてしまうから。他人にも、自分の弱さにも、現実にも」

「黙れぇええ!」


 既にナイフ群は脅威と呼べなくなっていた。数こそ厄介だが、自在な軌道は失われていて、そこに本来の閃きは見て取れない。

 平常を失った人間はかくも弱くなる。己の心を見もしない亜凛のような奴はなおさらだ。


「化け物! 化け物め! 何故きさまのような奴が僕の邪魔をする! 勝手にゲームを楽しんでいれば良いのに!」


 なんで邪魔をするか、だって?


「お前がルナさんを傷つけたからだ。彼女の笑顔を奪うからだ。俺の大切な人を苦しめるからだ。俺の友人の家族や大切な人を奪うからだ」


 戦場は静かなものだった。ナイトメアのメンバーは亜凛を眺めているだけだった。

 いつも怜悧であったギルドマスターがこうも狂乱している。常に楽々と敵を打ち倒して来た強さが簡単に捌かれている。

 そんな事実に唖然としているだけだった。


 殲滅組も戦闘をやめていた。彼等は彼等で、この男の行く末をしっかりと見定めるつもりなのだろう。


 あとは、俺が仕事をするだけだ。


「きさまに手を出したわけじゃない!」

「馬鹿言うなよ。ルナさんに俺を殺せと指示しただろ? しかも運営から頼まれてもいた」

「PKなんだよっ、僕は! それが使命なんだ!」


 もはや何を言っているか分からない。支離滅裂で、自分で吐いた言葉すら理解できていない。良い感じに壊れて来たな。


「うははっ!」

「や、めろ。その笑い方を、するな!」

「いや、笑えるぜ。常に他人を操ってきたお前が、自分の心をコントロールできないんだ!」


 だから、もう少し壊れてもらおうかなと。簡単に言えば、彼に無力感を味わってもらおうかなと。


 数と速度。残った脅威はそれ等であり、それだけであれば俺には打破する力がある。


「なあ、亜凛様。前回、俺は確かに全力じゃなかった。それは今も同じだ。お前はどうだ?」

「うわ、ああああ!」


 ナイフ群が召喚される。これまでと全てが同じ。そんなものでは、死ねないなぁ。


「――竜人特化、薄刃伸刀」


 ガチャリと心臓が音を立てて、視界に映る全てがドロリと遅くなる。

 ゆっくりとナイフが迫って来る。延びた魔力の刃で弾き、時の縛りから解放された肉体で躱していく。


 鈍い輝きを放つナイフに映った自分。面被りで隠れている筈のその奥に、醜悪な笑みを見る。

 人目がこれだけ多いと解放するわけにはいかないなぁ。


 前へ前へ。弾き、躱し、前進を続ける。亜凛が何かを叫んでいるが、遅行したこの世界じゃ音は正しく伝わらない。

 ずっと喚いてろ。俺が現実を突き付けてやる。


 もう少しだ。あと数歩進めば知ることになる。嫌でも認めることになる。


「ほら、届いた――ゲェエエ!」


 “竜人特化”の反動で吐血。亜凛の服を汚してしまった。

 彼にしてみたらホラーだろう。突然目の前に俺が現れて衣服が血塗れになっているんだから。


「ど、うも、すみません。さて、亜凛様」

「え……、あ、なにが」

「お前は、与えられた力に酔っているだけの間抜けだ」


 各種ポーションを飲み干して、亜凛の首に二刀を添えて、感情の乗らない声で告げる。


「――ヒッ! な、ど、どうやって……」

「自分を認められず、見つめられず、困難に立ち向かう術も知らない。そんなお前の、何を怖がれって言うんだ? ねぇ、ルナさん」


 言って、腹にナイフを突き刺す。亜凛は痛みに絶叫した。当然だ。あれだけのナイフ群を操れるのだから、神経経路は全開でなければならない。つまり、痛覚設定はマックスだ。


 痛みに慣れていないのだろう。抗う術を知らないのだろう。彼はへたり込み、必死に離れようともがく。


「ギヒッ、ヒ、イ?」


 だが、まともに動けない。疑問を浮かべた顔は、やはり現実を見ているようには思えなくて。


「あ、れ? からだ、うごかない」

「だろうね。そのナイフ、麻痺毒が塗ってあるから。俺にも効いちゃうような強いヤツ」


 亜凛が使用していた麻痺毒の強化版。使用者だから対策しているだろうが、いや、効いてくれて良かった。


「さて。どこが良い?」

「え?」

「痛みを与えられる場所に、どこを選ぶ? 最初は腕? それとも脚? 他には、目を抉り出す、なんてどうだろうか?」

「やめ、やめろ」

「残念。やめない。ああ、無駄だよ。痛覚は遮断できない。麻痺状態じゃメニュー画面すら開けないから。使用者だから知ってるよな?」


 俺も、経験者だから知ってるよ。そう言えば、亜凛は涙を流して許しを請う。

 助けて。痛めつけないで。もう負けを認めます。そんなありきたりな言葉を吐き出してくる。


「つまらない奴だな。台本通りの言葉で許してやるものかよ」

「いや、いやだ」

「でも、そうだな。だったら俺も、台本通りの言葉を吐こうか」


 腹のナイフを蹴りつけて、絶叫する亜凛の首を握り締める。

 瞳を覗き込み、息が触れ合う距離で、感情を消して言葉を吐き出す。


 お前はこれまで逃して来たのか? そうやって慈悲を請うプレイヤー達をさ。

 無惨に痛めつけて来たよなぁ。なのに自分だけ助かろうなんて、それは、あまりにも虫が良すぎるでしょ。

 だから、そうだよなぁ、お前は、お前がそうして来た誰よりも、ひどく悲惨な目に遭うんだ。このさき生きていたくないと、そう感じるてしまうくらいの、心が壊れるほどの恐怖を、人間性を失うほどの痛みを、とてもとても長い時間、じっくりじっくり味わうんだ。


「――俺がそうしてやるよ」


 耳元で囁けば、亜凛が喚き始める。くだらない奴だ、本当に。


「ヘラくん、やめるんだ」

「もぉ充分でしょーよー」


 タチミツさんとティータンさん。二人が俺の肩に手を置き、強く握り締める。


「お兄さん、怖ぇよ。あんた、そんな人じゃないだろ?」


 剛くん。腕を掴み、懸命に放させようとする。


 やめろ。充分。俺はそんな奴じゃない。




 そうかな?




 皆んな、俺って奴を少しだって理解していないんだ。

 でもまぁ、確かに今は退くべきだろう。目撃者が多い今回の戦いは掲示板の語種になる筈だ。ヘラというプレイヤーの人間性を、その本性を、この閉鎖的な環境で晒しても良いことはない。


 まあ、仕方ないか。()()


「てことで。ちーころさん、辰辰さん」

「ヘラっち分かってるねー」

「ん。さすが」

「なるだけ、長く生かしてください。俺にも準備がある。その後はお好きにどうぞ」


 二人には復讐する権利がある。彼女の妹が、彼の恋人が、こいつと水香に何をされたのか。この場で知らないプレイヤーは居ないだろう。

 だから、今は譲ろう。


「さて。ナイトメアの皆さん。悪いけど、もう少し死んで貰おうか」


 胸の奥に閉じ込めた殺意をそのままに、駆ける。恐怖に慄き、逃げ回る彼等の首を、淡々と刈り取っていく。


 タチミツさん達が静止の声を上げているけど無視だ。だってそれは余りにも甘いでしょ。

 こういう奴らはまた同じ事をする。亜凛のような存在が現れれば必ず集結する。甘い蜜の味を誰よりも知っているから。己の快楽を満たす方法を理解しているから。


 虎の威を借りて欲望を解放するような奴らは、大嫌いだ。


「だから、一人も逃がさない」

「ヘラッ、待ってくれ!」


 目の前に、虎の獣人が立ちはだかる。クリッツさんだ。感じる雰囲気から察するに、重いデスペナルティーを受けているらしい。あの後も死んだのか。何故そうも必死になって守るんだ、こんな奴らを。


「あなたは違うでしょう?」

「頼む、見逃してやってくれ」

「ふん? そんな義理も義務もありませんが」

「俺にはある。責任ってヤツがよ。どいつもこいつも、まだ若ぇ奴等ばかりなんだ」


 確かにな。ナイトメアのメンバーは、見たところ10代や20代前半が殆どだ。だから何だよ、といった感想だけれど。


「俺がこいつ等をきちんと教育する。しっかりとまとめて、導く」

「それは素晴らしい。で? 落とし前の付け方は、いつ、どこで、どうやって教えるのですか?」

「もちろん、今、此処で、俺の体を使って教えてやらぁ」


 ほぉん? やはりクリッツさんは良い男だ。侠気溢れるそれなりの人格者だ。だからと言って手加減なんてしないけれど。


「覚悟は?」

「当たり前だ。痛覚も最大にしてある。黙って耐えてやるぜ」

「信じましょう。では、行きますよ?」


 言って、クリッツさんの腕を飛ばす。右も、左も。

 彼は宣言通り抵抗せず、叫びもせず、黙って立っている。

 そこをさらに嬲っていく。ヒールをかけ、切り刻み、ヒールをかけ、切り取る。


 それを何度も繰り返す。


「全員っ、見ろ! これがっ、他人を食い物にしたっ、人間の末路だ!」


 クリッツさんが叫ぶ。ナイトメアの生き残りたちは逃走をやめ、彼の背中をじっと見つめていた。


「こうなりたくなきゃ、もうやめろ!」


 それはきっと、彼の本音だろう。もしかしたら常に抱き続けた想いであり、ギルドメンバーにずっとぶつけ続けていた言葉なのかもしれない。

 亜凛の思考とは正反対の真っ直ぐなそれ。相容れない二人だ。彼ほどの強者が幹部になれない理由と言えば、それくらいだろうから。


「PKをやめろとは言わねぇ! だがっ、やり方ってもんがある!」


 嬲られながら、彼は懸命に声を発し続けている。


 クリッツさんもPKである。しかし、彼は相手から何も奪わない。

 戦いを楽しみ、強者を敬い、あくまでもゲーム上での対人戦というものにこだわる。言ってしまえば、バトルジャンキーだ。


 そんな彼の言葉だから、ナイトメアのメンバー達は耳を傾けている。


「もう、お天道様に、背を向けなきゃなんねぇ、クソなこと、やめ、――か、ぶぇええ!」


 肺を貫く。ゴボゴボと異音を漏らす彼は、己の血に溺れるクリッツさんは、それでも倒れない。


 ――これで、こいつ等を許しちゃくんねえか?


 彼の目がそう言っていた。あまりにも潔く、清々しいほどの仁王立ちであった。


「御立派」


 その言葉が相応しいプレイヤーだと、そう思う。


 クリッツさんは青白い炎に焼かれ、それでも消える瞬間まで立ち続けてみせた。

 落とし前の付け方としちゃまだ甘いが、彼の心意気を見せる意味では十分だろう。


 これでも変わらなきゃ、そいつは本当のクソだ。


「君たちに、彼の意思を受け取る覚悟はあるかな?」


 PKたちは答えなかった。だから、念押しを。


「彼との約束は守ろう。俺は、此処から去る。だけど、もしも、彼の覚悟に泥を塗った時は」




 ――殺しに行くから、良い子に待ってなよ?




 これでもう、この場でやるべき事はない。


 ギルド“ナイトメア”殲滅戦、終了だ。





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