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56話 怪物の進撃を止める方法

 



 ギルドハウス内は静かなものであった。メンバー総出で外からの攻めに対応しているのだろう。


 遠くから聞こえる負の喧騒。歓声、絶叫、怒号。此処がゲームの中だとは思えなかった。

 “空間掌握”が多くのプレイヤーを感知し、様々な情報を伝えてくる。筋肉量、魔力量、装備、身のこなし、その他諸々。


 それに引き替え、俺が歩く通路は何の気配も感じない。辺りを包む静けさが体の熱を拭い去る。肌に触れる冷たさが妙に心地良い。

 ルナさんを想いながら、心の内で様々なことが巡っては消えていく。


 ――背負い過ぎるな。


 彼女の行く道は彼女が決めるべきだ。俺があれこれと口出しする事ではない。


「作戦、進めないとなぁ」


 内部の撹乱役。それが仕事だ。けれど人が居ないのです。


「見っけ」


 通路を抜け、正門に繋がるエントランスへ。色濃く漂う熱気と、響き渡る負の音が戦闘の継続を知らせている。

 正門の内側には多くのPKプレイヤーがいて、門に向かって迎撃の姿勢を見せていた。亜凛は居ないか。だがまぁ、やっと仕事ができる。


「竜人特化、薄刃伸刀」


 ガチャリと心臓が音を立て、視界に映る全てがドロリと遅くなる。

 ここからは出し惜しみなんてしない。全力で、全霊で、殺しを積み上げる。


 最後尾に立つ指揮官らしき男の首を刎ねる。胸には髑髏のエンブレム。幹部様だ。楽に死にやがって。


「は?」

「なんだ?」


 馬鹿が雁首揃えて間抜け面を浮かべてる。百ほどの首はどれもこれも事態を理解できていないか、門を睨んだまま。“殺してください”と叫んでいるようなものだ。

 やめてくれよ。興奮しちゃうだろ。


 ――さあ、蹂躙を。


「うははっ!」


 ポン、ポン、と。首が跳んでいく。呆けた顔も、門を睨みつける顔も、恐怖に歪んだ顔も、全てを刎ねていく。

 分け隔てなく、皆んな仲良く、首を刈り取っていく。


 吐血。“竜人特化”を解除し、回復魔術を使用し、また“竜人特化”を発動する。

 十五ほどの首を刈ればさすがにPK達も異変に気付いた。単身の俺を取り囲もうとする動きは間違っちゃいないが、鈍間に過ぎる。


「これ、俺が速いんだよなぁ」


 次元が違っていた。存在する世界が別だった。それ程までに“竜人特化”を使用した速度は隔絶していた。

 俺にとっては俺以外の時間の流れが遅行している。敵である彼等にとっては逆だ。


 不気味に速い。そういった感触だった。

 一つ挙げるとすれば落下速度。彼等から見た俺は、推進力を持つかのように速く落ちているだろう。証明するように、周囲で舞い飛ぶ首の落下は遅い。


 おそらく俺以外の人間は混乱するだろう。彼等には彼等の時間が基準になっている。そこに逸脱した落下速度で俺が降って来るのだ。

 経験則から弾き出される予測は否定され、予想から外れた速度に脳処理が追いつかないだろう。


 だから、簡単に死体の山を積み上げられる。五十人くらいなら何とかなるものだ。


「鬼人が出た!」

「なんでここに⁉︎」

「おいっ、誰か亜凛様を呼んでこい!」

「クリッツさんもだ!」


 殆どが逃走の姿勢を見せているのだが、中には心折れない人もいて。


「……あと五十。さて、誰から死んでくれる?」


 そんな彼等の首を幾つか刈り取れば。


「う、うわ」

「む、無理だろ!」

「あっという間に半分殺された……ほんの数秒だぞ⁉︎」


 数秒は言い過ぎである。死体がまだ消えていないから2分は過ぎていないだろうけど。


「逃げ、逃げろ!」

「うわぁぁああああ!」


 あっさりとしたものだな。追加が来る前に動こう。


「ゔぇええ!」


 内臓の損傷が厄介である。これだけの能力だからデメリットが大きいのは当然として、記されていないデメリットもありそうだ。寿命、とか。

 そんなものに打ち勝てるような良い覚醒先に恵まれたいものだ。


「ヘラですよー」


 気の抜けた声で叫びつつ門を開ける。その向こうには七十名ほどのプレイヤー。誰も彼もが傷つき、しかし戦意を滾らせていた。

 空からは無数の魔術と矢が降っていて、彼等は大盾を構えて耐えている。ジャミジャミに置いてあった大量の大盾である。


「きみがヘラ⁉︎」


 先頭の女性プレイヤーに頷きを返し、笑顔で手招き。


「どうぞ中へ」


 俺の持ち物じゃないけれど。


「すまん、助かる!」

「待って! 今動くと何人か落ちるわよ!」


 確かにな、と。彼等は身を寄せ合っており、全方位に大盾を被せているから無事なのだ。動き出すのは良いが、僅かでも隙間が生じれば魔術と矢の餌食になるだろう。そうして一人でも落とされれば途端に崩壊してしまう。


「でもこのまんまじゃ何もできねぇぞ!」

「中に飛び込もう!」

「最後の奴は苦しいぞ」

「行って! 私達が残る!」

「トンプさん、でも!」

「良いから行きなさい!」


 五人のプレイヤーが名乗りを上げる。彼等は覚悟を決めた瞳で上を睨むと、一斉に魔術の詠唱を開始した。


「皆んな、スリーカウントで走って! 魔術をありったけ撃ち込むからその隙に中へ! 行くわよっ、スリー、ツー、ワン、行け!」


 六十を越すプレイヤーが同時に走り出す。残った五人は砦の上に向かって様々な魔術を撃っていく。かわりに上からの魔術と矢が止まる。

 束の間の安全。生み出したのはたった五人のプレイヤーだ。彼等は決死隊なのだ。それを請け負うだけの実力がある。


「入った! トンプさん達も来い!」


 数名が大盾に身を隠して五人を呼ぶ。しかし上からの攻撃が再開されている。五人ともが生きて辿り着くのは無理だろう。

 それでも三人が門へと転がり込んで来る。残った二人が捨て身となって魔術を連発しているからだ。人間の女性と男性で確かな強者だが、だからと言って耐えられるものではない。


「トンプさんと明美さんが!」

「明美さん、こっちだ!」


 何となく、彼等を死なせてはいけないな、と。


「俺が迎えに行ってきます」

「はあ? あんた何を」

「――竜人特化」


 引き止めようとする男性を無視して、飛び出す。二人のプレイヤーを抱えて門に戻れば多くの視線が突き刺さった。運んであげた本人達の視線も。


「あ、あんた、今、なにした?」

「え? なに? なにしたの?」

「なに、って。走って、二人を抱えて、走りました」


 これ以上の説明は面倒だ。勘弁して欲しい。


「つーか、ここやばくない? プレイヤーの死体がゴロゴロしてんだけど」

「うえ、吐きそ」

「これは、ヘラさんが一人でやったのか?」


 五十を越す死体と首が転がってれば気分も悪くなる。それだけの亡骸が青白い炎に焼かれていれば尚さら。ゴア表現だけでも緩めて欲しいものだが。


「タチミツさん達はどこでしょう? あ、どうもヘラと申します」

「上に行ったわ。私はトンプ、助けてくれてありがとう」

「俺達の仕事は特攻班が潜入するまでの時間稼ぎってわけ。俺はダルンダルノ明美。明美って呼んでくれ。宜しくな鬼人」


 あら、タチミツさん達は既に侵入しているのか。これも作戦とは違う。まあそういうものだろう。無事に乗り込めたのなら良い事だ。


「皆さんは任務を全うしたのですね。しかし、まだ暴れ足りないでしょう?」


 挑発するように尋ねてみれば、返されたのは獰猛な笑みであった。トンプさんと……なんとか明美さんに部隊を任せる。彼ら二人は強いし、皆んなの視線や雰囲気も二人を頼っている。


 さて、俺は俺のやるべき事を。


 彼等と別れ、砦内を駆けていく。タチミツさん達がどこかで暴れているらしく、PKプレイヤーが慌てた様子で色々を伝達していた。

 そこを切り裂いて行く。奇襲すれば楽に殺せるし、“迅雷”の速度であれば簡単に成功する。


 とは言え彼等もただやられるわけではない。俺の情報は亜凛に伝わっているだろうし、対策くらいは打ってくる。

 待ち伏せ、奇襲、トラップ、対応は多彩であった。とにかく集団で動き、不利だと判断すれば逃走する。逃げた先で仲間と合流し、待ち伏せし、色々を整える。


 そんな戦闘を何度か繰り返している。


「ヘラだっ! パーティーごとに陣形を組め!」

「中庭まで誘い込むぞ」

「魔術発動しとけ!」


 丸聞こえですが。そもそも、今の俺に待ち伏せや奇襲は意味を成さない。“空間掌握”が全てを教えてくれるし、“竜人特化”を使えば全てを破れる。


 PK達の首を刈りつつ、三種の竜スキルについて考察していく。

 特に確認しておきたいのは“竜人特化”。何度か発動してから気付いたのだが、竜人状態になると四つ目のゲージが見える。HPでもMPでもスタミナでもなく、新たなステータスだ。

 これも当然ながら減少していくのだが、増えないのだ。休息によって回復すると考えられるこれは、いわゆるチャージタイムだろう。ゼロになった時にどうなるのかは分からないけど良い予感はしない。

 だとしてもメリットが大きすぎる。遅行した時間は驚異的とまでは言えないが、それでも明確に体感できる。


「――か、――ゔぇええ!」


 激しく吐血。“竜人特化”が強制解除される。

 視界に示される第四のゲージはまだまだ残っている。つまり毎回あるんだな、発動時間の制限が。


「来たぞ! 撃て!」

「ファイヤーランス! フレイムアロー!」


 おっと、魔術でお出迎えか。


「薄刃伸刀」


 これについても考察しなければならない。長い間ほったらかしにし過ぎている。

 魔力を媒体とするこのスキルは、しかしカテゴリーとしては魔術ではなく武技である。ただし身体的ステータスは何の影響も与えない。武技スキルなのに、だ。その非合理さゆえに強力なのだろう。


「なっ! 魔術が消された!」

「化け物が!」


 まず、この刃は魔術を斬れる。正確には、相殺、或いは消滅が可能だ。


「盾班っ、前に!」

「止めろ!」


 次に、斬性が向上する。現在使用している“妖鬼(ようき)殺し・共魂(きょうこん)”という刀は確かな業物だが、斬れないものは存在するわけで。


「速い――ぎゃ!」

「盾ごと切ってくるぞ!」


 そして、ある程度の攻撃を繰り返すと魔力の刃は消えてしまう。端的に言えば、俺が込めた魔力を使いきれば消える。

 例えば、斬る対象が魔術であればその威力。物質であればその硬度によって()()が違う。つまりは、刃へ込めた魔力量に対する相手側の魔力や硬さが関わってくる。“薄刃伸刀”に注いだ俺の魔力量と、相手側の魔力量や硬度との勝負を行っているわけだ。


 切るまでに内包する魔力を使い切ってしまえば刃が消え、使い切らずに切断できればさらなる攻撃が可能となる。


「止められない!」

「退がれ退がれ! もっと仲間を集め――ゲヒッ」


 これまで斬ってきたモンスターは強敵ばかり。プレイヤーの首くらいなら簡単には消えないものだ。


「逃しません。一人もだ」


 と言いつつ、数人をあえて逃がす。それを追いかけて次の陣へ誘導してもらい、そこを破る。

 少しずつではあるが目指すべき場所が分かってきた。砦の奥。彼等はそこへ向かっている。水香という女幹部によれば訓練場があるらしいけれど。


 さすがに気付いたか。俺達の作戦は個の強さを活かした各個撃破であると。若しくは切り崩し、或いは間引きなのだと。

 六百もの敵を相手にする上での常套手段ではあるが、ナイトメア側からすれば逆になるわけで。


「広い場所での総力戦をお望みかい?」


 まあ、そういう事になる。当然の選択だよな。殺した奴等だっていつ戻って来るか分かったものじゃない。この“石の都バンホルン”にリスポーン地点を設定しているのは明らかだ。

 許された時間は多くないということ。


「てことで、タチミツさん、そろそろ終わらせましょう」


 そこはまさにグラウンドであった。両陣営の戦力が集まっており、俺はどうやら乗り遅れてしまったらしい。


「ヘラくん! 待っていたよ!」

「すこぉし遅いんじゃないでしょーかぁ」


 タチミツさん、ティータンさん。そして、二人の背後に立つギルドメンバー達。さらには入り口で出会った彼等も。

 血塗れだったり、怪我は見当たらずとも防具が欠損していたり、苦戦が窺える。相手は圧倒的に数的有利なのだから当たり前で、しかし彼等だからこそ戦いの格好がついていたのだろう。


「お兄さん!」

「やあ、剛くん」


 剛くん達も似たような有り様だ。若いのに大したものである。現実と区別がつかないこの世界じゃ、人を殺す感覚も現実そのものなのに。


 誰もが俺を見ている。緊張するのです。


「きさまッ、よくも、よくもッ!」

「あ、居たのか、亜凛様」


 数人の手下を連れてティータンさんとタチミツさんのパーティーを相手していたらしい。あのナイフ群は厄介だよなぁ。全身を縛り上げるスキルも反則だ。


「少しは自分を見つめ直せたかい?」

「黙れッ! 僕に手出しすることが何を意味するか分かっているんだろうな! 僕はこのゲームの――」

「退屈なんだよ、お前」


 言葉と一緒に唾を吐き捨てる。ついでにニヤリと笑って。


「ここまで来てお喋りとか意味ないって。さっさと終わらせて攻略を進めたいんだ、俺は」

「月を、どこにやった! どこに隠したッ⁉︎」


 隠した? もしやお出かけしちゃったかな?


「……それ、想定外だなぁ」


 おてんば姫にも困ったものだ。待っててくれって頼んだのに。


「無理しない方が良い、と、そうも言った筈だけど?」


 背後に向けて言えば、震えた声でアハハと返される。

 来てしまったか、此処に。


「無理、してないよー」

「……いや、めっちゃ嘘じゃんね」


 震えてる。でも、大きな前進だ。立ち向かえる勇気を掴み取れたのだから。


「月ッ、何をしてる! そいつを殺せ!」


 怯えるルナさんは、しかし、彼女らしい凛とした雰囲気を取り戻しつつあった。切れ長の蒼色をした瞳には少しの意思が乗せられていた。

 その目を大きく見開いて。唇をきつく引き結んで。

 ルナさんは、亜凛を真っ直ぐに見つめた。


 ああ、そうだ。言ってやれよ、ルナさん。


「いや、です。いや、だよ」


 弱々しい否定。だが、ああ、十分だ。


「お前ぇえ! 僕に歯向かうつもりか! 僕以外の誰がお前を受け容れると――」

「私達だよ」

「こちらもだねぇ」


 意外な方向からの声に、亜凛が口をパクパクさせている。タチミツさんとティータンさんは真剣そのものであったが、俺としては複雑である。カッコ良いとこ見せたかったのにな、と。

 だが、これで良い。俺にできることなんて限られているのだから。


「ルナリアスくんであれば是非とも我がギルドに来て欲しい。強さは十分で、何より人間性が素晴らしいよ」

「ルナリアス、ウチに来なさいよ!」

「ライバルは近くに居たほうが安心できますわ」

「あー、自分、あんな美人がいると緊張するっす」

「酒も煙草も進むじゃねぇか」

「生意気じゃない妹が欲しかったのよねー」


 へーエルピスの皆んながルナさんに声を向ける。誰もが笑顔で、力強く。


「ルナリアスさぁん、六人目の“十二戦士”とかどーでしょー?」

「ルナっち、ごめんなさい! お詫びにあんな事やこんな事させてあげるから六人目として一緒に楽しもう!」

「六人目、良いんじゃん? めちゃ強いしパーティー組もうよ」

「やっと六人目とか先は長いっしょ」

「それってつまり初の魔術担当?」

「皆さま! 可愛いトルチネちゃんを忘れていますわよ⁉︎ 六人目は魔術の天才であるこの私でしょう!」


 十二戦士の皆んながルナさんを呼ぶ。騒がしく、しかしとても優しく。


「剛、俺たちも誘わないとダメな雰囲気じゃね?」

「ムリ。ハードル高ぇよ」

「でも、なんか言った方が……良いかなって?」

「剛は人見知りだからね」


 剛くん達が寄り添うようしてルナさんを囲む。相変わらず空気をよく読む子たちだ。


 そうさ、ルナさん。貴女は一人じゃない。もうこんなに仲間が居るじゃないか。だから。


「ルナさん、何処へだって羽ばたけるぜ? ルナさんを認める奴等がこんなに居るんだ」


 それに、俺もね。


「困った時は呼んでくれよ。頼ってくれよ」

「ラーさん……」

「力になるぜ、どんな事でも。駆けつけるぜ、何処にでも。それが、相棒ってものだろ?」


 ルナさんは泣いていた。震えながら、静々と。だがそれは、美しい涙であった。前向きな泣き顔であった。

 こうでなければ。一緒に背負うなんて口が裂けても言えないが、背中を支える事くらいならできる。


「きさま等ぁああ! ぼ、僕の所有物に勝手なことを言うな!」


 居たな、お前が。


 終わらせましょうか。


「てことで、亜凛様」

「ヘラァアア!」

「ルナさんは一歩目を進んだよ。彼女の心は前進したよ。だから、今ここで、俺があんたを“このさき生きていたくない”と思わせるほど徹底的に痛めつけて、終わらせてやる」

「ぐ、ふ、フヒッ! できるものなら、やってみろぉおお!」


 ああ、やってやるよ。


「ヘラくん、単身では無理だ! 彼は強いぞ!」

「真っ正面から一人じゃあ、殺されるでしょーよー」

「いいえ? 一人で楽勝です。皆さんは他のPKを」


 さて、そろそろ解放しよう。悪意と、殺意を。これまで溜めに溜めて来たそれ等を。


 泣いて謝ったって、許してやらねぇからな。




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