53話 と言うわけで、お邪魔します
癒やしと情報を求め、武具店ジャミジャミへと帰還している。
オチョキンさんは大忙し。独自スキルを使って同じ大盾を何個も何個もクリエイトしている。
パイはおあずけである。話は聞いてくれるから良いけれど。
「それで、報酬として竜の死骸を手に入れたってこと? 全身を?」
「はい。心臓はありませんが」
「送って……全部よ」
言われた通りにアイテムを転送していく。オクタの肉体以外にも色々とある。“竜の悲涙”、“加護受けし竜角”、“獄炎石――極点”、“獄竜の装甲”、etc、etc。
かなり良い装備ができそうだ。
「あ、“煉獄の香炉”というアイテムなんですが、たぶんお望みの物かと」
「……良いんだけど、その面被り、変わったわね?」
見た目も変わったのか。外してないから分からない。
「角が少し大きくなったし……額? の部分に不思議な紋様があるわよ?」
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鬼顔の面被り/等級15
物理耐性78/魔力耐性78/重量4/耐久350
特殊1:格下に恐慌状態を強制付与
特殊2:竜合により成長する
特殊3:経験した状態異常に対する抵抗力大幅上昇
刃鬼が素体となったお面に、グリフォンの羽を縫い付けた面被り。
刃鬼の加護により、装備時の視界と呼吸は未装備時と変わらない。
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まあ、変わったな、色々と。額の紋様は、剣のような、方位記号のような……それにしちゃ細かくて複雑だ。
それ、古代ギリシャ語じゃないからしら? そのマーク自体のことじゃなくて、ほら、かなり細かい文字が集合してその紋様が描かれているのよ。
オチョキンさんにそう言われてみれば確かになと。
あまり興味はないけれど。今は面被りに構っちゃいられない。
ソファーに腰掛け、オチョキンさんと色々なことを話し合う。話題はいくらでもあった。
ギルド“ナイトメア”。ルナさん。聖都でのイベント。依頼する装備。そして、“聖域”とゲームクリア条件。
間もなく夜がやって来る。掲示板に謝罪やその他を書き込みつつ、ナイトメアについての過去の書き込みを読み漁り、同時にタチミツさんとティータンさん、さらには剛くんの三人とメールの遣り取りを行う。
ゲームクリア条件の開示。それは全プレイヤーに希望を抱かせるものであった。ナイトメアを潰そうかという今はタイミング的にどうかとも思ったのだが、掲示板を見るにそうではないらしい。それもそうか。
アップデートから目覚めた時、無機質なアナウンスはこう告げた。
『お待たせしました! これにてアップデートは完了です!』
『ゲームクリア条件が開示されました! 聖都キュアリーの神殿にて閲覧可能です!』
『プレイヤーの皆様、“聖域”の解放を目指し、これより先もBlessed Sanctuaryをお楽しみください!』
誰もがゲームクリアへと動き初めている。つまりは“聖域”を解放し、現実へ。だからこそナイトメアを潰す為に集結しているのだ。
これだけ多くの人が動いてくれるのか。感謝だな。
そして、掲示板。初めて知ったのだが、現実側からの書き込みを見られるのだ。そういった専用掲示板があるのだ。
現実側がこちらからの書き込みを見ることは出来ないらしいが、しかし、これは運営の良心なのか悪意なのか。考えすぎかな?
「……そっか。そっかぁ」
俺宛ての書き込みを見つける。“家具屋のたいちゃんへ。秋より”。書き始めの文章と呼び名からも間違いないだろう。
内容も、やはり、考えていた通りのもので。だが実際に読んでしまうと、うん、なかなかにくるものがあるな。とは言え遅かれ早かれ、こうなっていたのだ。彼女は彼と共に生きた方が間違いなく幸せになれる。けど、もう一度だけでも娘達に会いたい。
「ヘラさん。これ、予備の装備一式よ」
意識をこちら側に無理やり戻す。
目の前に置かれた武具は、まさに今俺が身につけている物と同じで。
「あれ? 依頼しましたっけ?」
「いいえ」
オチョキンさんは微笑みながら首を振り、俺を真っ直ぐに見つめてくる。相変わらず美しいなぁ、と。
「これは報酬と激励よ。“煉獄の香炉”の入手と、ナイトメアを潰してくれる事への。そして、あの子を助けてあげて」
足りないわよね、と言いつつ、彼女は頭を下げてしまった。いや、どうしたんだろう。
「ヘラさん、お願いします。ナイトメアを潰して。あなたにしか出来ないわ。彼等はエリアボスの領域に現れてPKを繰り返してる。ゴッドレスに居る多くのプレイヤーが悩まされているわ。ゲームクリアが見えた今、はっきりと邪魔な存在になった」
へえ。そんな事までやっているのか。念入りだな。
「まあ、潰すのは俺の都合ですが。しかし、それだけの妨害だと俺がやらなくとも誰かがやっていたのでは?」
「いいえ。マスターの亜凛はとても強い。タッチー達も勝てなかった。噂だと、ティータンさんも」
ふぅん。それは何と言うか、まぁ、仕方がないだろうな、と。
「激戦になるでしょうが、潰せますよ。その為のアイテムも用意してくれたでしょう?」
「そうだけど……この二つ、どう使うの?」
オチョキンさんに使用目的を説明すれば、彼女はひどく悪戯めいた笑顔を浮かべた。お金大好きエルフとは別の、とても悪い顔である。美しいのだけれどね。さらには柔らかい雰囲気を隠しきれていない。
「ふふふ! ヘラさんて、人をおちょくる天才ね!」
「……それ、違う人にも言われたのですが。俺はこれでいて正直者ですよ」
「よく言うわよ、ふふふ」
いや、真剣に言っているのだけれど。
べつに良いか。とりあえず、決戦前に自分を確認しておきましょう。
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ヘラ:人間Lv.30:開拓者Lv.30/捻じ曲げる者Lv.17
スキル:【双刃技Lv.15】【刃技Lv.19】
【肉体奏者Lv.14】【魔力感知Lv.20】
【空間認識Lv.20】【空間感知Lv.20】
【神聖魔術Lv.20】【魔力操作Lv.14】
【魔術の心得Lv.17】【魔力耐性Lv.17】
【先陣突出Lv.18】【破天荒Lv.20】【急襲Lv.20】
【獅子奮迅Lv.18】【マッピング】【常勝Lv.20】
【久遠の累加Lv.6】【不滅の勇猛Lv.6】【魔塊Lv.3】
【魔の胎動Lv.5】【未知への挑戦Lv.15】
【薄刃伸刀】【原始の細胞】【金剛髄】【竜狩り】
固有スキル:【先見の眼Lv.12】【迅雷Lv.11】
【竜人特化Lv.1】【竜咆Lv.1】【竜紋Lv.1】
称号:【闇に生きる者】【逸脱者】【残忍なる者】
【刃神の奥伝】【制者】【退魔者】【違背者】
【魔を覗く者】【魔の求道者】【死者を照らす者】
【野性への暴虐】【魂の守護者】【魂の殺戮者】
【森の覇者】【遺林の覇者】【慈悲なき者】
【竜狩り】
先天:【竜の因子】
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「色々と増えてきたなぁ」
レベルも、スキルも、称号も。言ってしまえばそれだけの感想であった。
中でも固有スキルは一気に三つも増えている。それぞれ竜合によって得た技能だ。
竜人特化。
竜の肉体を模す力であり、劇物でもある。大きすぎる力ゆえに内臓を酷使してしまう。なんとか耐えられるのは“原始の細胞”と“金剛髄”のおかげだろう。
使用中はHPMPに加えてスタミナまで激しく消費し、魔術や魔法も使えなくなる。おまけに解除するまでは回復ができない。魔術は使えないし、ポーションを使用しても無駄。他人からの治癒も受け付けない。まさに呪われし力である。
対価としては安いものだ。なにせ僅かながらも世界が遅行し、俺だけが時間の縛りから解放される。
竜咆。
名前から受ける印象とは違い、自然治癒力が格段に上がる能力。パッシブ型なのが嬉しい。
単純にして素晴らしいスキルだ。“竜人特化”との相性は語るまでもない。
竜紋。
一つの属性が強化される能力。それは攻撃にも防御にも適応されるが、取得できる属性はダメージを経験した属性に限られる。
これもパッシブ型だが、今はまだ何も選んじゃいない。一つしか選べない以上は慎重にいこう。
とまあ、ほとんど人間を辞めてしまったわけだが。
これで勝てなきゃこの先も力じゃ潰せないよなぁ。印象操作とか駆使すれば何とかなりそうだけど。
闇の中に佇む要塞を眺める。空は僅かに明るんできたが決戦の時間はまだである。戯れと観察を兼ねての斥候でもしておこう、などと考えていた。
と言っても得意分野ではない。なので、少しばかり自身を強化しておこうかな、と。
「これまでお世話になったね」
語りかけた先は“空間認識”であった。このスキルが無ければ俺など初日で何度も死に戻っていただろう。その先だって乗り越えられなかっただろう。
思い入れとしては断トツだ。
これからも宜しくね、と。そんな事を言ってみる。まあ、願掛けのようなものだ。
何をするのかと言えばスキル融合である。久しぶりに使うな、という感想だ。対象は三つのスキル。“空間認識”と“空間感知”、そして“魔力感知”。
少しの期待を込めて『スキル融合』と唱えれば、自動的に新しいスキルへと昇華してしまった。
今回は選択権なし、か。そして、やはりと言うべきか予想通りと言うべきか、生まれ変わったそれは“固有スキル”の欄に加わっている。
“空間掌握”。それが新しいスキルの名前であった。その力はスキル説明文を見ずとも理解できた。
だって、周囲の全てが視える。
風の流れ、建物の構造、その奥にいる人の息遣い、地面に伝わる足音の主、その人の魔力量、そして、己の肉体の全て。脳が悲鳴を上げるほどの情報量。
「うはは」
なんと素晴らしい力なのだろうか。これがあるのなら、この先もソロでやっていけるだろう。特に対人戦では“先見の眼”との相乗効果により格上にも負けはしないだろう。
「竜人特化」
を使えば蹂躙できそうだ。ついでに“迅雷”を発動すれば超人の完成である。
「と言うわけで、お邪魔します」
「――は?」
驚く女性プレイヤーを尻目に、“竜人特化”を解除して下を眺める。跳躍した場所は陥没しており、凄まじい力である事を理解するには十分だ。こうして20メートルの壁にだってひとっ飛びで登れてしまう。
だが反動が大きすぎる。“竜人特化”もそうだが、さらに“迅雷”を使用すると筋繊維が容易く断裂してしまう。二つの同時使用は避けるべきだ。緊急回避には多いに役立つだろうけど。
「おっと。今はきみだった」
「あ、え、あなた」
「やぁ、こんばんは。おはよう、かな? 悪いけど、きみが所属するギルドを潰させてもらう」
「――ゲヒッ」
事態を理解できないままの右目に指を突き込む。叫び声を上げる前に喉を握り締めて、押し倒す。
亜凛はどこにいるかな? そう尋ねれば、彼女は股間を濡らして震え始めてしまった。涙と鼻水でひどい顔だ。
「……あれ? きみ、排泄できるの?」
「――ぐぇ、――オエッ」
「んー、まあ良いか」
格下だな。“鬼顔の面被り”の影響をモロに受けている。まともな思考もできないだろう。
胸には髑髏のエンブレム。ちーころさんによれば、これを着けているのはナイトメアの幹部なのだとか。全員クソったれの人でなしだよぅ、と言っていたが。
ふむ。いきなりのアタリである。幸先が良い。だって、痛めつけても罪悪感がわかないもの。
とは言え、このまま首を絞めていれば死んでしまう。仕方がないから唾液まみれの口を押さえて音を殺す。ただし、簡単に呼吸できないように包んで。
「へえ? きみ、痛覚設定切ってないんだ? 30パーくらい? さぞ痛くて苦しいだろうね。よく解るよ」
言いつつ、左の太ももをザクリと。彼女は痛みによる反射に全身を跳ね上げて必死にもがいている。
「まだ言ってくれないの? ほら、亜凛の居場所だよ。じゃあ、次はどこにしようかな」
「ぃぅぅぅぅ!」
首を振ろうとする彼女を無視して、右の太ももを削ぎ落とす。痛覚設定を切れば良いのにとは思うのだが、恐慌状態の精神ではメニュー画面すら開けないのだろうか。
「さあ、亜凛はどこにいる? ……あれ? まだ駄目?」
「ぃぅぅぅぅッ! ぃぅぅぅぅ!」
必死に首を振る女性。教える、と言っているんだろう。
「まだ言わないのかぁ。PKギルドの幹部様はさすがに根性ありますね」
と、思ってもいないこと言いつつ。
「では、おへそ、とかどうでしょう?」
服の上で切先を止める。直接見えるわけではないが、そこがへそであると解る。
「ここから、ゆーっくりと沈めていくから、教えるつもりになったら言ってね?」
ひぃん、ひぃん、と。彼女は泣いていた。恐怖によって思考は止まり、痛みによって混乱し、呼吸できない苦しみによって現実逃避する。そんな見た目であった。
掲示板、見たよ、と。耳元で優しく語りかける。
「ナイトメアの女性幹部といったら、三人だ。きみは誰かな? 猫猫? シンギン? じゃあ、水香、かな?」
首を縦に振ったな。そうか。やっぱりこの人が水香か。
「色々と書き込まれてたよ、きみ。10代のプレイヤーを専門にPKしてるんでしょ? ひどいよなぁ」
ズブリ、と。へその中心に刀を埋めていく。ひどくゆっくり。刃の冷たさを感じ取れるように。
残った彼女の左目は震えていた。それは、この事態を受け止めきれているようには見えなくて。
「きみ、似たような事をしてるんだぜ? 現実へ戻りたくて必死に攻略してるプレイヤーを邪魔してさ。しかも子供達を。分かってなかったの? ――いつか、こんな、酷いめに、遭わされるって」
「ひぅ! ひぅぁら! ゃめぇ! ぁめえぇぇぇ!」
「やめねぇよ。べつに仇打ちとか、正義のヒーローとか、そんなんじゃなくて、そうだな、俺は気に入らないんだよな、君たちみたいな人種が。戯れと遊びで他人の真っ直ぐな努力を踏み躙る奴が」
だから、きみを痛めつけるのは個人的な趣味なんだよ、と。そう説明すれば、彼女の顔面から表情が抜け落ちた。
もう良いか。人を壊しても楽しくないし。
「呼吸させてあげるから、亜凛の居場所を教えてね?」
「コヒュッ、オエッ、ゔぇええ!」
「ほら、静かに。落ち着いて息を吸うんだ」
彼女の背中を撫でつつ、魔術で回復しつつ、耳元で囁き続ける。
PKってのは実のところシステム的に有利だったりする。対人スキルが取得しやすく、PKによって得られる経験値も大きい。
掲示板の利用はできなくなるらしいが、まぁ、そんなものはPKじゃないプレイヤーを引き込めば良いだけの話で。
PKK、つまりPKを殺したプレイヤーには経験値が入らず、運営に過剰防衛だと判断されると下手をすれば自分もPKになってしまう。つまり環境的には運営がPKを勧めているようにも捉えられるけれども。
こんな悲惨な目に遭うのなら、なりたくないなぁ、と。
「きみは殺してあげない。このまま日が登るまで俺が、ずぅーっと痛めつけてあげるからさ」
PKにされるのも嫌だし。運営、信用できないし。
「い、いや! お願い、言うから、亜凛様の、言うから」
「そう? 残念だなぁ。でも、もう良いかな? 別に教えてくれなくても」
そっけなく突き放してみれば、彼女は必死になって抱き着いてきた。鼻水をつけるのはやめてほしいのですが。
「色々っ――」
「小さな声でね?」
「――ヒッ! お、教えるから、色々と。しり、知りたいこと、なんでも。人数とか配置とか、あと、砦内の構造も、それにっ、あの女の――」
「ストップ。誰か来る。別の見張り役かな?」
首を縦に振る彼女の耳元で、ゆっくりと囁く。
「俺は彼を殺してくるから、きみは良い子で待ってるんだ。分かったね?」
「は、はい、逃げない、逃げないから!」
「あれー? おーい、水香ぉさーんどこー? なんか音が――ゔぇ!」
近寄る男に肉迫。鳩尾に拳を叩き込む。骨とか内臓とか色々を潰した感触。
「テメェ!」
おっと、痛覚遮断してんのか。だったら。
「げひっ」
「呼吸は痛覚関係ないじゃんね」
背後にまわって首を絞める。殺さないように加減して、脱力するまで絞め続ける。
抵抗する力が衰え、じきにそれも無くなる。地面に転がして目を覗き込めば瞳孔が開きかかっていた。死にはしないだろう。……たぶん。
そのまま彼の口やら手脚やらを縛り上げたら放置して、笑顔で振り返る。水香は少しも動かずにその場にいて、卑屈かつ気持ち悪い笑みを向けていた。褒めて欲しいのだろう。
「良い子だったね?」
「は、はい」
「では、色々と教えて貰おうかな」
是非とも有益な情報をくれよ? これ以上痛めつけるのは、それなりに気分が悪いからさ。




