52話 御立派
――ヴェラ、■■■■ッ!
声が聴こえるってはよくある事だ。俺に限ってなのか、誰もが同じなのか。それは分からないが、こういう窮地にはお決まりの現象だ。
――ヴェラ、■■■■ッ!
しかしその声は、これまで聴こえたどれよりも俺を奮い立たせ、意志を前進させる。
負けてなるものか。ペンタに情けないところは見せられない。
あいつは、この竜よりも怖くて、強かった。
ならば負けるわけにはいかない。俺はあいつに勝ったのだから。敗者に恥をかかせないのが勝者の責務だ。
全身が震えた。無論、勇ましくだ。
「ヒッ、ヒー、ルゥうう!」
吹き飛ばされて距離が離れた分、熱から受けるダメージが減っていた。空気も、吸い込んだところで喉が焼かれる温度ではない。
回復魔術を連続で。MPが許すだけの有りったけを。
そうして、さぁ、突貫だ。
「ぅおおおお!」
痛みへの覚悟を決め、灼熱の中を行く。“迅雷”を頼りに前へ前へ。“薄刃伸刀”を発動し、ただ駆けて行く。
前進できている。突き出した二刀が熱を切り裂いてくれるから。いや、“薄刃伸刀”が切っているんだ。証明するように魔力の刃が短くなっていく。
――こいつは魔力を切れるのか!
なら、行ける。そして斬れる。
一振りで良い。あのクソったれた角の一本を切断できれば。“力”が集約し、強く発されるアレを破壊できれば。
「う、う、薄刃ぁ、伸刀ッ!」
行け、炎へ向かって。これまでと同じく、これまでもそうして来たように。
掲げた二刀を頼りに、危険と痛みの中心に――飛び込め!
「ああああッ!」
角へ右をぶつける。硬くて重い手応え。魔力の刃が消え、さらに押し込めば刀身が罅割れ、砕ける。
――構うものか!
生まれた切れ目へ左を振るう。今度は軽い手応え。振り切る。角が舞い飛び、硬質な音が遅れて聴こえてくる。
どうせならもう一つも貰っておきましょう。
「薄刃、伸刀!」
を発動してもう一本の角へ振るう。食い込む。が、やはり重い手応え。刀身も罅割れた。なら。
「薄刃伸刀!」
食い込んだ刀に魔力の刃を付与し蹴り付ける。刀身が折れたのは角の切断と同時だった。
いつの間に消えたのだろうか。獄炎による熱を感じない。折れた二本の角を横目に、やはりな、と。彼にとっての角は、第二の心臓のようなものだ。証明するように、それを失くした途端に存在感が小さくなっていく。
「うはっ!」
置き土産として折れた二刀を目に突き刺して。
ホーリーランスとホーリーウィプスを唱えて離脱。距離を取り、しかし離れすぎず、回復を施しながら、再び降り立ち始めた雨音に紛れるようにして駆け回る。
「──ッ! ────ッ!」
竜が啼く。目と、角を失った悲しみに。俺という矮小な存在がそれ等を奪っていった怒りに。
アイテムボックスから新たな二刀を取り出し、突貫。あって良かったね、予備の刀。
装甲を斬り裂き、肉を切り取り、内臓を傷つける。血を浴びれば全身に痛みが走る。熱い。竜の血そのものが皮膚を焼く凶器であった。
「最っ高!」
これが、求める戦いだ。今、俺は紛れもなく生きているのだ。
だから、ずうーっとこうしていられる。
「■■■■■ッ!」
竜の詠唱。また獄炎が来る。だが、退がらない。その必要がなく、この場に踏み止まるべきだと解っているからだ。
そしておそらく、獄炎を顕現させている間の彼は動けない。感知系のスキル群もそうだと言っている。オクタの体内にある力の流れから、彼が動けないと教えてくれている。
だから、戦うべきは此処なのだ。
生み出されたのは赤い炎だった。白い炎に比べれば熱も範囲も随分と弱まっている。
間違いなく角が原因だ。竜にとって第二の心臓。だから、角を失った今は最初ほどの威力を出せないのだ。ゆえに、放たれる存在感が小さくなっているのだ。
「ゔは、ハハッ!」
それでも皮膚を溶かし、眼球を燃やし、防具が熱される。
毛を失い、皮膚を失い、視覚と聴覚すらも失った。
けれども退がらない。ありったけのポーションを使用して二刀を振るう。
破るべきは胸。これもまた、スキルにそうしろと教えられている。
一際分厚い装甲へと刀をぶつけていく。ひたすらに、むしゃぶりつくように。
竜からは驚愕と焦りの気配が発されていた。なぜ攻め続けられるのだ、と。なぜこれ程の損傷を与えられてしまうのだ、と。
本当に、人間という種族をよく理解している。どれだけ弱く、どれだけ矮小なのかを。
でも生憎と、俺は普通じゃないんだ。
「――かっ、――あぁ」
回復薬の中毒症状はとっくに出ていて、ひどく中途半端な治癒が施されている。炎と治癒による痛みで目が眩む。
皮膚と防具が融着していて、少しの動きでも激痛に襲われる。神経を直接斬られるような痛みに視界が明滅する。
酸素が欲しかった。だがしかし、呼吸することは躊躇われた。空気に何が混ざっているか分かったものじゃないし、喉まで焼かれては“薄刃伸刀”の詠唱ができない。
中途半端な回復では癒えるまでに時間がかかってしまう。一瞬のロスは大きな命取りだ。瞬きを何分割にもした超速の戦闘では、特に。
今は、とにかく、攻撃を!
ごり押しで良い。辛勝で良い。無様でも良い。欲しいのは勝利と、新たなる力だ。
――ルナさんを救うための力を!
それさえ手に出来るのなら、他は何も要らない。
だから、死ね。
早く死ね。
俺に、オマエを寄越せ!
目眩。関節の固着。それ等の症状が出始めていた。酸欠だ。血糖が下がりすぎている。湧き上がる嘔吐感と、押し寄せる焦燥感。
このまま死ぬのか、と。心が弱気な悲鳴を上げていた。それを遮断し、押し込み、死が迫る時を数えながら二刀を振るう。
――来たぞ、死が。
もう目前であった。
――見えるぞ、死の瞬間が。
あと数秒であった。
だが、しかし、それは竜も同じであった。
必死という言葉の意味を、ここに至って理解する。回復を施し、全てを捨てて、なり振り構わず、目の前の肉を、ただ掻き分けていく。
そうすれば、ほら、見えた。
「よッ、――コヒュ、寄越せぇええ!」
開かれた胸の中。赤熱しながら脈打つモノがある。竜の、心臓だ。
巨体につり合わない大きさ。掌に収まる小さなそれ。
「うゔぅ!」
腕を伸ばし、掴み取る。熱い。掌が少しずつ溶けていく。構うものか。繋がれた太い管群を切り裂き、引き抜く。
「ゔあッ!」
かぶりつく。“竜の因子”がそうしろと言っていた。口内に激痛が走り、喉が熱と異物を吐き出さそうと躍起になる。
頬に穴があいた。たぶん、喉にも。ポーションを使いつつ、無理やりに呑み下す。
「────ッ! ──ッ!」
竜が、泣く。絶望と逃避の哀叫。生きたまま心臓を喰われるという無慈悲な光景を目の当たりにし、己の命が失われていく現実に、泣く。
酷いとは感じる。だがやめる気はないし、もう遅い。お前の心臓は、俺の中にある。
心臓が熱かった。燃えていると言われても信じられる程に。
変わっていくのは瞬間ごとであった。肉体が作り替えられる事実と、その力をどう使うべきかを理解していた。
竜合。己と竜の心臓を合わせ、昇華する力。
身体構造の改変を基盤とし、三つの技能が付随する。
これは、最高の力だ。
変わっているのは“鬼顔の面被り”も同じであった。そこから優しい熱が流れ込み、意志というものを強固にし、俺という存在を頑強に変えていく。
「■■■■■ッ!」
竜が啼く。炎を召喚するために最後の力を振り絞って。残された生命を掻き集めて。
「御立派」
さすがは竜である、と。賞賛が漏れたのは無意識の事であった。
心臓を取られて動ける生き物がいるか? 死が決まっていても戦い抜ける存在があるか?
彼は竜。多くの物語において最強として描かれ、それはこの世界でも同じだ。終わるまでは止まらない。
なら、止めてやるよ。
新たなる技能へと意識を傾ける。竜合によって手にした力。人の身でありながら竜の肉体を得る能力。それは、竜を殺すための武器そのものだ。
「――“竜人特化”」
ガチャリ、と心臓から音が鳴る。鍵を開けるような、箱を開くような、心地良い音。そこから力の奔流が解き放たれて、全身に広がっていく。
骨と、血管と、筋肉繊維が啼いていた。力が漲る。視界に映る全てがドロリと遅く、緩やかに。雨粒がゆっくりと落ちていて、その中に自分を見る。
「ゔぇええ!」
吐血。内臓が悲鳴を上げている。そこだけが人のままだ。
HPが見る間に減少していく。MPとスタミナも。
使える時間はそう長くない。だから。
「行くぜ? ――薄刃伸刀」
オクタへと突進すべく“迅雷”を発動し、脚に力を込める。瞬間、翔んだ。
遅行する世界の中で、俺だけが高速で動いていた。彼は明確に怯えを見せて、それでも炎を展開せんと足掻いている。
「ああああッ!」
二刀を振り抜けば、掌に伝わる硬い手応え。押さえ込み、振り切る。
首を刎ねる。首が落ちる。それだけ。
あっさりとした事実。あっけない結末。
そうして、視界が霞む。
『おめでとうございます! 呪われし聖域“オクタ”のボス、オクタの討伐が確認されました!』
『“竜棲む雨林”に設置された転移ゲートの使用権を獲得しました!』
『隠し拠点“竜人の隠れ里”への進行権を獲得しました! シークレットエリア“竜峰タララカン”への進行権を獲得しました! ポータルおよび転移ゲートが使用可能になります!
『聖域解放報酬、ならびにソロ撃破報酬を獲得しました!』
『おめでとうございます! 称号【竜狩り】を獲得しました! スキル【竜狩り】が獲得可能になります!』
『おめでとうございます! 聖域“オクタ”が解放されました! ゲームクリア条件が開示されます!』
『これより大規模アップデートを行います』
まどろむ視界と意識の中で、掲示板に書き込むの忘れたなぁ、と。アナウンスを聴きながらそんな事を考えていた。
目覚めたら書き込んでみようか。初めてのそれが謝罪になるのは、ああ、何とも俺らしいではないか。




