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50話 “竜狩り”になる理由

 



「ヘラっち、いきなりコレは無いんじゃないかなー?」


 ちーころさんの言葉を無視して扉を開ける。

 そこは“ナイトメア”のギルドハウスである。外観は要塞のようで、見張り役がそこかしこで目を光らせていた。


 ――ヘラっち、一緒にナイトメアを潰さない?


 それが彼女の提案であり、俺の目的に沿う可能性が高いものでもあった。

 だからこうして、わざわざ第二の拠点“石の都バンホルン”にまで出向いて来たのだ。まあ、西ガザンエリアのボスはキメラ・ミュータントよりも弱かったから一日で来れたけれど。


「ちょい、聞いてるかいヘラっち?」

「ん、ええ。潰そうと言ったのはちーころさんだよ」

「うん、言った。言ったなぁ、あたし」


 何度か頷き、そうした後に目と口を大きく開いて。


「けどいきなり乗り込むかねッ⁉︎」


 勢いよく叫ぶ彼女は、はっきりと言えばうるさい。苦手なタイプだ。


「別に今すぐ何かしようってわけじゃない。まずは話し合いだよ」

「いや、まとも。ヘラっちにしてはまとも。けど、ナイトメアはそんな平穏な奴らじゃないんだよねー」


 まだ何やら言い続けるちーころさんをやっぱり無視して、ギルドハウスに入っていく。

 そこは外観から受ける印象と同じく、砦のような様相であった。強固な石造りの建物で、やけに広い。数百人が暮らせるだろう。


「で、兄ちゃん、何のようだ?」


 目の前に立つのは虎の獣人。身長は2メートルを越えていて、強さもなかなかだ。背後にもゾロゾロと手下らしきプレイヤーを連れて。

 らしいと言えばそれまでだが、緊迫感や敵意はない。本当に、俺が何をしに来たか分かっていない雰囲気である。


「おい、聞いてんだ。何のようだ? その女が一緒ってこたー、ギルドに入りたい、って感じじゃねーな」

「ふざけんなクソヤロー」


 ちーころさんの悪態に虎男がニタリと笑う。知った顔なのかな。


 どうも。俺はヘラ。ギルドマスターである亜凛さんに話があって来ました。そんなふうにお辞儀をしつつ名乗れば、彼らからざわめきが放たれる。有名人って面倒だな。


「へえ? ()()ヘラがウチのマスターに。アンタとは何の絡みもねぇ筈だが。もしや、アンタの身内をPKしちまったかい?」

「まあ、それくらいなら良いのですが。他人のプレイスタイルに吝をつけるほど偉くはないんで」


 がはは、と虎男が笑う。本当に何も知らないのか。だが、だとしたら、なかなか手強いギルドだなと。

 情報の統制ができている。さらにはメンバー管理も。


 俺が考えていたよりも巨大かつ統率されたギルドらしい。


「で、会えますかね? 要件は彼が分かっている」

「……まあ、少し待ってな。一応は聞いてくるぜ」


 客人に手ぇ出すな。そんな言葉を残して虎男が奥へと入っていく。気持ちの良い人である。


「ちょっとヘラっち。マジで話し合うつもり?」

「ええ。ちーころさんの情報を精査しないと」

「ヘラっちはさー、すっごい正直者なんだろーね。あの悪魔が“はいそーですよ”って認めるわけないって」


 ちーころさんは呆れた表情で言った。初めて見せる人間らしい感情であった。

 この人は、どこか、壊れている。人としての大切なナニカを喪くしている。それはきっと、このギルドに関係しているのだろう。じゃなきゃ俺に同盟など求めない。“十二戦士”を頼れば済むのだから。


 まあ、どれもこれも俺が言えたことではないけれど。


「よぉ。マスターが会うってよ」


 いつの間にか虎男さんが戻って来ていた。男臭い笑みは清々しくもある。少しだけ、彼に興味がわいた。


「改めまして、俺はヘラ。あなたの名前は?」

「……クリッツ。別に覚えなくても良いぜ」

「なぜ、クリッツさんはPKを?」


 おいおい、と。背後のちーころさんから溜め息混じりの苦笑いが飛んでくる。今こんな場所で聞くことじゃないだろ、と。

 だって気になるじゃんね。


「それ、真剣に聞いてんのか?」

「ええ、真剣に尋ねてますねぇ」


 クリッツさんは頭を豪快に掻きむしり、そうしてニヤリと笑った。やはり男臭く、嫌いになれない晴れ晴れとした笑顔であった。


「強い奴と戦いてぇ。プレイヤーとな。それだけだ。最近、ギリギリで、ハメられて殺されちまったけどよ」


 そう言って見つめるのはちーころさんだ。


「何がギリギリだよ、豚野郎。次は細切れにしてやんよ」

「汚ねぇ手段で勝っておいてよく言うぜ。ウチの幹部を拐ったのはお前さんだろ。あれ以降、どっかに消えちまった。何をしやがったんだ?」

「髑髏のエンブレムを着けてる幹部連中は片っ端から痛めつけてあげるー。てか、あんたまだ貰えないのかよ?」


 因縁の仲ってやつか。犬猿の仲、かもしれないが。

 ちーころさんと良い勝負をしたのなら彼は強い。


「答えになったかい、トッププレイヤーさん」

「ええ、十分に。ならば、あなたは俺にとって敵じゃない」

「ああん?」


 強い奴と戦いたい、ね。なんと真っ直ぐな答えだろうか。

 PKには彼のような人も居るのか。やはり手強いギルドだ。


 盟主の亜凛という人は頭が切れる。そして、ろくでなしだ。クリッツさんのような直線的な人を駒にする冷徹さも持っている。

 人を、何とも思わないクズ。今のところはそんな印象だが。


「クリッツ、客人はどちらに?」


 エントランスに響く透き通る声を聴いた瞬間、彼が()()なのだと理解した。人垣の向こうから発された声の持ち主こそが、ナイトメアの盟主だと直感した。


 ただ、思っていたのとは随分ちがう。


 背後から歯軋りが鳴る。ちーころさんだ。よほどの怨みがあるらしい。


「すまないね、皆んな。通してくれるかい?」

「おら、道をあけろ! マスターを通せ!」


 現れたのは小柄な男性だった。種族は人間。職業は分からない。ローブ姿からは魔術士の印象を受けるが、身のこなしは近接タイプに見える。

 刃物のような目つきだ。それは全身から放たれる雰囲気も同じで、抜き身の刃を思わせるほどに鋭い。

 この、視線。俺の全てを見られているような。もしかしなくても“看破”スキルだろう。


 違和感があった。何か、システム上における強さとは別種の、だがしかし、獅子丸くんのような現実における身体能力お化けとも違う、気味の悪さ。

 簡単に言えば、戦わずとも敗北が()()()いた。“先見の眼”が負けると教えていた。


「どうも。俺はヘラ。あなたが亜凛さんかな?」

「ええ。ギルド“ナイトメア”のマスターを務める亜凛です。今日はどういった御用件で?」

「ルナリアス、というプレイヤーに関して質問したい」


 うわぁ、どストレート。ちーころさんがそんな事を言っている。どうせ様子見なんかさせてくれないし、したところで意味があるとも思えない。だから、これで良い。


「ほう。ルナリアス。なるほど、彼女はヘラさんと共に攻略しているのだとか」

「いいえ? たまにご一緒するくらいですが」

「ふぅむ。いや、しかし、知っていますとも。なにせ、彼女は僕の婚約者ですからね」


 場が騒めいた。驚きで埋め尽くされた。俺でもちーころさんでもない。

 驚愕したのは、ナイトメアのメンバー達であった。


「マスター、マジですかい? ()()、ルナリアスが?」

「ああ、幹部以外には言って無かったかな? 彼女とは現実で仲良くしていてね。お互いに忙しい身だから、このゲームの中で新婚旅行をするつもりだったんだよ」


 それが、こんな事になって残念だ。彼はひどく芝居掛かった身振りで言った。


「いつも我がフィアンセが迷惑をかけてすまないね。彼女はあれで短気なところがある」


 確かにね。シークレットボスに腹を立てて魔術を撃ち込むくらいだから。


「それで、ヘラさんが聞きたい答えにはなったかな? それとも、聞きたくなかった事実だったかな?」


 亜凛さんが笑っている。いや、嗤っている。勝ち誇るような笑みを張り付けて。


「今後とも彼女を宜しく頼むよ。では、お帰りを――」

「いや、待ってください。俺は何も質問しちゃいません」

「……なんだと?」

「だから。まだ何も質問していないのですが」

「彼女と僕の関係を知りたかったわけではないと?」

「それ、知っていましたから。ルナさんもそう言っていたし」


 そんな事を聞くためにエリアを攻略してまでわざわざ来たりはしない。


「……では、彼女の何を知りたいのかな?」


 何を知りたいか、だって?


「何を? ああ、うん、彼女の何を知りたいか、と言えば、全てになるけれど。そうか、そう質問されると困ってしまうな。彼女の何を知りたい、か。これは、難しい質問だ」

「…………きみは、何を言っている?」

「え? いや、あなたが質問したんだよなぁ、“ルナさんの何を知りたいのか”って。だから、少し困ってしまった」

「質問を要求したのはきみだろう?」

「そうだなぁ。しかし、質問しようとする俺を無視したあなたが質問をして来たから困ってしまった。で、そろそろ俺が質問しても良いかな?」


 そう尋ねてみれば、彼は頬を震わせて怒りの表情を浮かべて見せた。

 背後のちーころさんは笑っていて、ヘラっちは人をおちょくる天才だ、とか言っている。なんと失礼な。心外なのですけど?


「質問を、許可しよう」

「あ、許可制だったのか。それは失礼を。だからあなたばかりが話していたのか」

「……早く言え。何が聞きた――」

「お前は、ルナさんを無理やりに従わせているのか?」


 おっと、いけない。声に感情を乗せ忘れてしまった。しかも尋ねたい順番も間違えてしまった。

 まあ良いか。ナイトメアのメンバーは怯えてくれているし、いくつも質問を重ねるのは面倒だし。


「おい、俺は尋ねているんだぜ? ルナさんがやりたくもない事を、あんたが無理やりにやらせているのかって」

「……ふふ。思っていたよりも直情型だな。彼女ときみは良いコンビだろう」

「あんた耳は確かなのか? それとも俺の質問が理解できないほど馬鹿なのか?」


 風切り音が鳴った。正体は飛翔する細身のナイフであった。

 柄の部分を二本指で掴み取り、掌でクルリと回し、刃に触れないようにして彼に柄を向ける。


「返しましょうか?」


 彼は憎々しげに睨みつけるだけでナイフを受け取ろうとはしない。

 ふむ、と息を吐いてナイフを仕舞う。貰えるものは貰っておこう。これも貴重な情報なのだから。


 それにしても、いつ投擲されたのか分からなかった。見えもしなかった。“先見の眼”さん、ありがとうである。


「質問に、答えよう。()()は僕に逆らえない。現実における仕事の関係でね。ここまで言ってあげればきみでも理解できるかな?」

「まあ、理解できたかな」


 こんなにあっさり認めるとは考えてなかったけれど。


「ああ、そうだ。一つ忠告を。()()と今後関わるな。約束できるのなら、ナイトメアのマスターとしての僕が“きみを捕まえて監禁しろ”などという物騒な命令をせずに済む。さあ、お帰りを。ただし、死に戻って貰うがね」


 一斉に囲まれた。ほら言ったのに! とちーころさんが文句を言っている。

 いや、意味が分からないけれど。


「どうして戦闘を?」

「ナイトメアはPKギルドだ。そして、きみはそんな我々に喧嘩を売りに来た。ただで帰らせるつもりはない」

「喧嘩? 俺はそんなもの売ってないぜ? 質問をして、答えを知れたから帰りたいのだけど?」

「……我々に敵対しに来たのではないと? きみは、さっきから何を言っているんだ?」

「だから。あんた等がどんな活動をしようが、どんなプレイスタイルを選ぼうが、俺には知ったことじゃないって話」


 腰抜け野朗、と罵りの声が聴こえた。それも複数だ。当然、亜凛も。おまけに背後のちーころさんまで。


「我が身が大事か」

「そりゃあねぇ」

「惚れた女を悲しませる男が居るんだぞ? 目の前にだ。なのに何もせずに逃げ帰ると?」

「惚れてる? 俺が? そうなの?」

「……違うと言うのか」


 ほぉん? やはり、考えていたような男とは違ったな。思慮深く、怜悧で、感情を完璧にコントロールする。そんな奴だと考えていたが、少しばかり残念だ。


「逃げてるつもりないが、俺はあんたなんかどうだって良いんだ。大切なのはルナさんで、助けたいのも彼女だ」

「……質問をかえよう。なのに、元凶を放っておくのか? 元凶が自ら()()だと言っているのに?」

「質問が好きな野朗だな」


 でも、答えてあげようか。


「心が問題だ。縛られているのだ。そちらをどうにかした方が効率的で効果的だ。それは武器を振るったところで解決するものではないのだ」

「……きさまは、本当に、何を言っている?」

「え。あんたの質問に対する答えだけど?」


 分からない、か。何と言ってあげれば良いのか。


 そうだなぁ……元凶をこの世から消したとしても、それは彼女にとっての解決にはなり得ないだろう、って話さ。洗脳されたりした人間が、洗脳した奴を誰かが殺してやったって一生操られたままでいるのと同じように。

 それってのは、つまり、彼女自身の問題なんだよなぁ。だから、今ここで、俺があんたを“このさき生きていたくない”と思わせるほど徹底的に痛めつけたところで、彼女の心は前進しないのさ。

 だから、あんたに構ってる時間は無いんだよ、と細かく説明をする。


 彼はやっぱり頬を震わせながら怒っていて、その分こちらは冷めてしまう。


「取るに足らない奴は相手にしないのさ」

「……きさまにそのつもりが無くとも、此方にはあると言ったら?」

「なんで?」

「これでも現実の僕は顔が広い。そして金持ちだ。あるゲームの筆頭スポンサーになれるくらいには。頼まれごとをされたりもするのだ。たとえば、一人のプレイヤーを殺――」

「あ。大切な質問があった」

「……きさまこそ耳はついているのか?」

「目まで悪いのかよ、可哀想に」


 耳は当然ついている。皮肉が下手だぜ。


「ルナさんは、今ここにいる?」

「……教育をし直す予定だ。婚約者がいる身でありながら、他の男に“大好き”などと言う女には必要だろう?」


 あの会話を知っていると。そういったスキルなのか、それとも原始的な方法なのか。


 なんにせよ、だ。


「じゃあ、取り返しに来るよ。てことであんたは敵だ」


 ちーころさんが大剣を抜く。さすがヘラっち、と叫んでる。とんだ勘違いである。


「潰せるとでも?」

「さあ? だが、ちーころさんとなら、二百人の格下プレイヤーくらいわけないかなぁ」

「間抜け。その三倍だ」


 間抜けはお前だ。ペラペラと喋りやがって。


「というわけで、さようなら」


 振り向き、“迅雷”を発動。ちーころさんを拾い上げる。

 入り口の扉を蹴破って前進前進。背後からは様々な怒声が奏でられているが無視である。


「ちょっとヘラっちー! 潰すんじゃないの⁉︎」

「逃げるよ。二人で六百人とか無理だし。俺、対人戦したことないし」


 まずは仲間を募らないと。


 けどまぁ、あてはある。そして彼等なら応えてくれるだろう。さらに、文句なしの戦力だ。


 さあ始めようぜ。戦争をさ。


 だからまずは、“竜狩り”ってヤツに成っておこうか。




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