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48話 ヘラの容量とデスゲームの可能性

 



 炎が走る。それは黒く、何一つ焼かなかった。壁も、床も、天井も、並べられた本すらも。


「ぐぅ」


 なのに、俺だけが焼かれている。俺だけを焼くために生まれたと言わんばかりに。

 実際には躱せている。“先見の眼”は絶好調で、炎の軌道を余すとこなく視せている。だが、全身に走る幻痛は一つの事実を示していた。


 ――あたれば死ぬ。


 たぶん、掠るだけでも。

 当然だった。俺を殺す為だけに創られた炎なのだ。他のものには一切の影響を与えず、俺という存在を消すことだけに全てが注がれているのだ。

 だから、簡単に俺を焼き殺す。

 前に踏み込めない。炎の射出はデーモンの腕から。近付けば危険度は増す。何より、彼自身も漆黒の炎をまとっている。


「とくベツ、なッ、ほのオです! あナた、の、ためダケの! ふれ、レバ、あなた、ジ、ジぬ!」

「らしいな? 俺のスキルもそう言ってる」


 自ら明かされちゃ興醒めだけれど。


「少しは楽しくなってきた」

「ガガガッ! ナにッ、よリデス!」

「なんだよその笑いかた。気持ち悪い」


 でも、じゃあ、近づかなければ良い。


「フラッシュ、ホーリーランス、ホーリーウィプス」


 神聖魔術が色々を破壊する。執務机とか、本棚とか、趣味の悪い美術品とか。ついでに、漆黒の炎も。


「ギャアア!」

「その叫びかたは好きだぜ――セイントウォーカー、薄刃伸刀」


 身の丈3メートルに迫るデーモンの巨体を縛り上げ、前へ。一気に肉迫。まずはその岩みたいな皮膚の硬度をチェックしましょうか。


「ギャアア、アア、アはっ、ガガガッ!」


 ギョロリ、と不気味な目に射抜かれる。その顔は愉悦に浸り、歓喜に満ちていた。


「――へぇ?」


 再び生み出される漆黒の炎。“セイントウォーカー”が掻き消される。

 魔術は効いちゃいなかったというわけだ。わざわざ叫び声まで上げての誘導だったと。


 巨体が炎をまとう。歪な腕が炎を射出する。それが、すぐ目前にまで迫る。


「おろカ、もノめぇエエエ!」

「お前がな」


 全身を深く沈め、さらに前へ。地を這う姿勢でさらに一歩。


「とう」

「――あ」


 どさり。そんなありきたりな音を立てて腕が落ちる。“薄刃伸刀”は防げないらしい。


「むダぁああ!」


 おお、腕が生えた。すごいな、それは。


「おっと」


 大きく退避。壊れた執務机に身を隠す。が、炎の勢いが強く、乗り越えながら迫ってくる。

 室内を駆け回る。炎から逃れて逃れて、スタミナポーションを飲み干し、その空瓶を全力で投擲すれば。


「――ガッ⁉︎」


 頭に激突。炎が止む。


「うはは。間抜けだよな、お前も、あの神も」

「きサッ、キサまぁ、ニンゲン、でハないナッ!」

「真面目に人間やってるぜ。お前に比べたらよっぽどな――薄刃伸刀」


 と言いつつも自信はない。半分ほどはやめてるかも。


「ふざッ、けルなァア! ヒト、は! アノようなシせいデは、ハシ、れぬ!」


 あの低姿勢か。できるんだよなぁ、俺はさ。


「で、いつまで喋ってんの?」

「ギャアア!」


 腕を断つ。二本ともだ。そのままお喋りしてくれてれば良いのだけど。


「ムだぁアア!」


 知ってるよ。でも無意味ではない。


 瞬時に炎が発現し、腕が再生する。また駆けっこだ。


 室内を駆け回り、スタミナポーションを飲み干し、空瓶を投擲する。炎が止めば攻撃に移り、すぐさま距離を取る。


 それを何度も繰り返す。そろそろ、かな?


「ギャ!」


 首を、薙ぐ。ひどく硬質な音が響き、やはりと言うべきか彼の頭は胴体と繋がったままであった。


「シッていルぅ! キ、サマが、くびを、ネらうと!」


 だからそこを強化してきたわけか。感じる雰囲気から察するに、胸や腹も。


「間抜け。全身を()()すれば良かったのにな」

「じゅウぶン!」


 そうは考えないね。腕ならいくらでも切断できる。

 だが、しかし、再生するから大丈夫。その間の隙も急所は守れる。


「ゆエにっ、ギさま、ハ、しヌ!」


 はいはい。ずーっと言ってろ。

 自分の力に酔えるのは幸せだ。現実に気付きもせず、事実に目を向けようともしない。

 俺が死ぬ? なら、今の状況は何だ? スタミナポーション以外は一つも失っていない。だが、あんたは何度も何度も腕を失っている。


 無意味ではないのだ。全ては繋がっているのだから。


「しつ、コいゾッ!」


 当然だ。何度でも繰り返すさ。何時間だろうと延々と。


「お前が弱体化するまでは」

「あア?」


 そして、既に()()は起きている。


 漆黒の炎が走っていた。止まることなく俺を追っていた。しかし、最初ほどではない。


「物事には容量があるんだよ」

「ア?」

「特に、人間にはな」


 人には容量がある。

 処理できる仕事量や、向き合える悩みや、解決できる問題。それらを同時に抱え込める負担とか。なんなら一度に愛し合える異性の数にだって。

 容量を越えた途端、人の精神は破綻する。若しくは、肉体が崩壊する。とても簡単に。


「ガガガッ! ワタ、しは! すデに、ニンげンではなイ!」

「でも、生物だろ」


 だから存在するのさ、容量が。


 だって、ほら。


「あれれ? 炎、弱くなってるぜ?」

「ハぁ?」

「意識、散らすなよ」

「ガッ!」


 空瓶を投擲して前進。腕を切り飛ばす。そうして退避。無理はしない。

 ここまで来て積み上げたものを無駄にするのは間抜けだ。ゴールは目前なのだ。


 だから、同じように、退屈な繰り返しを。


 投げて、意識を散らして、攻撃する。

 物は何でも良かった。投げやすいものであれば全て利用する。だって、燃やされもしなければ弾かれもしないんだから。


「ナッ、なゼだ⁉︎」


 それは明らかだった。炎は既に脅威では無くなっていた。いや、触れたら死ぬのだから脅威ではあるが、しかし、“先見の眼”に頼らずとも楽々と躱せるほどになっていた。


 事ここに至って彼も気付いた。炎を撒き散らしながら必死に抵抗する。腕を切られまいと逃げ回る。

 やっと実感したのだ。己の力が減っていると。

 今さらになって理解したのだ。己は最強などではなく、他の生き物と同じなのだと。


 炎の発現も、腕の再生も、何なら23名ものプレイヤーを縛りあげるスキルにだって対価を支払っている。対価となるモノには容量がある。そんな当たり前の現実を見たのだ。


 さて。そろそろ王手を。


「キさマぁああ!」

「うははっ! だから言ったろ、お前もアイツも間抜けだって」


 執務机の天板を盾として前進前進。だって燃えないし。威力が弱いから乗り越えても来ないし。


「なゼだ! ふれ、ふれレバ、しヌのだゾ! シぬ、ことハないト、たかヲ、ククっていルのカッ!」

「いや? 掠っただけでも死ぬと解ってる。でも、だから、触れなければ良いじゃん、って話」


 俺を殺すために全てを注いだ炎は、だからこそ他にとっては無意味な炎なのだ。つまり、周囲には無敵の盾が幾つも転がっている。使うに決まってるさ。


 全てを焼き尽くす炎にすれば良かったな? 全身を切れない硬度にすれば良かったな? 無限に炎を生み出せるようにすれば良かったな? 気味の悪い腕群を自身に纏えれば良かったな?


「でも、そうしなかった。いや、出来なかった」


 だから、お前等は間抜けなんだ。まぁ、仕方ないよな。全ての物事には容量がある。つまりそれは、お前の容量でもあるわけだ。残念なことにね。


 そう吐き捨てれば、彼は黒一色の目を見開いた。


「きょうふは、ないのか。どうして、まともに思考できる。僅かで、も、触れれば、死ぬ、のだ。死ねば、終わりなのだ」


 ああ、そうだな? けど、だから思考するのさ。


「俺が、死への恐怖に呑まれて絶望するとでも? 思考を止め、簡単な事実に気付かないとでも? 気付いたとしても動けないと、そう考えていたのか?」

「それが、普通なのだ。解ろうとも、動けないのだ――だ、だって、終わりが見えているのだから、今この瞬間に、炎の勢いが増すかもしれないと、別の何かがあるかもしれないと、そう考えて……それが、生き物の、原理なのだ」


 そうかよ。じゃあ、俺では期待には応えられない。


「こんな俺でも、命くらいは懸けるのさ」

「な」

「てことで、今からあんたを殺すよ」

「あ、あぁ――」


 腕を切り飛ばす。何度も、何度も、何度も、何度も。


 彼は既に抵抗をやめ、立っているだけの木偶に成り下がっていた。へパス神、へパス神と繰り返し呟くだけの人形になっていた。

 目から涙を流し、口からは涎を垂らし、股間からは雫が溢れていた。


 それでも切り続ける。慈悲などない。そんなものは、持ち合わせちゃいないんだ。

 憐憫など感じない。どういった経緯にしろ、彼が俺を殺そうとした事は変わらない。


 ――俺は、敵には容赦しない。絶対にだ。


「だから安心しなよ」


 そう言えば、彼が視線を向けて来る。虚ろで、空っぽで、闇に染まった瞳だった。

 強固な皮膚が剥がれ始めた。肉体が萎み始めた。“先見の眼”は何一つ危険を知らせてなかった。見える肌は人のものだった。その肉体は、細身の人間だった。


 綺麗な首だな、と。そんな事を考える。日にも焼けず、力仕事もせず、ずうっと敬われて生きて来たのだろう。

 その分だけ多くを託され、重きを背負って来たのだろう。


 そんな彼もまた、逆らえない存在に操られた。


「へパス神……わ、わたし、は」

「奴は来ないぜ」


 絶望している。とても分かりやすい表情だった。


 その首に、二刀を添えて。


「あんたは確実に死ぬ。俺は、哀れみなどしない。最後まであんたを敵として認識するし、難敵だったと認めよう」

「あ、あ――ああ……」

「だから、安心して死んでいけ」


 刀を振り切る。最期くらい、せめて一瞬で。何も感じぬように。

 これまで切り取ったどの首よりも柔らかい。“薄刃伸刀”を発動せずとも、格下であっても、なんの障害もなかった。


 ゴロ、と。最後までありきたりな音を立てて、彼の首は転がった。



『おめでとうございます! シークレットイベント、“神の狂気”が攻略されました!』


『イベント参加者に報酬が与えられます!』


『イベント“神の狂気”の攻略において最高条件が満たされました!』


『対象者に特別報酬が与えられます!』


『祭壇が機能を取り戻しました! 覚醒、及び転職が可能となります!』



 これもイベントでした、ってか?


 本当にクソったれだよなぁ。


「来ないんだな?」


 どこかにお出かけかい、へパス神。そんなわけねぇか。見てるんだろ、今も。


「お前に俺はどう映る?」


 是非とも教えて欲しいね。


「なあ、神様――俺の容量はどれだけだ?」




──────


────


──




 騎士団が乗り込んで来たのはすぐの事だった。俺は司教殺しの罪人として連行され、今は地下牢にいる。

 悪い待遇ではない。食事も水も出されるし、騎士達からの取り調べもない。悪い気持ちでもない。苛ついた心を静めるにはうってつけの場所だ。


 ただし、厳密には一人じゃない。鉄格子の向こう側には、23名のプレイヤー達がいる。

 不気味な腕から解放された彼等はすぐさま俺を取り囲んだ。騎士達から守るためだ。それを固辞したのは俺だった。


 そうして、俺は大人しく地下牢にいる。

 彼等は面会人で、騎士の一人も警戒についていない。俺への措置は表面的かつ対外的なものだろう。

 だからと言って納得できない人もいるようで。


「ラーさん……こんなの」


 ルナさんの暗い表情はあまり見たくない。笑顔にする方法も分からないけれど。


「仕方ないよ。実際に殺したし。それに、あそこで逆らえば全プレイヤーにとって良くない」


 種族覚醒も、転職も、聖都での死に戻りもできなくなる。案外、許可してくれるかもしれないが。逆らったところで事態が好転することはないだろう。


「だけど!」

「だからこそ、俺は大人しくしてるよ。勝手な行動で迷惑をかけるのは嫌だ」


 ね、トルチネさん、と言ってみれば、彼女は黙って俯いてしまった。べつに嫌味を言ったわけではないのだが。


「ヘラっちは悪くないよ。あのままじゃマジで現実でも死んでたんだしさ。むしろ大英雄だよ! 祭壇だってヘラっちナシじゃ無理だったよぅ」


 ちーころさんがあっけらかんと言う。誰もが口にできず、しかし考えているだろう事。


 ――デスゲームなんて、本当にあり得るのか?


 あり得るはずがない。だってゲームなんだから。


 でも、死に戻りの場所を設定して、其処が破壊されたとしたら? そのまま敵に殺されたら?

 そうなったらキャラクターを喪失するか、何かしらの制限が掛けられるか。このゲームならそれくらいの事は平気でやって来るだろう。

 拠点を強襲されるってのはイベントとしちゃありがちだ。それに備えてプレイヤー達が団結し、オンラインでの仲間意識が芽生える。そんな、楽しくも燃えるイベントなのだろう。本来なら、だけれども。


 しかし、今は?


 ゲームの中に閉じ込められた今、()()は何を意味するんだ?

 ログアウトできない状況で、死に戻りができず、そのまま戦いの中で殺されたら、プレイヤーはどうなってしまうんだ?


「あるわけ、ないじゃん……あるわけないじゃん!」


 アンドロ子さんがヒステリックな叫び声を上げる。他の皆んなも似たようなもので。


「だって、だってさ! ゲームじゃん! ホントに死ぬなんて、そんなのあり得ないじゃん!」

「でもまぁ、幽閉されてること自体が有り得ない現象ですらかね。むしろVRだって無理でしょう?」


 そう言ってみれば、ビックリしすぎて疲れてんだよ! と彼女は叫んだ。


「アンタはなんでそんな落ち着いてんだよ! 意味わかんないくらい強いしっ、死ぬって言われてんのに怖がらずに平気で戦うしっ、クリエイターが暴走してるって言うしっ、ソイツに命狙われてるとかっ、本当に殺そうとするとかっ、意味わかんないじゃん!」


 前半以外は同感である。本当に、意味わかんないじゃん、だ。

 俺だけを狙ったイベントであるのが救いであった。しかし今後、拠点や神殿を破壊されるイベントが無いとは言えない。まともな運営であれば幽閉された状況でそんなイベントは発生させないだろうが、今もしも“拠点強襲イベント”が起きたら?


 最悪の場合、一万人もの人間が現実で死ぬことになる。若しくは“宙ぶらりん”になる。


 アンドロ子さんはそれを恐れている。他の皆んなも。


「アっちんは大げさだなぁ」

「はぁ⁉︎ ちーころみたいに能天気じゃねーんだよ! ウチは――」

「だってさぁ。ヘラっちのおかげで今わかったから良いよねー。対策できるし」


 やはりあっけらかんと、ちーころさんは当たり前のように言う。


「これがいきなりゴッドレスの神殿だと、ヤバー! ってなるけどさ。ね、ヘラっち」

「ええ、そうですね」


 幸いにも今回の対象地点は聖都であり、標的となっているのも俺だ。

 そう。ゴッドレスに比べれば何のことはない。

 いきなり一万人近くもの人間が死に戻り地点を失う。()()が何を意味するのか分からない以上、楽観などできるはずもない。しかし、悲観するべきでもない。

 打てる手はいくらでもあり、今の時点で気付けたのは幸運であった。


「問題は、これを知った俺達がどうするか、ですね」


 言葉を向ける先はタチミツさんとティータンさん、そして剛くん。考えるべきは俺の仕事ではない。得意の丸投げである。


「公表すれば精神を病むプレイヤーが続出すんぞ。俺も、実際に怖えーし」


 剛くんは正直者である。そう言えるのなら彼は大丈夫だろう。


「けど、隠しておけるかなぁ」


 ルナさんの意見は当然で、警笛を鳴らすという意味では公表すべきである。

 しかし剛くんの意見も無視すべきではない。


 どうするべきか、誰も、何も言えないでいた。


 沈黙を破ったのは、やはりこの二人。


「安心したまえよぉ、少年。人間は、そんなに弱くないでしょーよ」

「悪意に負けず、脅威には団結し、敵意を打ち返して来た。そうして我々は生きて来たのだ」


 ティータンさんとタチミツさん。彼等には悲観した様子は少しもない。

 この二人のことだから、きっと事前に予測していたのだろう。だから強者を集めたり、攻略に対して真剣に向き合って来た。アプローチは違えど、二人は今を想定していたのだ。


 大人だな、と。頼りになるなぁ、と。俺のような自由気ままに旅をする駄目人間とは違う。


 という事で。


「さて。方針は今後決めるとして、どう公表すべきかもお二人に任せるとして、では、皆さん、さようなら。機会があればまた遊びましょう」


 そう言ってみれば、23名分の“何言ってんだコイツ”が返された。


 ふん? もう彼等に用事はないのだがね?



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