47話 さて。第二ラウンド開始だ
聖都キュアリーは第三の拠点である。セカンドエリアへの入り口であり、打破すべきエリアボスは双頭大蛇やカーズド・ナイトより数段落ち。
そこでのイベントなのだから、こうなることを予想してはいたのだ。敵数は“死床山”より少なく、なのに24名ものプレイヤーで攻めているわけだし。
つまり、今回のイベントは呆気ないほど簡単だと。
問題は密集陣形をこじ開ける方法であり、そこからの連携だった。
一つ目はルナさんと俺が解決し、二つ目はタチミツさんという優秀な指揮官のおかけで上手く機能した。
確かにリザードマンは増え続けたし、強さもそれなりだった。
しかし敵の数が減れば余裕が生まれ、余裕は敵撃破を加速させる。“死床山”と同じ要領だ。
だから、今の状況に驚きはない。
既に攻略が見えていた。残るリザードマンは二十体ほどで、こちらよりも少数。膂力も防御力も高いことは高いのだが、こうなってはそれも意味を成さない。どれだけ強固な鎧と鱗を持っていようが、危険を冒さず、防御を破るまで何度でも攻撃すれば済む。
二十四人のプレイヤーで敵を囲んでいるのだ。彼等に勝機は僅かにだってない。ここまで数を減らした俺たちに少数で対抗するなんて不可能だ。
「ラーさん、いっくよぉ!」
「がってん」
ルナさんが魔法を放ち、俺が刈り取っていく。簡単だった。
空間の最奥。壁に埋め込まれた宝珠らしきものが音を鳴らして割れる。ルナさんの魔法すら弾いたのに呆気ないものである。イベントとはそういうものなのだろうけど。
『おめでとうございます! イベント“聖都の邪心”が攻略されました!』
『イベント参加者に報酬が与えられます!』
『イベント“聖都の邪心”の攻略において、想定よりも少数であることが確認されました!』
『対象者に特別報酬が与えられます!』
さて。イベントが一応の終わりを見せ、さすがのトッププレイヤー達も座り込んでいる。四時間にも及ぶ戦闘だったのだから仕方ない。
立っているのは五人。俺、ルナさん、ティータンさん、ちーころさん。そして、タチミツさん。彼は意地で立っているのだろう。指揮官が座り込むわけにはいかないものな。
今のアナウンスを聴くに、やはりまだ第一ラウンドらしい。これくらいが妥当だ。
「皆、お疲れ様。よくやってくれた」
終わりを告げるタチミツさん。皆んなも思い思いの方法で応えて。誰もが達成感に包まれていて。
なんだか、良いな。大人数での攻略は楽しい。考えていたのとは少しばかり違ったが、これでいて楽しめたという実感がある。
だが、しかし。
「あれぇ? おかしいねぇ?」
そう言ったのはティータンさんだった。
「どしたの、ティータンたん」
「その呼び方ぁ……。えーとだねぇ、祭壇は清めたと考えて良いんでしょーか、ってことだよ」
モンスターは殲滅した。原因と思われし宝珠も壊れた。なのに。
「はっきり言えば良いじゃん。まわりくどいんだよ、あんたって」
アンドロ子ちゃんひどいじゃないですかー。そんな文句を吐いているティータンさんに代わって言ってみる。
「アナウンスがありませんでした。覚醒や死に戻りが可能となった。そういった類いのことはいっさい」
妙な空気であった。では、何のために戦ったのだと誰もが表情に出していた。狐につままれる、とは今の彼等彼女等である。
違うのは俺だけであった。ここからが本番だと分かっているから。
「ということで、皆さん――第二ラウンドといきましょうか」
そう言ってみれば、誰もが同じ顔で俺を見つめる。つまり、何言ってんだコイツ、である。
目的地はすぐそこです、と移動を促す。
歩きつつ、互いの傷を癒しつつ、今回の元凶について説明していく。
元から異常だった。一介の助際がモンスターを召喚するだなんて。それも、この都市の存在意義である祭壇にだ。どれだけの破滅的思考であれば実行できてしまうのか。そもそも、ただの助際にモンスター召喚が可能だとは考えられない。
そいつ、イカれてんじゃねぇの? という剛くんの言葉を否定する。根拠はもちろんある。
なんであんたに分かるのよ、というポイさんの疑問はもっともである。他の皆んなも同じような思いだろう。
しかし、ルナさんだけが笑っていた。彼女の瞳には信頼が乗せられている。こそばゆいな。
「ラーさん、その人に会ったんでしょ」
そうやって見透かされてしまうと頷くしかないわけで。
「ヨハン、という男性です。とても、とても普通の人だった。さらに言えば臆病だった。目の前に殺人鬼が居たって動けないような奴だった。虫も殺せないような腑抜けだった」
俺を見る、彼の目。あれは、恐怖を克服できる人間の目ではない。加えて言えば、倫理観や世間体に囚われた目だった。
破滅的な衝動も、倒錯的な狂気も、なにも無かった。あるのは日常への強い憧れと、現状への大きな苦悩。
「よぉ、旦那。いつの間にそんな情報を入手したんだ? しかも本人に会ったってぇ?」
「あの時ですよ。初めに説明を受けた時。俺は途中で退出したでしょう? あの時に、聖都に暮らす人々から情報を得ました」
生き地引連合の皆さんには感謝感謝である。そんな連合があるのかは知らないが。
「あん時か。だから、お兄さんは“ここでやるべき事がない”って……“ここに居ても意味はない”って言ったのか」
「そう。あの時から違和感があった。彼等の説明は、あまりにも上辺だけだったから。彼等の言葉と態度が告げていた。件の助際がスケープゴートだと」
「それってつまり彼が犯人じゃないってこと?」
辰辰さんに首を振って、実行犯は彼だと告げる。
誰もが大きな疑問符を覗かせていた。さっさと答えを言え、と。
「あー、自分、分かったっす。ヘラさんがなんで“実行犯はヨハンだ”って言ったのか」
さすが獅子丸くん。俺たちはやっぱり似ている。
「獅子丸、良いでしょう、答えを言う許可を与えます」
ヨミさんに反応したのはティータンさんとタチミツさんであった。獅子丸くんの言葉を噛み砕けば、その先は簡単である。
「それってぇ、教唆犯が居るってぇことでしょーかぁ」
「計画したのは別の人物だと言うんだね?」
「ええ。黒幕、と言っても良い」
廊下に響く二十三名の足音は、どこか物憂げで、ひどく弱々しい。この先に何があるのか分かっているのだ。なにせ、戦闘前に訪れた場所なのだから。
誰も、何も言わなかった。まさか、と考えているのだろう。そんな彼等に現実を突き付ける。
「アンドロ子さん、あなたは教会の騎士団を見て言いましたね。これだけの戦力があるのだから自分達で解決しろよ、と。お前達が蒔いた種だろ、と」
「別に良いじゃん、文句くらい。って、そういう事じゃないって言いたいんだろ」
「ええ。それが答えなのですよ」
一つの部屋の前。そこで足を止める。
豪奢な扉であった。中も同じだと知っている。この部屋を使用できる人物が、それだけの大物だってことも。
「ここって……ヘラっち、マジ?」
「はい。残念ながら、マジですねぇ」
ここに至り、誰もが理解した。今回の騒動を引き起こした主犯を。正確には、俺が誰を疑っているのかを。
「繰り返しになりますが、元から異常だったのです」
聖都キュアリーは俺たち使徒を導くために築かれた。ただただそれを紡いで来た。
いつ現れるかも分からない使徒を待ち、それでも信徒達は希望でもって使命に生きた。
その、フロントランナーたる神殿が、身内の不祥事に対して、何の行動も起こさない。あれだけ多くの騎士を抱え、しかし祭壇を取り戻そうとしない。それはこの都市の根底を侮辱する怠慢だ。さらに言えば、明らかな矛盾だ。
「誰かが言う筈なのです。“自分たちで解決しよう”。“導くべき使徒を危険にさらすわけにはいかない”。“今こそ騎士団の意義を果たす時だ”、と」
けれども、神殿は何のアクションも起こさなかった。犯人であるヨハンをろくに裁きもせず、しかし聖都に住まわせたまま、なのに彼の家を騎士達が警護している。
もしも彼が脅迫されて祭壇を汚したのだとしたら。
あの臆病な男が、あの世間体を強く意識する彼が、それでも“悪い事”をしでかす程の恐怖を味わった事になる。
その全てを実行し、可能とする人物は、そう多くない。
「それはきっと権力を持つ人物だろう。誰もが従う役職だろう。逆らったところで意味がないと思わせる立場の人間だろう。そして、その彼は狂っているのだろう――ねえ、司教さま」
言いながら豪奢な扉を開く。
彼は床に座って聖印らしきものを切っていた。黒いヴェールの向こうは相変わらず見えなくて、だけど何故だか笑っているように感じた。
余裕がある。少なくともそう見える。焦りだとか負い目だとかは微塵も感じられない。
「チェックメイト、ってことで良いかな?」
「……貴方が、へパス神をも警戒させる人間ですね?」
「ここで、その名前が出るのかよ」
空気が張り詰めていく。首筋が冷えていく。スキルが警笛を鳴らしている。それを引き起こしているのは、目の前で立ち上がる細身の男だ。
息を呑む気配。背後に並ぶプレイヤー達からだ。加速する事態に理解が追いつかないのだろう。当然だ。俺がこうしていられるのは過去の経験と、下調べから得た予想のおかげである。
「へパス神より言伝があります」
「ふん? 前置きはいらないから早く言ってくれる?」
にちゃり、と音が鳴った。黒いヴェールの向こうから、悪意でもって鳴らされていた。
体は既に構えている。今から起こる戦闘と、ぶつけられるだろう狂気に備えて。
「では、そのように。“個体識別記号、ヘラよ。この世界に異分子は認めない。即刻の退場を”。以上となります」
「随分とありきたりで安っぽい言葉だな。しかも具体的じゃない。明言して欲しいのだけどね」
「ふ、ひひ。では、そのように。現在、あなたが甦る地点はこの教会となっております。これだけで、あなたには分かる話だと思われますが?」
ああ、分かったさ。現状のキュアリー教会に死に戻り地点を設定されたと言うことは――。
「死に戻りができない、か」
「これも神の成せる業。残念です」
「そうでもないぜ? だって俺は死んじゃいない」
我ながら安い挑発であった。
でもなぁ、と。正直に言って退屈してるんだ。ぬるいイベント、弱い敵、面倒なしがらみ。それ等に辟易としていたんだ。だから、俺はこの先を求めてる。
さあ、来い。来いよ。俺を楽しませてくれ。
「ラーさん、なに、これ。死に戻りができないって……」
「それってつまりデスゲーム?」
「嘘、じゃん? そんなわけないって! だってあり得ないじゃん!」
「ヘラッ、説明しなさいよ! これもイベントなんでしょ⁉︎ こういう、演出なのよね⁉︎」
「あー、ヘラさん、これはヤバい感じがするっす。今すぐ逃げましょう」
説明? できるわけねぇ。俺だって知らないんだから。
逃げる? 選ぶわけねぇ。俺こそが望んでるんだ。
「ああ、忘れていましたよ、皆さまの存在を」
司教から、音が鳴っている。にちゃり、にちゃり。その音だけで心が蝕まれる。視界が狭まる。ああ、本当に、ありきたりだ。あまり退屈させないでくれ。
ご安心ください、と司教が言う。その他の皆さまはこのまま退出してくださって結構です。神はあなた方に脅威を感じておられぬご様子。見学を希望するのであれば、是非とも邪魔にならぬ所でお願いします、と。
その見下しに彼等彼女等が無反応でいられる筈がない。
「ムカつくじゃん!」
「それってつまり挑発?」
「司教たんってばおもしろー」
「笑えないっしょ」
「考察はあとにしましょーかぁ。ヘラくんの生死が懸かっているぅ」
「よく分かりませんが、私より偉そうな態度は許せませんわね」
真っ先に動いたのは“十二戦士”であった。事態を理解せずとも戦闘に移行できるのは彼等の強みでもあり、事態を理解せずとも戦ってしまうのは彼等の弱みでもあった。
「愚かなり――“妖集密牢”」
室内が揺れた。否、教会ごと揺れていた。
ミシリと空間がひび割れ、そこから焼け爛れた腕が這い出て来る。何本も何本も。数十、数百と。
それ等が忽ちの内に二十三名のプレイヤーを締め上げた。
空間の亀裂は消え、悍ましい腕の群れが蠢めく音と、苦しげな呼吸だけが響いていた。
ご安心なさい、と冷めた声。
「これ等はあなた方の行動と技能を縛るだけのもの。むしろ安全でしょう。これ等にはどのような武具も魔術も傷一つ付けられない」
そんなスキルがあるのか。まあ、クリエーターなら何でもアリだろう。
「見学をご希望されるようですので、お顔だけは包まずに。これも慈悲なれば」
とんだ慈悲があったものである。
「どうでも良いが、さっさとやろうぜ? いつまでも辛気臭ぇ空気をばら撒かずに、もっと直接的なやり取りをしようぜ?」
くひひ。そんな笑い声を漏らしたのは、俺か、それとも目の前の男か。
「ほら、待つのは好きじゃねんだよ、俺。殺してくれるんだろ?」
「…………ひ、ひひ。でわぁ、そのッ、ヨう、にニぃぃイイイ!」
司教が変わっていく。黒いヴェールが燃え散り、全身に瘤ができ、そこから黒い靄が放たれる。白目までもが黒に染まり、歯が牙に変わり、肉体が大きくなっていく。頭部から角が生え、背中には翼が生まれる。
デーモン。そう表すべき姿であった。
クソったれ。ありきたりなんだよ。
そんなもの、今、少しだって求めちゃいない。想像を超えるような、想像の外側にいるような、そんな怪物と出会いたいんだ。
想像の内にあるとしても、例えば、竜だとか。そういった心震える敵と戦いたいんだ。
「退屈だなぁ、あんた」
「ジ、ジ、ジネッ!」
さて。第二ラウンド開始だ。




