43話 エリアボスを撲殺するなんて――
ゴッドレスから南進すれば“南ガザン大丘陵”エリアである。
目指すはまだ見ぬ場所。“星鳴き平原”を越えた先にある“バノン聖道”をさらに踏破して、“聖都市キュアリー”へ。俺にとっては初めてのフィールドと拠点である。
まずは“星鳴き平原”。その名前の意味を理解したのはゴッドレスを出て一時間ほど走り続けた頃であった。
空には星々が瞬いており、それは東の“風切り草原”と変わらない。だが。
「すんごい」
上を眺めて言ってみる。星が空を流れていく。それも無数に。しかも綺麗な音を鳴らして。
かすかにしか聴こえないが、ウィンドチャイムのような音色であった。
「キキキッ!」
「――おっと」
いるよな、敵。平原は亜人がメインらいし。
いや、こいつ亜人か? でもそう書いてあるし。
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ヘッド・ミュータント/亜人Lv.1
星鳴き平原/無属性/陸棲
スキル:剣技
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錆びたナイフを手にしたエイリアン。そう言われたほうが納得できる。ミュータントってことは突然変異種なのだろう。
芋虫の頭を持つ気持ち悪い化け物。小さな目、弛んだ皮膚、潰れた鼻、生殖器か何かも分からない突起物。口だけが人と同じで、綺麗に並んだ歯が不気味さを加速させる。グロテスクな生き物だ。
ひどく怯えられているのは俺が格上だからなのか、“鬼顔の面被り”の効果なのか。そんな効果があるなんて忘れてたけど。
「バッサリ」
一振りで首を刎ねる。格下であっても武器の性能まで落ちるわけじゃない。防具すらないレベル1のモンスター相手に等級5は過剰戦力であった。
つまりは相手にするだけ時間の無駄ってことになる。僅かばかりの経験値よりも時を選ぶ。
敵を無視して駆けて行く。手応えを感じないのは“バノン聖道”に入っても同じであった。
やはり亜人が出没し、今は懐かしい“キラー・ラットマン”の弱体とエンカウントする。あいつは確か、北のフィールドリーダーだったか。種族も妖怪とか、そんなだったけど。
色んなエネミーと出会って来たなぁ。
ともあれ、こうして思い返してみると、やはり東の難易度は高いのだなと。会敵も多く、魔狼は複数体で出没し、口から炎を吐く奴までいる。
南は東に次ぐ難易度だと言われているが、差としては大きいのではないだろうか。むしろ北の方が高難易度だろう。
「昼はどうなのかな?」
そう。今は夜である。そして、一人だ。
ポイさんから受けたクエストが発生する場所は“聖都市キュアリー”。俺は進行権を得ていない。
つまり“南ガザン大丘陵”を攻略しなければならず、待ち合わせは約10時間後。
常に“迅雷”を使いっぱなしで前進前進。
速度が増している。新たに得た二つのスキルが影響しているのだろう。かわりにスタミナの消費が早い。ポーションを舐めつつ、止まる事なく進んでいく。
でもまあ、高速なのだ。丘陵という足場の良いフィールドだから尚のこと。
「昼に見てみたいね」
この“バノン聖道”は、エリア名が示す通り、緑が映える丘陵だ。
なだらかな丘がいくつもあり、緩やかな高低差を楽しみながら駆けて行く。当然、敵は無視である。難易度としては北のほうが随分と上だ。洞窟で暗闇だし。
にしても、聖都へ続く道、か。宗教とかあるのだろうか。是非とも関わり合いにならないようにしたい。
でも、神殿は見てみたいな。
そんな、どうでも良いような、けれども好奇心が疼くような事を何時間も考えながら前進し続ければ。
「――おや?」
複数のプレイヤーを感知。俺が言えた事ではないが、夜に行動できるとは。
こちらを窺う視線に敵意はない。なら、協力してもらおうかな。
すみませんが、そこの人たちと大声で呼び掛ければ驚きの感情が伝わってくる。感知されるとは考えていなかったのだろう。
「今から突っ込みます。良ければ動画撮影してもらえませんか?」
数秒の静寂。その後に四つの存在感が近付いて来る。
「それ、まじで言ってんの⁉︎」
声からして十代の少年。張りのある声からはスポーツマンの印象を受ける。
「まじで言ってますねぇ。頼めるかい?」
「ソロでやんの?」
「嫌われ者でね」
「……了解! 気をつけて!」
うん、気をつけるよ。なんせボス戦だ。
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キメラ・ミュータント/亜人:Lv.18
エリアボス/南ガザン大丘陵/バノン聖都道/???
スキル:咆哮/剛力
独自スキル:???/???
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さあ、エリアボスだ。
身の丈3メートルほどのそいつは、正真正銘の化け物であった。馬の頭、蛸の口、蛇の胴体、人間の手脚。かなり突き抜けたデザインだ。
レベル18か。人間と亜人の性能差なんて知らないが、通常スキルが見えているのだから格下なのだろう。いや、独自スキルは見えていないし同格かな?
レベルが俺より10も低いのに同格とは、プレイヤーが冷遇されているのかエリアボスが特別なのか。
なんにせよ、状態異常をかけられる事は間違いない。“咆哮”というスキル名から予想するに、スタンや混乱などだろう。“先見の眼”も警笛を鳴らしている。ゲームじゃありがちな設定だし脅威だとも思えないが。
武器が刃物なのはありがたいね。にしても大きい斧だな。“剛力”というスキルからも力自慢であることが分かる。
俺もこう見えて力自慢なんだぜ?なったのはつい最近だけど。
では、力比べといきましょうか。素手でどこまで戦えるかの確認には最高の相手だろう。
前へ。刀は抜かず、目眩しも奇襲もせず、ただ真っ正面から迫る。あの斧と撃ち合えば刀が折れそうだ。生身なら分断されるか。そう考えると恐ろしいものがあるな。
まあ良いさ。振り上げられる斧のタイミングに合わせて、飛び込め!
「ほっ」
「――キィ?」
振り下ろしの一撃を腕で受ける。キメラくんからは驚きの感情が発されていて、こんな化け物のそれを理解できる自分が笑えてしまう。
でも、つまんないなぁと。その一撃は予想を外れた攻撃力であった。とても残念なことに、重いとは感じなかった。簡単に言えば、想定よりも弱かった。
斧ではなく彼の腕を受けた事も理由の一つだろう。作用点が最も大きいのは斧の先端だ。しかし彼本来の力という意味では良い位置なわけで。
「てことで、力比べ第二ラウンドといこうぜ」
色々と、視えていた。重心だとか、力の流れだとか、それ等が伝わる方向だとか。
ひどくボンヤリと。とても弱く。しかし確実に。
これは、“先見の眼”か? だとしたら、なぜ急に?
似た経験があった。だからこそ知る必要があった。
状態異常を強制する敵を見抜く。重心や力の流れを感じ取る。この二つは大きな意味を持つ。より明確に感じ取りたい。
どうして可能とした? それを知りたい。知れば、さらなる力を引き出せるかもしれない。
「ガォオオ!」
「お手本みたいな咆哮だな」
今はキメラくんだった。
腕に掛けられる重心を抜くようにしゃがむ。ついでに力が流れるように斜め下へと逸らせば、キメラくんは呆気ないほど簡単にフラついた。
重心が崩れ、力が偏る。利用すれば転ばせるのは簡単だ。
「それが二本脚の弱みだよなぁ」
言いつつ太い手首を掴み、膝へ蹴りを放つ。バキリ、という分かりやすい破壊音が響く。
馬鹿だよな。片脚に限界まで重心を乗せちゃうから。
掴んだ手首を捻り上げれば追加で悲鳴が聴こえてくる。斧を取り上げるだけのつもりだったのだが、手首を折ってしまったな。
おまけとしてもう一本の脚も貰っておく。膝へと取り付き、ピンと伸ばさせ、ローリングすれば、グシャリと響く嫌な音。
「ギャアアア!」
「お前、脆くね?」
そう、あまりにも簡単に壊れていく。身体能力が上がっているとは言えエリアボスらしからぬ耐久力だ。
何かあると確信。しかし怯えも躊躇いもない。このまま壊してしまおう。
「ははっ」
キメラくんを引きずり倒し、その巨体に馬乗りになって、胸を、顔を、頭を殴る。
血が舞い、悲鳴が響き、拳に痛みが走る。
蛸の足を連想させる口。それが右腕に絡みつき、締め上げ、骨を鳴かせる。折ろうってか? 馬鹿め。
それは駄目でしょう。
顔を左手で押さえつけ、鼻に膝を乗せる。そうして、あえて蛸の足を右腕に巻き付ける。いや、巻き取る。限界まで。伸びるほどに。
何をされるか予感したのだろう。キメラくんが激しく暴れ始める。残念ですが、もう遅いのです。これは貰ってく。
「よいしょ」
右腕を、思い切り、引く。
ブシャリ、と現実では聴くことのない湿った音が鳴り、キメラくんの口が分断する。
キャアアア! と絶叫するキメラくん。うははっ。人間みてぇな悲鳴だな。涙まで流して。知ったことではないが。
「ヴォオオオオッ!」
ここで咆哮か。視界が明滅するけど、言えばそれだけだ。
悪いね。俺、状態異常かかりにくいんだわ。そういったスキルと称号を持ってるから。ついでに心を遮断してしまえば影響はゼロだ。
さて、再開しよう。つまりは、拳による蹂躙を。徹底的な攻撃を。意思ごと潰す猛撃を。
ただ、振り下ろす。思い切り、ぶつける。場所はどこでも良かった。何かを破壊し、奪い取る感覚さえあれば。
拳を打ち込むたびにキメラくんの肉体が大きく跳ねる。馬面を左右へと必死に振り回し、ガードしようと人間の太い腕を振り上げる。
逃げ腰だなぁ。打ち返してくれば良いのに。殴れないなら首を絞めるとか。力自慢じゃなかったっけ。そんなだから、好きにやられるんだぜ?
構ってやるつもりはない。さあ、蹂躙の続行を。
殴って、殴って、殴って、引き抜いて、引きちぎって、殴って、殴って、殴って――。
「ブモッ、オオオオ!」
ここで追加の“咆哮”か。無駄だ、と言いたいのだけれど。
……へぇ? 脆くても良い理由は、それか。
HPバーが見る見る減っていく。それに合わせてキメラくんの肉体が癒えていく。
吸収か。独自スキルの一つだろう。これもまた、ありがちな能力だ。
単純なのは好きだ。
俺の攻撃力か、彼の独自スキルか。
俺のHPが無くなるのが先か、彼が死ぬのが先か。
なんと単純で、なんと気楽な勝負だろう。
とは言え余裕はない。こんな場所で死に戻るつもりもないが。
だから、さらなる蹂躙を。
「うははッ!」
もはや拳を打ち込むといった感覚ではなく。ただただ振り回し、振り下ろし、破壊することだけに意識が集まっていた。
腕が邪魔なら腕ごと。顔を逸らすのなら首や胸を。叫ぼうとすれば喉を。巨躯だから的が大きくて助かる。
そう言えば、と。ここまで素手で何かを殺したことは無かったな、と。
そんな事が可能だとすら考えなかったけれど。だって、エリアボスを撲殺するなんて――
「――きみが初めてだよ」
理解できたわけではないだろうが、キメラくんの瞳に恐怖が宿る。そこを指を突っ込んで、もう片方も同じように。
少しずつ、色々と変わっていく。
まずは抵抗。顔を守っていた腕はひしゃげ、もがいていた上半身は静かに。
次に音。跳ね返すような硬質な音から、受け入れるような湿った音に。
熱い液体。温い肉片。臭い脳髄。それ等を浴びて、感じて、さらに拳を振り回す。
さあ。どれだけ耐えてくれるかな?
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『おめでとうございます! キメラ・ミュータントの討伐が確認されました! “南ガザン大丘陵”エリアの攻略が確認されました!』
『“南ガザン大丘陵”に設置された転移ゲートの使用権を獲得しました!』
『聖都キュアリーのポータル、並びに転移ゲートが使用可能になります!』
『ソロ撃破報酬を獲得しました!』
『おめでとうございます! 特定の条件下においての行動値が満たされました!』
『称号【慈悲なき者】を獲得しました!』




