42話 本当の年齢
『おめでとうございます! 固有スキルの取得が確認されました!』
『第三号取得者には特典が与えられます! 特典は第五号取得者まで用意しております! プレイヤーの皆様、是非とも固有スキル取得を目指してください!』
そんなアナウンスを聴きながら、芝生の上にごろりと寝転がる。
朝陽に照らされた庭には“チームタチミツ”の数人が居る。タチミツさん、ポイさん、黒羽さん、ザオトメさん、そして、汗だくで倒れこむ獅子丸くん。
「すっげぇ……これが、俺の力」
すっげぇと言いたいのはこちらであった。固有スキルを得てしまったのだから。
朝までに“強脚”の連続使用を形にさせようとは考えていたが、まさか飛び越えるなんてねぇ。
丁寧な指導をしてくれてありがとうございます。獅子丸くんはそう言って頭を下げてくる。おかげで前に進めるっす、と。
俺は何もしちゃいない。獅子丸くんが勝ったんだよ。システムにね。
で、何時頃になれば戦闘できそうかな? そう尋ねれば、どういう事っすか、と彼が尋ね返してくる。
使用可能なところまでは導いた。あとは実戦での立ち回りを確認しなければ。
「そこまで自分に付き合ってくれるんすか?」
「当然。まだ殆どなんにもしてないし。依頼を受けた以上は最後まできっちりこなすよ」
ずっとほったらかしにしてたしね。それに見てみたいのだ、獅子丸くんの動きを。きっと俺にとっても学ぶことが多いはずだから。
「興味と、年長者の義務みたいなもんさ」
「……ははっ」
獅子丸くんは笑った。笑って、スタミナポーションを飲み干した。
「今から行けるっす」
「駄目だ、獅子丸。休みなさい。心は摩耗している」
タチミツさんがそう言えば、獅子丸くんは少し悩んで首を横に振り、言った。
今、良い感じなんす。それを切り離せた感覚をちゃんと掴んでおきたいんすよ。
何を言っているか分からないだろう。この場で分かるのは俺と、たぶんあと一人。
「良いじゃない。行かせてあげなさいよ」
ポイさん。彼女の魔術発動は早い。ルナさんに迫るほどに。彼女もきっと外しかけてる。
「あー、ありがと、ポイ」
「何言ってんのよ。あんたが訓練ばっかりしてるから攻略が止まってること理解してる? さっさと強さを手に入れて攻略に進みたいだけよ」
ツンデレちゃんだなぁ。言ったら怒られそうだし言わないけれど。ここは無表情で知らんぷり。
「いてっ」
「ちょっとヘラ、なに笑ってんのよ」
確かに笑ってしまったけど叩くことはないと思う。
良いな、“チームタチミツ”。わいわいやるのも悪くない。
とは言ってもやはりスタイルを変えるつもりはなくて。ソロで進むのが好きだし気楽なのだ。
俺って人間は協調性が欠落してる。自分のペースで進み、自分のタイミングで休み、そうやって生きたいのだ。自由を愛する男なのだ。ただのわがままとも言うけれど。
「あー、だからヘラさんはギルドに入らないんすか」
「うん。人付き合い、苦手だし――右からフォレストタイガーが三体来るよ」
苦手っすか? と言いつつフォレストタイガーの腹を裂く獅子丸くん。後続の隙間を縫って斧とナイフで斬りつけていく。
久しぶりに“東ガザン大森林”へと来ている。獅子丸くんの訓練と経験値稼ぎのためである。
「二体追加だよ」
「了解っす」
淀みのない疾走だ。流れる水のような、吹き抜ける風のような。そんな美しい動作であった。
「良い感じだね」
「まだダメっすね。スキルの力に引き摺られてるっす」
駄目、か。向上心の塊だな。
彼の固有スキルは“疾風”。直線的に動く俺の“迅雷”とは違い、高速かつ流麗にフィールドを駆け抜ける。
速度は“迅雷”。自由度は“疾風”。それぞれのアドバンテージはこうなる。
あれ? 俺って自由を愛する男の筈なのに。
「合格っすか?」
「うん。あとは仕上げだね」
仕上げ? と訝しむ彼に笑顔を向ける。それは悪い笑顔に違いない。自分では分からないが、たぶん、おそらく、きっと。
だって、もっと強い敵で試したいじゃんね。死線の中でしか引き摺り出せないものがあるから。
「好きでしょ、そういうの」
「……あー、良い予感はしないっす」
「そう? でもさ、もう目の前だよ、双頭大蛇」
とぐろを巻いて首を揺らす大きな異形の蛇。その周囲だけ空気が違っていて、どんな生物も寄り付かない。
そう考えると“古代の遺林”は特殊だったのだろう。エリアボスに一般モンスターが襲い掛かるのだから。
あの“ヨジュ・ガジュ”達、今はどうしているだろうか。
守護域を手に入れたと言われたが、あれは何だろう? おまけに職業までくれるらしい。
守護者か。俺らしくないなぁ、と。あまりにも似合わないものだから笑えてしまう。
「ヘラさん、マジでやるんすか?」
「ん。マジっすねぇ」
さて。一度目の討伐以降、もはや実験体と化している双頭大蛇だが、彼と戦ってもらおうか。
「ソロっすか?」
「ソロだけど?」
行ってらっしゃい、と獅子丸くんの背を叩く。彼のレベルがいくつは知らないが、逃げ回るだけなら案外どうにかなりそうだ。
それだけの性能を持つのだ、固有スキルってやつは。俺は二つもあるのだから強くて当たり前だよなぁ。
今は獅子丸くんだ。
「よし」
そんな覚悟を決める二文字を吐き出して。
獅子丸くんが、行く。ひどく好戦的な笑みを浮かべて。戦いそのものを楽しむようにして。ぬるりと、しかし迅速に、双頭大蛇へと迫る。
右手には小ぶりの斧。左手には大きめのナイフ。巨体を切断する事すらできない武器を握りしめ、駆けて行く。
なにが“マジっすか”だ。あんなに楽しそうに突撃して。
ゆらりゆらりと、しかし高速で大蛇の周囲を駆け回る。当然ながら攻撃してはいるが、目立った損傷は見受けられない。
それでも果敢に攻める。決して退くことなく、死の範囲に留まり続ける。
撹乱して、躱して、駆けて、ほんの僅かな傷を無数に染み付けていく。
カッコ良いな。
「でも、長くは保たない」
問題はスタミナだ。若しくはスタミナの枯渇によるペナルティー。
「ぐあっ!」
ほら、動きが鈍ってきた。だから、紙一重ではあっても尾の一撃を受けてしまう。スタミナポーションを使うタイミングが隙になり、途端に窮地へと陥る。
そして彼はレベルが低い。掠っただけで致命傷になる。
「ヒー――」
回復を施そうとして、やめる。獅子丸くんに睨まれたからだ。手を出すな、と、そう言っているんだろう。
これは彼の戦いだものな。パーティーだって組んじゃいないし。
さて。どこまでやれるかな?
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「ほんと、化け物だね」
そう声をかければ、獅子丸くんが爽やかな笑顔を見せた。
彼は青白い炎に焼かれていて、四肢の先端から少しずつ消えていく。
双頭大蛇はまだ生きていた。だが、首の一本は力なく垂れ下がり、腹からは大量の血が溢れている。あと少しだった。もうほんの少し攻撃を加えれば殺せていた。
仕方ない。獅子丸くんはとっくに限界だった。そこを超えて戦い続けた彼は、カッコ良かった。
「ゴッドレスで待ってて」
消えゆく獅子丸くんにそう伝えてボスエリアから退避する。
あの状態なら簡単に殺せただろう。そして多くの経験値を得られた。しかし、俺が手を出すべきではない。そこまでのろくでなしではない。いつか彼が決着をつけに来るだろう。
俺が双頭大蛇に初めてソロで挑んだのは、種族レベルが15とかそのあたりだったように思う。明確には覚えていないが、今よりも随分と弱かった。
よく勝てたな、と。多くの人に応援され、多くの幸運に助けられ、全くもって紙一重の勝利であった。これまで長い時間を過ごしたようにも感じるし、あっという間だった気もする。
この先にどんな出会いがあるのかな。
プレイヤー、NPC、モンスター。感覚的には多くの人と知り合えたが、これからも出会えるだろうか。
そうだと良い。そうなると良い。
「少しセンチメンタルになっちゃったな」
移動中の暇を埋めるにはもってこいだ、こういう中身のない思考は。
ゴッドレスに戻ってからはゆるりと過ごした。
オチョキンさんと新たな装備について話し合ったり、黒羽さんと刀技を披露し合ったり、夕方になれば皆んなとプレイヤー経営の飲食店で騒いだり。
この店、いつかルナさんと来たいな。彼女は今どの辺りを攻めているのだろう。
確か、“狂禍の迷宮”、だったか。あそこはシークレットフィールドらしいが、彼女ならずんずん突き進んでいそうだ。
ルナさんに会いたいな。彼女の前では本当の俺でいられる。
「ヘラくん、聖都では宜しく頼む」
堅っ苦しい言葉でそんな事を言うのはタチミツさんだ。
テーブルの向かい側ではポイさんが獅子丸くんを叱り付けている。大事な攻略の前にデスペナくらってどうすんのよ! とか。強くなって来いって言ったのに負けるなんてありえない! とか。自身のことではないのに悔しさを隠しもしないのは彼女らしい。
獅子丸くんはいつもの無表情でサイコロステーキを食べ、ザオトメさんがポイさんをからかい、黒羽さんは大声で笑っている。仲良しだなぁ。
「ああ、えっと、なんでしたっけ?」
「クエストの攻略だよ。今後、プレイヤーがどういった成長を果たせるのかが懸かっている」
そこまで大きな意味を持つのか。まるでイベントだな、とそんな事を考え、そのままに聞いてみれば。
「ああ、そうだね。まさにイベントだ。祭壇を取り戻したいんだが、敵が多く、強さもなかなかでね」
「祭壇? もしかして覚醒に関係しますか?」
「知っていたか」
いや、知りませんでした。
これについて詳しく聞く必要があるな。覚醒、可能ならしたいし。人間がなれるものにも興味があるし。
と、考えていたのだけれど。
「申し訳ありません、遅れましたわ……あ!」
遅刻した参加者が店に入って来た。知っている女性だ。
青い長髪と金の瞳を持ったセーラー服の少女。腰に吊り下げられているのは見た覚えのあるナイフ。頭部からは猫耳がのぞき、どこかとっつき難い雰囲気がある。
「ヘラ様!」
「やあ」
強化士と付与士のダブル。双頭大蛇で実験を始めるきっかけをつくった人。女王様キャラでありながら仲間を大切に想う女性。
「ヨミさん、久しぶりだね」
「お久しぶりです! どうしてヘラ様がここに?」
ああ、やっと分かった。ヘーエルピスって、チームタチミツの事だったのか。
間抜けな勘違いを正しつつ、隣に座ったヨミさんから質問攻めにされる。
フィールドのこと。ボスのこと。シークレットイベントのこと。スキルのこと。一緒に攻略するイベントのことも。そうして彼女は拗ねてしまった。
「ポイの誘いは受けるのですね。私の誘いは断ったのに」
「いや、内容が全く違うでしょ。俺がギルドに入ることはないよ」
こうして求められるのは強いからだ。そこばかりを見て誰も本当の俺に気付きはしない。知ったら、距離を置かれるだろうな。
ルナさんは違う。彼女はいつでも彼女として俺に接してくれる。ああ、やっぱり会いたいな。
「ヘラ様はいけずですわ。いつお誘いがあるかと待っていましたのに」
いけずなんて言葉は今どきじゃ使わないだろうに。高校生だと思っていたが、意外にも若くないのだろうか。お酒を飲んでるし。
「ヨミさん、飲みすぎだよ」
このゲームじゃ酔いすら表現されている。アルコール類を飲めるのは二十歳以上ではあるのだが。
「大人の特権ですわ。それにヘラ様だって飲んでるじゃありませんか。ハタチ越えてらしたんですね」
「え? 俺、32歳だよ」
あはは、と笑うヨミさん。あんたも冗談言うのね、と言ったのはポイさん。他の皆んなもそう変わらない反応で。
なんだろう。俺って信用がないのだろうか。いや、そうか、見た目が若いから。自分を見ることなんて無いから忘れてたな。
「ああ。俺、本当に32歳なのですよ。運営のミスでアバターが編集できなくって」
「だから、笑えないわよ。……冗談よね?」
「いいえ? 何なら運営に聞いてみてください」
俺は本物の32歳です。と、へんてこな文章で言ってみる。
店内は静まり返って、誰もが俺に注目している。スポットライトを浴びたら舞台の主役になれそうだ。
「あー、ヘラさん、マジっすか?」
「うん、マジっすよ?」
獅子丸くんの確認に対する返答がダメ押しとなった。
反応は凄まじかった。チームタチミツ……ヘーエルピスの皆んな。そして店にいる知らない人達も。
「はあああっ⁉︎ ヘラ様がっ、おじさま⁉︎」
「ふざけんじゃないわよ! 歳下だと思って優しくしてやってたのに詐欺よ、詐欺!」
「マジっすか? 32歳? すげぇカッコ良い」
「おいおい! 若造だと思いきやお仲間かよ! 仲良くしようぜ!」
「あらまぁ。同級せ――ゴホン。歳上だったのね」
「……ヘラくん、冗談ではすまないぞ?」
冗談ではない。それに、年齢くらいで騒ぎすぎである。
だいたい、ゲームにおいて歳の差など大した要素ではなく、考慮されるべきものでもない。皆が同じ基準で、同じ扱いで、同じように楽しむ。それがゲームだ。
でも、こうして騒げるのだし、アバター編集不可に感謝しておこうか。
さあ。パーティー戦だ。もしかしたらレイドを組むのかもしれないが。
何にせよ楽しみである。本当の俺を出さないように、適度に楽しもう。




