38話 やあ、ティラノくん
さて。ダシュアンにてギ・シャラヤさんから色々と話を聞き、今は“古代の遺林”に入っている。
此処の風景に覚えがある。数日前にルナさんと来たのも理由だが、初めての死に戻りを経験した場所でもあるからだ。
ジャングルという言葉で全てが完結するが、やはり記憶のそれとは少し違っている。
やけにカラフルなヒダ植物。見たことのない広葉樹種。毒々しい木の実、よく動く蔦、人を丸呑みにしそうなほどに大きいグロテスクな花。どれをとっても未知である。
素晴らしい。そして、恐竜がいる。地球じゃ太古と呼べる遠い昔に絶滅した種。ロマンや憧れを詰め込んだ生き物。
ソテツに似た巨木に身を隠し、前方を観察。強烈な血の臭い。響き渡る咀嚼音。敵だ。
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ビャナパ・ウル/亜竜族Lv.12
古代の生命/???/???
スキル:???/???
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「すんごい強そう」
臭いと音の中心にいるのは全長7メートルほどの、まさに恐竜である。
見た目はティラノサウルスを初めとした肉食恐竜そのままであり、しかし頭部は兜を型取り、額から一本の短い角が出ている。
肉食らしい獣脚類だ。つまりは二足歩行での移動をする。あの太い脚を断ち切れば簡単に勝てそうだが。
「あれに接近するの?」
大きいよなぁ。大髑髏や双頭大蛇と戦っておいて今さらではあるが、恐竜となれば恐怖を抱くわけで。
なんせ、訳の分からない化け物とは違い、強さがイメージできてしまう。目の前の威容と想像の中に在る強さがマッチするのだ。
「しかもスキル持ってんだぜ?」
これはフォレストタイガーの時にも感じたが、イメージとは厄介なものである。
弱気になっても仕方ない。選択肢は二つだ。
「戦うか、逃げるか」
当然ながら前者を選ぶわけですが。
「初戦闘だからなぁ」
亜竜としてはブバン・ズルーと戦っているが、“古代の遺林”では初戦闘になる。会敵は少なく、これまでにも恐竜とは出会ったが、どれも草食系で接近しても戦闘には至らなかった。
と、言い訳はこれくらいにしておこう。
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ヘラ:人間Lv.23:開拓者Lv.22/捻じ曲げる者Lv.12
スキル:【双刃技Lv.7】【刃技Lv.13】
【肉体奏者Lv.6】【魔力感知Lv.6】
【空間認識Lv.20】【空間感知Lv.9】
【神聖魔術Lv.18】【魔力操作Lv.9】
【魔術の心得Lv.10】【魔力耐性Lv.10】
【先陣突出Lv.12】【破天荒Lv.14】【急襲Lv.16】
【獅子奮迅Lv.12】【魔の胎動Lv.1】【常勝Lv.13】
【未知への挑戦Lv.9】【マッピング】
【久遠の累加Lv.2】【不滅の勇猛Lv.2】
【薄刃伸刀】
固有スキル:【先見の眼Lv.8】【迅雷Lv.7】
称号:【闇に生きる者】【逸脱者】【残忍なる者】
【刃神の奥伝】【森の覇者】【退魔者】
【魔を覗く者】【違背者】【死者を照らす者】
【制者】【魔導者】【魂の守護者】
【野性への暴虐】【魂の殺戮者】
先天:【竜の因子】
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追加したスキルは“薄刃伸刀”と“魔の胎動”。称号は“魔導者”。新しい可能性だ。
薄刃伸刀にレベルが設けられていないのは、魔力量に左右されるからだろう。既に完成されてるって事だ。あとはどう魔力を増やすかであり、そのためにスキル“魔の胎動”と称号“魔導者”を取得したわけだが。
と、ここで着信。オチョキンさんである。
「ヘラです」
『お金、送っておいたわ。渡した装備の分は引いてあるから』
すごい金額が表示されている。それは良いのだけど、この人はいったいどれだけの富豪なのだろうか。
『装備の代金は二千万。文句は言わせませんから』
「高くないっすか?」
前回と同じ装備なのに、倍以上の値段だ。
『文句は言わせないって言ったわよね? それに見てたでしょ? それ、私の独自技能で作ったのよ。等級5や6は、成功率は低いしコストは高いの。だから妥当な金額よ』
彼女は“複製”という独自技能を持っている。彼女が作成した武具にしか適応されないが、完全なチートである。お金持ちの理由はこのあたりにあるのだろう。
文句はない。使い慣れた装備はありがたいし。
「分かりました。では、もう二セットお願いします」
『……マジ?』
「マジです」
予備は必要だ。これから恐竜を相手にするのなら尚更。
『分かってると思うけど、“鬼顔の面被り”は複製できないわよ。あと、防具はサイズ的に送れないから取りに来て』
フレンド間の転送にも制約がある。ある一定の大きさや重さを越えると送れないのだ。刀はギリギリである。
「じゃあ、また」
『待ってるから。でも無茶はやめてね』
それこそ無茶である。在るかも分からず、方法も分からないものを採って来いと要求するくせに無茶はするなだって?
まあ良い。今は戦闘だ。
「奇襲、しましょうか?」
そうしよう。彼の力量を測れるほど強くはないし、そんな余裕もなさそうだ。
「うはは」
前へ。熱心かつ夢中で食事している彼の背後から、太い脚をめがけて飛び込む。
「ガァアア!」
咆哮。感知能力は高いらしい。反転も素早い。
恐ろしいまでの迫力。生物としての格差を理解してしまう。
だから何だ? そんな疑問が浮かべば心が冷えていく。
殺せるかどうか。問題はそれだけだ。大切なのは結果。過程も方法もどうだって良い。
「フラッシュ」
「ゴアァア!」
迫る大きな顎。生え揃った牙は先鋭で、舌は瘤に覆われグロテスク。
速い。けど鋭い動きじゃない。
下へと潜り腹を裂く。そうして、巨体を支える太い脚の、人で言う足首へと攻撃。
「かったい!」
切断は無理か。骨が硬すぎる。なら、切れるものだけ貰っておこうか。
二刀を連続で振るう。恐竜の地団駄なんて可愛くもなければ笑えもしないが、“迅雷”で高速移動し、しつこく付き纏う。小回りという点じゃ圧倒的な差がある。
「ギャアア!」
ほぉん。恐竜ってそんな悲鳴を上げるのか。腹を抉り腱を断ったんだ。そうじゃなきゃ困る。
倒れながら暴れる恐竜ってのは恐ろしいものだが、俺には離れても攻撃できる術がある。魔術という不可思議な力が。
ホーリーランスを三連発。
セイントウォーカーの五連発で巨体を縛る。
“薄刃伸刀”を発動。使うのは始めてだ。
二刀から青白いエフェクトが走り、そこからやはり青白い透明な刃が伸びる、と言うよりも延びる。魔力の刃だ。故に詠唱が必要で、それが欠点のひとつ。
「1メートル50センチくらいか」
思ったより長さはない。しかし重量の変化がない。重くならないのは嬉しいね。斬性はどうだ?
「試しましょう」
頼むぜ? 強くなれた実感をください。
急がないと。セイントウォーカーが解かれそうだ。怪力め。
「てことで、首をズバン! ――あれ?」
抵抗が、無かった。振り切ったあとには魔力の刃が消えていて、しかしピャナパ・ウルの首も飛んでいて。
「お?」
突然のぐらつき。MPが半分以上消費されている。
事前に魔術を多用したとは言え、あまりにも馬鹿げた消費量であった。しかし、それを踏まえても破格の性能であった。
――切札になる。
それは可能性を感じさせるには十分なものだった。これが新たなる力だと確信できた。
「うははっ!」
行こう。密林の奥へ。さらなる敵と出会いに。まだ見ぬ景色と感動を味わいに。新しい自分を築き上げるために。
走る。走る。走る。
視界が飽きない。楽しさが尽きない。
小型の恐竜が群れをなして移動し、トリケラトプスに似た親子が人型の不気味な草を食んでいる。
様々な鳴き声が生命の鼓動を奏で、どこからか聴こえる水の音がそれに色を添える。
数体のビャナパ・ウルを殺し、マップを埋めていく。
あの亜竜を殺すのは難しくはなかった。太い脚のどちらかを斬るか破壊すれば王手となる。
だが当然、そう楽な相手ばかりじゃないだろう。
「クァアア!」
「おっと?」
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ラシャン・シン/亜竜族Lv.15
古代の生命/???/???
スキル:???/???
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やっと会えたという感想であり、強そうだという印象でもあった。その名前を忘れる筈がない。俺を死に戻りさせた最初の敵なのだから。
「やぁ、ティラノくん」
そう呼ぶのが相応しい見た目だ。ただし、大きい。全長は15メートルを越え、頭部だけで2メートルほどもある。
「種属とレベルが見えるくらいには成長して来たので、宜しくお願いします」
さて。随分と離れているし、ここは魔術で――。
「キャアアア!」
「――はやっ」
迫り来る速度に心が慌てる。予想に反した高速だ。しかし脳は冷えていた。“迅雷”にて退避。彼の視界から消え、木の枝に立ち、観察する。
スンスンと鼻を鳴らす様は、スケール感がそう思わせるのか迫力満点だ。
にしても速いな、と。あれだけの巨体が出せる速度じゃないだろうに。最新の研究じゃ時速30キロほどだと言われていたが。倍は出ていそうだ。
「馬鹿め。ここ、地球じゃないぜ?」
そうさ、彼は恐竜でもティラノサウルスでもない。似ているだけの、ナニカだ。しかもスキルを持ってる。
ここまで殺してきたビャナパ・ウルとは比べ物にならない巨体と速度。それだけでも警戒を強める理由としては十分だ。
まあ、突っ込むんですが。
飛び降りながらフラッシュを皮切りにありったけの魔術を叩きつける。
地響きと共に砂煙が舞う。鳥や虫が抗議の声を上げるが構っちゃいられない。
「さすがにこれは予想外だ」
駆けながらそう言ってみる。
砂煙の中で、ラシャン・シンが立っている。しかも無傷のまま。視認したわけじゃないけど“空間認識”がそう言っている。俺の目よりも信頼できる情報だ。
魔力耐性はすこぶる高いらしい。
では、物理耐性はどうかな?
前進。二刀に“薄刃伸刀”を付与し、MPポーションを選択。あとは突撃するだけ。
逞しい尾が風を切り裂いて振るわれている。視界を確保する為だろう。賢い奴だ。
だが、鈍いな。
尾の付け根に右を叩き込む。骨に食い込んだ地点で魔力の刃が消える。物理耐性も高いか。
なら、もう一つ。
「スッパリ」
左を振り下ろせば、そんな音すら鳴らずに尾が落下。グラくつラシャン・シン。数秒後に地響きを鳴らして転倒。
巨体だものな。長い尾っぽだものな。失えばバランスなんか保てる筈もない。
「脚もちょうだい」
同じように両脚も。
「さぁ、ティラノくん。悪いが付き合って貰う」
こいつは強い。ピャナパ・ウルとは桁違いだ。
だから試そう。素の刀でどこまで攻撃が通るのか。どれだけ打ち込めば傷つき、何度振るえば殺せるのか。
それはシステム上のダメージなのか、本来あるべき死なのか。
今までが簡単すぎたのだ。一撃で殺せたし、悪くとも目に見える形でダメージを与えられていた。
だから、ここで様々に試し、色々を理解しておこう。
「俺の糧になってくれ、ティラノくん」
さよなら。
「ケァアアア!」
「――ん」
背後。高速で近付く気配あり。
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ラシャン・シン/亜竜族Lv.15
古代の生命/???/???
スキル:???/???
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ラシャン・シン/亜竜族Lv.15
古代の生命/???/???
スキル:???/???
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「連戦かよ」
しかも二体が相手だ。
血の臭いに釣られたか、それとも死臭に敏感なのか。
なんにせよ、ああ、案外とラッキーなのかもしれない。だって、この、感覚。脳が蠢く、これ。
知っている。経験もある。初めて“強脚”の連続使用を可能とした時。或いはそれ以降の強敵を踏み躙る自分。
ペンタを感じる。“鬼顔の面被り”が熱されている。己を俯瞰して、熟知して、操作する。
成長の機会。
「ようこそ、新たな実験材料くん」
俺の糧になってくれ。
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『監視対象の逸脱を感知』
『聖域からの搾取を感知』
『器からの略取を感知』
『即刻の洗浄を』
『即刻の改変を』
『セキュリティー規則に従い排除プログラムを起動』
『“古代の遺林”の書き替えを実行』
『対象範囲、戦場都市ダシュアンまでの全エリア』
『――化け――生ま――英雄――ならない』
『これ以上――を――鍛え――ならない』
『排除を』
『排除を』