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37話 ゆるい雰囲気と嫌がらせエルフ

 


 シュミさんの工房でゆるりと過ごす。決戦からすでに十日が過ぎ、しかし今のところ落ち着ける場所は此処しかない。何処にいても敬われるってのは良い気分ではないのだ。


 プレイヤー機能であるメモにこれまでの考察をまとめていく。

 強くなるための条件と、それを得られる機会。つまりはスキルの取得条件であり、称号の獲得条件でもあった。何故こんな事をするのかと言えば依頼を受けたからである。


 五十七人。それだけのプレイヤー情報を預かっていた。情報管理は当然として、責任重大である。

 情報と言っても記されたスキルは初期に与えられた4つのみではあるし、当然に名前は伏せられているが、分かってしまう人物もいるわけで。


「これ、獅子丸くんでしょ」


 なにせ“強脚”がある。そのほか3つのスキルも彼を連想させるには十分なもので。


 雑多かつ無秩序に見えるそれ等から法則性をなぞっていく。分かるのは種族と先天的才能、さらにはお願いして追加で得た、現実での職業や部活、得意だったこと。

 そして、β版から引き継がれたスキル。これが今回の依頼には邪魔であった。


「4つの初期スキルが与えられた条件ねぇ」


 タチミツさんからの依頼。スキル解析スレの主である彼は、そこに強くなるヒントがあると考えているようだ。

 無駄、とは言えないが、効率的だとも言えないな。ただまぁ、何かを手探りで調べる時は、手当たり次第というのが正解に繋がることもあるわけで。


 何にせよ依頼は完遂しなければならない。

 β版からスキルを引き継がなかった三十一名の情報と睨めっこ。そうすれば然程の時間をかけずに法則性が見えて来る。



──────


スキル1 本人の経験や資質に沿って選ばられる

スキル2 職業と種族の組み合わせによって選ばられる

スキル3 先天的才能と職業の組み合わせによって選ばれる

スキル4 無作為


──────



 俺自身に照らし合わせるとこうなる。



──────


スキル1 本人の経験や資質に沿って選ばられる【刃物の心得】

スキル2 職業と種族の組み合わせによって選ばられる【空間認識】

スキル3 先天的才能と職業の組み合わせによって選ばれる【肉体操作】

スキル4 無作為【洞察】


──────



 当たらずとも遠からず、と言ったところだろう。少なくとも俺自身には当てはまっているし納得もできる。

 勘違いしてはいけないが、結局これ等のスキルは“ある程度の範囲”から与えられている。その範囲こそが各スキル欄に書いた条件だ。

 俺で言えば、“刃物の心得”意外にも取得可能なスキルがあったという話。だとすればおそらく、生産系スキルだろう。


「ほんと、ラッキーだったね」


 これでスキルに関する依頼は達成だが、強くなるための情報にはまだ足りない。そんな事までは依頼されちゃいのだが。


「獅子丸くんに頼まれたしなぁ」


 掲示板への参加。そのつもりはないが、何かしらの形で協力したい。少なくとも、協力的な人間だと思わせておきたい。だから、情報を提供しようかなと。


 スキル。これの成長にある法則性を発見していた。

 高レベルに至ったスキルに類似するものは取得経験値に大きなプラス補正が入る、という単純かつありがちな設定である。

 俺で言えば“空間認識”にぶら下がる“空間感知”と“魔力感知”がそれであり、“肉体奏者”に融合する前で言えば、“肉体操作”と“体術の心得”にぶら下がっていた“流動”になる。

 これ等のレベルアップは異常に早かった、という事実から得た予測でしかないが。おまけに魔術がどうなのかは分からないけれど。


 次に称号の獲得条件。これについても依頼されたわけじゃなく、ただの情報開示である。つまりは攻略組への協力だ。

 ソロ撃破報酬はタチミツさんを通して開示しているから、それ以外のものをまとめていく。初撃破報酬は無視。どうせ、もう手に入らないし。

 とは言っても条件はとても単純か、もしくは予想すらできないものになる。おまけにシークレットイベントで入手した称号も多く、呆気ないほど短時間で終わってしまった。


 メモをそのまま添付し、タチミツさんに送る。


「暇になったな」


 やれる事は多いのだけどね。燃え尽き症候群ってやつだ。


「仕方ない。整理しましょうか、イベント報酬」


 整理。本当にそのままの意味だ。なんせ多いのだ、シークレットイベント“勝利の鍵を握る者”で得られた報酬は。


 終わらないよぉ、とうんうん唸るマジメな我が相棒はすでに半日を使って整理している。偉いなぁ。俺も逃げてばかりいられない。

 面倒だが、これも強くなるためには必要なわけで。なにせ我が相棒によると、報酬の中に称号やスキルがあるらしいのだ。



──────


ヘラ:人間Lv.23:開拓者Lv.22/捻じ曲げる者Lv.12

スキル:【双刃技Lv.7】【刃技Lv.13】

【肉体奏者Lv.6】【魔力感知Lv.6】

【空間認識Lv.20】【空間感知Lv.9】

【神聖魔術Lv.18】【魔力操作Lv.9】

【魔術の心得Lv.10】【魔力耐性Lv.10】

【先陣突出Lv.12】【破天荒Lv.14】【急襲Lv.16】

【獅子奮迅Lv.12】【マッピング】【常勝Lv.13】

【久遠の累加Lv.2】【不滅の勇猛Lv.2】

【未知への挑戦Lv.9】

固有スキル:【先見の眼Lv.8】【迅雷Lv.7】

称号:【闇に生きる者】【逸脱者】【残忍なる者】

【刃神の奥伝】【森の覇者】【退魔者】【違背者】

【魔を覗く者】【死者を照らす者】【制者】

【野性への暴虐】【魂の守護者】【魂の殺戮者】

先天:【竜の因子】


──────



 称号が減っている。“ダシュアンからの崇拝”と“ショーイカ魔術士団からの畏怖”である。おまけに“ダシュアン戦士団からの敬愛”まで。

 無くなったものは仕方ない。絆まで消えたわけじゃないのだし。


 にしても、だ。


「レベル、あんまり上がってないなぁ」

「ラーさんも? もう少しくらい経験値くれても良いのにねー」


 運営は、俺達がどれだけエネミーを殺したか把握しているのだろうか?

 本当にクソイベントである。愚痴っても仕方ないとは分かっちゃいるが。


「でもさ、ショーイカとダシュアンが友好都市になれたし、これ以上のご褒美はないよね!」


 ルナさんに笑顔でそう言われてしまえば頷くしかないわけで。

 そうだ。ショーイカとダシュアンは、現代で言うところの姉妹都市のような関係になった。文化の交流に始まり、商業の提携、技術の交換、さらには戦力に関する協約と協力。

 二都市の代表が協議を開き、当然のようにその場に呼ばれた俺とルナさんも意見を出し、これ等が正式に決定された。


 まさにハッピーエンドだ。この関係がどれだけ続くかは分からないが、欲に塗れた現代社会の人間とは違い、彼等であれば長く保たれると考えられる。


「うー、ご褒美が多すぎてどれがスキルでどれが称号か分からなーい!」


 そうだった。今はイベント報酬の選定だった。


 報酬と言っても多岐にわたり、素材や消耗品、武器に防具、装飾品、どう使うのかも分からないアイテムまで、様々なものが押し詰められている。

 その中からスキルと称号をピックアップし、さらには使えそうなものを選び、短い説明文から効果や能力を予測しなきゃならない。なかなかの作業量であった。


 不親切なことにフォルダ分けができないものだから作業は難航する。


 消耗アイテムはイベントで使い果たしたので有り難く貰っておくとして。

 素材は目につくそばからオチョキンさんにぶん投げる。装備類もいったん全て彼女に転送していく。それだけでも整理されるものだ。

 抗議のメールがひっきりなしに届くが、無視だ無視。嫌がらせ? だとしたら大成功である。


 そんな作業とも呼べない乱暴な選定をして行けばある程度は見えて来るもので。


 使えそうなスキルはあまり無いなぁ、と。ついでに称号も。でも、全くのゼロというわけでもない。



──────


薄刃伸刀(うすばしんとう)


刀剣類から刃を伸ばす。

刃の長さと切れ味、強度は発動者の魔力に依存する。

獲得条件:不明。


──────



「良さげなスキルじゃんね?」


 魔力依存なのが懸念されるが、これは良いのではなかろうか。回復魔術に頼る以上、魔力増強の機会があれば躊躇う必要もないし。

 何よりも説明文から能力が読み解ける。ギャンブルする必要がないのは嬉しいね。獲得条件が不明なのは、まさに意味不明だが。今まで見たことないぞ、こんな説明文。


 スキルとして明確に欲しいと思えるものはこれのみであり、しかし可能性という意味ではもう一つあったりして。



──────


スキルの種


イベント特別報酬。

独自スキルから通常スキルまでをランダムに一つ取得できる。


──────



「まんまギャンブルだな」


 要らないスキルだったら無駄に経験値が圧迫されてしまう。独自スキルが得られるのなら賭ける価値はあるけれど。


「良いなぁ。私もそれのおかげで強くなれたんだよねー」


 私には来てないよー! そんな不満を言うルナさん。

 へぇ。彼女には無いのか。特別報酬と書かれているし、俺自身の何かしらの行動が認められたのだろう。ルナさんより働いたとは思えないけれど。


「いやいや、ラーさんはすっごい活躍したよー。だからズルくない! むしろラーさんが貰えなきゃ私が運営に怒る!」

「怒る、って。こんな報酬があるなんて知らなかったでしょ」


 うん? 彼女、さっきおかしな事を言ったな?


「ルナさん、これを使ったことあるの?」

「ありますっ。ほら、ブレイブ。あれは魔術じゃなくって“紋章術”っていうシークレットスキルなんだよ。扱いは一般スキルだけどねー」

「それを、“スキルの種”から? しかもシークレット?」

「ですです! 種が実って秘密のヴェールに包まれたのだ!」


 もはや意味の分からない事を言う彼女は、脳みそがお疲れモードらしい。と、一つ閃めく。


「報酬のスキルや称号って、トレードできないのかな?」

「え? できるよー。説明文に書いてあったよね」


 あったのか、説明文。そうなのか、できるのか。だったら今すぐ使う必要はない。


「もしかしてラーさん終わったの?」

「うん、ピックアップはね。多かったけど、全部ひっくるめて1500個ほどだったし」

「せんごっ⁉︎ 私より500個も多いのに……ラーさん早すぎー。どれがスキルと称号かなんで分かるの?」


 ルナさんの作業を手伝いつつ、自らもめぼしいスキルや称号を選び取っていく。

 羅列された色々をこうして流し見ていけば嫌でも理解する。あのイベント、明らかに高レベル帯向けだよな。なのにソロで到達したプレイヤーにしか権利がない。


 いや? ソロでポータルへ転移すれば良いだけ、なのかな? つまりは都市に行くのは一度目ではなくても良い? じゃなきゃ辻褄が合わないか?

 何にせよ初期に進めるべきイベントではないのだろう。もしくはソロでイベントを発生させ、その後は大人数で攻略するか。そこまでやっても待っているのはバッドエンド。


 これはアレだな! バランスがまったく考えられていないイベントだったな!



「あ、ラーさんはこれあります? “魂の暴走”ってスキル」

「ああ、ありますね。でもこれは要らない。デメリットが馬鹿げてる」

「だよね。これ二次スキルかな?」



「“叛逆の使者”? 俺にはその称号は来てないね」

「ラーさん向きなのにねー。私はこれより“魔導者”が欲しかったよ」

「まだ魔力を増やしたいの? 俺は取るけどね、これ」



「うわー! テイムあるよラーさん!」

「あったねぇ。ソロだから無視します」

「ラーさんにとってのソロって、テイムモンスターもNGなんだ」



「“先鋭”スキルか。微妙なとこだね」

「なんで? 刃物の切れ味が上がるんだよ? ラーさんなら取ると思ったのに」

「今のところ斬性は足りてるからね。少し前なら飛びついたけど、重くなる経験値以上の効果があるとは考えられない」



 スキルと称号を選定するはずの場は、いつのまにか得たものを披露し合い、能力や効果を考察する場になっていた。

 これはこれで楽しかったりする。好きなんだよな、妄想を未来に繋げる暇つぶし。


 そんなふうにゆったりとしつつ、これまで倒したボスの情報をまとめていく。

 強さ順に、ペンタ、大髑髏、双頭大蛇、カーズドナイト。ペンタに勝てたのは奇跡だと改めて思う。彼の油断と、システム上において圧倒的に優位な立場だからこその勝利だった。


 都合四体のボスと戦い、得られたものはとても大きい。


「当然だよな」


 エリアボスは強い。雑魚エネミーとは格が違う。ソロ報酬が優秀なのは、ゲームを進め、強さを得てから勝てるように設計されているからだろう。

 それ等を手にして来たのだから独走も頷けるわけで。


 ボスの情報もタチミツさんに送っておこうか。

 と、そんなふうに暇を潰していれば。


「ラーさん、聞いた? また精神を病む人達が増えてるみたい」

「へえ? 何かあった?」

「傷の表現だよ」


 幽閉されてからリアルになったでしょ? と頬っぺたをつまむルナさん。敵も、自分も、生々しいから。そういうのって少しずつ心に溜まるでしょ? と。


 頬っぺたをつまんだ理由は分からないが、確かにな、と。通常であれば規制されて然るべきゴア表現が、あまりにもリアルに過ぎる。

 規制を越えたのはおそらく幽閉された時だ。それにどんな意味があるのか。予想はできるが考えたって仕方ない。子供達には気持ちを強く持って欲しいものだ。


「どうしたら現実に帰れるのかな?」

「運営に任せるしかないでしょ。そもそも、脳ジャックなんて不可能じゃんね? それを言えばVRだって無理だけど」

「どういう事?」


 気にしないで、と言って。


「一度ジャミジャミに行こうか。装備ないし。お金もないけど」

「だね。壊したから怒られそうだなー」


 そりゃあもう烈火のごとく怒るだろう。色んな意味で。


 と、思ったのだけれど。


「今は手が離せないのよ!」


 そんな事を言って作業し続けるオチョキンさん。これ、クリエイトか。武器や防具を作ってる?


「二人には言いたい事が山ほどあるけどっ、ちょっとヘラさん!」


 標的は俺か。思い当たる節はある。


「なんなの⁉︎ なんなのよ! あれだけの素材と武具を一気に送りつけて来て!」

「ああ、あれ。嫌がらせ?」


 正直に言えばギロリと睨まれる。美しい。


「でも良かったでしょう? 制作意欲に火が着いたみたいですし」

「火どころじゃないわ! ダイナマイトよっ、ダイナマイト!」

「それは良かった。火薬の量を間違えて意欲ごと吹き飛ばさないようにしてください」


 うまくない冗談を言いつつ作業を観察する。

 実際の鍛治工程をしっかり見た事なんてないが、今オチョキンさんがやっている作業が現実じゃ有り得ないのは分かる。

 炉の中には金色の炎が浮いていて、その中で幾つかの素材が融合されていく。数個の延べ棒が生み出され、様々な色を発している。インゴットってやつだ。それ等をまたも炉に入れて小さな槌で叩いていく。両手にまとわれる光は魔術だろうか。


「これいったい何度で溶けるのよ!」


 なのに素材の分析等は現実的な作業である。精錬と呼ぶらしい。


「ウチの炉じゃ限界だわ……クリエイター連合でも無理よね。ヘラさん、依頼しても良いかしら?」


 へぇ? クエストってやつか。オチョキンさんからの依頼じゃ断れないな。


「何をすれば?」

「なんでも溶かせる炎を採取して来て」


 なんでも溶かせる炎? あるのか、そんなもの。あるか、この世界なら。


「炎を採取って可能なんでしょうか?」

「知らないわ」


 何とも素っ気ない返答であった。これは、アレだな。アイテムをしこたま送った事を怒ってるな。つまり嫌がらせは成功だ。


「あるかも分からず、可能かも分からないものを採取して来いと?」

「何でも良いわ。地獄の業火だとかドラゴンのブレスだとか、強力な炎なら」


 無茶にも程度ってものがある。そんなもん採取できないし、できるとしても俺が死ぬ。


「これ、ヘラさんの武器になるから」


 返答しない俺を睨み付けて。彼女はやる気にさせる事を言う。俺を解ってるな、と。


「それ、ペンタの剣」

「溶かして混ぜて鍛え直して刀にする。でも溶けないのよ!」


 今回のイベント報酬とは関係ないじゃん。創作意欲がダイナマイトとか言ってたのに。


「そのまま成形し直したりは出来ないのですか?」

「削れませんけどー。硬すぎるんですけどー。できたとしても刀二本分には足りないんですけどー」


 ほぉん? 溶けないし削れないのか。これは期待してしまうな。


「分かったら早く採って来て、地獄の業火。それかドラゴンのブレス」


 何でも溶かせる炎か。チノメルさんに知恵を借りても良いが。


「地獄の業火は無理ですが、後者には思い当たる節があります」


 ここはギ・シャラヤさんに頼ろうか。彼は竜狩りで、俺は“竜棲む雨林”というシークレットエリアに入れる。


 吹っ飛びましたね、燃え尽き症候群。

 色々を手にしてやろうじゃないか。新しい二刀も、攻略も、“竜合(りゅうごう)”も。


「何してるのヘラさん。早く行ってちょうだい。それともやる気が無いのかしら? ルナちゃん、こっち来て。新しい鎧のデザイン決めたいから」


 やる気にはなった。でも、足りない物がある。裸のままじゃ自殺するようなものだから。


 装備、くれません? そう言ってみればオチョキンさんがにこりと微笑んだ。これは、アレだな。お金大好きエルフの顔だ。


「出すもの出してから言ってね?」


 世知辛いなぁ。お金はシークレットイベントで使い果たしたから無いのですが。


「てことで、先ほど送った装備を返してください」


 イベント報酬の武具には使えそうなものがたくさんあった。それ等があれば何とかなる。若しくは買い取ってくれればお金が手に入る。


「あれー? これは私のよ?」

「いや、俺のでしょう」

「なんの条件も設けずに送りつけて来たのは誰かしら? プレゼント、として受け取ったわ」


 嫌がらせ返し……この方面に関しちゃ勝てる気がしない。


「裸で行ってきなさいな」


 本当に世知辛い。

 やる気、空回りしちゃったな。




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