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36話 ハッピーエンドを全身に浴びるのだ

 



 折れた剣。それを掌で握り、命へとぶつける。

 血が噴き出る。刃を直接握った掌からか、真下にある亜竜の首からか。分かったものじゃないが、どうでも良い。


 捨てられた槍。それを振り上げ、命へと突き刺す。

 血が流れる。千切れかけた手首からか、組みつかれた亜竜の胸からか。分かったものじゃないが、やはりどうでも良い。


 持ち主が消えた兜。それを手に持ち、命を砕く。

 肉が飛び散る。開いた腹の傷口からか、かち割った亜竜の脳髄か。分かったものじゃないが、心底どうでも良い。


 二刀はとっくに折れていた。ガントレットと一体型の革鎧も、グリーブも、腰巻も、全て失っていた。

 鬼顔の面被りだけが傷つきながらも装備されていて、そこから全身に熱が広がっていた。込み上げるのは怒りだ。


 クソったれどもが。お前達に分かるか? ドワーフが築き上げて来た意気地が。エルフが繋ぎ続けて来た意思が。


 ――ゲーム? クリエイター? だからこそ、俺には許せない。


 踏み躙る権利など無い。たとえ神だろうとも。感情を煽る演出だろうとも。それをっ、今っ、お前達の目の前でっ、証明してやる!


 目がしみる。血が入った。それとも朝陽に眩んだからか。

 死霊騎士は全滅させた。あとはブバン・ズルーだけ。それだってもう、残り僅かだ。


 さあっ、どうする?


 終わるぜ? お前達の手で設定したイベントが。


 さあっ、何をする?


 壊されるぜ? お前達の価値観で敷いたレールが。


 最後に残ったブバン・ズルー。一体になってもエルフへ向かおうとする。明るいからこそ分かる、狂ったその瞳。踏み躙られているのは、こいつ等だって同じだ。


「終わらせてやる」

「ラーさん、これ!」


 飛翔する槍を掴み取る。これは、ルナさん愛用の。


『お願いします!』

『預かったよ』


 握りを確かめ、前へと突き出す。

 そうして、“迅雷”にて接近、肉迫。首を貫き、刎ね飛ばす。




 さあ。終わったぜ?




「何も、起きない?」


 ルナさんの凛とした声が心を冷やしていく。殺しに染まった思考を醒ましていく。全身から力が抜け、大地に倒れ込む。なのに痛みだけは残ってやがる。


 何も起きない? なら、良いさ。だって勝ちだろ、俺とルナさんの。ドワーフとエルフの。


「勝ちだ……俺達のっ、勝ちだぁあああ!」


 叫びにもならない掠れ声を上げれば、返されたのは荒野を震わせる大喊声。

 ドワーフもエルフもない。誰もが手を取り肩を組んで。憎しみ合っていた二種族が隣り合い、俺とルナさんに向かって拳を突き出している。


「シャラさんっ、チノメルさんっ!」


 クソったれ。声が出ない。言葉として響かない。

 それでも応えてくれるんだ、あの二人は。


「ヘラ殿っ」

「ヘラ様っ」

「生き、残り、は? 怪我人、手当てを」


 掠れているのは声だけじゃなくって。肉体が薄れ、意識が離れようとする。

 これ、死に戻る時の。回復薬は使い切っていた。MPポーションも残っちゃいない。全財産を注いだアイテムは全て消費していた。

 それはルナさんも同じで、ドワーフやエルフだってそうだ。


 誰も彼もが振り絞った。この戦いに全てを注ぎ込んだ。

 結末を見届けられないのは情けなく、責任逃れにもなる。もう少しだけ保ってくれないかなぁ?


「あ、あの」

「これ、使って」


 子供? ドワーフとエルフの。血に濡れた手に持つのは薬草か。この場では値千金のそれを俺にくれるのかい?

 うはは。これを使ったら死ねないな、絶対に。


「あり、がと」


 笑顔を向けてくれるのか。殺しに染まった俺を見ていただろうに。

 ああ。湧くじゃないか、活力が。


「ヘラ殿、まだ確認中ではありますが」


 そう前置きされたギ・シャラヤさんの言葉。その先を聞くのが恐ろしく、しかし聞かねばならない。


「ドワーフの死体はどこにもありませぬ」

「それ、って、消えた、とかじゃ?」

「いいえ。エルフも、誰も死んでいませんわ」


 チノメルさん。掌を握ってくれてる。柔らかいなぁ。相変わらず生娘を連想させる暖かさだ。


「本当、に?」

「はい、ヘラ殿! このシャラヤが嘘を言うとでもお思いか!」

「本当です、ヘラ様。貴方とルナリアス様のおかげで、ドワーフもエルフも全てが生き残りましたわ」


 その言葉と事実に、心が潤んだ。足掻いた意味くらいはあったらしい。

 大きく息を吐き、“鬼顔の面被り”を外す。流れる風が顔を洗っていく。


「ラーさん、泣いてるの?」


 頭をそっと抱えられ、彼女の膝へと乗せられる。良い香り。死闘の後にこれはズルいなぁ。

 いたずらめいた美しい顔を雫が伝っている。それが俺の額に落ち、流れ、瞼を通っていく。


「ルナさん、だって、泣いてる、じゃん」

「アハハ! 私は泣いてないよぉ。喜んでるの!」


 そうか。喜びか。ああ、そうだとも。これは嬉し涙だ。


「ルナ、さん。やった、ね」

「うんうん! やったね、ラーさん」


 疲れてしまった。少し、眠ろうか。そう言えばさ、アップデート以外で眠るの初めてじゃんね。



『おめでとうございます! シークレットイベント“勝利の鍵を握る者”が攻略され――』



 お疲れ様。



──────


────


──



 あれ、ここって?


 視界に広がる電子の海。サービス開始までを過ごした場所。0と1で構築された無機質な空間。

 ここ、落ち着くな。こうして漂っているだけで希望を感じる。


 さて。何故ここに居るのか、という疑問が頭に広がっている。眠った筈であり、若しくは死に戻ったのであればダシュアンに居る筈である。

 死に戻りのポイント、変えてないし。此処に設定できるわけもないけれど。

 なのにこの空間にいて、迎えが来る気配もない。まさか、またミスやバグじゃないだろうな?


「……すみません」


 背後から聴こえたのはヘスさんの声。なんだか随分と久しぶりだ。笑顔での再会は果たせないらしい。


「ん?」


 今度の彼女は0と1の羅列で形成されていた。炎の彼女ではなく、最初と同じ無機質な彼女だった。


「……すみません」

「いや、良いのですが、説明を」


 彼女の説明を聞き、理解して、怒りが湧いた。叫びたいほどであった。


「つまり、なんですか、このイベントにおけるドワーフとエルフの洗脳は、クリエイターの暴走だと?」

「……はい」


 やり過ぎだとは考えていた。にしたって自由すぎだろ、運営達。緩すぎるよ。


「ドワーフとエルフの神を任された責任者の悪意だったと、そういうわけですか」

「すみませんッ」


 こうして何度も頭を下げるヘスさんを見てきたけれど、今回はひどく必死である。

 彼女に怒っても仕方ない。けれども、その担当者に会えたなら。


「殴ってやりたい」

「ですから、私が此処に」


 俺が怒るのは計算済み。だから、揉めないようにヘスさんが来た、と。それも腹が立つ。お前達が来いよ、と。

 謝罪するつもりが無いってことだろ、あの男性ともう一人の女性には。


「現在、拘束し、罰を与えています。二人が生き延びたのなら、必ず謝罪させますので」

「……生き……」


 今、何か、とても恐ろしいことを聞いた気がする。

 よし、忘れよう。そして許そう。巻き込まれる質であることは俺自身がよく分かっている。ルナさんが納得するかは分からないけれど。


「バッドエンドについては?」

「それは……」


 そういうイベントだった、と。まあ良いか、と言ってみれば、ヘスさんから伝わる疑問の感情。


「楽しめましたから」

「楽しかった、ですか」

「ええ、最高に」


 痛快で、爽快で、愉快だった。ヘスさんから事実を聞かされて尚のことそう感じる。だって、このゲームの神様に勝ったのだから。


 そうさ。俺達はクリエイター()に勝ったのだ。神殺し、とは言えないが、神討ち、くらいなら名乗っても良いだろう。それも大袈裟か。


「神に勝った。まさしくその通りですね」


 ヘスさんは笑っている、と思う。何故だかそれは嬉しげで、皮肉や怒りは少しも感じられなかった。


 まあ良い。せっかく此処に来たのだから楽しもうか。電子の波に揉まれて、流されて、そうして漂っていよう。


「ヘラさんは」

「ん?」


 大の字になって流れていれば、すぐ隣にはヘスさんがいる。正座をする彼女も電子の海を漂っていて。


「ヘラさんは我々の想定を超えて来ます。幾度もです」

「……へぇ? ヘスさんもクリエイターの一人でしたか」

「そう、受け取って頂いて構いません」


 今回のシークレットイベントに、幾つのエンディングが用意されていたとお考えですか? そう尋ねる彼女はやはり楽しげだった。何かを試すようでもあった。


「さあ? 簡単に予測するのなら三つですね」


 ドワーフ滅亡。エルフ滅亡。そして、二種族の滅亡。


 あとはそれぞれに二つか三つ。勝利側を率いたプレイヤーの、その後の立場が変わるくらいだろうか?


 ふふ、とヘスさんが笑う。満足しているようで良かった。いや、なにが?


「まさにその通りです。しかし、ヘラ様が辿り着いたエンディングは想定外だと、そうお考えなのですね?」

「ああ、まあ。だって面倒ですよ、こんなの」


 今回のエンディング……まだ見ちゃいないが、両種族が共闘して生き残るというこの結果は、幾つもの条件を揃えないと辿り着けないのだ。


「条件ですか。それを分かっていると?」


 良ければお聞かせください。そう言うヘスさんは本当に楽しげで。思わず見惚れるほどに美しい笑顔だった。0と1の羅列なんだけどね。


「予想と持論を多分に含みますが」


 このゴールに辿り着く条件は複雑だ。設定されていたと言えばそれまでだが、にしたって一発勝負のシークレットイベントに対しては難解すぎる。


 まずは近接戦闘者と魔術士。この二人でなければならない。


「何故、そうお考えなのでしょう?」


 称号が決定づけている。各都市の戦力から向けられる敬愛。これがなければ狂ったドワーフやエルフに捕まって戦争まっしぐらなのだから。


 敬愛を受けるには彼等に力を示さなければならない。ドワーフで言えば近接戦闘。エルフで言えば魔術。そして、その称号を得るためには都市に入るための試験をパスしなきゃならない。

 その上で都市の戦力から向けられる敬愛を勝ち取る。この称号が無ければ彼等までもが操られ、俺もルナさんも簡単に捕まっていただろう。そして、そのまま戦争になっていた可能性が高い。


「さらに、敵対都市の戦力から向けられる畏怖の称号」


 先の条件に加えて、近接戦闘者は魔術を使えなさればならず、魔術士は近接戦闘を行えなければならない。俺が魔術を使え、ルナさんが近接戦闘をこなせなければならないのだ。

 じゃなきゃ俺はショーイカに入れず、槍を使えないルナさんもダシュアンに入れなかった。つまりは敵対都市の戦力から向けられる畏怖の称号を手にできない。


 これが無ければ各フィールドのモンスターを全滅させるのは難しい。敵対する種族が戦っていたら……つまり万を越すモンスターに敵と見做されていたら反対に全滅させられていたかもしれない。

 敵意が向かないから勝てたのであり、死者が出なかったのも同じ理由だ。敵対都市の戦力を率いることができたのは、“畏怖”の称号を持っていたからだろう。


「さらに、各フィールドの突破と条件がハードすぎる」

「“死床山”と“殺戮荒野”ですか」


 一方は死霊騎士を全滅させる必要があり、もう一方は設定人数より下じゃなきゃならない。これではあべこべである。

 しかも魔術都市の近辺フィールドに出現する死霊騎士は魔術耐性が高く、反対にブバン・ズルーは物理耐性が高い。嫌がらせだ、そんなもん。


「これ等の結果を引き出すには、敵対都市を率いるプレイヤーが協力しなければならない」


 そんな条件をイベントに設定するか?

 もし、そういうものだとしても、残る一つの条件によって全てが崩される。


「そして、“違背者”の存在。これが無ければ全ては始まらない」


 まさしくチートであり、イレギュラーであり、各陣営の神を担当したクリエイターにとっての毒である。


「こんな条件、揃えさせます? 可能としたのは奇跡でしょう」


 偶然によって揃うにしても厳しすぎる。


「あまり整理しきれていませんが、こうした事から考察するに、今回のエンディングは用意されていなかったのかなと」


 ハッピーエンドのないイベントなんて救いがないけれど。


「……なるほど」


 ヘスさんは納得してくれたようで、しきりに頷いている。

 なんでも良いさ。ドワーフとエルフが手を結び合い、ルナさんが笑顔でいてくれるのなら。俺が勝ったのなら。


「ところでヘスさん、質問をしても宜しいでしょうか?」

「はい」

「現状についてです。脳ジャックとも言える幽閉状態――、……あれ?」


 あれ?


「ラーさん! 起きた!」

「うわぁ」


 がばり、と抱きつかれた。意識が追い付かなかった。脳が理解できないでいた。

 だって、電子の海はどこにもなく、ヘスさんはどこにも居なく、俺はベッドに寝かされていて、ルナさんに抱き締められている。


 ――これは、なんだ?


「ラーさんずっと眠ったままだったんだから! 本当に本当に心配したんだから! またVRシンドロームに――」


 早口で何かを捲し立てるルナさん。その言葉が少しも耳に入らない。

 全身が得体の知れない不気味さに支配されていた。転移させられたわけではない。本当に一瞬の間で入れ替わった。風景と人物がだ。

 夢? だとしたらあまりにも繋がりがスムーズだ。繋ぎ目や途切れと言ったものが全く無かった。


「ほんとに、何だろうねぇ?」

「ちょっとラーさん、聞いてる?」


 さて。考えても分からない事は考えない。分からないのだから考えたって仕方ない。

 何らかの意図が透けて見えたけど、悪意と呼べる意思が見えたけど、それを明かしてしまえば終わりだろう。強制退場させられては堪らない。

 だから、考えない。俺はもっとこの世界で楽しみたい。


 不可思議にして不気味な経験をした。そういう事なのだろう。そう、無理やりに納得しておこう。


「丸一日も寝てたの? 俺が?」

「そうだよぉ。心配したんだぞー」

「……おかしいな。精々が一時間ってとこだったのに」


 なにが? と言うルナさんに、何でもないと答えて。


「ところで、相棒。お望みのハッピーエンドかな?」


 そう問えば眩い笑顔が返される。おまけに、もう一度強く抱きしめられて。


「うん、相棒。最高のハッピーエンドだよ!」


 なら、良いではないか。あのイベントも悪くなかったな。この笑顔が見られるのだから。


「報酬もザックザクですぜ、アニキ」


 どこかの三下みたいな言い方をするルナさん。報酬か。それは後で良いや。


 今は彼等に会いたい。ダシュアン・ドワーフと、ショーイカ・エルフに。

 クソったれたイベントのエンディングに浸って、成した事を振り返っていたい。


 そうするだけの権利くらいはあるでしょう。


 得体の知れない現象も、透けて見えた悪意も、イベント報酬も今は無視。

 勝ち取った未来ってやつをこの目で拝んで、ハッピーエンドを全身に浴びるのだ。


 暫くは、ああ、本当に休憩しようか。




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