34話 打てる手はあるか
「――ッ!」
跳ね起きて周囲を警戒。二刀を抜いて構える。
何も居ない。知らない場所だ。
豪奢な部屋。出口は一つで、視界に飛び込む空から察するにテラスだろう。
システムから通話を選択。相手は当然ながらルナさんだ。
「出ろっ、何してる!」
コール音が虚しく響く。どうして出ない? 嫌な予感が広がる。
彼の言葉。ルナさんには別の存在がコンタクトしていると。
当然、同じか、似た状況だろう。彼女が操られてしまえばイベントのバッドエンドに大きく近づく。それしか用意されていないのかもしれないが。
コール。
コール。
出ない。行くか、ショーイカへ。
「クソったれだなぁ――ん?」
ぶつり、と。切断を思わせる繋がり方だった。向こう側には知らない女性の声が響いていて、艶やかなそれは精神を蝕むほどに妖艶で。しかしルナさんは無言だった。
「ルナさん?」
『……あ、ラーさん』
感情が抜けた声。感情がこもっていない音。
「ルナさん、大丈夫?」
『大丈夫だよ』
じゃあどうして無感情なんだよ。なんでいつもみたいに笑ってくれないんだよ。
ルナさん。操られちまったのか?
『ラーさん、敵だね』
「――っ!」
その言葉に、視界が色を失った。
仕方ないとは思う。ゲームだとも解っている。
けど、画面で見るだけのゲームとは違い、己の五感を使った状況では没入感ってものが桁違いだ。ストーリーに沿った行動だとしても、それが自分自身の選択だと感じてしまう。
端的に言えば、操られた彼女とだけは戦いたくない。
「ルナさん、駄目だ」
『何が? 戦争をすること?』
「ルナさんが言ったんだぜ? 戦争を止めるって。友好を築き、手を結ばせるって」
ゲーム? これが?
にしちゃあ、楽しくない。ほんの少しもだ。
『何言ってるの、ラーさん。神様に言われたでしょう? 私達は戦わないといけないって』
「言われたねぇ。けど、俺とルナさんが決めた事じゃない」
戻せないのか、彼女を。いつだって助けてくれたのに。いつも支えてくれたのに。
『……ごめんなさい、ラーさん』
「……何が?」
『私は、ラーさんを――きゃ!』
「ん?」
破壊音と、炸裂音。まるで稲妻が走ったかのような。
『なんでっ、私は――キャアアア!』
何度も何度も。それは断続的に鳴り響き、しかし素敵な音色を奏でていて。
これは、ルナさんの魔法。“ライトニング”だ。自分に撃ち込んでいるのか?
艶やかな声の主が焦りの叫びを上げている。ルナさんを操ろうとした、つまりはエルフの神なのだろう。
甘く見たな、ルナリアスという人間を。
「く、ははっ!」
やっぱり似た者同士だな、と。考えることは一緒か。
「ルナさんっ、目覚めたら連絡を!」
ぶつり、と。今度こそ通話が切断される。
彼女のもとへ行かなくては。そう思うが、果たさなくてはならない事がある。
テラスへ。
肌を焼く強い陽射し。肌にまとわりつく暑さ。空は曇天と鍛治煙に覆われ薄暗く、それ等を吹き飛ばすほどの熱狂が下から発されている。
「高いなぁ」
地上まで30メートルといったところか。
ここ、ダシュアンの神殿だ。死に戻ったのだから当然で、しかしいつもとは違う部屋である理由が分からない。
イベントの繋がりか。だから下に群衆が集まってるんだな。誰もが殺気立ち、目を血走らせて。
下を眺めれば、群衆がこちらを指差す。
――ヘラ様だぁああ!
――神託が下った!
面倒なことになりそうだ。まあ、どうせ逃げられない。
飛び降りる。群衆の中に、ギ・シャラヤさん。
「ヘラ殿っ!」
「シャラさん?」
彼が駆ける。ついて来い、という事か。
「ヘラ様ぁああ!」
「へパス様は仰られた! 貴方が旗頭だ!」
「私達を導いてッ!」
知られている。色々をだ。あの男はドワーフの神だものな。その辺りはどうとでもできるだろう。
手が、伸びてくる。剥き出しの感情が迫ってくる。誰もが俺を求め、縋って来る。それは異常に熱狂的で。
そう。まるで、操られているかのように。
男性も女性も、老いも若きも、皆が皆、目を血走らせて。幼きを跳ね退け、その子供達ですら叫びながら俺へと縋りつこうとする。
捕まったところで痛めつけられたりはしない筈だ。むしろ祀りあげられるか。
なんにせよ、捕まりたくはない。
「ダシュアン・ドワーフ戦士団ッ、道を拓けぇええ!」
――おおおおおっ!
ギ・シャラヤさんの号令に応える戦士達。群衆を押し退け、彼の言葉通りに道を作る。
彼等は平常なのか。何故だ?
「行きますぞ!」
「はい」
疾走。駆け抜ける。
「防げぇええ!」
その号令に、またもや戦士達が応える。身を挺して壁となる。
武器は抜いていない。当然だ。相対しているのはモンスターじゃない。守るべき民だ。
とら言え、民衆は狂ったように押し寄せて来る。いくら強くとも無事でいられるものか。
「シャラさん彼等はッ――」
「心配いりませぬ! 適当なところで退避せよと命じてあります! 今は前へ! シュミの工房に!」
ラ・シュミさん。彼も操られていないんだな。
違和感。複数の。
なぜシャラさんや戦士団、シュミさんは平常なのか。どうしてシュミさんは俺を逃がそうとしているのか。
――もしかして彼も操られているのか?
あり得る。消してはいけない可能性だ。
でも、なら、どうして彼等に繋がりを感じるんだ?
俺も影響を受けているのかもな。深いところでは操られているのかもな。フルダイブなどと言う物自体がそれを元にしているのだから。
何も信じられないってわけだ。
少しは楽しくなってきたじゃないか。
「旦那っ!」
シュミさん。やはり俺の知る彼だけれど。
「すまぬな、シュミ。此処しか匿える場所がないのだ」
頭を下げるギ・シャラヤさんに、シュミさんは大きく鼻を鳴らす。
悪態に見えるが彼はそんな人じゃない。気にするなと言いたいんだろう。
「とにかく中へ入ってくだせぇ!」
「すみません、シュミさん」
「気にするこたぁねぇ。今この都市は変だ」
工房で聞かされた話は想像通りの内容であった。
神から御告げがあった。それは都市全体に鳴り響き、誰もが耳にした。御告げとは、俺という神の使いへ神託を授けた事である。
信奉する神からの言葉に民は歓喜した。酔いしれたと言っても良い。
「それ程の狂乱でした」
ダシュアンに住むドワーフは信心深い。敬虔とも言える。
その理由は都市の成り立ちに由来している。
「我等ダシュアン・ドワーフは、流刑によりこの地に辿り着きました」
祖父母が受けた罪を背負って生きて来た。そうして都市を築き上げ、今を生きている。
前向きな彼等だが、実は仄暗い過去を持っていたのだ。だからこそ前を向いて生きて来たのだ。
「故郷へ。それが、先代より紡がれし我等の悲願なのです」
並じゃない。平和に生きる日本人では理解できないさ。
たったの三世代で都市を築き上げた意気地たるや。
俺は彼等を尊敬して止まない。
「帰るには、神様の許しを得なきゃなんねぇ」
神の許し、か。存在ごと信じていない俺からすれば、帰りたきゃ帰れば良いと思うのだが。
そう単純な話でもないのだろう。
「どうすれば許して貰えるのですか?」
「分からなかったのです。つい、先程までは……」
言い淀むギ・シャラヤさんを見て、すんなりと理解してしまった。
なるほど。やっばりクソイベントだな。
「エルフを、ショーイカを滅ぼせと?」
「やはり、へパス神がそう仰られたのですね」
あ。俺に授けられた神託の内容までは知らなかったのか。早とちり、と言うかひどいミスだ。
二人を観察する。何がトリガーになるか分かったものじゃない。こんなミス一つで彼等まで狂う可能性だってある。
「本当にエルフを滅ぼせってぇ? あれを言ったのがへパス様だってのかぁ?」
「かの都市を……戦えぬ者も多くいる」
冷静だ。そして否定的な雰囲気を感じる。
「旦那、本当にへパス様がそう言ったんで?」
「それではまるで子供まで殺せと言ってるようではありませぬか」
二人になら、伝えても良い。そう感じる。一人で抱えるには、ああ、大き過ぎる。
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『ラーさん、心配かけてごめんなさい』
通話の向こうで頭を下げるルナさん。見たわけではないけど間違ってはいないだろう。
「さすがルナさん。俺も操られそうだったけど自殺したよ」
『アハハ。それしか思い浮かばなくって。ラーさんの声を聴かなきゃ無理だったかも』
「今どこに?」
『チーちゃんが匿ってくれてるよ』
互いの情報を擦り合わせる。ショーイカの民もこちらと同じで、なのに魔術士団は操られていない。
これはイベントの正規ルートなのか、またはイレギュラーなのか。
おそらくは後者だ。
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ヘラ:人間Lv.21:開拓者Lv.20/捻じ曲げる者Lv.10
スキル:【双刃技Lv.4】【刃技Lv.11】
【肉体奏者Lv.4】【魔力感知Lv.2】
【空間認識Lv.20】【空間感知Lv.4】
【神聖魔術Lv.17】【魔力操作Lv.8】
【魔術の心得Lv.9】【魔力耐性Lv.6】【急襲Lv.15】
【先陣突出Lv.8】【獅子奮迅Lv.9】【常勝Lv.12】
【未知への挑戦Lv.9】【マッピング】【破天荒Lv.9】
【久遠の累加Lv.1】【不滅の勇猛Lv.1】
固有スキル:【先見の眼Lv.5】【迅雷Lv.3】
称号:【闇に生きる者】【逸脱者】【残忍なる者】
【刃神の奥伝】【森の覇者】【退魔者】
【死者を照らす者】【魂の殺戮者】【魂の守護者】
【魔を覗く者】【ダシュアンからの崇拝】
【ダシu&s_?団#の敬愛】【違背者】【制者】
【ショーイカ魔術士団からの畏怖】
【野性への暴虐】
先天:【竜の因子】
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バグってるのは“ダシュアン戦士団からの敬愛”だ。
アナウンスとイベント説明によれば“ダシュアンの崇拝”に変化した筈で、なのに残っている。
やはりと言うべきかルナさんも同じであり、これは神々の想定外なのだろう。
『だから文字化けしてる?』
「うん。予想だけどね」
これが鍵だ。俺たちに残された希望だ。
『でもアイテムが発動するのは今夜だよ』
そう。時間がないのだ。密林の欺瞞者というアイテム。ルナさんにとっては山脈の欺瞞者。これ等は数時間後に発動する。
破棄も破壊もできないこのアイテムは、各エリアのモンスターを狂わせ、敵対都市を襲わせる。なのに持ち主の意思は無視。時間になれば大挙して対象に襲い掛かる。
戦争を避けたいルナさんと俺にとっては呪われたアイテムだ。
と、イベントのおさらいをしつつ新たな力を把握していく。
まずはスキル“不滅の勇猛”。
パッシブ型であり、身体能力向上という単純かつ強力なスキルだ。“久遠の累加”と同じ効果である。
次に称号“野性への暴虐”。
殺意を乗せた攻撃の与ダメージが上昇する。
これは、あれだな。ゲームとしてはアウトなやつだ。
もう一つの称号“魂の殺戮者”。
一撃死を狙った攻撃の際に身体能力が向上する。また、異常状態の敵に対する与ダメージが上昇する。
「一撃死を狙った攻撃、ねぇ」
どのように判定するのかは気になるところだが、このゲームならプレイヤーの意思感知くらいやってのけるだろう。
などと考察をしている場合ではないのだった。
「ヘラ殿っ、民が!」
声が、聴こえた。無理矢理に意識を掻き集めるような、アイツの。
――ドワーフよ。ショーイカとエルフを滅ぼせ。
「ぬっ!」
「ぐお」
ギ・シャラヤさんとシュミさんが蹲る。苦しげに、しかし抵抗するように。
外。普段であれば活気溢れる大通りを、ドワーフ達が隊列を組んで進んで行く。誰の目にも狂気が宿り、手には武器が握られている。
「強制かよ、クソったれ」
ルナさんの悲鳴。つまりショーイカも同じ状況なのだ。
――あるか? この状況で打てる手が。
「ヘラ、殿」
「旦那」
「大丈夫ですか?」
二人は抵抗できている。あの空間じゃないから力が弱いんだ。それだけの力では、“ダシュアン戦士団の敬愛”を打ち破れないんだ。
とは言え、ピンチには変わりなくって。
『ラーさん、どうしよう!』
分からない。どうするべきかも、何ができるかも。
「けど、焦っても慌ててもいけない。ルナさん、心に負けず、思考を続けよう」
それでも戦争が起こるのなら仕方ない。彼女には言いにくいが。
「今やるべき事をやろう。動けないなら考えよう。一つ一つを整理して、どんな馬鹿げた事でも言葉にしよう。どれだけ低い可能性だって突き詰めよう。思考の先に、手段がある」
『ラーさん……うん、そうだね。私たち二人なら、きっと何とかなる!』
アハハ、と明るく笑って。ルナさんは頬を張った。
分からないけれどね。響いた音から察するに、たぶんそんなところだ。
やっぱり、ちゃんと言っておこうか。
「駄目だったら戦争しよう」
『……何言ってるの?』
我が相棒はお怒りだ。冷たい声も素敵だなぁ。
「単純な計算だよ。ルナさんはエルフとドワーフの命、選ばなきゃならないならどちらを選ぶ?」
『それはっ!』
「俺はドワーフだ。そして俺とルナさんは真の意味では死なない」
そうなった時は相棒を解消されるだろうけれど。
『そんなの……嫌だよ』
「うん、俺も。その時にはゲームとして割り切るしかない」
そもそもゲームのシナリオを変えるなんて不可能なわけで。神々がそうと決めた以上、取れる手段などある筈もない。
『ラーさん。さっきと言ってる事が違うんですけどー。思考の先に手段があるって言ってたのにー』
「だよね」
『だよね、って……ラーさんちゃんと考えてる? 考えるのはラーさんの担当なんだからね!』
それは初耳である。そして残念なことに、俺はすこぶる頭が悪い。
『ラーさんは戦闘狂だからなー。なんだかんだ楽しみそう』
それは心外である。そして悔しいことに、俺も半ば同意できる。
『なんだか気が抜けちゃったよ。ラーさんといると毎回こんなん。上手く戦争するしかないかな』
「大丈夫だよ、ルナさん。何もできなかったら、その時は――」
さあ、局面は終盤だ。やってやりましょう。




