31話 歪な笑顔
「ヘトヘトだぁー!」
アハハと笑う我が相棒は、言葉とは裏腹に元気そうである。
俺は息も絶え絶えだけれど。
夜明けと共に始めた“死床山”攻略が終わったのは、日を跨ごうかという時間だった。
待てども新手の出現はなく、アナウンスの言葉を借りるなら、この窪地は清められたのだろう。
これで今後の懸念は振り払われた。激戦だったが、終われば呆気ないものだな、と。
背中を預け合って座る。ルナさんから伝わる温もりが心の緊張を解いていく。冷たい夜風に乗って運ばれる彼女の甘い香りが肉体を解していく。
「ありがとう、ラーさん」
「何言ってんの。ルナさんのピンチには駆けつけるよ?」
「うん、そっかぁ。相棒、だもんね」
そうさ、相棒だ。普段は一緒に攻略するわけじゃないが、いざという時には頼り合う。
「だから、ピンチの時にはいつでも呼んでください。何処にでも飛んで来ますから」
「あ、はい。うん、ラーさん、ありがとう。私も、ラーさんのピンチには駆けつけるからね」
彼女は喜びながらも、何故だか動揺している。はっきりとそう感じる。
ルナさん、称号に変化あった? アナウンスされていたけれど。そう、話題を切り替える。
「え? あ、みたいです。“ショーイカ魔術士団の敬愛”が“敬畏”になりました」
ふぅん? 敬意、か。
「ラーさんラーさん」
背後からの呼びかけ。後頭部同士をこつりとぶつけて。
「突破報酬の称号とスキル取りました?」
「ん、まだだね」
と言いつつ取得していこうか。当然ながら取得可能になった全てをだ。
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ヘラ:人間Lv.21:開拓者Lv.20/捻じ曲げる者Lv.10
スキル:【双刃技Lv.4】【刃技Lv.11】
【肉体奏者Lv.4】【魔力感知Lv.2】
【空間認識Lv.20】【空間感知Lv.4】
【神聖魔術Lv.17】【魔力操作Lv.8】
【魔術の心得Lv.9】【魔力耐性Lv.6】【急襲Lv.15】
【先陣突出Lv.8】【破天荒Lv.9】【常勝Lv.12】
【獅子奮迅Lv.9】【未知への挑戦Lv.9】
【マッピング】【久遠の累加Lv.1】
固有スキル:【先見の眼Lv.5】【迅雷Lv.3】
称号:【闇に生きる者】【逸脱者】【残忍なる者】
【刃神の奥伝】【森の覇者】【退魔者】
【魔を覗く者】【ダシュアン戦士団からの敬愛】
【違背者】【ショーイカ魔術士団からの畏怖】
【制者】【死者を照らす者】【魂の守護者】
先天:【竜の因子】
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称号の増え方が加速してるな、という感想であり、凡その構成は出来上がったという印象でもある。
嬉しいのはパッシブ型が増えてきた事だ。
まずは“森の覇者”。自然治癒力にプラス補正が入る。
次に“退魔者”。魔力を使用した攻撃を受けた際に被ダメージ減少効果を持つ。
嬉しいのは“制者”。感知系スキルに大きなプラス補正が入る。さらには身体能力が向上する。
最新のものだと“死者を照らす者”。アンデッド系エネミーへの与ダメージ率が上昇する。
そして“魂の守護者”。状態異常への耐性が大きく向上する。
謎なのは“違背者”。世界の理を破る行動の成功率が上昇する。
とまぁ、パッシブ型称号として最初に入手した“刃神の奥伝”を含むと8個になった。
さらに“久遠の累加”は、スキルとしてレアなパッシブ系であり、身体能力向上という単純にして強力な性能を持つ。
当分はソロで何の問題も無さそうだ。
などと考えていたのだけれど。
「お目覚めですか」
ソロで“殺戮荒野”に突っ込めば呆気なく死に戻りしてしまう。マップ全体をブロック化するのは諦めるとして、しかし突破口くらいは掴みたい。
ブバン・ズルーの野生本能とスピードが厄介だ。味方ごと押し潰してでも飛び掛かってくる。殺しへの向き合い方がひどく野蛮で、苛烈だ。
何よりも、群れで来られると一撃で殺すのが難しい。
いや、それが普通なのだけれど。アンデッド系には、宝珠という剥き出しの心臓があるから楽に殺せてしまう。楽な殺しは思考と感性を鈍らせ、手抜きという堕落へ進ませる。
これは、いけない。アンデッド系は当分のあいだ近づかないでおこう。
で、荒野に突っ込むわけにもいかない。いつルナさんが来ても良いように万全を保たなければ。デスペナなどもっての外である。
『おめでとうございます! 固有スキルの取得が確認されました!』
『第二号取得者には特典が与えられます! 特典は第五号取得者まで用意しております! プレイヤーの皆様、是非とも固有スキル取得を目指してください!』
そんなアナウンスを聴き流し、自分を見つめ直す。
知らない誰かの強さに構ってはいられない。今は自分だ。
「知ってる誰か、の可能性が高いけどね」
我が相棒とか。
ともかく、スキルと称号に頼ってばかりではすぐに行き詰まるだろう。
これは、俺自身を鍛えなきゃ駄目かな。
「故に、我らと共に鍛錬を?」
「はい。お邪魔でしょうか?」
「なんの。皆、気合が入るでしょう」
ドワーフ戦士団の訓練場。そこはまさしく戦場なわけだけれど。
都市の出口付近。つまりは“殺戮荒野”の入り口。その中で戦士同士で武技を高め、襲い来るブバン・ズルーがあれば部隊練度を高める。
安全な場所で鍛錬すれば良いのにとは思うものの、猛々しい彼等らしいとも思う。
「学ぶことが多いなぁ」
言葉にしつつ、二刀を振るう。
戦士達の洗練された動きとは違い、ひどく暴力的な素振り。まだまだ、なのだろう。
ドワーフ達のは武技で、俺のは暴力。そう。彼等には技がある。
日本で見た武道や武術ではない。それは技であり、生きるための知恵であり、敵に勝つ力でもあった。
俺は単に殺しているだけ。彼等は勝ちへ結びつけている。
上手く言えないが、彼等と俺の差を表現するとそうなる。
「ヘラ殿は、やや単調になる癖がありますな」
上手く言葉にしてくれたのはギ・シャラヤさんだった。
単調。まさに適切な表現である。
「攻勢は身を守ることに繋がるものですが、しかし、守りが勝ちに繋がることもあるのです」
言いながら斧を構えて手招き。来い、ということだろう。
前へ。“迅雷”にて撹乱し、彼の意識を散らし、肉迫。刺突。
「ふむ」
「――うおっ」
硬質な音が聴こえるよりも早く、俺は地面にすっ転んでいた。
刺突は斧で受けられ、滑らされ、重心ごと崩されたのだ。
届くとは考えちゃいなかった。けれど、こうも華麗に捌かれるとも思ってはいなかった。完敗である。
「受けて、崩す。ヘラ殿に足りないのは、こうした考えですな」
技量でなく、考え、か。攻勢だけが敵を倒すものではない、と、そういうわけだ。俺は身体能力に胡座をかいた馬鹿だ。なるほどな、と。
「単調ですね、俺。これじゃ駄目だなぁ」
「そうは言いませぬ」
斧を下げて一礼をするギ・シャラヤさん。つられるように頭を下げれば、彼は男臭い笑みを浮かべて、こう続けた。
武技とは一側面から見るべきものではなく、また、一側面のみで語れるものでもない。己の武技を突き詰める事が、時に偉大な強者を生みまする。
単調さと極めることは別物だ。何を極めるべきかを見定めるために、色々な考えでもって鍛錬しなさいよ。彼が言いたいのはそういう事なのだろう。
それを踏まえて、素振りをする。“空間認識”で己を捉え、一つ一つを変えていく。
夜は都市の付近で戦い、日の出と共に戦士団の鍛錬に加わる。
と、そんな充実した日々を過ごしていれば、ゴットレスの南エリアが攻略されたり、プレイヤー間での小規模戦争イベントがあったり、他は他で色々と楽しんでいるらしかった。
本当に時間をかけすぎだよ、このイベントに。そろそろ終わらせないとな。
なんて事を考えていれば。
『ラーさん、つきました! 戦場都市ダシュアン! 素敵だぁー!』
ドワーフカッコ良い! と通話の向こうで叫ぶ女性。ルナさんである。背後では苦しげな呻き声。
ああ、そうだった。ダシュアンへ入るには門番のドワーフに近接戦闘で勝つ必要があるんだった。
彼女、近接も強いからね。あの門番では荷が重い。
何にせよ待ち人来たる、だ。
「シャラさん」
「何ですかな?」
「会って頂きたい人が居ます」
以前に話した相棒です。そう言った途端、戦士達から闘気が溢れ出す。
うん。嫌な予感しかしないのです。
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「かの魔術士団の懐剣殿っ! いざ尋常に勝負!」
「女だとて容赦はせぬぞ!」
「憎き魔術士め! この土地を奪いに来たか!」
「命乞いをするまで嬲ってやろうではないか! にしても美しいな」
まあ、こうなる事は簡単に想像できたわけで。
現在、ルナさんを千の戦士達が囲んでいる。腕試しだと言った戦士団は、しかし殺気めいた気配を隠しもしない。
ルサさんは苦笑いを浮かべつつ、通話にて俺に待機を指示した。
何とかしてみせる、ということだ。相棒にそう言われてしまえば見守るしかない。
これもイベントの一環だろうし。ルナさんも分かっている。だからこの状況を受け容れているんだ。
俺は魔術士団と。ルナさんは戦士団と。
俺は四人を相手に切り抜け、さて、彼女はどうか。
ピン、と張り詰めた空気が、互いの本気度を示している。
せめて条件の提案だけでもしようかな、とも思うが、戦士達の気質から考えて複数で挑むことはしないだろう。
「あのー。始めても良いです?」
突然、何の脈絡もなく、ルナさんから打ち出された挑発とも受け取れる言葉。しかし、彼女の表情には嫌らしさも気負いもなく、だからこそ戦士団にとっては最高の挑発になる。
「御相手願おうか」
言って、ギ・シャラヤさんが前に出る。
手強い相手だな。さすがのルナさんでも厳しいか。いや、始める立ち位置によってはそうでもないかもな。
シャラさん、彼女の魔法は速いぜ? 飛翔も、発動も。
「いざ、参る」
「はい? 一人で?」
ルナさんから漏れる気の抜けた声。まさか、この人――。
「私、こう見えて短気で執念深い性格なんです」
急にどうしたのだろう。短気なのは知ってるけれど。
「小さい頃から、売られた喧嘩は必ず買っていたんですよ」
それは少しばかり意外だ。場を上手く収めそうなのに。
「それで、ですね。たった今、私に、喧嘩を売った方の顔は覚えているんです――ねぇ、皆さん」
にこり、と。微笑んだルナさんから轟々と魔力が迸る。“魔力感知”のレベルが低い俺じゃ全容は分からない。
分かるのは、ルナさんが戦士団全員を標的にしていること。
そう、標的なのだ。決闘でもなく、戦いでもない。言うなれば、狩りだ。
彼女の周囲にはありとあらゆる魔法や魔術が展開されていて、トリガーを引いた途端に戦士団を襲うだろう。
全員を狩りとる事などできる筈もないが、どれだけの死人が出るかは想像に易い。
「ぐ、むぅ」
「……シャラさん。勝負あり、でしょう?」
彼の肩に触れ、そう言ってみる。
「なんと、いう。魔術士とは、使徒とは、これほどなのか……」
いいや。彼女は飛びっきりに特別だ。それに、“死床山”の時よりも強くなっている。この数日で何があったのか。
これは、離されちゃったな。
「固有スキルをゲットしちゃいました!」
にしし、と笑って言うルナさんは、“ダシュアン戦士団からの畏怖”という称号を勝ち取り、ブバン・ズルーの肉にかぶりついた。
ダシュアンの中心街。その大通りの端に座り、彼女とゆったり過ごす。
「固有スキル、ですか」
「ですです。“魔の深淵”、てやつで、魔力消費率が下がります。しかも威力上昇のオマケ付き!」
毎日話しているのに聞かされていなかった。
「驚かせたかったの! リアクション見たら、バレてたっぽいけどー」
苦笑いのルナさんは、お望みのリアクションをしなかった俺に不服があるらしく肩をつついて来る。
驚いて欲しかったのか。そうなのか。予想、当たってたしなぁ。
「ルナさん向きの能力だね」
「はい! 特典で貰えた称号とスキルも良いかんじで。魔法に込める魔力を……あんな事やこんな事ができちゃいます!」
強いわけだ。人のことを言えた立場じゃないが、個人としては独走しすぎではなかろうか。
「そんなことないよぉ。私、種族レベルまだ20だし」
俺と変わらないじゃないか。21だし。もっとサクサク伸ばして行きたいところだ。
「ラーさんも経験値重いもんねー。でもでも、20をこえた人達って結構いるんだよ?」
「へぇ?」
「うん。ギルドで言えば“へーエルピス”とか“ナイトメア”とか。あと、ギルド組んでるのにソロで活動してる“十二戦士”。あそこ、皆んな凄く強いよー」
よく知ってるなぁ、と。彼女は彼女で独自の情報ルートでも持っているのだろう。
「ああ、うん。“ナイトメア”にね、知り合いが」
「……あまり良い噂は聞かないギルドだね?」
「うん……あ、ほら! ラーさんは“へーエルピス”に知り合いが居るでしょ? あそこはカッコ良いよねぇ」
部隊、って感じで! そう言うルナさんの笑顔は、とても歪だった。苦笑いとも違う、無理矢理に捻り出した笑みだった。
ナイトメア、か。豊富な資金力を持つらしいが。その収入源がPKというのが何ともな。
ま、他人のプレイスタイルにケチをつけるほど偉くはない。
「“へーエルピス”はさ、プレイヤー代表って認知されてるよ。南を攻略したのもあの人達だし、個人の強さも“十二戦士”の次に高いみたいだし」
へーエルピス、ね。ヨミさんの。彼女が居るなら強いさ。パーティーで挑まれたら俺じゃまず勝てないだろうな。ルナさんとなら、うん、何とかなりそうだけど。
タチミツさん達はどうなのだろう。彼等もきっと進んでいる。“チームタチミツ”は西を攻略したし。
獅子丸くん、ほったらかしにしてるなぁ。
「ところで、イベントアイテムに変化はありました?」
死床山を攻略した際のアナウンス。山脈の欺瞞者が使用可能になったとか。
「そのままですよー。けど、説明文が追加されていて……」
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山脈の欺瞞者
決まった日時にのみ発動
???????????
──────
ルナさんから送られたスクショを見る。相変わらず意味は分からないけれど。
「称号にも変化が」
ルナさんによれば、“ショーイカからの敬意”という称号が加わったらしい。
「イベントが進んだな」
そういうことだろう。つまり“殺戮荒野”を突破すればさらに進む筈だ。
どこに行く着く? 何をさせる? 気持ち悪いなぁ。
「作戦はどうします?」
明日は日の出前から出て、可能なら日暮れ前には密林に入りたい。
「駆け抜けます。敵を殺すことよりも、密林にたどり着く事を優先に」
それが、作戦だ。
懸念はやはり、突破した後のことだ。密林から死に戻りしたとして、また大量のブバン・ズルーを相手にしなきゃならないのか、それとも“死床山”のように何も居なくなるのか。
おそらくは後者かな、と。じゃなきゃゲームとして破綻してるじゃんね。
「ラーさん。明日、頑張ろうね!」
そう言うルナさんの笑顔はやっぱり歪で。思わず目を背けたくなるほどに苦しげだった。