29話 ルナリアスってどちら側?
魔術都市ショーイカに行く。
そう伝えた時のダシュアン・ドワーフ戦士団の反応はひどいものだった。
叫ぶ、吠える、泣く。中には胸倉を掴んでくる戦士もいた。
どれだけ嫌っているのだろうか。
ヘラ殿っ、何故あのような腰抜けの都市に! などとギ・シャラヤさんまでもが顔を真っ赤にしながら怒っている。恐い。
「ま、まさか、ヘラ殿、ショーイカへの移住をお考えか⁉︎ 我らを見捨て、奴等を助けようとッ!」
いや、話が飛躍しすぎだろう。というかダシュアンに定住してもいないし。死に戻りのポイントを此処に設定しているだけだ。そう言おうと思ったんだけれど。
なんだとー!
戦士の中の戦士であるヘラさんがっ、腰抜けどもの一味にッ⁉︎
奴等の幻術にかかっているのではないか?
終わりだ……我ら戦士団に明日はない。
そんな事を次々と口走る戦士たち。どんだけだよ、と。
ここまで嫌えるものなのか。やはり、二都市の関係はすでに修復不可能なところにあるらしい。
「あのー、俺は魔法都市ショーイカに住むつもりはありません。助けるつもりも。同じ使徒である仲間を助けに行くのです」
「使徒様を?」
「相棒がいるのです。俺は彼女の助けになりたい」
「相棒を」
静まり返る詰所は、それはそれで不気味だ。
「なるほどっ、そうでしたか! 何故もっと早くに仰ってくださらないのか! はっはっは!」
いやいや。喋る隙間なんて無かっただろうに。
宴だ! ギ・シャラヤさんが放ったその一言で、詰所は一気に活気付いた。
なんとなくだけれど、イベントを進めた感があるなぁ。
「とまあ、ダシュアンはそんな感じ」
「うへー。私が行ったら殺されそう……」
それはない、と思いたい。なんせ、数日後に荒野の突破を手伝って貰う予定なのだ。
でもまずは、ルナさんのお手伝いである。
「すんごい景色」
魔術都市ショーイカ。ここには俺が求めるものがあった。
山々に囲まれた盆地に、その都市は形成されている。
視界の全方位に雄々しい山があり、広大な自然とはこの景色を指す。吹き抜ける風は冷たくも爽やかで、手を伸ばせば届くと思えるほどに空が近い。
都市自体も素晴らしい。端的に言えば、戦場都市ダシュアンの雑多さとは真逆である。あれはあれで好きなのだが、ショーイカは分かりやすく綺麗だ。
全ての建造物が白と青で配色され、理路整然と建ち並ぶ。至るところに海月のような生物が漂い、それ等は淡い七色に光りながら風鈴めいた音を奏でる。
都市の中心にはドーム型の聖堂。そこから四方に伸びる通りを歩けば様々な本屋が建ち並び、丁寧に整えられた本棚が意識を誘う。
古めかしい趣き。現実にはない魔術生物。石造り故の景観。余裕を感じさせる物静かな人々。
心が澄んでいく。
魔術都市ショーイカ。俺は此処が大好きだ。
「都市に入るのに試験があるとはね」
「ごめん、ラーさん。言ってなかった。ほら、ラーさんは魔術が使えるから」
そうなのだ。魔術都市に入るには魔術が使えなければならないのだ。
門で使ったらすぐ入れたけれど。それに、ダシュアンも試験があったから予想はしていたけれど。
「ルナリアス様ぁ――きゃああ! オーガよ!」
通りの向こうから一人の女性が走って来る。やはりと言うべきかエルフであり、予想通りに俺を見て悲鳴をあげた。
騒がしいエルフも居るんだなぁ、と。
「チノちゃん、違うよ! この人が噂のラーさんだよ!」
噂されているのか。少しだけ興味がある。
ヘラと申します。このような見た目ではありますが、宜しくお願い致します。そう挨拶をすれば、チノと呼ばれた女性は驚きを隠しもせずにこちらを見つめた。
「い、意外に礼儀正しいのね。もっと恐ろしい奴かと思ってたわ」
挨拶しただけで驚かれるって、いったいどんな噂なのでしょうか?
ルナさんを見れば知らんぷり、の奥で薄っすらと苦笑い。まあ良いさ。自覚はある。
「私はチノメル。ショーイカ魔術士団を預かる者です。でも、素顔くらいは見せて頂きたいわね」
「改めまして、ヘラと申します。何一つ預かっていない風来坊です。このお面、呪われていて外せないのです」
呪い⁉︎ と驚くチノメルさんと握手を交わす。柔らかい手だ。まるで苦労を知らない生娘の掌だ。
だが、ショーイカ魔術士団長という肩書き。伊達ではなかろうし、“先見の眼”も強いと言っている。
呪い……感じないのに……つまりは高位の。などと呟くチノメルさん。楽しい人である。
「チノちゃん。それ、ラーさんの冗談だから。からかわれたんだよー」
「嘘なのッ⁉︎ なんという非道!」
本当に騒がしい女性である。面白いなぁ。でもやっぱり、凄く強い。
「ヘラ様は、強いと聞いていますが」
感じ取ったのは彼女も同じらしく。
「魔術を避けてみせる、というのは本当かしら?」
そう言って、ひどく挑発的に笑ってみせた。
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「で、これが噂のフィールドですか」
「ふ、これが噂のフィールドですよ」
なぜかニヒルに笑いながら銀髪をかき上げるルナさん。キザったいのもよく似合う。
そこは、山脈の鞍部からさらに降った狭い狭い窪地であった。さらに言えば、敵が数えきれないほどにいる。
埋め尽くすほど、と言うのが正しいか。
敵は直立二足で、人型。というか人だろ、あれ。鎧や兜で隠れているが、まさか獣ではあるまい。
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亡霊騎士/死霊Lv.9
不死族/闇属性/???
スキル:剣技
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亡霊騎士/死霊Lv.10
不死族/闇属性/???
スキル:槍技
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亡霊騎士/死霊Lv.11
不死族/闇属性/???
スキル:???
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死霊か。地底空洞からの流れを踏襲してるってわけだ。鎧の隙間に宝珠があるのは有り難いね。
「ここ、見たまんま、敵がたくさんのフィールドかな?」
「ええ、見たまんま、敵が増し増しのフィールドです」
うんざりと言った表情の彼女は、察するに何度も死に戻りを経験しているのだろう。
仕方ない。これだけの敵に囲まれることを想像したら、いかにルナさんと言えども突破は困難だ。
「しかも経験値が入らないっ!」
「……ゼロ?」
「はいっ! 何体を倒そうとも、どれだけ戦おうとも、なんとっ、この先ずっと据え置きのゼロッ!」
怪しい通販番組のような言い回しをして、アハハと明るく笑うルナさん。表情が豊かだなぁ、と。見ているだけで楽しくなる。
とは言え、これは、うん、もはやイベントそのものだと思えてしまうな。荒野との共通点が明確すぎる。此処と“殺戮荒野”を突破した時、イベントに変化が起きるのだろう。
「中心の地面に迷宮への入り口があります。あそこまで行きたいんですが」
いくらルナさんでも無理、だよな。千体を軽く軽く越えている。
どうしたものか。ルナさんと二人だとは言え、突っ込めば数分と保たないだろう。数の恐ろしさは身に染みている。あれだけ密集されていては刀を振るうのも難しい。飛び込んだ途端に袋叩きにされるだろう。
ちなみに、窪地からの攻撃は弾かれるらしい。見えない壁があるのだとか。
楽させてくれないなぁ。
できない言い訳はこれくらいにして、思考を攻略に向かって可能な限り進める。
まずは地形。窪地としては非常に狭い。直径が50メートルほどの円状で、敵はそこから出て来ない。自然の闘技場を思わせる此処が今回の戦場だ。
つまりは“殺戮荒野”と違い、限定的なフィールドである。これは大きな利点だ。どこからか増え続けるブバン・ズルーの群れに比べればずっと良い。敵の全容を知れるというのは、すなわちゴールが見えているに等しいのだから。
次に目的地。これは“殺戮荒野”より厳しいと言える。
ルナさんが語る迷宮への入り口は見えず、彼女によれば一人が通れるほどの大きさらしい。密林に逃げ込めば助かる可能性のある荒野と、一つしかない入り口では難易度が違う。
そして、敵。これに可能性を見ている。
だって、どれも剣や槍などの刃物を持っているもの。俺個人に限って言えばかなりのアドバンテージだ。
最後に、突破した後の方針。疑問、と言い換えても良い。
此処を今攻略したところで、次はどうなるか分からない。“殺戮荒野”にも言えるが、フィールドである限り一度突破して終わりってわけではないだろう。
とは言え、何度も攻略しろと言われたら即クレームものだ。だからきっと、ゲーム的な攻略法がある筈で。
つまるところはお互いが得た称号による都市戦力の掌握と、それを利用した撃破であり、そこに他プレイヤーを巻き込むことなのだろう。
「でも、な」
敷かれたレールに乗るくらいなら、最初からソロを選んだりしない。
良いね。燃えてきた。絶対に二人で突破してやる。
「ここ、敵の上限は固定ですか?」
「上限?」
「ああ、ほら。殺したぶんだけ減るか、元に戻るか、それとも増えてしまうのか」
ちまちま削っていければ楽なんだがな。我ながらせこい考えである。
「いいえ」
だよな。
「削ったぶん、いつの間にか増えてますね」
「いつの間にか?」
「ですです」
「それは同じだけの数?」
「うーん。数えたわけじゃないですから。数えるとか多すぎて無理ですし」
ふぅん? それは何ともまぁ、大きなヒントじゃないか。
さて。考えをまとめよう。
此処は全てが限定されている。線引きでもされたかのような敵の配置と狭い入り口、そして敵数と、さらには攻撃有効範囲。
少数による突破は難しく、これまでの経緯から考えれば、都市の戦力を頼るというイベントの根幹を予測させる。
あとは、敵数の増減と、時間の確認。
「何度か戦闘を。二十体ほど殺したら即離脱。生きる事を最優先に」
ルナさんに指示を出し、窪地へと降りていく。敵は迎撃の姿勢どころか反応すら見せない。
これもまた、大切な情報だ。
「では、行こうか」
「はいっ」
近付けば敵の密集度がよく分かる。俺じゃ、あそこには入れない。入ったとしても10秒と保たない。俺にとっては飛び込む瞬間が最も致死率の高い場面だろう。
何にせよまずは飛び込む必要があるけれど。
「おじゃまします」
突っ込む。手近にいる個体の宝珠を切り裂き、何とか足場を確保する。
狭いな。こんな戦闘は想定したことがなかった。むしゃぶりつかれそうだ。
でも俺が暴れるスペースを生み出すくらい、彼女には容易い。
「撃ちます!」
「合わせます」
切り拓くのはやはり、ルナさんの魔術。
「フレイムランスッ、ライトニングッ、ロックレイン!」
轟音と派手なエフェクト。刀を振るう分のスペースどころか疾走できそうだ。
魔術、だよな。威力がえらく上がってる。当たったら死ぬんじゃなかろうか。
まあ、飛び込むんですけど。
「ははっ!」
やはり、此処は良い。彼女だからこそ生み出せる景色と音色。この中に、ずっと居たい。
「威力がっ、上がってませんかね⁉︎」
「融合して“魔法”になりましたからっ!」
ほぉん。魔術ではなく魔法ね。我ながら相も変わらず間抜けだな。先に知るべきは彼女の強さだったか。ダメージ、受けちゃってるし。
「くふふ」
やはりルナさんは最高だ。“先見の眼”を得て突き放した? 何を馬鹿なことを。俺が登った分、彼女も登っている。もしかしたら、俺なんかより高く。
彼女が居れば俺は孤独じゃない。だから、俺も彼女を孤独にしちゃいけない。
さらなる強さを掴み取れ。その先へと辿り着け。
「充分です!」
「退がります!」
斜面に戻り、敵を見る。追っては来ない。それどころか視線すら向けて来ない。
彼等にとっては明確なラインが存在するらしい。
「ふぅん? 見えてきたな」
突貫と退避を繰り返し、様々に試していく。
ラインはどこか。外側からの攻撃は有効なのか。飛び込むべき場所はどこか。敵はどのタイミングで増え、どれだけの数が増え、どこから来るのか。指揮官はいるのか。俺とルナさんの攻撃はどれだけ浸透するのか。
それ等の確認と検証のため、試行と結果を積み重ねていく。マップをブロック化し、脳内で詳細な情報を書き記していく。
「魔力耐性が高いんだよなぁ」
敵のね。
宝珠という明確な弱点を持ちながら、しかしルナさんの魔法でも数撃が必要になる。彼女にとっては相性が悪い。
手数が要るからMPの枯渇も早く、それはスタミナも同じだ。
「ちょ、休憩、させてください」
戦い続けて六時間。退避を織り交ぜながらとは言え、普通のスタミナじゃ厳しいか。
「いや、じゃなくて。スタミナはポーションあるから問題なっし」
あら? じゃあどうして疲弊して見えるのだろうか。
「ラーさんに魔法を当てちゃうのが申し訳ないんだよぉ」
なるほど。心の摩耗か。俺が死ねばPKになってしまうものな。
そうなれば“プレイヤーキラー”という称号が強制付与され、しかもその称号は全プレイヤーから見えてしまう。
彼女の魔術――魔法は、以前とは別物である。威力、範囲、速度、その全てが向上している。だから躱すのは困難で、“先見の眼”による未来予知が発動しない時は当たることもあるわけで。
特に“ライトニング”という稲妻が厄介だ。カーズドナイトのソロ突破報酬である“退魔者”が無ければ死んでたな。あれは魔術系ダメージを軽減してくれるから。
回復薬、足りないなぁ。
「でもまあ、大丈夫ですよ」
「ラーさんがそう言うなら、信じます」
うん、大丈夫だ。だって、新しい称号とスキルが手に入ったし。
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ヘラ:人間Lv.21:開拓者Lv.20/捻じ曲げる者Lv.10
スキル:【双刃技Lv.4】【刃技Lv.11】
【肉体奏者Lv.4】【魔力感知Lv.1】
【空間認識Lv.20】【空間感知Lv.4】
【魔術の心得Lv.9】【未知への挑戦Lv.6】
【先陣突出Lv.8】【強脚Lv.20】【魔力耐性Lv.6】
【神聖魔術Lv.17】【魔力操作Lv.8】【急襲Lv.15】
【常勝Lv.12】【獅子奮迅Lv.9】【マッピング】
【破天荒Lv.9】
固有スキル:【先見の眼Lv.2】
称号:【闇に生きる者】【逸脱者】【残忍なる者】
【刃神の奥伝】【森の覇者】【退魔者】
【ダシュアン戦士団からの敬愛】【魔を覗く者】
【制者】
先天:【竜の因子】
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新たに追加したスキルは“魔力感知”。読んで字の如くである。
称号の“魔を覗く者”は魔力が靄となって可視化でき、発動の瞬間は見えないものの、重宝すること間違いなしだ。無茶も実れば有意義だ。
戦闘スタイルとしてスキルや称号の取得に向いているのだろう。だから続けてるというわけでもない。これしか出来ないだけだ。
「で、見えましたね、攻略法」
「え、見えましたか、攻略法」
増える敵影を睨みつつ、その膨大な数を把握しつつ、脳内で数字を読んでいく。
意外にも単純な仕掛けだ。でも、だからこそ賭ける価値はある。
「ラーさん?」
「ん、ああ、ごめん。でもこれ、突破できるよ」
「本当っ⁉︎」
輝く笑顔。癒されるなぁ。
で。とりあえずやるべき事があって、それには確認すべき事が二つある。
「ルナさんて、痛覚マックスでしょ?」
「はい。私、後衛だから攻撃もらわないですし」
攻撃を受けないのは後衛職だからじゃないだろうに。並の魔術士ならソロプレイ自体が厳しい筈だ。
「肉体を使ってる感覚あります?」
「ありますよぉ。でも、操ってる? って感覚かな」
やはりルナさんもこちら側だ。
なら、彼女は連続使用を可能とするだろう。数回跳ねるくらいなら確実だ。
「お金って幾らありますか?」
「…………はい?」
おっといけない。これでは金の無心をするたかりである。
「とりあえず、スキル取得と、買えるだけポーションを仕入れます」
まずはルナさんの退避能力向上。次に物資の調達。その後に攻略だ。
『おめでとうございます! ポイズンロックタートルの討伐が確認されました! “西ガザン大湿地”エリアの攻略が確認されました!』
『これにより新たなるエリアが解放されます! 第二の拠点、“石の都バンホルン”のポータル解放、及び転移ゲートが使用可能になります!』
『これよりアップデートを行います』
と、考えていたけれど。
とりあえず夢を見る時間のようだ。
起きたらタチミツさんと獅子丸くんに『おめでとう』を言わなきゃ。