28話 ジョークのセンス
地底空洞、突破できました。システム通話でルナさんにそう言えば、彼女は安心したように息を吐いた。
耳に当たる筈もないそれを感じながら、俺も同じく息を吐く。少し、心を鎮めないと。
『さすがラーさん! でも厄介じゃなかったです? 狂乱状態のカーズドナイト』
狂乱状態? ……ああ、赤い靄をまとうやつ。あれは素晴らしかった。魔術を苛烈に放ち、その中を片脚で突進して来る迫力は圧巻だった。俺も彼のように在りたい。
だが、良い検証になったな、とそんな感想だ。
「ルナさんはどう戦ったんですか?」
『離れて魔術バシバシ、です。突進して来たけど、近付けさせませんでした』
あれだけ多様な魔術を、あれだけ連続で撃たれたら接近するのも困難だ。やられたら嫌だな。
『ラーさんは?』
「岩を隠れ蓑にしつつ、接近と離脱を繰り返して、まあ、ルナさんの想像通りかと」
『うわー。アレと接近戦ですかぁ。ラーさんはラーさんだなぁ』
うん。俺は俺だ。好きなように進み、思うように戦う。
けれども、とうとう自覚せざるを得ない。現状、俺は独走していると。強さにおいて、他プレイヤー達とは隔絶していると。
それは少しだけ寂しい気がするのです。
自覚してしまえば孤独感に襲われた。ルナさんだって強いとは思うが、“先見の眼”というスキルはそれさえも疑わしくなる程の性能を持つ。
では二日後に。そう言ったルナさんの声は明るかった。彼女らしい凛とした響きと暖かさが感じられた。だからこそ、俺は寂しいと感じる。
覚えちゃったもんなぁ、オンラインゲームの楽しさを。
いや、マルチユーザーゲームと言うべきなのかな。
多くの人と出会い、様々に語り合い、繋がりというものが形成された。それは想像以上に楽しくて、まるで体感した事のない感動があって。
遊ぶ。その感覚は、子供の頃から味わっていなかった、心躍らせる煌びやかなもので。
他プレイヤーから逸脱した強さは、そういった楽しみ方を奪うデメリットでもあるわけで。
「でもまあ、ソロですし」
変わらないんだ、それだけは。何があろうと絶対に。
けど、大勢の仲間と肩を並べ、背中を預け、そうして得た勝利は、きっと素晴らしいだろうな。
俺とルナさんがそれぞれ立ち向かっているフィールドは、まさにそうした環境で。
得られた称号からも誘導が見え透いていた。
ふざけやがって。ソロプレイヤーを舐めちゃいませんかね?
「ん」
着信。タチミツさんだ。見透かしたかのようタイミングは、何故だか彼らしいと思ってしまう。
「はい、ヘラです」
『やあ。いきなりで申し訳ないが、ゴッドレスで会えないかい?』
本当にいきなりだな。別に会うのは良いのだけれど、通話ではマズい内容なのだろうか。
正直に言えば、今は誰かと会う気分ではない。できれば、ブバン・ズルーの大群に喧嘩を売りたい気分だ。
『ヘラくんに話があるのは私じゃないんだよ』
「ふん? 俺が知っている人ですか?」
『ああ。獅子丸だ。君と語り合いたい、と言っている』
獅子丸くんか。彼には似た空気を感じる。人間としての根本的な部分が同じである気がする。
彼になら、会ってみたいな。うん、会ってみよう。
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「と、思って来たのですが」
「……なによ。私がいちゃダメなわけ?」
ゴッドレスの中心街。現時点で唯一のプレイヤー経営の飲食店にて、彼らと会っている。
一人は、顔が隠れるほど大きなパンケーキを食べるポイさん。タワーとも呼べるその横合いから睨み付けてくる彼女は、年相応にして可愛らしい。
「あー、申し訳ないっす。ポイを呼んだのは自分っす。話下手なんで」
もう一人は、言葉とは違って申し訳なさの欠けらも窺えない無表情の獅子丸くん。彼はテーブルに乗ったサイコロステーキとスクランブルエッグを注視している。
意外にも食いしん坊なのだろうか。
どうぞ食べてくださいと言えば、じゃあお先に頂くっす。とりあえず食べてから話すってことでと獅子丸くんは言った。意外にも気を遣わないタイプらしい。
ちなみに、俺もサイコロステーキとスクランブルエッグを注文している。やはり獅子丸くんとは気が合いそうだ。
「どうでも良いけど、あんた、そのお面取りなさいよ。恥ずかしいんだけど!」
「あー、めちゃくちゃ注目を浴びてて気まずいっす」
なんでだよ。とてもカッコ良いのに。
「それには完全同意っすけど、ヘラさんは、ほら、トッププレイヤーとして掲示板で面が割れてるっすから。お面だけに」
「うははっ! 素晴らしいダジャレですね!」
「あんた達って趣味悪いわ。ファッションも、ジョークも。て言うか、戦闘以外でヘラの笑い声はじめて聞いたんだけど」
中身のない会話をしつつ、飲み食いしつつ、三人でゆったりと過ごす。
夜のゴッドレスには活気があり、この店には多くのプレイヤーが集まっている。たいへん賑やかしい。嫌いじゃないな、この空気。
「あ、ヘラさん。マヨネーズとケチャップ使うっすか?」
「はい。ありがとうございます」
「どうぞっす」
「あんた達、ホントに趣味が悪いわね。なんでスクランブルエッグをマヨケチャまみれにするのよ」
こうして二人と話していると理解する。常に戦ってはいられないのだな、と。
息抜き、大切なのです。
「で、本題なんすけど」
相変わらずの無表情で切り出された獅子丸くんの話は、やはりと言うか予想した内容であった。
「“強脚”の連続使用をレクチャー、ですか」
「そうっす。お願いしたいっす」
少し、悩む。俺に教えられるのかな、と。
そもそもがスキルの使用なんてものはひどく感覚的で、何かの理論に基づいて使ってるわけでも、そうした考察があるわけでもない。
端的に言えば、教えられる程の修め方はしちゃいない。
何もタダでとは言わないわ。そう言ったポイさんは二つ目のパンケーキタワーを食べている。細い体のどこに入るのだろうか。
「タダではない? ああ、そういう事ですか」
「なによ」
「つまりは、チームタチミツからの依頼だということなのですね?」
「……相変わらず気持ち悪いくらい察しが良いわね。面白くないわ」
いや、誰でも分かるでしょう。いきなりポイさんから報酬の話が持ち出されれば、その先を絞るのは簡単だ。
「ヘラさん。自分ら“チームタチミツ”じゃないっす」
「あんた、私たちのギルド名ちゃんと覚えてないでしょ」
あれ? 違うの? 聞いたことがなかったかもな、ギルド名。たぶん。いや、ないよな?
「決めるのは、二つ、質問をしてからでも良いですか?」
良いっすよ、と獅子丸くん。無表情の中に挑発的な色。やはり、彼と俺は似ている。
「で、質問て何よ」
「はい。なぜ、獅子丸くんなのでしょう?」
以前にタチミツさんは言っていた。β版ではギルドメンバーの全員が“強脚”の連続使用に挑戦していたと。
なのに俺が教えるのは獅子丸くんだけ。他のメンバーには彼が教えるという事なのか、それとも正規版では彼以外の人達は諦めたのか。
「どっちでもないわ。まあ、強いて言うなら後者ね」
「ふん? 他の皆さんは“強脚”を取得していないと?」
「そうね。β版で懲りたわ。引き継いだのは獅子丸だけよ」
て言うよりも、と。ポイさんは肩をすくめながら苦笑いを浮かべる。
「獅子丸が使えなきゃ、どうせ私達には無理よ」
「……へぇ? 彼を信頼しているのですね」
俺もそう考えている、と言おうと思ったのだけれど、ポイさんに苛立ちを込めた視線で睨み付けられてしまった。会話、難しいのです。
「あんたねぇ。獅子丸はこれでも日本代ひょ――」
「ポイ、やめろ」
ピシャリ。そんな擬音語が適切な遮り方であった。
獅子丸くんは何故か怒っていて、しかしポイさんに向けられたものではない。
それも一瞬のことで、すぐにいつもの無表情に戻る。
「ヘラさん。お願いできないっすか」
「ああ、いえ、すみません。俺も同意見なんですよ。俺以外で“強脚”を連続使用できるのは獅子丸くんだけだと」
あ。あと一人いるね、使えそうな人。でも魔術士だし。
「なによ、そうだったの。あんたにしては分かってるじゃない」
最初から言いなさいよね、と。ポイさんはとても満足げだ。
やはりこの二人――いや、彼ら全員は、現実でも知り合いなんだな。
「あー、ヘラさんは何でそう思うんすか?」
「思う、と言うか、考察の結果、ですね」
「はぁ」
「俺は、こう見えて人を見抜くってことには自信があって」
「まあ、私達の印象そのまんまだけど」
呆れつつ、ポイさんの勝ち気な視線が先を促す。
「昔から色んな人を観察して来ましたが、獅子丸くんほど肉体を綺麗に使う人間は知らない」
フレンド数の少ない俺だが、ゴッドレスじゃ多くのプレイヤーとNPC、そしてダシュアンでは戦士団を目にしている。当然、現実でも。
その中でも彼の身体操作技術は圧倒的だ。おまけに身体能力も高い。お化けである。
「人間、すか。他に何と比べられてるのか怖いすけど、だから自分は使える?」
いいや。それだけじゃない。
「獅子丸くんは“支払いかた”を知っている」
「支払いかた?」
「何かを得るには対価が必要になる。金銭、時間、辛苦、時には、アイデンティティも」
簡単じゃない。手にしたり修めたり、そうした“何かを身につける”という鍛錬は、時にひどい対価を支払わなければならない。
獅子丸くんはそれを解っていて、その方法を知っている。世間的には狂人変人と言われる類の人種だ。
「あー、ヘラさんと同じにはしないで欲しいっす。自分、努力は嫌いっすから」
そんな事を言う獅子丸くんは、こちらを注意深く観察している。
「努力だとは言っていません」
獅子丸くんは、自分が得たいと、手に入れたいと思うものには惜しまないのだ、対価の質や量を。
だから、苦痛にだって耐えられる。幾人もが狂わされた痛覚設定マックスでも戦い続けている。
努力? 獅子丸くんは感じないだろう? 何かに打ち込んでいる時に、努力しているなどとは。
きみは、痛みも苦悩も歓びに変えてしまうんだ、突き進んでいる時には。普通の人間が努力だと捉えるモノを、当たり前に必要で、何の苦痛も感じずにやってのける。そんな人間だろう?
よく分かるよ。俺も同じだから。
「故に、獅子丸くんは何をしてでも手に入れる。たとえ、誰かを殺すことになったとしても」
「……えらく買い被られたもんすね」
「ちょっと、なんで喜んでんのよ。人殺しって言われてんのよ?」
人殺しだとは言っていない。獅子丸くんは賢いから、優先順位というものも理解している。
そんな事をした結果、求めているものに手が届かなくなる事を理解している。だからそれは、最後の手段だ。
「引き受けてくれる、と受け取って良いんすね?」
「ええ」
少し、やる気になったよ。
「それで、具体的には何をすれば良いっすか?」
「そうっすねぇ」
彼の目を見つめる。返される眼光は鋭く、まるで獣だ。
こいつ、たぶん、ものにする。俺が正しく導けば、俺が感じている感覚を手にできる。
だから、俺は当然のように無茶を要求するのだ。
「取り敢えず、千回骨折してもらおうかな」
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獅子丸くんと二人で夜の街を歩く。プレイヤーがそこかしこでたむろし、語り合い、笑い合っている。
以前にあった悲壮感は消えていた。誰もが今を楽しんでいる。そう在れないプレイヤーは、何処かに閉じこもり、今も現状と向かい合えないままなのだろうか。
騒がしい雰囲気はやっぱり嫌いではなくて、何故か戦場都市ダシュアンを想起させる。
「帰らないとな」
「なんすか?」
何でもない、と答えて。隣を歩く彼を視る。
美しい歩行。立ち方からして違う。彼から学ぶ事は多そうだ。
いや? 誰からでも学べることがあるのだろう。人との関わり、大切なのです。
「ヘラさん、まだ聞いてないんすけど」
獅子丸くんは無表情で、しかし意志を感じさせる声で言う。
「二つ目の質問、なんすか?」
「ああ、尋ねてなかったですね。簡単な質問です。どうして“強脚”の連続使用に拘るのかな、と」
使っている俺が言うのもなんだが、運営から否定されたスキル運用なのだ。それを手にしたいと考えるのは何故なのか。
「そりゃ、ヘラさんに見せつけられたからっす」
あ、そうか。成功事例が居るから。こんなに簡単なことに気付けないなんて、やっぱり俺は馬鹿である。
「それに、自分は求めてるんすよ」
なにを、と聞き返す俺は、会話スキルのレベルも上がって来たらしい。
「自分が納得できる動きを。そればっかり考えて生きて来たっすから」
若くして人生を持ち出すだけの権利がある。そう思うだけの背景を彼には感じてしまう。覚悟、というやつが他の人間とは違っているんだ。
「ヘラさん、掲示板は見てるっすか?」
「いいえ。まったく見てないですねぇ」
「良かったら見て欲しいっす。てか参加して欲しいっす」
残念ながらそのつもりはない。今も、この先も。
「どこのスレでも話題の的っす。ヘラさんしか知らない情報ってたくさんあるでしょ?」
「ある、のかな」
逆だろう、と。そう思う。
プレイヤーとの交流は少なく、情報を収集しようなんて意思はまったくない。
せいぜいがボスやセカンドエリアの情報くらいで、それ等は全てタチミツさんに渡して開示されている筈だ。
「スキル」
「はい?」
「固有スキル、ヘラさんじゃないんすか?」
「……あぁ、俺、っすね」
あるもんだな、俺しか持ってない情報も。
「認めちゃうんすね」
「嘘をつくのは嫌ですから」
いつかと同じやり取り。でも、あの時よりも距離感が近い。
「どんどん離されるっすね」
「かも、しれません」
「でも、させません」
これ以上の独走は許さない。獅子丸くんは静かに、けれども力強く言ってくれた。そうして、あまり聞きたいない類のことを伝えてくる。
落ち込んだままの奴等が居るんすよ。スキルについて真剣に考察検証する奴等が居るんすよ。称号の取得条件をまとめ上げて予測する奴等が居るんすよ。皆んなゲームが好きだけど、攻略して現実に戻ろうと、戻るために何かしら頑張ってるんすよ。ヘラさんは、皆んなの希望なんすよ。
そう言う獅子丸くんは、笑っていた。
「軽く挨拶とか、そんなんだけでも良いんです。一度、書き込んでくれれば、皆んな喜ぶから。一緒に攻略してるんだって思えるから」
「一緒に攻略、か」
「はい。こんな時だからこそ、一体感は大切でしょう?」
「……前向きに検討します」
それしか言えない。掲示板てやつも大事な役割を担っているらしい。こんな閉鎖的な環境だから当然だろう。
余計なものまで背負ってしまっている。そんな感覚は、あまり好きじゃない。
俺って奴は馬鹿で自分勝手。それでいて誰かに頼ろうとするのだ。
希望を背負えるほど、できた人間じゃあない。
ただ、勝手に突っ走ることが誰かの希望に繋がるのなら、とても嬉しく思う。
だから行こうか。成長を求めに。
より苛烈で、より困難な状況へ。俺が俺であるための激戦へ。
そうやって前向きになれたのは、獅子丸くんのおかげだ。
「ありがとね、獅子丸くん」
「な、なんですか、いきなり」
やめてくださいよ、と。慌てる彼も見れた事だし、頑張っていきましょう。