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3話 とことん行こう

 



 苦しいほどに胸が高鳴っている。自分の脚で歩ける事に。仮想現実とは思えない情景に。それ等を全身で味わえている事実に。


 良い。素晴らしく良い。


「若いな」


 水面に映った自分を観察する。十代後半か二十歳そこいらの、若い自分。星光の反射に頼るだけだから明言できないが、記憶と少しも違わない。

 顔についた血を洗い流していく。ついでに雑草を使って、刀に付着した血や脂も払っていく。水源が在るのは有り難い。


「リアルだね」


 刃の鈍りまで再現されている。現実世界そのままだ。

 雑草に土や小石が乗っていないかを確認して、何度も刀を拭う。唯一の武器だ。慎重にもなる。


 都合七度。ここまで戦って生き残った回数だ。生き物の命を奪った数でもある。



──────


ヘラ:人間Lv.2:開拓者Lv.2

スキル:【刃物の心得Lv.2】【空間認識Lv.2】

【肉体操作Lv.2】【洞察Lv.2】


──────



 簡単じゃない。それがこのゲーム……世界に対する感想だ。最初のフィールドにしちゃ敵が強く、なのにレベルを上げるのにも苦労する。種族も職業も、スキルまでも。

 格上の敵を7体も殺して一つしか上がらない。レベルの上昇による必要経験値の増加や、スキル数が増える事による成長率低下を予測するなら、この先どんどん上がり難くなる。

 でもまあ、案外そんな制約はないかもしれない。つまり、現時点では何も分からない。それで良い。それが良い。


 俺はソロでやる。一人で歩いて行きたい。だからきっと、非効率的なことばかりになる。

 成長率や進行度はその一つだろう。ソロで無双するなら前者は逆転するが、そんなつもりも自信もない。


 俺は誰よりも知っている。自分がとてもとても普通だってことを。

 ずば抜けた身体能力も無ければ、格闘技や武術の経験もない。おまけに頭の回転はひどく鈍い。


「好きなようにやるさ」


 妻もそう言ってくれていたし。


 刀を納めて、左腕の傷を見る。二匹目の狼が薬草を落とさなきゃ、今ごろ失血多量で動けなくなっていた。

 その薬草を使うのだって賭けだったけれど。当然だ。看破スキルがなきゃ何も分からない。名称不明、効能不明、毒の有無も不明、知識に沿う情報も一切なし。

 だからと言って、使わないという選択肢は無かった。


「貼り付けるだけで効果を得られるのは嬉しいね」


 緊張感は持っている。ゲームだからってナメてるわけでもない。きっと俺は、現実世界でも同じようにする。そういう、考えなしで頭の悪い思考をしている。

 それが俺という人間だ。


「こればっかりはなぁ……あ?」


 視界の端で、小さく小さく点滅するナニカ。発見されることを待ち望む自己主張。

 これは、アレだ。システム的な何かだ。


 やっぱり頭が悪いなぁ、と。自分をそんなふうに評する。だって今ごろ気付くんだぜ、“メニュー画面”の存在に。

 色々を確認していく。中でも嬉しかったのはアイテムボックスの存在と、付与されたアイテム。


「でもほんと、馬鹿だよな」


 ファンタジーのチート代表であるアイテムボックスを見ながら、言ってみる。



──────


???の歯牙:レア度2

???の毛皮:レア度2


──────



 それぞれ7個。知らずの内に収納されたこれ等は、俺が狩った狼のドロップ品だろう。

 つまりはあるわけだ、あの薬草はドロップ品じゃなく群生していた可能性が。ドロップしたならここに収納されていた筈なんだから。


「良いさ。発見していくのも楽しいじゃない」


 色々を。きっと事前情報として知れる程度のことなんだろうけど、それ等を発見し、紐解く作業も悪くない。


 諸々を確認しつつ、一つ悩む。痛覚レベルの設定についてだ。

 表示された簡易的な説明を読むに、0から100に設定できるこれは、神経感覚にも影響が出るらしい。反応、反射、行動に関わるそれ等の速度。痛覚を遮断してしまうと鈍くなる。必須にして、良し悪しの判断が別れるところだ。


「痛みはなぁ、別になぁ」


 どうだって良い。気が狂うほどの痛みなら、狂えば良い。俺にはどうせ未来なんてない。だから100パーセントで問題ないけれど。


「でも、反応と反射か」


 意識的に起こすものとしてはポジティブに捉えられるが、無意識下で起こるものとしてはネガティヴだ。

 勝手に起こってしまうものを抑えこめるのなら、低く設定するのもありだろう。


 一頻り悩んで、結局はマックスのままで。動きたいように動かせる身体があるんだ。フルで使わなきゃ損だろう。


 認めるしかない、思考が戦闘に傾いていると。何故ならダイレクトに実感できるのだ、生きていることを。

 簡潔に言うなら、とてもとても楽しい。


「で、特典のスキルね」


 運営からのお知らせメール。“最初の一人”としてこの世界に降り立った全員に届けられたプレゼント。

 初期スキルからランダムに一つを付与するらしい。これは嬉しいな。スキルによって得られる補正幅はひどく大きいから。


「よく動けてます」


 刃物は別として、“肉体操作”の恩恵はデカい。ずっと寝たきりだった俺が苦労なく動けるのだ。その為に必要な全てを失った筈の俺が。

 ここまで運は良い方だろう。現実とは対極にあるそれが希望であり、救いでもある。ランダムに対する忌避感も後向きな思考もない。


「――ん?」


 新たにメールを受信。これも運営からだ。


「追加の特典?」


 題名にはそう記されている。内容を読んで納得。つまりは初期設定の不備に対する詫び品だ。

 文句は無いんだけどね。むしろ感謝したいくらいだ。ゲームに詳しくない俺じゃ、ここまでソロ向きのスキル設定にはならなかった。いったいどんな先天的才能を与えられたのやら。


「で、なんだろこれ」


 浮かび上がるトランプカード。縦10列、横20列の200枚。説明文によれば装備やスキルなど様々なものが配置されているらしい。


「選べるのは2枚か」


 アバターの編集不可と先天的才能の設定不可。二つの不備に対する詫び品は、少しばかり特殊な形態を取っている。


「“選択権の増加。全アイテムと全スキル獲得のチャンス”……ふん?」


 説明が足りてないなぁ、と。このゲームは全体的にそうだけれど。


 さて。脳内で紐解く作業を。

 まず、得られるものが二つに増えた。これは良いのだが。


「アイテムも、か」


 好意なのか悪意なのか。これならスキルを一つ選べるだけの方が良い。つまらないアイテムに比べ、スキルはどんなものでも活かせる確率が高い。

 ポーションとか、貴重なのかもしれないが、スキルに比べると霞んでしまうわけで。


 まあ、とんでもないアイテムを入手できる可能性もあるのだが。


「ん」


 トランプの数枚が輝いている……ように感じる。

 これ、もしかしてスキルの力か?


「試してみましょう」


 二回選べるのだし、そもそも無いのが当たり前の幸運である。


 なら、今しかできない事を。


 一枚は何も感じないものを選択。もう一枚は、特に強い輝きを放つものを。


 一つ目に得たのはHPポーション。で、問題は二つ目だ。


「独自スキルへの昇格と」


 “最初の一人”に与えられた初期スキルが独自スキルにグレードアップされるらしい。

 当たりだな。それも大きな。


「取得可能なスキルは……またか」


 視界に浮かび上がる五十枚のトランプ。縦5列、横10列の全てが裏側であり、まるで神経衰弱ゲームのようだ。


「今度は一枚だけ選べって?」


 そういう事だろう。じゃあ何となくで良いか。


「――お?」


 頭の中で、何かが何かを知らせてくる。これはやっぱり【空間認識】と【洞察】か?


「これを選べと」


 下段中央。そこに伏せられる一枚が輝いている、ように感じる。視界には何の変化もないのだけれど。

 まあ良いさ。独自スキルなんて御大層なネーミングだ。どれも強力な力だろう。


 そしてきっと、これは当たりなのだ。


「何を貰えたかな?」



──────


独自スキル:【飢餓の渇望】


殺した敵のスキル、または特異性を一つ奪える能力。敵の死体に触れながらスキル名を唱えることで発動する。取得できる“力”は無作為に選ばれる。


──────



 素晴らしい力だ。


「これ、チートじゃないか?」


 けれども、そんなに甘い話はなくって。


 脳内に響く電子音。運営からの追加メールである。


『独自スキル【飢餓の渇望】の取得を祝福します。以下が使用条件になります』


 あるよなぁ、条件くらい。これだけの能力なんだから。


『使用可能時間はサービス開始から72時間以内。ソロで勝ち得た敵のみが対象。使用前に死に戻りした場合はスキル【飢餓の渇望】は消失します』


「ふぅん?」


 条件については、まあ、妥当だろう。取得するスキルによってはバランスブレーカーになり得る。当然、強い敵であれある程。

 今どきのゲームらしからぬこの難易度だ。72時間じゃ会敵できるレベルは限られるし、万が一に強敵であってもソロじゃ勝てはしない。死に戻ればスキル自体が消えてしまうから無理もできない。


 さて、どうする?


「考察は後で良いか」


 複数箇所が点滅したままになっている。チュートリアルの一環だろう。


「さっさと終わらせて続けよう」


 戦闘を。初期だからこそ味わえる感動のまま、行けるとこまで行こう。

 折角もらえた強力なスキルだ。使わなきゃ勿体ない。だから、一旦、旅に対する憧れを鎮めて。登れる階段を登ってしまおう。



──────


────


──



 さて。再び草原を走っていく。とにかく街から離れる方角へ、敵の気配が濃くなる方向へ。


「ギャンッ!」

「こなれて来たぜ?」


 戦闘が、楽しい。黒狼くんを殺すのに然程手こずらない。

 これはいけないな。バトルジャンキー真っしぐらである。独自スキル【飢餓の渇望】に見合った敵と出会すため、それだけを考えて。


 とにかく走る、走る、殺す、殺す。


 で、分かった事が幾つかある。


「見えてますよ、狼さん」

「グルゥアアッ!」



──────


キラーファング:獣Lv.5

???/???/???

スキル:???


──────



 なんと、敵のステータスは誰でも見る事が可能らしい。使用条件はチュートリアルのご褒美。本当に俺は間抜けだ。

 スキルが見えないのは格上だからだと、チュートリアルでそう教えて貰ったけれども。看破スキルを手にしたら見えるのだろうか?


「格上さん上等」


 にしても獣とは。魔物ですらない。なのに格上と来ている。そういった世界観なのだろうか。


「えらく生々しくなったな」


 グロテスクとも言える。さっきまでは斬っても血液しか飛び出なかったのに、今じゃ肉や内臓まで見える。

 規制を越えたゴア表現。これは倫理観としてどうなのだろう? すぐに規制されるだろうけれど。いや、もしかしたらゲームそのものが規制されるかもな。それは勘弁して欲しい。


 次に、初期装備は不壊。ただし、メンテナンスを行わなければ刃先が鈍っていく。でも不壊なわけで。


「ほっ」

「ギャ!」


 鈍器のようにして殴り付ける。“刃物の心得”が激しく非難を浴びせて来るが無視だ無視。敵の強さが少しずつ増していて、刃物としては機能しなくなっている。斬性が足りていないのだ。

 とは言え、これに慣れてはいけない事も理解していて。


「刃物の鉄則、守らないとね」


 かつての仕事じゃ、そればかり考えていたように思う。

 もう戻れないんだな、と。今更ながら強く実感する。でもこの世界でなら何にでもなれる。可能性は無限大だ。


 だから、逃避だとしても、とことんまで行こうじゃないか。



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― 新着の感想 ―
[良い点] うわチートスキルかよって思ったら条件付き。 そうなるまでの道程も含めて極力不公平感がないようになってるし、こういうところが丁寧な作品は信頼できる。
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