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26話 ショーイカに一緒にイカなイカ?

 



「旦那、なんかあったかい?」


 そんな事を聞いてくるのは、右の刀を研ぐラ・シュミさんだ。

 心地良くも静かに響く研ぎの音が、彼の達者を証明している。信仰する神への祈りを唱えながら研ぐ彼はとてもカッコ良い。鍛治の神らしいけれど、プレイヤーが会えたりするのだろうか。


「なにか、とは何でしょう?」


 そう答えた俺は左の刀を研いでいる。俺にも元プロとしての技術と意地があるわけで。

 とは言っても刀なんて研いだのはこの世界に来てからで、しかし(かんな)(のみ)での経験が活きている。


 技術は裏切らないな、と。


「もしかして、今日の戦争は後方にいたんで?」

「いいえ? いつもと同じく突っ込んで迷惑かけました」


 だったらよ、と。彼は暫く考えこんで、頷きながら話を再開する。


「腕、上がってねぇかい? それもかなりよぉ」

「腕?」

「いやよぉ、刀の鈍りが、こう、綺麗だからよ。技量が上がったんじゃねえかって話しでさぁ」


 ああ、なるほど。確かに刃先の鈍り方が違っている。負担なく、刃物の鉄則を守り、(ことわり)でもって斬る。それができている。

 間違いなく“双刃技”の効果だろう。


「上がったかも、ですね。今までは“切っていた”のが、“斬っている”に変わった」

「はぁん。旦那くれぇ強くても成長できるたぁ、使徒様がスゲェのか、旦那が飛びっきりの天才なのか」

「どちらでもありませんよ。俺は非才ですから」


 天才なんて生き物とは対極にいる。だから考えて、足掻く。そうやって生きて来た。


「俺は、非才ですから」


 もう一度おなじ事を言って。意識を刃先へと注いでいく。

 荒砥、中砥、仕上げ。それぞれに手を抜かず、刃先を意識して。鉋のように裏金があるわけじゃないから、刃の真っ直ぐを見るのが難しい。


「旦那が来てくれて助かったぜ」

「ん?」

「ああ、ブバン・ズルーよ。奴等、以前はあんなに大群じゃなかったんでさぁ。二日にいっぺん攻めて来ちゃいたがよ、せいぜいが二百か、多くても三百ほどだった。旦那がダシュアンに来てくれた日に、突然……」


 今じゃ二千だぜ、とんでもねぇ話だよ。

 そう絞り出すラ・シュミさんに何も言えない。きっと、俺のせいなのだ。若しくは俺とルナさん。これはイベントで、そのせいでこの都市は瀕している。


 ゲームだと割り切ってしまうべきだ。だがドワーフ達をNPCだとは思えない。彼等の表情一つ一つが、発される一声一声が、どうしたって生命を感じさせる。

 本当に凄い技術だ。どれだけのアウトプットを受けたAIなら可能とするのか。


「旦那は、両方だ」

「はい?」

「物語の使徒様で、その中でもずば抜けてらぁ。俺の勘もそう言ってやがる」

「その勘、当たるのでしょうか?」


 刃先を見つめながら言えば、シュミさんは大声で笑い出した。

 腹にまで響く大きなそれは、案外と心地よく耳を震わせる。嫌いじゃない。


「当たらいでか! 旦那を東門に案内したのは俺だぜ。あれから皆んなに一目置かれて、おかげさんで商売繁殖万々歳(ばんばんざい)ってなもんよ!」


 あれを案内と言える彼の精神性が羨ましい限りである。拉致と言うんだ、あれは。または詐欺。右も左も分からない田舎者を戦場に立たせるなんて。


「今じゃ俺まで戦士団に入れられちまった! お抱え鍛治師だとよぉ。ありがてぇさ」


 感謝して欲しいものだ。人を拉致して得た立場はさぞ気持ち良いだろう。


 と、そんな思ってもいない黒い冗談は置いておいて。


「感謝しています。こうして戦いに加えて頂き、戦士団とも繋がれた」

「繋がってるっつーか、懐を開いてっからなぁ、完全に。二千の戦士全員が。奴ら跳ねっ返りの乱暴者だからよ、戦士団以外にゃ距離を置くんだが」

「気持ちの良い方々です。俺も彼等のように在りたい」

「直接言っておくんなせぇや。悲鳴を上げて喜ぶってもんです」


 そこまで認められてはいない。そう言いかけて、呑み込む。

 だって、あながち間違ってもなさそうだ。得たものな。それらしい称号を。



──────


ダシュアン戦士団からの敬愛


戦士団から認められた証。貴方が居れば戦士団は勇猛に敵へと襲いかかる。


──────



 元から勇猛だが。何せ“どうして戦争をしているのか”と尋ねたら“敵が襲って来るから”と、まるで山にアタックするクライマーのように笑顔で答える人達だ。確かに攻められたら守る必要があるけれど、楽しむのは違うと思う。

 勇猛と言うならドワーフ全体がそうだ。誰もが武器を振れるし、誰もが戦える。ある程度の戦闘技術を持ち、それは幼い頃から叩き込まれる。


 戦闘種族なのだ、ドワーフは。それも生粋の。


「この称号」


 今のタイミングでの獲得。まるで“此処から離れるな”と言われている気がしないでもない。


 さて。装備のメンテナンスを終え、もうじき夜になる。一度ゴッドレスに戻らなければならない。ルナさんと会う約束をしているからだ。

 話すべき事がたくさんある。最も重要なものはイベントだろう。


「はい、私も称号を与えられました。“ショーイカ魔術士団からの敬愛”、ですです」


 あいさつと互いの近況報告もそこそこに、武具店ジャミジャミで彼女はそう言った。


「イベントについては?」

「何もないよ? ラーさんは?」

「同じく、ですね」


 シークレットイベント“勝利の鍵を握る者”。俺たち二人に関係していると思われるそれは、今のところ何の動きも情報もない。

 だが、間違いなく俺とルナさんがトリガーだろう。イベント解放のタイミングがそうだと言っている。


「俺がダシュアンへ」

「私がショーイカへ、かー」


 そうなのだ。俺たちがそれぞれ別の都市へと到着した途端にイベントが解放されている。つまりは条件の一つであり、もう一つはソロプレイヤーの到達だと考えられる。


「アナウンスでもそう言ってたもんね」

「うん。気持ち悪いですよね」

「気持ち悪い、の?」


 ああ、気持ち悪いさ。進展方法は分からず、着地点も知らされていない。おまけに、互いに似たような称号を取得している。

 明らかに作為的かつ明確に誘導されており、なのに向かうべき方向は示されない。


 お互いに沈黙。手がかりが少なすぎる。


「ショーイカなんですけど」


 ルナさんは、オチョキンさんお手製のミートパイを頬張りながらそう切り出した。

 ちなみに俺は紫色の木の実が乗ったパイを食べている。興味津々な様子でオチョキンさんが見つめてくるけど、残念ながらお望みのリアクションは出来そうにない。


「ショーイカはエルフばかりが住んでいます。で、ファンタジーの定番をしっかり踏襲していて、ドワーフが大嫌いなんです」

「……へえ?」

「ついでに言えば、魔術を使えない人達のことも。ダシュアン戦士団は筋肉に頼る脳なしだ、って」


 その、世間話というかショーイカの世論というか、とにかくそれによって一つの“点”が浮かび上がる。


「ダシュアンも同じですね」

「同じ?」


 ミートパイで頬を膨らませたルナさんが疑問符を浮かべながら更にパイを追加していく。美味しそうに食べるなぁ、と。


「はい。エルフ嫌いで、魔術嫌いです。ショーイカ魔術団は敵に近付くこともできない腰抜けの集まりだと」


 厳格で冷静なギ・シャラヤさんまでそう言うのだ。他はひどいものである。

 これは二都市の明確な共通点であり、イベントとしての“点”でもあるだろう。


「でもそれ、どこに結びつくんです?」

「どこ、ですかねぇ」

「神様とか?」

「神、ですか」


 ドワーフ達の信仰は厚く、鍛治を司る神を崇拝している。


「エルフ達は、魔を司る神を信奉していますね」


 ありきたり、と言えばそれまでだが。


「聞いても教えてくれないんですよね、神様のこと。ドワーフを嫌う理由も」

「こちらも同じくですね。教えないのではなく教えられない、といった印象を受けます。つまり、そこら辺はイベントの進行と共に明かされていくのでしょう」

「うーん。イベント、進んでるのかな?」


 ミートパイをたいらげたルナさんが次のパイに手を伸ばす。ベリーらしき木の実が乗ったそれは、俺が今食べているパイである。

 大きな口を開けるルナさんを見て、オチョキンさんの目がギラリと光る。飲み物を背後に隠す彼女は、かなり性格が悪いと言える。


「あ、ルナさん気をつけて」

「んむ? むむ? ……ひゃー! 水っ、水っ!」


 それ、ベリーじゃないのです。山椒に近いかな? とにかく辛い。ベリーだと思って食べれば尚さらそう感じる。


「ふふっ」


 満足げに笑うオチョキンさん。この人、絶対にわざとだな。


「ナイスよ、ヘラさん」


 そんな事を言いつつ俺に向けてサムズアップ。共犯だと言わんばかりの行為だが、巻き込むのはやめて欲しい。明らかに俺への嫌がらせだ。ほんと、やめて欲しい。


「あー、ルナさんも貰いました? イベントアイテム。俺に来たのは“密林の欺瞞者”ってやつです」


 涙目で咽せるルナさんに問えば、彼女はそれどころではないらしく、頭上に小さな水を生み出し、可愛らしい口でかぶり付くように呑み込んだ。


 今の、魔術か? だとしたら、とんでもない精度だ。そもそも可能なのだろうか?


「あうぅ。わ、私は“山脈の欺瞞者”って名前のアイテムです」


 また、“点”が見つかった。


「これで三つ目の点ですね」

「三つ目、ですねぇ。ラーさん、整理しよっか」

「うん」


 まず一つ目。俺とルナさんという、それぞれの都市に出現した“点”。

 共通するのはソロであり、似た名前の称号を与えられている。取得条件は、各都市の戦力に認められる事だろう。


 二つ目は、ダシュアンとショーイカが嫌い合っているという“点”。

 もはや憎しみにも似たそれは、互いの関係性が修復不可能だと思わせる程度には根深い。


 三つ目は、イベントアイテムという“点”。

 共通するのは『欺瞞者』という、名詞なのか動詞なのか、どちらとして使うべきなのか分からない言葉。厄介なのは、説明文が表示されていない所。


「間違いなく俺たち二人が鍵ですね。鍵という言葉はイベント名にも含まれていますし」

「うーん。でも、何の鍵になるんだろ?」


 分からない。そうとしか言えない。イベント名から考えれば“勝利するための鍵”だろうけど。

 確実に言えるのは、戦場都市ダシュアンと魔術都市ショーイカの間で何かが起こる、という何ともあやふやで不透明なことだけである。


 今後の方針、と言うか、何を目的とするかを決める。つまり、限定イベント“勝利の鍵を握る者”の攻略だ。


「ルナさん、今後は密に連絡を取り合いましょう」

「……え?」


 何故か驚かれた。何も分からない以上は必要だと思うのだが。


「あ。もしかして、これって何らかのハラスメントになりますか?」

「いえ、いいえ! はい、そうですね、密に連絡を! 毎日のように! ですです、必要です!」

「あ、はい」


 毎日とは言っていないけれど。


「ラーさん。不束者ですが、宜しくお願いしますでござる」


 ルナさんは深々と頭を下げてそう言った。

 何故、武士語チックな言葉遣いなのか。相変わらず面白い女性である。


「ラーさん、一つお願いしたい事がありまする」


 だから、言葉遣い。


「少し厳しい……全く攻略できそうもないフィールドがあって、あの、その、もしもですよ? ラーさんが良ければ……」


 それきり黙ってしまったルナさんは、下を見たままパイを食べている。食べるのはやめないのか。見ていて飽きない。


「……ええっと、助けて、欲しいかな、って」

「助け……」

「はい、あの、数の暴力に立ち向かえないと言うか。いえ、諦めたとかじゃないんですけど」


 心が、疼いた。歓びが、全身に広がった。


 ああ、そうか。苦しんでるのは俺だけじゃないんだな。そこで俺を頼ってくれるのだな。

 とても、とても嬉しい。


「分かりました。いつです?」

「え?」

「いつ、俺が必要になりますか?」


 そう問えば、彼女は溢れる笑顔を見せてくれる。うん。俺が見たいルナさんは、このルナさんだ。


「五日後に、魔法都市ショーイカに来て貰えますか?」


 五日後であれば行ける。ブバン・ズルーもお休みだ。なのだが。


「……なんだかそれって、相棒としては距離を感じる言い方だなぁ」


 少しだけ、いじめてみる。我ながら面倒くさい相棒である。でも笑ってくれるんだ、我が相棒は。


「あはは! ラーさん、五日後にショーイカまで来てくれ!」

「がってん。待っててくれ、ルナさん」

「がってん! あっ、間違えた。ショーイカに一緒にイカなイカ、の方が素敵だったのに」


 やりなおしです! そう言って笑うルナさんの笑顔は本当に素敵で。彼女の背後でニヤニヤするオチョキンさんが見切れるようにして、思わず写真を撮っていた。


 盗撮である。この写真と事実は墓まで持っていこうか。


 そして、またもや“点”が見つかった。ルナさんの言葉から、また、彼女が突破できない事から敵は大群である事が窺える。

 これは二都市の共通点であり、イベントとしての課題でもあるだろう。


 良いね。ルナさんと突破してやろうじゃないか。




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[一言] 戦争にならないよね…?
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