25話 戦場都市ダシュアン
やはり“殺戮荒野”の突破は難しい。
死に戻ったり、なんとか逃げ帰ったり、結果は散々である。
突破口、見えないのです。ヨミさんに助けてもらおうかなと、そんな事すら考える。俺とのパーティー戦ではあったが、彼女は双頭大蛇を打倒しているからダシュアンにも来れる筈だし。
でもなぁ、と。俺が突破できてもヨミさんは間違いなく死に戻るだろう。それは嫌だ。
けれども収穫もある。レベル20に至ったスキルがあるのだ。色々と捗りそうだと意気込んでいたところに、メールが届く。タチミツさんからである。
彼は律儀な人であり、最初の約束を守り続けている。つまりは永続的な情報提供であり、これに助けられている。
プレイヤーたちの動向や新たに解明されたシステム上の機能など、俺の性格的にもプレイスタイル的にも得られない情報を与えてくれる。
中には興味深いものもあり、スタミナと経験値の関係性などはその代表だ。
簡単に言うと、スタミナが枯渇した状態では経験値取得率が上昇する。それこそが、俺が大量のスキルを所持しながらも逸脱した速度でレベルアップしている理由だろう。
それはデスペナも同じであり、取得率はさらに上昇する。
つまり、不利な状況であるほど取得率は上がると。夜もその一つだろう。
経験値取得率の繋がりで言えば、パーティには一種のペナルティーが課せられる。取得率の減少だ。一人増えるごとに低減値は上昇していく。
ま、ソロだから関係ないけれど。
「おう、ヘラの旦那」
「ああ、ラ・シュミさん」
「やめてくれよぃ! シュミって呼んでくれりゃあ良いんだよ!」
ダシュアンに着いた俺を戦場に放り込んだ張本人、ラ・シュミさん。古代語で鉄を意味するその名前通りの頑固者であり、その性質が似合う鍛治職人である。
厳しい彼に旦那などと呼ばれると違和感を感じてしまう。そう言えば黒羽さんにも同じ呼び方をされていたな。おじさん達の常識なのだろうか?
ちなみに『ラ』とは敬いを示す言葉らしい。古代語、興味あります。
「今日の戦争も頼んますぜ! 旦那が居なきゃ何人が死ぬやら」
一応は、活躍できている。前へと突出し、敵を掻き乱し、殺していく。
可能とするのは背後に味方の軍勢がいるからだ。集団戦てやつは複雑で、勝ち負けを決めるのは数である。数こそが強さなのだ。戦術や個々の強さなんてものは数に呑まれるのだ。
だから、歴史において少数が勝てば賞賛され語り継がれ続ける。裏を返せば、数に打ち勝つ困難さの証明であるのだ。
と、そんな事はどうでも良くって。
「あ! スキル融合!」
「あ? すきる融合?」
おっと。シュミさんの存在を忘れていた。
「気にすんな。旦那がそういう人だってのは分かってるからよ!」
「そういう人?」
「考え始めると周りが見えなくなる人」
納得である。仕方ない、とも思うけれど。
何せ考えるべき事が山積みなのだ。
さて。シュミさんと別れ、人気のない場所で座り込む。
使うべきは“スキル融合”。セカンドエリア進出の特典であり、その名前の通り、複数のスキルを融合させる能力だ。
使用条件は二つ。融合可能な組み合わせは決まっており、スキルレベルが20であること。単純で、簡単である。
「やりますか」
──────
ヘラ:人間Lv.18:開拓者Lv.16/捻じ曲げる者Lv.8
スキル:【刃物の心得Lv.20】【二刀の心得Lv.20】
【刃技Lv.9】【空間認識Lv.20】【肉体操作Lv.19】
【体術の心得Lv.16】【洞察Lv.17】【暗視Lv.18】
【神聖魔術Lv.13】【魔力操作Lv.7】【常勝Lv.9】
【強脚Lv.19】【獅子奮迅Lv.6】【マッピング】
【未知への挑戦Lv.3】【魔力耐性Lv.3】
【急襲Lv.11】【魔術の心得Lv.5】【流動Lv.10】
【破天荒Lv.5】【先陣突出Lv.3】
【刹那の思考Lv.10】
称号:【闇に生きる者】【逸脱者】【残忍なる者】
【刃神の奥伝】【森の覇者】
先天:【竜の因子】
──────
ソロによる二度の双頭大蛇の討伐。ヨミさんとの二度にわたるパーティー戦。荒野での戦い。それ等で得た経験値は、確実に俺を強くしている。スキルも増えたしね。
ただ、腹立たしいことに、戦争で得られる経験値はゼロらしい。なのに参戦するのだから、もはや戦闘中毒まっしぐらである。
新たに得たスキルは四つ。“流動”は動作における繋がりをスムーズにし、それによって込める力が増す。“強脚”の連続使用の助けになり、だからこそレベルの上昇も著しい。
残りの三つは戦争中に得たものである。中でも“刹那の思考”は重宝しており、“空間認識”との相性は抜群。これも相乗効果があるのかレベルアップは異常なまでに早い。
そして“破天荒”と“先陣突出”は名前の通りであり、これも俺向きだと言えるだろう。特に“破天荒”に希望を見ていたりする。荒野のソロ突破は、まさに前人未到だろうから。
これ等が無ければ、双頭大蛇との再戦はより厳しい戦いになっていた筈だ。当たりスキル、だね。
にしても増えたな、と。ゴチャゴチャしてきたという印象だ。でも解消できる方法もあって。
レベル20へと至ったスキルが点滅している。レベルは20で頭打ちなのかな。興味深いけれど、今は手取り早く成長したい。荒野を突破したい。
とにかく“刃物の心得”と“二刀の心得”を融合させる。だが、少し迷う。
ここまで二刀を使ってきた所感としては、たいへん今さらではあるが、一本持ちの方が強い。有利なのは集団戦において暴れる時くらいか。
片腕で刀を振るうのは難しく、両手で握った時ほどの自在さはない。握った拳の間隔によって生み出す変化はどうしたって体現できない。
ほんと、今さらだよな。俺は俺らしく行こう。ソロだから手数は多い方が良い。
二つのスキルを選択し、スキル融合、と呟く。眩いエフェクトが走り、新たなスキル“双刃技Lv.1”に変わる。
案外あっけないもので、今のところ体感的な変化もない。使ってみなきゃ分からないか。
実戦で測りましょう。そろそろブバン・ズルーが攻めてくる。慌ただしい都市の雰囲気がそう言っている。
他のスキルに関しては様子見だ。融合できるスキルもないし。“空間認識”は特に慎重に決めたい。
まずは“双刃技”を試してみましょう。
ダシュアンの東門。そこは歪に増設された継ぎ接ぎながら、職人気質のドワーフらしさ溢れる強固な防壁だ。
外に出る。戦場特有の空気に肌が痺れる。最も分かりやすく俺が俺で在れる空気。それはとても素敵で、俺にとっての生戦である。
向こう側に二千を越す敵。門の前には千五百ほどの味方。
「ヘラさんだ! 来てくれたぞ!」
「よっしゃ! 陣形を変えろ! 護衛部隊を前に!」
ドワーフの戦士団は、とても分かりやすく強い。人間にはない大筋力を持ち、どの種属より勇敢で、笑いながら敵陣を切り裂いていく。
俺は彼等が好きだ。戦いの前に唄い、殺しながら唄い、仲間が討たれれば唄う。
どんな時でも陽気に前を向く彼等に憧れる。それも戦いに参加する理由であった。
「ヘラ殿っ、こちらに!」
肩や背中をバシバシと叩かれつつ、陣の最前へ。俺を呼ぶのはダシュアン・ドワーフ戦士団の長、ギ・シャラヤさん。
肉体はどのドワーフより逞しく、それは飾り付けされた髭も同じだ。竜鱗の鎧を身にまとい、両手のそれぞれには斧が握られている。
ちなみに、『ギ』とは大戦士や首領を現す称号のようなものらしい。噂によると、彼は竜狩りなのだとか。
「どうも。今回もお願いします」
「なんの。それは我らが言わねばならぬこと」
堅っ苦しいこの戦士団長は、強い。俺じゃ勝ちが見えないほどに。
賢く、勇敢で、仲間想い。しかし苛烈な決断を厭わず、周囲からの信頼も厚い。常に最前に立つ“戦う指揮官”だ。
「また突っ込んでも良いですか?」
「使徒様の思うように」
使徒。神の使い。何処かの世界から来た超常の者たち。俺もその一人だけれど。敬われるのは好きじゃない。
「ブバン・ズルーに動きありっ!」
物見からの報告に前を向けば、亜竜の大群が砂埃を上げながら迫り来る。
野生を感じさせない、隊列と呼べる突撃。全てを呑み込まんとする怒涛の前進。大地が振動し、背後の防壁が鳴く。
それを見て、感じて、戦士達はガハハと笑った。
「肉が増えるぞ!」
「またもや祝杯だな! 今日こそヘラさんにも参加して貰わなければ」
「そろそろ備蓄庫が溢れると聞いている。塩漬けにまわさねばな」
「そんな勿体ないことさせるものか! 殺しながら食らってやるわい!」
なんとも剛毅だ。俺と違って本当に死ぬかもしれないと言うのに。
「ヘラ殿」
ギ・シャラヤさんに呼び掛けられ、一つ頷く。
「じゃあ、皆さん。今回も殺しを楽しみましょう」
そう言えば、背後から歓声がわく。それが背中に突き刺さり、肌を震わせ、心に火を灯す。
「ギ・シャラヤさん――」
「シャラ、とお呼びに。何ですかな?」
「――、シャラさん。今日、俺は、死ぬかもしれません。どうか――」
「分かり申した。存分に糧とさせて頂きましょう」
全てを言いきる前に最高の答えが返って来た。だから彼は信頼できるのだ。
「さてさて、勇敢なるダシュアン・ドワーフ戦士団の勇者達――俺の背中を追って来い」
『ウォオオオオッ!』
前へ。肉体への意識を捨て、脳を操ることに注力する。
自分へ潜って、整えて。“空間認識”はいつだって展開してる。“強脚”を連続で使用し、二刀を抜き放つ。右を頭上にかざして。
「行くぞッ!」
加速。背後から浴びせられる吶喊と唄を置き去りに。
遅い。重い。デスペナが効いている。でも、だからこそ大きな意味がある。
今日も、荒野を突破する為の情報を貰いましょう。
前進、前進、前進。
「おおっ!」
先頭で向かってくる一体に飛びかかる。衝突。同時に二刀を振るう。刀身がしなり、走り、首を撥ねる。
ながらに“強脚”を使用し次の首を撥ねる。良いね、“双刃技”。明確に強化されているじゃないか!
跳ねて、撥ねる。跳ねて、撥ねる。それを二十回も繰り返せば。
そろそろかな? と心で唱えれば、ブバン・ズルーの前線が崩壊する。斃れ伏す仲間の胴体に脚を取られ、転がる首に躓き、転ぶ。そこに後続が突っ込めば、波紋のように崩壊が広がり、大量ミンチの出来上がりだ。
「行けぇええ!」
ギ・シャラヤさんの咆哮に吶喊で答える戦士達。かっこ良いなぁ。
俺は仕事をしないと。
前へ。“空間認識”で周囲を正確に感知し、“強脚”で跳ね、二刀を振るう。
脳に伝わる確かな手応え。刀への理解が強く深くなっている。スキルってやつは凄いよな。
それを体感しやすいんだ、戦場だから。
最高だ、此処は。一つの間違いで彼我の立場が逆転する緊張感。ヒリつく無慈悲な現実を叩きつけてくれる。
「おっもたい」
全身がね。
厄介だな、デスペナ。でも確信できる。この状態で戦えなければ、先へは進めない。
おっと、囲まれそうだ。なにせ一つ手数が少ない。魔術を使っていないのだ。ドワーフ達は魔術の使用を心底嫌う。それはもう激しく。せめてフラッシュだけでもとは思うのだが、味方の目まで焼いてしまうし。
とは言え、身体中に噛み付かれるのは嫌だ。肉を少しずつ抉り取られていくあの痛みは、そう何度も経験したくない。
「こじ開けろッ! ヘラ殿を死なせるな!」
飛び込んでくる戦士達。最前はやはりギ・シャラヤさん。斧の一撃でブバン・ズルー達を殺していく。
「すみません」
我ながら緊張感のない声だった。落胆が現れていた。
やはり数の暴力ってやつは、スキルを融合したくらいでは打破できない。
「敵っ、退きます!」
もうそんな時間か。皆んなで揃って撤退する恐竜ってのはなかなかにシュールだが、決まった時間に撤退されるのは不気味でもある。
なんにせよ、生き延びた。
戦士達から喊声が上がる。それは次第に唄へと変わり、戦場は肉の採取場になっていく。
敵を称え、戦友を讃える。そうした勇ましくも儚い唄が響いている。彼等が信仰する神に捧げているらしい。
神、か。そんな設定があったとはね。あるよな。プレイヤーは神に呼ばれし使徒なのだから。
「ヘラ殿」
「シャラさん、戦死者は」
この瞬間が、とても緊張する。昂った心が醒めていく。
「怪我人は出ましたが、全員が生き残りました」
良かった。これで、今日も俺は仕事を終えられた。
勝手に決めた事だけれど。
本当に、良かった。




