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23話 すまないな、大蛇くん

 



 第五の拠点、“戦場都市ダシュアン”に来て十日が経っていた。

 その名前の通り、二日に一回のペースで戦争をするこの都市は、どういうわけかドワーフしか住んでいない。


 都市の外には荒野が広がり、そのずっと向こうにジャングルじみたポリゴンの密林がある。

 住民たちから“古代の遺林(いりん)”と呼ばれ畏怖されるそこは、古代生物である亜竜が闊歩し、最奥には竜まで棲むという。

 つまり、今の俺にとって明確な目的地となっている。竜合(りゅうごう)の使用に結びつけるには自然な思考であり、現状での手かがりらしきものはそれしかない。


 の、だが。


「お目覚めですか」


 散らばった意識をかき集めるような声。目を開ければ、神官服を身にまとったドワーフ族の男性に覗き込まれていた。

 この都市に来て5回目の死に戻りである。


 荒野を突破できない。突破口すら掴めない。だって囲まれるんだもの、ラプトルの大群に。

 ブバン・ズルー。古代語で“悪意の鉤爪”という意味を持つこの亜竜は、単体であれば容易く殺せる敵である。

 だが、群れる。とにかく群れる。生物として当然の生存戦略なのだが、それにしたって群れの規模が大きすぎる。


 ダシュアンの付近はそうでもない。敵は少数で、十分に対応できる。

 しかし一日も走れば勝つのは難しく、さらに進めば逃げるのが精一杯。攻撃を意識から排除し、ただ駆け抜けるつもりでも突破できない。


 フィールド名、“殺戮荒野”だもんなぁ。数の暴力に圧倒されている。攻略の糸口が掴めない。それが現状であった。


 とは言え何度も突破させるレベルではない。あれだけの猛襲だ。大量の回復薬と、多くの人員が必要になる。いったいどれだけのレイドを組めというのか。

 物資はともかく、人員を揃えるのは不可能だ。この都市に到達したプレイヤーはいない。

 いや、もしかしたら居るのかもしれないが少数だろう。大勢いたとしたって話しかけられないけれど。


 まあ不可能なものは不可能なのだ。


 気分転換、しましょうか。


「それで、私と“古都アサナギ”へ、ですか」

「はい」


 ゴッドレスでルナさんと待ち合わせをし、転移ゲートを目指す。

 彼女は彼女で色々とあるらしく、とても疲れて見える。今回の提案には乗り気なようだ。安心した、というのが正直な感想であった。

 人付き合いというものから離れて長い時間が過ぎてしまった。そうなると他人の機微を察するのは難しく、どうにも悪い方向に考えてしまう。


「名前からして綺麗な場所っぽいですよねー」

「そうだと嬉しいな」


 うん、そうあって欲しい。素晴らしい風景は心を癒やし、明日への活力を生んでくれる。


 しかし、上手くいかない時は何をしても駄目なもので。


 すまぬが、そなた等には資格がない。俺とルナさんにそう告げたのは、武士然とした“古都アサナギ”の兵士であった。

 転移した先は地下牢のような場所であり、出口には別の兵士が仁王立ちしている。

 開けた視界を想像していただけに少し驚いてしまった。


 資格とは何かと問うルナさんに、強さだ、と答える兵士。

 強さか。そう言うわりに、この人に負ける予感はしないけれど。


「水晶に触れてみよ」


 兵士さんが手に持つ水晶は茶色で、濃淡のグラデーションが雲のように流れている。


 なのに、手渡された途端に黄色へと変色する。ルナさんが試しても結果は同じ。


 すまぬが、さらなる成長を果たした後に参られよ。そう言われてしまえば従うしかないわけで。逆らったところで取れる手段は強行突破しかなく、突破したところで罪人扱いされるのは目に見えている。


 つまり、諦めるしかない。


「うーん。やっぱり荒野を攻めるかな」


 まったく思ってもいないことを言いつつ、ルナさんと別れてから“常闇の森”をうろついている。

 新しい発見があるかな、という漠然とした期待と、フォレストタイガーの群れを相手に対多数戦の訓練を積むという目的もあった。

 どちらにも意味はない。何かを発見できるほど集中していないし、フォレストタイガーにブバン・ズルーの代役は務まらない。


 マップは埋まって来たけどね。全体をブロック化すれば、残すところ10ブロックほどであった。

 ブロック化とは、マップ全体を縦横等間隔で線引きした一角を指すのだが、これは俺が勝手にやっている事である。

 と、それは良いとして。つまりは、特に何の結果も得られていないという事だ。


 だが、しかし、新しい出会いのようなものはあって。


 走りながら後ろへ振り向けば、青い長髪と金の瞳を持ったセーラー服の少女。いや、コスプレか? ニーハイソックスはフリル付きだし。

 ロールプレイってわけだ。種族は、髪から覗く猫耳から察するに獣人らしい。


「……あのー。いつまで着いて来るんですか?」

「……分かりかねます」


 背後の少女に向けて尋ねてみれば、なんとも要領を得ない答えが返ってくる。


「あなたは、いつまで走り続けるのです?」

「うーん、どうでしょう。何かを見つけるまで?」


 背後の女性から向けられた質問に、なんとも要領を得ない答えを返す。いや、俺にも分からないんだよ。


 にしても、居るもんだな、と。ゲーマーという人種はやはり侮れないな、と。

 強いプレイヤーってのは存在しているものだ。

 だって、表情一つ変えずにピタリとついて来るもの。俺は“強脚”で跳ねていて、彼女はただ走っているだけなのに。全力ではないが、この速度を出せるのは並じゃない。

 単純にレベルが上なのか、特殊なスキルを持っているのか、それとも別のナニカか。


「そろそろ止まって頂くわけにはいきませんか?」

「ん?」

「吐きそうなので、止まってくださると助かります」


 無表情のわりには辛かったんだな。当然か。この速度を二時間以上も保っていたんだから。

 いや、じゃあ勝手に止まれよと。そう言いたいのだが、少女にきつく当たるわけにもいかないよなぁ。

 面倒だ、と考えれば背後から小さくゲップ音が聴こえる。本当に吐く寸前らしい。いじめても仕方ないから止まろう。面倒だけど。とても面倒だけれど。


「大丈夫ですか? 良かったらスタミナポーション要ります?」

「どうぞお構いなく。うえっ」

「……言葉とは違って手は“くれくれ”してますが?」


 伸ばした手のひらをクイクイと動かす少女は、既に限界を超えようとしているらしい。辛いよな、スタミナ枯渇状態。

 どうぞ、とポーションを手渡せば、グビグビと音を立てて飲み干してみせる。良い飲みっぷりだ。


「うぅ、助かりました。マズいですわ」

「気にしないで」


 一言余計だろ、とは言わないでおく。俺だって他人が嘔吐する姿など見たくないし、若い子をいじめるつもりもない。


 それの代金なんだけどと切り出せば、お金? と返される。

 施しは好きじゃない。施すのも、施されるのも。若い子が相手なら特に。

 だから当然、お金は払ってもらう。

 青髪の少女にそう言えば、いきなり表情が抜け落ちる。貧乏なのだろうか。別に今すぐ払って欲しいわけではない。お金、たくさんありますし。


「も、申し訳ございません。度重なるデスペナで一文無しなのです」

「え。デスペナってお金も無くなるの?」 

「はい。ペナルティー解除がなされない内に死ぬと、さらなる重いペナルティーが課せられます」


 その一つはオチョキンさんの言っていたスキルの消滅であり、この少女が言う金銭没収なのだろう。さらには装備品を失うこともあるのだとか。

 いや、怖ぇよデスペナ。


「じゃあお金は要りません」

「良いのですか?」

「はい。貴重な情報を教えて貰いましたから」


 安心の表情を浮かべる少女さん。やっぱりお金はどれだけあっても良い。お金の余裕は心の余裕に繋がるのだ。


 さて。最も大きな疑問はいまだに解消されていないわけで。


 この子、誰だ?



──────


────


──



 ヨミ、と名乗った獣人の少女と共に森を進む。

 いつの間にか背後を追走していた彼女は、“強化士”と“付与士”の二つ持ち(ダブル)らしい。自身を強化していたから追走できたわけだ。


 凄いな、強化士。パーティに組み込めばエリアボス突破は簡単そうだけれど。

 ヨミさんいわく、強化は魔術とは別枠扱いであり、他人を強化するには直接触れなければならない。

 戦闘中には難しそうだな。しかも強化できる時間は数分だけで、他人だと強化幅も大きく低下する。おまけに自分には一つしか掛けられない。


「最悪なのは、いっさいの戦闘スキルが取得できない事です」


 このゲームでは、強い能力にはそれだけのデメリットが存在している。楽はさせてくれない。


 このヨミさん、若くしてかなり歪な思考をしている。これまでのプレー時間の殆どはダブルになるため……と言うか、“付与士”を得るために行動して来たらしい。当然、扱いにくい“強化士”の力を活かすためにだ。


 しかし、なるほど、だから“付与士”か。名前から受ける印象としてバフ自体の強化や時間延長を可能としそうだものな。エンチャント系も覚えられそうだし。


「で、結果はどうでした?」

「成功、したと思われます」

「確認してないの?」

「付与士は、自身に対する効果は得られないので」


 ふぅん? ほんと、面倒な設定だ。クリエイターは性格がよほど捻じ曲がっているのだろう。若しくはゲームバランスを整える天才か。


 にしても彼女は貪欲だな。


「パーティーの足枷になってしまいまして。何とか力になりたいのです」

「足枷?」


 限定的な力とは言え、足枷?


 ああ、そうか。


「ヨミさん自身には戦う力がないのですね」

「ええ、そうです。包めよ、オブラートに。ズバリ言いやがって」


 実は口の悪いヨミさんいわく、戦えないことへのコンプレックスが大きく、それを乗り越えるべく自身の長所を伸ばしたと。

 直接触れなければ強化できないことがパーティーメンバーの動きを縛り、大きな危険を招く。


 それが申し訳なく、役に立とうと動いた結果、死んでしまうのです。ヨミさんは悔しさを隠しもせずにそう言った。


 悪循環。必要な力だからこそ連携に淀みが生まれる。通常エネミーなら事前の取り決めで連携を保てるが、エリアボスともなれば不可能になる。それはとても簡単に想像がつく。


 ストイックなのは尊敬できるが、彼女は楽しめているのだろうか? 自分を追い込む様子からは焦燥が滲み出ていて、まるで仕事に対する向き合い方だなと。


 それに、いくら長所を伸ばしたところで根本的な解決にはならないと思うけれど。とは、言わない方が良いか。


「私の戦い方は、()()なのです」

「うん。自分を持つのは良いことですよね」

「だから、あなたで実験……あなたに確認して頂きたいのです」


 本音、漏れてますけど。で、それが俺に追走してた目的か。

 言えよ、もっと早く。


 どうして俺なのかな? そう問えば、あなた以外には適任がいません、とヨミさん。


「ソロで双頭大蛇を打倒し、トップを走り続けるあなたこそ相応しいのです。“鬼人”のヘラ様」

「……きじん? 奇人変人てこと?」

「鬼、という意味です。あなたはプレイヤー間でそう呼ばれています」


 ああ、見た目の話か。このお面カッコ良いのになぁ。


「でもそれ、前提がおかしくないでしょうか?」

「はい?」

「俺を実験台にするって話ですよ」


 だって俺、元のバフがどんなものか体験したことないし。


「それはこちらで観測します。だからまずは、双頭大蛇とバフ無しで戦って頂きたいのです」

「え。俺、今からアイツと再戦するの?」

「しないのですか?」


 しないです、とは何故だか言えなかった。

 だって、俺は多分、そうするつもりだったのだ。だから、こうして“常闇の森”の奥へと走っているだ。

 残る10ブロックのどこかでペンタに会えないかな、とは考えているものの、無理だろうとも分かっているわけで。


「それにもう、ボスエリアは目前ですよ?」

「ん――」


 木々の向こうに、トグロを巻いてうずくまる大蛇。


 やる、か。なんだかヨミさんに上手く乗せられた気がしないでもないが、どうせムシャクシャした心のぶつけ所を探してる。

 だったら蛇狩りするのも悪くはない。


「依頼、と捉えれば良いかな?」

「そうなりますね」

「報酬は?」

「……体?」

「おいおい……あ、そういうことか」


 今回は俺が協力し、代わりにいつかどこかでヨミさんが俺の助けになると。


「では、いつかは俺の助けになってください」

「……ジョークも通じねぇのかよ」


 考えてみれば、強化士と知り合えるメリットは大きい。繋がりを作っておいて損はなく、むしろ得だろう。


「てことで、すまないな、大蛇くん」


 俺の八つ当たりと、へんてこな少女の実験のために死んでくれ。




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