22話 脳を操る術
夢を見た。以前は当たり前にあった、いつかの日常。
あの頃は本当に楽しかった。何にでも挑戦し、何にでも手を出していた。
失敗ばかりを繰り返し、けれども諦めず、それを糧と踏み台にして前へと進んでいた。
あの頃には、もう、戻れない。妻の愛は別の男性に向き、自分の愛も娘たちにしか向いていない。
後悔ばかりの数年間だったけれど、俺はこうして戦えている。なら、踏み出せるさ。最初の一歩ってやつを。
「いいえ、貴方はすでに踏み出しているのです。“最初の一歩ってやつ”を」
「――ヘスさん?」
──────
────
──
『お待たせしました! これにてアップデートは完了です!』
『新たなるエリア、“山脈迷宮”が解放されました! 第三の拠点、“魔法都市ショーイカ”への転移ゲートが使用可能になりました!』
『プレイヤーの皆様、これより先もBlessed Sanctuaryをお楽しみください!』
意識が浮上する。感覚が戻ってくる。
寝ていたのか。
「ヘラッ、やったわね!」
がばりと抱きつかれる。起き抜けだから思考が追い付かない。
良い香りがする。これを知っている。……ポイさん、かな?
「――ッ、離れなさいよっ、馬鹿!」
バチリと打ち込まれた平手によって減少するHPゲージ。ひどい覚醒である。
「説明を要求します」
「うるさいわね! て言うかあんた無茶しすぎ!」
ポイさんは騒ぎ立て、タチミツさん達からは生温い視線が向けられている。
どうでも良いけど、疲れたのです。
「やったな、ヘラくん。おめでとう」
嬉しげなタチミツさんは、本当に祝福してくれているようだった。初撃破報酬を奪ったようなものなのに。
いつの間にやら皆んなが集まって来て、それぞれがそれぞれの言葉で祝ってくれる。
「旦那、あんた化け物だなぁ」
フィニッシュ役の黒羽さんは苦笑いを浮かべて。
「あー、まじヤバいっす。自分、感動したっすよ」
斥候兼撹乱役の獅子丸くんは尊敬を込めて。
「冷たい果実水ですよ。気持ちが落ち着きますからね」
回復役のザオトメさんは飲み物を手渡してくれた。
他の皆さんからも様々な言葉が向けられている。
良い人達である。攻略組に対する偏見が大きすぎたのだろう。嬉しいなぁ。頑張って良かったなぁ。
「つーかよぉ、北も攻略されたかぁ?」
「らしいっすね。自分等とヘラさんじゃないなら、誰っすかね?」
「ほら、あのギルド、“ナイトメア”じゃないかしら。無茶なPKでお金とアイテムをたくさん持っているし」
「無茶で言えば“十二戦士”でしょ。あいつ等めちゃくちゃよ。強いけど」
「あれはネタだろぉ? 実際には六人しか居ねぇし、結局はほとんどソロだしよぉ」
「あそこは五人だよ。一人は見習いだと聞いている」
暫くを座ったままで過ごした。HPやスタミナといったシステム上の疲労はないが、心が摩耗していた。
その間、彼等が警戒と護衛を務めてくれる。有り難い。まあ、目の前にある転移ゲートに入れば良いのだけれど。
とは言え敵は現れず、森は静かで、これはこれで素敵な時間であった。
「素晴らしいなぁ」
澄んだ空気。揺れる木々。聴こえる生命の鼓動。射し込む木漏れ日。
こんな景色を見たかった。見ることができて良かった。
そばに居て欲しかった人は違うけれど、新たな出会いに感謝だ。
と、のんびりしてしまえば自然と会話が弾み、話題は一つに絞られるわけで。
ボス戦の動画を見る。タチミツさんが撮影したらしいそれを見て。
うわぁ、何よこの動き。気持ちわるっ。そんな暴言を吐くのはポイさんである。
次に、俺が撮影した動画を見て。
旦那、イカれてるぜぇ。そんな褒め言葉を投げてくれるのは黒羽さん。
この挙動って、何のスキルを使っているの? ザオトメさんが首を傾げて尋ねてくる。ごく自然で、何の違和感もなく、思わず即答してしまいそうになる問いかたであった。
開きかけた口を閉じ、沈黙。危ない。つい言いそうになった。
「あら? 警戒してる?」
「はぁ。警戒と言えばそうですけど、スキルや称号を簡単に教えてはいけないと――」
言いながらタチミツさんを見て。
「――そう教えられましたから」
すみません、と言えば、ザオトメさんはにこやかに微笑む。森の景色によく映える笑顔だ。
「気にしないで。あわよくばスキル構成を知れるかなって狙ってただけだから」
口を割らせる為の演技だ、と。彼女は悪びれもせずに言ってのける。
「……マジっすか?」
「マジっすよ?」
ふわりと微笑む美女。しかし、目は笑っていない。怖いな、この人。
トメには気をつけなさいよね、と忠告をくれるポイさん。お節介と言うか、彼女はやっぱり世話焼きである。嫌いじゃないな、この人。
「ありがとうございます。危険な女性だと気づきました」
「ちょっと? 悪意はないのにそこまで言われると私が可哀想じゃない」
可哀想なのは自分らしい。うん。やはり危ない人である。
ポイちゃんひどいー、と泣き真似をするザオトメさんだが、演技で本当に泣けるのではなかろうか。あまり近付かないでおこう。
「なにがひどいのよ。だいたい、いい歳して“ザ、乙女”なんてプレイヤー名をつける時点で――」
「えいっ」
「――きゃあああ!」
ザオトメさんに胸を揉まれるポイさん。騒がしい二人を意識から追い出し、動画に視線を注いでいく。
下手くそめ。動きが粗いんだよ。予備動作も分かりやすい。刀の扱いこそ様になって来ちゃいるが、それだって装備の性能に頼った紛い物だ。
無駄な攻撃も多い。一本目の首へ入れた追撃などは正しくそうだ。
動画を繰り返し観る。別視点から撮影された自分。それはひどく歪んで感じる。何かを拒絶するような。何かから逃げているような。
とても哀しく、とても滑稽な姿。
「俺は、こんなに醜い戦い方を……」
べつに悲観しちゃいない。目指すものとは違っているってだけの話。今の自分はこの程度でしかなく、それを受け容れることが成長への足掛かりとなる。
「自分は感動するっすけどね、何回観ても」
背後からの呼びかけ。獅子丸くんだ。
彼とはあまり話していない。斥候だから先行しているし、今だに騒ぎ続ける女性二人とは違ってあまり喋らない。喋ったとしても、その抑揚のない話し方のせいで嫌々感がある。
俺は彼がとっても好きだ。現実でもこの世界でも、彼ほど綺麗な動きをする人を見たことがない。淡々と敵陣に突っ込んで行くが、そこに込められた勇気たるや並ではない。
「あー、いきなりすんません。今、ヘラさんのスキル構成について皆んなと予想しあってるんすよ」
いつの間にやらそんな話題になっていたらしい。ポイさんとザオトメさんは、あーでもないこーでもないと言い合っている。
俺のスキル構成を見抜くとしたら、この獅子丸くんだろう。
彼と俺の戦闘スタイルは似ている。とにかく敵へと突っ込み、速度で撹乱し、隙を突く。そしておそらくは痛覚を最大値に設定している。
と、感じていたのだけれど。
「全然ちがうっすね」
「そうでしょうか?」
「確かに自分は隙を突くっすけど、ヘラさんはこじ開けるじゃないっすか」
言われてみれば、確かになと納得してしまう。ごり押しのままでは、本当に行き詰まるだろうな。
「ヘラさんの、あのカッコ良い動きなんすけど」
「はい」
「あれ、“強脚”を使ってるんすよね?」
やはり見抜いてきたか。
「正解ですねぇ」
「あー、認めちゃうんすか?」
「嘘をつくのは嫌ですから」
「ほーん? じゃあ手当たり次第に言ってくかぁ?」
黒羽さんが横に座る。煙草に火をつける仕草が様になってる。良いな、大人らしくて。てかあるのかよ、煙草。
冗談だよ、と言って。紫煙をくぐらせる彼が目を鋭くさせる。
「刀の技はどこで修めたんだぁ?」
黒羽さんも刀使いだから興味があるのだろう。彼の刀技は参考にしたいほど熟練していて、それはきっとスキルとは別物の、彼自身の力だ。
つまり、俺とは違う。
「初めて握りましたよ、この世界に来てから」
「マジかよ。それにしちゃ、なんだ、随分と……」
「黒羽さんは剣道、じゃないか。古武術でもやってらしたんですか?」
「……旦那。俺ぁ正直に言ってお前さんが怖ぇよ。簡単に色々を見抜いてくる」
「動きを見たら誰でも気付きますよ、経験者だって」
そうじゃねえよ。黒羽さんはそう言いながら顔を近づけてくる。煙草臭い。
「確かに言われるぜ? 剣道をやってたのか、ってよぉ。“剣道じゃねぇ”なんて言ったのは、お前さんくれぇだ」
そりゃあ、剣道だけじゃ刃物の理は学べない。竹刀と刃物は全くの別物だ。
そして、黒羽さんは刃物の理を知っている。
「黒羽さん、今は自分の順番すよ」
「へいへい」
「順番?」
周りを見れば、俺を囲む11人のプレイヤー。誰もが真剣な目付きで、これは、なんだ、怖いな。
「知ってるっすか? “強脚”はハズレ枠の代表なんすよ」
ふん? そうかのか。確かに色々と苦労したけど、ハズレ枠とまでは考えなかったな。抗議したいくらいには難しいスキルだったが。
「ハズレ認定されてるスキルって、他には何が?」
「一番ひどいのは“二刀の心得”っすね。攻撃力が上がるだけで、実際に使う上での補正はゼロっすから」
あれ? 俺は違ったぞ?
感覚、か。もしかして“刃物の心得”がなきゃ使えない?
「他の心得系もハズレ枠なのですか?」
「あー、武器系は多いっす。プレイヤーによるけど、二刀ほどじゃないっす」
プレイヤーによる? それってつまり、スキル構成によるって事だろ。
これは、あれだ。心得系は単体じゃまともに使えない可能性が高いな。
「ヘラさん」
考えこむ俺に何かを思ったのか、獅子丸くんは少しばかり苛立ちを乗せて話し始めた。
「気付いてるっすよね? 自分も“強脚”を持ってるって」
「ええ」
「じゃあ、使いきれてない事もバレてるっすよね」
「まあ、はい」
「なんでヘラさんは使えるんすか?」
なんで、とはどういう意味だろう。使えている理由か、それとも別の何かなのか。
「んー。最初は骨が折れたり、関節が外れたり、ああ、筋肉が潰れた事もありました」
分かるっす、と獅子丸くん。彼もあれを経験したんだな。
「何度も繰り返していたら、急に感覚を掴みましたね。あ、俺は連続で発動しているので」
「連続、っすよね。でもまさか、一歩ごとに、って意味じゃないっすよね?」
「いやぁ? 一歩ごとに、って意味っすねぇ」
ざわり、と空気が揺れた。それを言葉で現すと、“驚愕”になるだろうか。柔らかく言うのなら“動揺”だ。
獅子丸くん達は、明確に、そういったものを俺へと叩き付けてきた。
「あれを、連続で?」
「はい」
「いったい、どうやって」
「ああ、この際だから言いますけど。俺は“肉体操作”と“体術の心得”を持ってます。この二つが無きゃ無理かもしれません」
誰も、何も喋らなかった。周囲の静寂が不気味な重さでもってのし掛かって来る。
まるで鈍感系主人公になったかのような気分だ。俺だけ何も分かっていないらしい。
「あのね、ヘラ」
声を発したのは、やはりと言うべきかポイさんだった。助かる。こんな雰囲気は好きじゃない。
「β版で試したのよ、私たち全員。あんたがやってるみたいに跳び回りたくって、“強脚”の連続使用をね。で、使いこなすには、その二つのスキルが必須だって獅子丸が気付いて、皆んなで取得して……」
急に黙り込むポイさん。そのまま俯いてしまう。
「ん? それで?」
「無理だったんだよ、我々にはね。連続で使用できたのは前方への移動のみ。それも獅子丸だけだったが」
引き継いだのはタチミツさんであった。何やら難しい顔をしている。
「痛覚設定は?」
「もちろん、最大値に設定したっすよ。落とせば前方移動でさえ無理だった。最大値にした結果、地獄を味わったっす」
「おい、さっさと言ってやれやぁ。運営から公式にきっぱりとアナウンスされたってよぉ」
黒羽さんの言葉を聞いて、話の終着点がやっと読めた。つまり“強脚”の連続使用は不可能なのだ。
しかも運営が公にそう認めている。システムとして無理なのだと。
「んな事ぁ不可能だとよぉ。そういったスキル設定にはしてねぇんだとよぉ。他にどんなスキルを持ってようが関係ねぇんだとよぉ」
でも俺は可能としている。
「なのにお前さんはやれてる」
今では殆ど無意識のうちに使える。
「まるで当たり前のようにぃ」
これじゃあ、まるで俺が――
「な? だから言ったろぉ? 旦那は化け物だってよぉ」
「いや、化け物は言い過ぎでしょう。でも、そうか、なるほど、言われてみればそうかもしれない。俺はあれを使う時に肉体を使っていない。脳を操る感覚、あれは、そういう。だとしたら、いや、だから、と言うべきか? 脳をジャックできるわけだ」
「ああ?」
「分からないなぁ。どうやって幽閉してるのか。でも、そうなのか。肉体を操っては駄目なんだ。脳を、意識を、操作する。ペンタと戦った時も、大髑髏と戦った時も、大蛇とだって」
「ちょっと、ヘラ? ブツブツ言うのやめてくれる? 怖いから――、急に立ち上がってどうしたのよ」
今、掴みかけている。今、変わろうしている。明確に、何かを成長させている。
――あの感覚。
自分に潜る。深みを臨む。あれは、脳を操る感覚なのか。
フルダイブ。脳を欺く超技術。それがこの世界。
なら、もっと上手くやれる筈だ。
周囲の木々を捉え、音を消し、跳ねる。
――右。
跳ねる。
――左、右。
跳ねる、跳ねる。
――下、上、前、後ろ。
跳ねる、跳ねる、跳ねる、跳ねる。
「うはっ、うははっ!」
楽しい。とてもとても、楽しい。
俺は今、俺自身の成長を遂げたのだ。
──────
────
──
「“森の覇者”という称号の力は、つまるところ自然回復力の向上なんだね?」
「ええ、まさに」
「では、これが初撃破報酬?」
「いいえ、どちらなのか分かりません。ですから、与えられたアイテムについても開示します」
タチミツさん達との約束を果たしていく。
意識はすでにフィールドの先へと向けられていて、けれども手を抜かず一つ一つの情報をしっかりと伝える。
「“幸運のナイフ”か。名前から察する通りの能力を持っていそうだね」
「はい。説明文をそのままメールで送ります」
「鑑定を?」
「持ってません。ボス討伐報酬は開示されるようです。しかし、詳しい内容は分からないのでオチョキンさんに依頼しようかと」
「ならば私から伝えておこう。急がないから、時間がある時にでもジャミジャミへ行ってくれるかな?」
結構な時間が経っていた。事前の取り決めをこなしていけば当然の事であった。
「掲示板への書き込みはお任せします」
「それは……」
タチミツさんが何かを言い淀む。良いのかい、と問いたいのだろう。
ここまで来れば同じだ。どうせ顔まで晒されている。プレイヤー名も。
「俺はこの先に行きます」
「そうか。気をつけるんだよ」
「はい。では、皆さん――」
彼等に背を向け、青色の門へと向かう。転移ゲートなどと言う超未来を感じさせるネーミングのわりに、ひどく古びた木製の門だ。
「――この先で待ってます。次は、共に戦いましょう」
言って、ゲートに飛び込む。彼等はまだ使用権を得ていない。だから、いつかこの先で会いたい。
一瞬の浮遊感。その後に、大きな違和感。いや、嫌悪感、が正しいか。
全身が作り替えられるような、そんな感覚。バラバラになりそうな肉体を繋ぎ止め、縫い合わせ、元に戻される。それを繰り返す。
「……ん」
急に視界がひらけた。
雑多な街並。慌ただしく駆ける人々。どこからか聴こえてくる怒号。それ等が明確に伝えてくる。
此処は、正しく戦場都市なのだと。
『おめでとうございます! セカンドエリアへの進出を祝福し、“スキル融合”を付与します!』
『これより先もBlessed Sanctuaryをお楽しみください!』
一旦、聴こえたアナウンスを無視しておく。
目の前に新しい景色が広がっているのだ。ゲームどころではない。
「う、ぐぉ」
「すみません、手加減はしたのですが。大丈夫ですか?」
目の前でうずくまる門番に声をかける。
「つ、通過を、許可する」
「どうもありがとう」
人の波を躱しつつ、あてもなくブラブラと。赤褐色で統一された街並みを観察しながら歩いて行く。
都市と呼ぶに相応しい規模と広さを持つダシュアンは高温多湿で、曇天と鍛治煙に覆われ薄暗く、それ等を吹き飛ばすほどの活力に溢れていた。
人々には共通点がある。背が低いのだ。誰もが逞しい筋肉を持ち、顔は赤らんでいる。ゴッドレスじゃ見かけなかった種族だ。
「都市に入るのに試験があるのは予想外だったなぁ」
いきなりなんだもの。槍を向けられて“勝負だ!”と言われた時には驚いてしまった。
何にせよ、入れたから良いけれど。
「素敵だなぁ」
素敵だ。素敵すぎて写真を撮り続けている。
煙が立ち込める空の下で、人々が快活に生きているのだ。
その表情には、未来に対する挑戦だとか、今を戦う覚悟だとか、この都市に生きる者としての矜持だとか、そうした懸命さがある。
写真では伝わらない。俺には、そんな撮影技術も知識もない。だから“今”を心に焼き付けて。
「おいっ、おめぇ!」
突然、背後から荒々しい口調で呼び止められる。俺かな?
「俺、ですかね」
「おめぇだよ! おめぇに言ってんだよ!」
振り向いた先に、背が小さい髭モジャの男性。
目は小さく、鼻と口は大きい。顔の一部は酒に酔ったかのように真っ赤で、低い上背に反した筋骨隆々の肉体。煤に塗れた衣服。
やっぱりドワーフだ! この人、いや、このNPC、ドワーフである! 此処は、ドワーフの都市なのか!
「おいっ、なんだ、やめねぇか!」
まじまじと舐めるように見つめれば、真っ赤な顔を青くして後退り。傷つくなぁ。
「で、なんでしょう?」
「遅えんだよっ、人族の傭兵団! おめぇの持ち場はこっちじゃねえ! 東門だ!」
ああ、と。少しの感動を覚える。
そう言えば、NPCと会話をするのは初めての経験であった。
──────
────
──
「で、突然に最前線へと送られたわけですが」
意味が分からない。言った通りではあるのだが、全く意味が分からない。
「切り替えないとなぁ」
前方に、敵。それも大群。千……どころではない。二千体はいそうだ。
あれは恐竜だろうか? 見た目はラプトルという奴に近く、大きさは体高で1メートル50くらい。
俺の周囲には屈強な男達がいて、誰もが戦意を滾らせている。敵に向かって叫び、威圧し、肩を組み、武具を打ち鳴らす。
ついて行けない、というのが正直な感想であった。
「おっと?」
着信。相手はルナさんだ。電話機があるわけでもないのに、どのような機能として扱われているのだろうか。まあ、今さらか。
「おめでとうございます。やりましたね」
繋がった瞬間に、そう祝福する。向こう側からは、え? とか、どうして? とか困惑の言葉がふらふらと打ち出されていた。
「北をソロ攻略したでしょ」
『なんで分かっちゃうかなぁ、ラーさんは』
驚かせたかったのに。そんな文句を言うルナさんは、きっと素敵な微笑みを浮かべている。何故だかそう確信できた。
タチミツさん達は“ナイトメア”というギルドが攻略したと予想していたが、俺からすればルナさん以外に攻略できるとは思えないわけで。
タチミツさん達の戦力と変わらない程度のギルドじゃ、エリアボスを殺すことなど不可能だ。
今の時点では、だが。
『ラーさんも、おめでとうございます』
何のことか分からずに黙っていれば、東の正規ルートはラーさんでしょ、と。
なんだか、良いな。お互いに繋がっているこの感覚は。
ルナさんの存在に救われている。現時点で肩を並べられるのは彼女だけであり、張り合えるのも彼女だけだ。
視線を北へ。渇いた大地の遥か向こうに、雲を突き刺す山々がある。“北ガザン大山脈”だ。
ルナさんはあそこを超え、さらに先へと進んでいるのだろう。
俺も負けてはいられない。
「ルナさん、一旦切りますね。今から戦争をやるらしい」
戦争? 彼女はその言葉を何度か呟き、そして、ふふ、と笑った。
『ラーさんは何処でも同じですねぇ』
「数時間後に掛け直します」
『待ってます。気をつけてくださいね、相棒』
「任せろ、相棒」
さて。視線を前へ。
どうやら数では向こうが上らしい。“暗視”の視力強化を頼りに見つめれば。
──────
ブバン・ズルー/亜竜Lv.8
古代の生命/???/???
スキル:鉤爪の猛撃/???
──────
亜竜ときたか。種属レベルは8。なのにスキルは一つしか見えない。同格だ。種族としてそれだけ隔絶しているってこと。
だったら、竜も居るだろう?
『おめでとうございます! “戦場都市ダシュアン”へのソロ進出が確認されました!』
『おめでとうございます! “魔法都市ショーイカ”へのソロ進出が確認されました!』
『条件が満たされました! 限定イベント“勝利の鍵を握る者”が解放されます! 権利所持者にイベントアイテムが送られます!』
『指定フィールドのモンスター数を書き換えます!』
またもや突然、そんなアナウンスが流れる。
まったく。意味が分からない事だらけだ。
でも、良いね。今、とても楽しいよ。
 




